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青と黄の授業 解除と移動


「今日の授業は解除の魔石術についてやっていこうと思います」

 

 ヘルミト先生のヨボヨボした声が教室に響く。今日は青の基礎魔石術学の授業だ。

 

「青の魔石術は還元の力を持っていると言いましたね? 対象の状態を元に戻すという性質からそう言われるようになりましたが、解除もそういう理由で発見された魔石術だと言われています」

 

 ……確かに鍵って外れた状態で作られるからそう考えることも可能だと思うけど、解除に使えるなんて最初に気づいた人ってすごいよね。

 

「解除の魔石術は他の浄化や洗浄と違って、少々使い方が難しいです。物理的に絞められた鍵を外すというものですから」

「そういえば浄化や洗浄ってとりあえず命じたらできるもんね」

「解除は同じようにやってもできないってことかな?」

 

 ファリシュタとそんなことを言いながら手元の錠を持ち上げる。今日の授業の初めに配られた鉄製の錠で、すでに閉められた状態になっていて鍵はついていない。

 

「解除の魔石術を成功させるには、鍵で開かれた状態の錠の姿を具体的に想像するか、閉められたものを緩めるというイメージをするしかありません。錠の形を見て解除された姿を想像できる人はそちらを、できない人は緩めるイメージを持って命じるといいでしょう」

 

 ヘルミト先生はそう言って「では、各々挑戦してみてください。ほっほっほ」と長い顎ひげをつるりと撫でた。

 

「この鍵が開いた状態なんてわかんないよ……」

 

 そもそも鍵なんてどんな仕組みで閉まってるのかも知らないし、この世界の鍵は恵麻時代のものと仕組みが違うかもしれないのだ。見た目は南京錠っぽいけど鍵にそんなに詳しくない私はお手上げである。

 

「じゃあ閉められたものを緩めるイメージするしかないね」

 

 閉められたものといえば……紐の結び目とかかな? 絡まった糸とか? それをほぐすようなイメージをしてみる?

 

 私は錠を持って青の魔石の名前を呼んだ。

 

「『マビー』解除を」

 

 そう命じると、魔石から青のキラキラが飛んできて錠を包む、そのあと青い光が消えても鍵は閉まったままだった。

 

「ダメか……」

 

 ルザやファリシュタも失敗したようだ。周りを見ても成功している生徒が一人もいない。意外と難易度の高い魔石術らしい。

 

 ソヤリさんやクィルガーは普通に使ってたよね。そんなに難しそうにはしてなかったけど、なにかコツがあるんだろうか。

 

「ほっほっほ。意外と難しいでしょう? ほとんどの人が緩めるイメージのやり方をしているかと思いますが、その緩め方が足りないのだと思いますよ。かなりふにゃふにゃになるイメージにしないと成功しません」

 

 ヘルミト先生が苦戦している生徒たちに向かって目を細めて言う。

 

 ふにゃふにゃかぁ……閉まってる状態のものの性質が変わるくらいゆるゆるにしなきゃいけないのかな。

 

 と考えていると、「あ、できた」という声が隣から聞こえた。

 

「ファリシュタできたの⁉」

「う、うん」

 

 ファリシュタの手元を見ると、開いた状態の錠があった。

 

「どうやったの?」

「実は私、実家にいたころに鍵の扱い方も教えてもらってたの……だから緩めるイメージのやり方じゃなくて、開いてる状態の錠を思い浮かべるやり方で魔石術をかけてみたんだ。一回目失敗したのは単に魔石術の力が足りなかったからみたい」

 

 なるほど。ファリシュタはこの錠の仕組みを知ってたから成功したんだね。

 

「やはりファリシュタだからこそ得意な魔石術というのはあるようですね」

 

 ルザがそう言ってうんうんと頷いている。

 確かに火や鍵のことをちゃんと知っている人の方がこういう魔石術を覚えるのは早い。むしろ貴族として暮らしてきた人の方が不利なんじゃないだろうか。

 

 私ももっとキャンプに行ったり物の仕組みを覚える勉強とかしておけばよかったなぁ。

 

「私たちは緩めるイメージをするしかないみたいだね」

 

 私はもう一度錠を手に取って、閉められた鍵を緩めるイメージをする。

 

「形が変わるくらいふにゃふにゃになるもの……」

 

 初めは硬くて、段々と柔らかくなるものってなにかないかな……。柔らかいものといえばマシュマロ、パン、こんにゃく、うどん、餅……ああ、雑煮食べたい……じゃなくて。

 

 なぜかイメージしようとすると食べ物ばかりが浮かんでしまう。

 

 餅といえばさぁ、あれが好きだったんだよね。餅の入ったインスタントうどん。あれ、久しぶりに食べたいな……って、ん? インスタント?

 あ! インスタントラーメン!

 初めは硬くてだんだんと柔らかくなるものってインスタントラーメンのイメージでいいんじゃない? ふにゃふにゃになるし、なんとなく麺が解れるっていう感じが使えそうな気がするし。

 

 私は頭の中でカップ麺にお湯を注ぐイメージをしながら魔石の名を呼んだ。

 

「『マビー』解除を」

 

 ちょうど三分経って麺がほぐれた状態を思い浮かべて命じると、カチャリという音を立てて錠が外れた。

 

「できた!」

「ディアナもですか? どうやったのです?」

「とにかく、ふっにゃふにゃになるイメージでやるとできたよ」

 

 インスタントラーメン、恐るべし。

 これから解除を使うときはインスタント魔石術って覚えとこ。

 

 解除の魔石術を使えたのは教室にいる生徒の二割くらいだった。今年はこの解除の魔石術をひたすら練習していくらしい。合格した私たちも、より難易度の高い鍵の解除を習っていく。

 

 なにも考えずに使えるものもあれば、こんな風にいきなり難しくなる魔石術もあるんだね。

 

 

 そして難しい魔石術といえば黄の魔石術だ。

 昨年は結局引き寄せる魔石術と空中で物体を留める魔石術をマスターするだけで授業が終わった。

 黄の基礎魔石術学の担当であるアサスーラ先生が教室に入ってきてみんなを見回す。

 

「さて、昨年は『引き寄せる』と『留める』という二つしか習得することはできませんでしたね。今年はこれに加えて、『物体を移動させる』という魔石術を学んでいきたいと思います」

「物体を移動させる?」

「黄の魔石術には物を引き寄せるという力があります。その引っ張る始点というのは通常は魔石を使っているみなさんになりますね。『こちらへ』と命じてペンを引き寄せれば術者の手のひらに移動します」

 

 それはそうだね。

 

「今回はその始点を自分ではなく違うものに設定して引き寄せの魔石術を使います。少しやってみましょうか」

 

 アサスーラ先生はペン軸を教卓の上に置いて、魔石の名を呼んだ。

 

「『サリク』ペンをあちらへ」

 

 そう命じると、黄色いキラキラに包まれたペン軸が、先生が指さした教室の扉に向かってふわりと移動した。

 

 あ! これ王様が使ってたやつじゃない? 王の間にある本タワーを動かしてた魔石術!

 わぁ……これだったんだ。

 

「この魔石術のコツは物を引っ張る起点をきちんと設定し、そこに引き寄せる力が働くようにイメージすることです。初めは机の端から端まで移動する練習をしてみましょう」

 

 アサスーラ先生の言葉にみんなが一斉に練習を始める。私もペン軸を机の右端に置いて、とりあえず黄の魔石に命じてみるけど、ペン軸はピクリとも動かなかった。

 

 なにも考えずに命じても無理だね。起点をちゃんと設定するって言ってたけどどういうことだろう? 

 起点を設定……あれかな、シミュレーションゲームみたいに移動させたいキャラクターをボタン押して選択する感じ?

 

 私は机の左端を見ながら「ここを選択」という感じで頭の中で旗を立てる。そしてその起点からペン軸に向かって一本の線を伸ばす。繋がりの魔石術で繋がってるみたいに、というか、これゴルフゲームと同じ感じだね。

 そして起点の旗からペン軸に向かって力が働くように意識して命じた。

 

「『サリク』ペンをあちらに」

 

 するとペン軸がふわっと浮く間も無く、ビュンッと机の端にぶっ飛んでいき、そのまま左隣のルザのさらに隣の子の机の方まで行ってしまった。

 

「わわっごめんなさい」

 

 ルザの隣の子がびっくりしながらペン軸を返してくれる。

 

 そうだった、私の引き寄せの魔石術は掃除機をイメージしてるから勢いが強いのだ。アサスーラ先生のようにふわっと引き寄せられないかと去年頑張ったけど、一度掃除機というイメージがついたらそれが離れることはなく、結局うまく修正することができなかった。

 

 ゲームしてたおかげで起点の設定はうまくいったけど、そこに引き寄せて留めることは難しいね。


「困ったなぁ……」

「ふふ、ディアナの引き寄せは勢いがいいもんね」

「もっとこう、ふわっと移動できるようにならないとこの魔石術は成功しないね」

 

 私は腕を組んで考える。やっぱり掃除機のイメージを一新するなにかを見つけるしかないよね。さっきのゴルフゲームの感じは悪くないと思うんだよ。起点を作って、そこから線で繋がってる感じ。ゴルフだと起点に向かって打つって感じだから、そうじゃなくて逆に起点に引っ張る……一本の線で、引っ張る……。

 

「あ! 釣りだ!」

「釣り?」

「ううん、なんでもない」

 

 そうだ、なんで気がつかなかったんだろう、引き寄せる魔石術は釣りのイメージがぴったりではないか。

 あ……黄の魔石術の力が吸引って言われたから掃除機しか思い浮かばなかったんだ。

 

 私は早速机の右端にペン軸を置いて、左端を起点にして魔石の名を呼ぶ。

 

「『サリク』ペンをあちらに」

 

 起点から一本の糸がペン軸まで伸びていて、それを一本釣りするイメージで命じた。

 するとふわりとペン軸が浮かんで机の左端に飛んでいき、そこにカツンと着地した。

 

 やった! できた!

 

「ディアナ、できたね!」

「さすがです!」

 

 私はそのあとファリシュタとルザに釣りの話をした。けれど二人とも釣りをしたことがないらしく、イメージするのが難しいみたいだ。

 

「そっか……砂漠の国で釣りなんてしないもんね……」

「あ、あの……そのアイデア、借りてもいい?」

 

 とその時、私の前に座っていた生徒が振り返って訪ねてきた。その子はジャヌビ出身で釣りもしたことがあるらしい。

 

「どうぞどうぞ」

 

 と私が言うと、その周りの子たちも次々と許可を求めてきた。どうやらみんな私の話を聞いて気になっていたが、私がエルフと知って避けていたのでなかなか聞けずにいたようだ。

 釣りを知っている子はそのあと次々と魔石術を成功させていた。

 

 イメージの力って大事だね……。

 

「あのような者から助言を聞くなんて……」

 

 と後ろの方から聞こえてきたのは久しぶりのティエラルダの声だ。周りの生徒はその声に一瞬気まずそうな顔をしながらも、「アイデアを借りるくらいいいじゃない」と開き直って先生に合格をもらっていた。

 教室内は私を嫌がる層、様子を見る層、少しずつ態度を軟化している層に分かれているようだ。

 

 

 授業が終わったあと、アサスーラ先生の呼び止められた。ファリシュタとルザとともに教室に残る。

 

「授業を受けていて気になることはありますか?」

 

 どうやら先生なりに教室の雰囲気を心配して聞いてくれているらしい。

 

「気にかけてくださってありがとうございます、アサスーラ先生。私は大丈夫です。今のところ表立ってなにかをしてくる人はいませんし……」

 

 私がそう答えると、アサスーラ先生は少し考えたあと口を開いた。

 

「ディアナ、あなた今年の社交パーティはどういう予定にしているのかしら?」

「社交パーティですか? 今のところ出る予定はありませんが……」

「……参加することを考えた方がいいかもしれません」

「アサスーラ先生?」

「今のところあなたに直接嫌がらせをしてくる人がいないのは、学院が始まったばかりでまだ様子を見ているからというのもありますが、あなたのクラブにイバンとレンファイが入っているからです」

「イバン様とレンファイ様が?」

「ええ。大国の二人と繋がりがあるあなたに手を出すのは得策ではないと思われているのですよ。ですから今年は生徒たちも比較的大人しくしているのだと思います。問題は来年以降です」


 イバン王子とレンファイ王女が卒業してからか。

 

「イバン様とレンファイ様がいなくなった来年から私にちょっかいかけてくる人が増えるということでしょうか?」


 私がそう聞くと、隣で話を聞いていたファリシュタが心配そうな顔になる。

 

「直接手を出せば学院長である王から罰が下されるのでそれはないと思いますが、嫌な噂を立てられたりする可能性は高まるでしょう。ですので、今年の社交パーティに参加して来年以降もあなたと懇意にしてくれる他国の王族や高位貴族の方を見つけなさい」

 

 アサスーラ先生らしくない強めの口調で言われて私は戸惑う。社交とか面倒臭いな、別に誰が味方になるとかどっちでもいいんだけど、とか言ってられないようだ。

 

「……社交は今後の私に必須ということですね……」

「社交は面倒なことばかりではありませんよ。社交パーティで話題になれば演劇クラブのことを宣伝することもできます。あなたが社交の表に立つことで本人を直接知って、あなたに対する態度を軟化させる人もいるかもしれません。さっきの子たちのように」

 

 ……確かにあれだけ私の悪口をファリシュタに言っていたザリナも、私を直に知ることで態度が変わってきてるもんね。それに演劇クラブの宣伝になるなら行かない手はない。

 

「わかりました。演劇クラブのためになるなら参加する方向で考えてみます」

「ええ、その方がいいでしょう。社交のことでなにか気になることがあれば遠慮なく聞いてください」

「ありがとうございます、アサスーラ先生」

 

 先生と別れて教室を出る。廊下を歩きながらルザが聞いてきた。

 

「ディアナは社交が好きではないようですね」

「うーん……基本的な作法は習ったんだけどちゃんと身についてるか不安だし、貴族の社交には嫌味がつきものだしねぇ。ルザは好きなの?」

「好きでも嫌いでもありませんが、社交は情報を得ることができる機会なので、任務だと思えば楽しいですね」

「なるほど……任務か。じゃあ私もそういう気持ちで挑もうかな。題して『来年からの味方を増やしてさらに演劇クラブの宣伝もするぞ作戦』!」

 

 私が胸を張ってそう言うと、ファリシュタが笑い出した。

 

「そう言われたら、なんだか楽しそうな雰囲気になるね」

「でしょ? この方がなんか健康的だよね」

「健康的……」

 

 ルザがそう呟きながら苦笑している。

 憂鬱な予定はこうして前向きな言葉に変換してしまうに限る。それに演劇クラブでやることがたくさんあるので、嫌なことを考えてる時間はない。

 

「今日の放課後はヤティリと脚本を仕上げるんだよね?」

「そう! 大体出来たから、あとは私と詳細を詰めるだけなんだって。すごいよね、ヤティリは。天才作家だよ!」

「本当にすごいよね。どんなお話になるのか私も楽しみ」

 

 ファリシュタとそう言って笑い合いながら、お昼へ向かった。

 

 

 

 

解除と移動の魔石術を覚えました。

アサスーラ先生に勧められて社交クラブに参加決定です。


次は 脚本作りと女子会、です。

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