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脚本作りと女子会


 広い練習室にカタカタカタという縫製機の音が静かに響く。放課後になって練習室にやってくると、イリーナが扉の前で待ち構えていた。今日はイリーナには特に呼び出しはかけていなかったが、どうやら縫製機の練習をするためにこの部屋が使われる日は必ず来ることにしたらしい。

 縫製機が置かれてあるのは部屋の一番左奥で、私はその反対側の左手前の壁際の小上がりにヤティリと向かい合わせで座っていた。ルザは小上がりの側の壁際に控えている。

 

「えと……最初にこれお返しします」

 

 ヤティリがそう言ってローテーブルの上にスススっと出したのは先日ファリシュタが買ってきてくれたベストセラー作家の最新作だ。

 

「これどうだった?」

「うん、前の悲恋物語の印象が強かったからそれに比べると地味だけど、面白かったよ。貴族の男女が障害に立ち向かって駆け落ちするっていうパターンは現実味のない話だけど読みたい流れではあるから……あ、ご、ごめんまだ読んでないのに内容言っちゃって……」

「いいよ、私ネタバレとか気にしない性格だから」

「ネ、ネタバレ?」

「話のあらすじが全部わかっちゃうってこと」

「ほ、ほほう……ネタバレ……面白い言葉だね……デュヒ」

 

 ヤティリはそう言ってノートにそれをメモしたあと、荷物から紙の束を取り出した。

 

「これを読んでやっぱり劇で初めてやる話はハッピーエンドの方がいいなと思ったから、それを念頭に置いて脚本を書いてみたよ」

「読んでいい?」

「う……い、今すぐ読むんだよね」

「そりゃ読まなきゃ詳細詰められないから」

 

 私がそう答えると、ヤティリはキョロキョロと周りを見回して「よ、読み終わるまであっちにいるから」と言って少し離れた場所にある小上がりの方へコソコソと離れていってしまった。

 

 ……目の前で自分の作品を読まれるのが恥ずかしいタイプかな。

 

「さてと、じゃあ読みますか」

 

 私は座り直してヤティリの脚本を読んでいった。

 

 

 『シャハールとマリカ』

 

 敵対している貴族の家の跡取りであるシャハールとマリカはお忍びで街中を散歩するのが趣味だった。ある時、二人は街でお互いの素性を知らないまま出会う。真面目で少し硬い印象のシャハールは屈託のない笑顔を見せるマリカに一目惚れした。

 そこに現れるのが不思議な女の子のティルバル。彼女は悪戯好きで、人々が自分の意のままに踊らされるのを見るのが生き甲斐の、人成らざる者だ。ティルバルはシャハールとマリカの間に特別な感情が芽生えているのを知って二人の運命を引っ掻き回そうとする。

 そんなこととは知らない二人は彼女の悪戯に振り回されながらもお互いの気持ちを確かめ合うところまできた。だがお互いに素性を隠していることに罪悪感を覚え、次に会った日に正体を明かそうと誓う。

 しかしその前日の貴族のパーティで二人はお互いの正体を衝撃的に知ってしまう。しかも二人にそれぞれ婚約者が現れる。もちろんこれもティルバルの悪戯だ。

 さらに親同士がその場で喧嘩になり二人の絆は完全に引き離されてしまった。

 悲嘆に暮れるマリカにティルバルが「お互いに想い合っているのだから駆け落ちすればいい」と囁く。「自分もシャハールも家の跡取りで守るべきものがあるからそれはできない」と断るマリカに「では最大の障害である親を殺して家主となりその権限を使ってシャハールと結婚し、家も全て守ればいい」と言ってマリカに毒薬を渡した。

 

「おおう……ティルバルえげつないことするね……」

 

 親かシャハールかどっちかを取らなければならないという考えに囚われたマリカは病み始め、結局どちらも選べずに毒薬を飲んで自殺しようとする。そこへシャハールが駆けつけ、倒れたマリカを抱きしめて涙を流すが、死んだと思われたマリカはそこで息を吹き返す。

 実はマリカがあまりに思い悩むので、それをみたティルバルが毒薬を仮死薬と入れ替えていたのだ。

 この自殺未遂事件でシャハールとマリカの想いを知った二人の親は敵対することをやめ、二人の結婚を許した。ティルバルはそんな二人を見届けたあと、静かに姿を消しましたとさ。おしまい。

 

 

「ヤティリ、読んだよ」

「ぶぇ⁉」

 

 脚本を読み終えてヤティリに声をかけに行くと、なにかを一生懸命書いていたヤティリがビクリと肩を震わせた。元の小上がりに戻るのも面倒なのでそのままそこで打ち合わせを始める。

 

「面白かったよ。思った通りティルバルがいい味出してる。展開も二人の関係はどうなるんだろう? って観てる人はハラハラドキドキしてくれると思う」

「そ、それならよかった……ただ個人的に僕が気になってるところがあって……」

「最後のところ?」

「そう!」

「私もちょっと物足りないなぁって思ったんだよここ」

「やっぱりそうだよね……ただ劇となるとこれ以上枚数が増えるのもどうかなって思って……」

「確かにこれ以上のボリュームになるのは観てる人も辛いからねぇ。でもなんか盛り上がりがもう一つ欲しいよね?」

「うん……僕も自分で書いててそこが気になった。あとティルバルが最後に改心するのもなんか違うかなって……」

「そうだね、彼女には最後まで悪戯を貫いてほしい気はする」

 

 私たちはうーんと二人で腕を組んで考える。

 

「やっぱり最後に派手なシーンが欲しいよね。今のままだとシャハールの出番が後半薄い気がするから、彼からのアクションで事件が起こるとか」

「あ、じゃあ最後は悪戯をしていたティルバルの正体が暴かれて、彼女をやっつける展開にしようか」

「お、いいねそれ。二人の愛の力でティルバルを倒すって感じにまとまっていいかも」

「どこでティルバルの正体に気づくかな……」

 

 ヤティリはぶつぶつと呟くと脚本を見つめながらピタリと動きを止めた。

 

 あ、これ創作のゾーンに入ってるね。

 

 しばらく待っていると、「あ、繋がったかも」と言ってヤティリは別の紙にダーっと文字を書き出した。

 

「マリカに毒を渡した時点で、マリカがティルバルに不信感を持つんだ。で、マリカは自分の親を毒殺するとティルバルに言いつつ、こっそりとシャハールに連絡を取る。シャハールはそこで自分たちの邪魔をしてきたのがティルバルだと確信を持ち、その証拠を持って親に全てを打ち明ける。マリカが親を毒殺すると言った日に全ての登場人物が集まり、ティルバルを退治するって感じでどうかな」

「最後はティルバルとの乱闘シーンがあって、二人で彼女を倒してハッピーエンド?」

「そう。となるとティルバルははっきりと悪役って感じの方がいいかな。悪戯っ子というより」

「悪役にした方がスッキリ感はあるけど、ちょっと勧善懲悪ものになりすぎるかなぁ。ティルバルはあくまで趣味で引っ掻き回してるっていうのがいいんだし」

「確かに……僕も彼女の性格は気にいってるしそこは変えたくないかな」

「じゃあ最後は倒されてそのまま行方不明になるってことでいいんじゃない?」

「そうだね」

 

 ヤティリがそう言って追加した紙に修正を加えていく。

 

「話の流れはこれでいいかな。あとは具体的な表現を決めたいんだけど……こればっかりは私とヤティリじゃわかんないかもね」

「具体的な表現って?」

「例えばこのシャハールとマリカが恋に落ちてお互いの気持ちを確かめるシーンで二人が手を取り合ってるけど、実際に貴族の女性から見てこの場面って見ていられるのかなとか」

「ああ……確かに小説として読むのと実際に演技を観るのとじゃ受け取り方が違うもんね……僕は男だしこういうのって架空のものだと思ってるから全然気にならないけど」

「私も貴族の基準がわかんないから判断できないんだよね。……これはやっぱり女子会を開くべきかな」

「じょ、女子会?」

 

 

 

「というわけで、みなさんに集まってもらったんですけど早速脚本を読んでもらっていいですか」

 

 そう言って私は左隣のファリシュタに改訂版のヤティリの脚本を渡す。今練習室の小上がりの上にはクラブの女子メンバーが集まっている。ファリシュタから順番にレンファイ王女、ホンファ、イリーナ、シャオリーの順番に読み終わったページを回していってもらう。ちなみに回す順番は本を読むのが速い順だ。

 私の右隣には完全に萎縮したヤティリが座っている。女子会の中に一人だけ男の自分がいることに恐れ慄いている感じだ。でも脚本の修正については彼がいないとどうしようもない。がんばれヤティリ。

 

「わ……」

「……」

「これは……」

「まぁ……!」

「あらぁ」

 

 物語序盤は静かに読んでいた女子たちが、シャハールとマリカが両思いになるあたりから顔を赤らめて口に手を当て始めた。レンファイ王女だけは表情ひとつ変えず黙々と読んでいる。

 

「え……」

「……」

「ひどい」

「なんてこと……!」

「あらぁ」

 

 後半二人が引き裂かれるシーンでみんなの顔が曇る。そしてティルバルを倒して二人が親の目の前で結婚を申し込むラストシーンでレンファイ王女以外のメンバーの顔が真っ赤になった。

 

「……ひぇぇ」

「……」

「……っ」

「んまぁぁぁ」

「あらぁ」

 

 最後のシャオリーが読み終えるのを待って、私は口を開いた。

 

「今年の劇の脚本はこんな感じなんですけど、実際に読んでみてどう感じましたか? この場面は役者として演じるのはちょっと、というところがあれば教えてください。特に男女のやり取りに関しては女性のみなさんの意見を参考にしたいので」

「あの……内容はすごく面白いんだが、やはり、その……手を取り合ったり見つめ合って結婚を申し込むというのをレンファイ様にさせるわけには……」

 

 一番に意見を言ってくれたのはレンファイ王女のお付きのホンファだ。

 

 やっぱり大国の王女が人前でしかもイバン様に手を取られてプロポーズされるっていうのはダメかぁ。

 

「やはりダメか……」

 

 と横でヤティリもそう呟いて肩を落とす。それを見てレンファイ王女が苦笑しながら言った。

 

「私個人としてはこれくらいは別にいいのだけれど」

「レンファイ様!」

「わかっているわよホンファ。私はマリカという役の前に大国の跡継ぎですから、その立場を忘れるつもりはないわ。ただ、小説として読むのならこれくらいは普通にあることなのに、と思っただけよ」

「この前も仰っていましたけどレンファイ様はこういう恋愛物語なんかも読まれるんですね」

 

 私が疑問を口にすると、王女はくすりと笑って言った。

 

「実は私、恋愛物語を読むのが唯一の息抜きなのよ」

「ええ!」

「私だけじゃなく、ホンファもシャオリーも好んで読んでいるのよ」

「レ、レンファイ様……っ」

 

 ホンファが慌てて王女を止めようとする。

 

「んまぁ! レンファイ様や他のお二人も恋愛物語がお好きなんて……! 感激ですわ!」

 

 イリーナが手を組んで顔を綻ばせている。

 

「立場や国が違っても女の子が好きなものって変わらないんですねぇ」

「他人事のように言っているけど、貴女は好きではないの? ディアナ」

「んー、恋愛物語は普通に読みはしますけど、私はどっちかっていうと派手なアクショ……戦闘がある話とか推理ものとかの方を読みますかね」

「ふふ、ディアナっぽいね」

 

 ファリシュタがそれを聞いてくすくすと笑う。

 

「さすが伝説の騎士の娘ですね」


 ホンファが騎士らしい感想を言って頷いている。

 

 いや、クィルガーの娘だからそういうのが好きになったんじゃないんだけど……。

 

「あ、あの……話を戻してもいいでしょうか……」

「あ、ごめんヤティリ。表現の話だったね。じゃあ手を取り合うところと、最後の結婚を申し込むところはどうしようか」

「直接その、触れ合わなければ大丈夫だとは思うのだが」

 

 ホンファが言いにくそうに進言するのを聞いて、イリーナがポンと手を打った。

 

「小道具を使うというのはどうです? 手を取るのではなく、二人の間に渡した布をお互いに握り合うのです。そうすれば手を握り合うよりまだマシではないかと」

「なるほど。間に何か挟むんだね」

「ええ。貴族の間では実際にお互いの身につけていた布をこっそりと相手に渡すという文化もありますし、それを互いに握り合う……なんて……とても」

「とてもいいですね! 最高です!」

 

 イリーナが後半恥ずかしがりながら言った提案に、ホンファが前のめりになってこぶしを握って叫んだ。みんなが驚く顔を見てハッとしたあと、ホンファは「し、失礼しました」と顔を赤くしてこぶしを引っ込めた。

 

 うん、なんかこっちの貴族のキュンポイントはよくわかんないけど、この表現で女性の心は掴めそうだね。

 

「あとは最後のプロポ……結婚のところかぁ。見つめ合うのがダメだったらどうすれば盛り上がるのかなぁ」

 

 私がそう言うと、それまでニコニコとみんなの話を聞いていたシャオリーが笑顔のまま首を傾げた。

 

「誓いの布を交換すればいいのではないですか?」

「え?」

「シャオリー⁉ 急になんてことを……! 誓いの布をレンファイ様が交換するなど……っ」

「もちろん本物ではなく小道具を用意するということですよ。実際に交換する場面を入れなくてもそれを二人が望んでいます、という流れになれば観ている人には伝わると思うのですけど」

「ぬぬ、なるほど……『私のこれを貴女に捧げたい』って言って誓いの布を差し出せば、目を合わさなくてもその意思は伝わるし大いに盛り上がるね……」

 

 ヤティリがその意見を聞いて猛烈な勢いで紙に文字を書き始めた。それをみてホンファが「えっいやちょっと、それは……っ」と言っているが、当のレンファイ王女は止めようとしない。

 

「よろしいのですか? レンファイ様」

「あくまで役なのだから構わないわよホンファ。実際に交換する場面をいれなければ観てる人が騒ぐこともないでしょう」

「そうでしょうか……」

 

 ホンファは不安げな表情で腕を組む。

 レンファイ王女の反応を受けて、私は今回の話をまとめた。

 

「ではそんな感じに修正するということで決定しますね。まぁ男性陣の反応も見てあとは臨機応変にやっていきましょう」

「そうね。ふふ、マリカは私とは全然違う子だから、この子を演じられるのが今から楽しみだわ。それにヤティリは作家の才能があるのね。もし貴方の作品に恋愛物語があればぜひ読ませてほしいわ」

「ぶぇぇぇぇ⁉ そそそそそんな恐れ多いです……!」

 

 レンファイ王女に直接そんなことを言われたヤティリが今までで一番驚いた顔をしてキョトキョトと視線を彷徨わせたあと、脚本の紙でバッと顔を隠した。どうやら動揺の度合いが限界を越えたらしい。

 

「あ! ヤティリが夏休みの間に送ってくれた小説があるので、その中から恋愛物語を抜き出してお渡ししますね!」

「まぁ、ありがとうディアナ」

「どぇぇぇ⁉ ちょっと! あのっ」

「ヤティリは本当に天才なんですよ! 面白い作品ばかりなんですから!」

「まぁ、そうなのね」

「もぅぅ勘弁してくださいぃぃぃぃ‼」

 

 私とレンファイ王女が盛り上がる中、ヤティリの悲鳴が練習室に響いた。

 

 

 

 

ヤティリと脚本作り。

自分が書いたものをその場で読まれるのは恥ずかしいですよね。

女子会で貴族女性の恋愛基準を知りました。

奥ゆかしいです。


次は 脚本の完成と配役決定、です。

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