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音を刻むチッチ虫


 クィルガー経由で学院に派遣された革屋の主人と学院の平民相手用の談話室で会うことになった。今回は顧問のオリム先生も一緒だ。やってきた革屋の主人はかなり恐縮した様子でペラペラのヤパンの上に座っている。

 

 そりゃ禁忌である古い音出しを復元してる人が貴族の巣窟みたいな学院に呼び出されたらそうなるよね。

 

「申し遅れました、私はアイタと申します。クィルガー様より学院に行くようにと召喚状をいただいたのですが、ご依頼いただいているでんでん太鼓のことでなにか問題がありましたか……?」

「いえ、その件じゃないんです。今回はアイタさんに作ってほしいものができたので、お父様にお願いして召喚状を送ってもらいました」

 

 私はそう言ってオリム先生を紹介する。この学院の副学院長と聞いてアイタが明らかに怯え出した。特徴的な口髭がプルプルと震えている。

 

「私は今回副学院長というより演劇クラブの顧問としてきていますから、そんなに怖がらなくていいですよ」

「え、演劇クラブ……ですか?」

「私が立ち上げた新しいクラブなんです。そこでこの前買った太鼓を使う予定なんですよ。で、今回他にも使いたい音出しが見つかったんですけど、とても貴重で大事なものなのでそれのレプリカを作ってもらいたいと思ってアイタさんにきてもらいました」

「レプリカですか」

「はい、これなんですけど」

 

 私はハンカルから預かった古い縦笛をローテーブルの上に置いた。

 

「! こ、これは……かなり古い音出しではないですか⁉」

「ふふ、見ただけでわかるなんてさすがですね。出どころは言えませんがとあるところで大事に受け継がれてきた音出しなのです。これを使いたいんですけどさすがに気軽に試すことができなくて」

「このようないい状態で残ってるものは初めて見ました……なんという美しさだ……!」

「このレプリカを作ってほしいんですが、できそうですか?」

「これだけ綺麗な状態の見本があれば可能だと思いますが……その、いいのですか?」

「はい。この通り副学院長の許可は出ていますし、この音出しの存在を秘匿するという契約書は結んでいただきますが」

「も、もちろんです! 望んでも叶わないことをさせていただけるのです。家族にも誰にも言わずに作ります」

 

 先程の怯えた表情は消えて古い音出しを前に興奮を抑えきれないアイタに、契約内容を書いた貴族用の契約書を見せてサインしてもらう。貴族用の契約書は平民が用意する契約書と違って反故にすることはできないし、違反すればすぐに平民の首が飛ぶ厳しいものだ。

 だけどアイタは目を輝かせながらサインし、縦笛をそれは丁寧に梱包して帰っていった。

 

 出来上がりが楽しみだなぁ。

 

 そしてその日は寮に戻ってそのまま寮長室に向かう。ソヤリから話がいって、テクナ先生が今日ここで話を聞いてくれることになったのだ。

 

「なんで校舎じゃなくてここで話をするんだろ……」

「テクナ先生は学院で過ごすのがお好きではないと聞きましたが」

「先生なのに学院が嫌いって……」

 

 ルザとそんなことを話しながら寮長室に行くといつもの談話室に通された。中でしばらく待っていると奥の扉の方から男女の言い合う声が聞こえてきた。

 

「そのサボり癖をいい加減どうにかしろ」

「うるせぇな。たまに休憩しないと仕事に集中できないんだよ」

「たまにじゃないだろ」

「人間にはメリハリってもんが必要なんだよ」

「それは普段から真面目に働いてる人が言う言葉なんだよ」

「るせぇババアだな」

「なんだって?」

「いででででっ」

 

 ガチャリと奥の扉が開いて寮長のガラーブと頬をつねられたテクナ先生が姿を見せた。二人のやりとりを見たルザが目をパチクリとさせている。

 

「久しぶりだなディアナ」

「お久しぶりです寮長さん、テクナ先生。相変わらずお二人は仲がいいですねぇ」

「「どこがだ」」

 

 二人のツッコミが重なって私は思わず吹き出してしまう。

 寮長さんはムッとしながら私の前に座って、改めて私の顔をまじまじと見だした。

 

「……本当にエルフなんだな」

「あ、そういえばそうだったな」

 

 ガラーブとは違いテクナ先生はあまり気にもとめてない様子でヤパンに座る。

 

「テクナ先生は私がエルフだと公表した全校集会の時も普通の顔してましたよね」

「別におまえが人間だろうがエルフだろうがどうでもいいことだ。俺の基準は魔石装具の開発に役に立つか立たないかだからな」

「なるほど」

「で、今日はなんなんだ? ソヤリから『音を出す奇石』について心当たりがないかって聞かれたが」

 

 私は演劇クラブで音を刻む道具が必要であること、奇石でそういうものがないか聞きたかったこと、もしあるなら魔石装具で作ることができないかということを尋ねた。

 私の質問を聞いたテクナ先生が腕を組んで口をむーんと尖らせる。

 

「一定の間隔で音を刻む奇石ねぇ……そういうのは聞いたことがないな」

「ありませんか……」

「ただ、音を刻む虫なら知ってる」

「え⁉ 虫ですか⁉」

 

 意外な答えに目を見開く。

 

「貴族の観賞用に『光を当てると美しく鳴く虫』っていうのがいるんだが、その虫の仲間で一定の間隔でずっと鳴き続ける『チッチ虫』ってのがいるんだ。チッチッチッチって光が当たってる間ずっと鳴くんだよ。こっちは観賞用じゃないがな」

「そんな虫がいるんですか」

「しかも光の明るさを変えると鳴く速さが変わるんだ。おまえが欲しいのはそういうやつだろ?」

「そうです!」

 

 光の強さで速さを変えられるならメトロノームとして使えるかもしれない。奇石ではないけど虫にいたとは驚きだ。

 

「あの、テクナ先生、そのチッチ虫ってどんな虫ですか? 小さいですか?」

「こんくらいの赤くて丸い虫で大きな目とクチバシがついてる」

 

 テクナ先生が指を丸めて説明してくれる。どうやらピンポン玉くらいの虫らしい。

 

「じゃあその虫を小さな箱に入れて、光の加減を調整できる携帯灯を取り付けたら私が欲しいものができるってことですよね?」

「あん? 魔石装具と組み合わせるのか?」

「そうです。使いたい時に使いたい速度の音を鳴らしたいので自然光で調整するのは難しいと思うんです」

「それはそうだな……光を調節できる携帯灯ね……ふむ、その開発は面白そうだな」

「チッチ虫はどこで手に入れることができますか?」

「あれは観賞用じゃないからその辺には売ってないが、ヘルミト先生なら持ってるんじゃないか? あのジジィは変な生き物集めんのが趣味だからな」

 

 そういえば泥を吐くドラゴンとか飼ってたもんね。

 

「……テクナ先生、もしよかったら音を刻む道具作ってくれませんか?」

「いいぞ」

「いいんですか⁉」

「ちょうど仕事にも息詰まってたし、気分転換になりそうだ」

 

 そう言ってニッと笑うテクナ先生をガラーブがギロリと睨んだ。

 

「本当に気分転換ばっかりだな」

「うるせぇ」

「ありがとうございます! テクナ先生」

「ただしタダじゃねぇ」

「もちろんです。制作費はクラブ予算からお支払いしますよ」

「いや金はいらねぇ、その代わりおまえに俺の手伝いをしてもらう」

「へ? 手伝いですか?」

 

 私がそう言うと、テクナ先生は腰袋から蓋のついた魔石装具を取り出した。

 

「水流筒ですか?」

「そうだ。おまえが昨年度に発見した水流筒の中にマギアが含まれちまう問題だ。マギアが含まれないように改良しようとしてるんだが、それがまだできてない」

「そのままでは売れないから水の中のマギアをなくそうとしてるんですよね」

「ああ。ミニ魔石を小さくしたり水石の種類を変えたりいろいろ試してるんだがうまくいかないんだ。だからこれの改良をおまえに頼みたい」

「えええ! 私が考えるんですか? 魔石装具のことはあまり詳しくないので無理ですよ」

「詳しく知らないからこそ、なんか良いアイデアが出るかもしれないだろ」

「ええー、そんなことできますかねぇ……」

 

 私は水流筒を持って眉を寄せる。ちなみに「なにか不測の事態になった時にまた役に立つかもしれないから」という理由で私はテクナ先生からもらった水流筒をそのまま持っている。

 

「この水にマギアが含まれる原因ってわかったんですか?」

「ミニ魔石を使うからだと俺は思ってる。赤いミニ魔石の力が水石に伝わることで、水石の水にミニ魔石の中のマギアが流れちまうんだ」

「その原理だと他の送風筒の風や携帯灯の光にもマギアが含まれることになりませんか?」

「いや、実験してみたが水流筒以外のものにはマギアは含まれてなかった。おそらくマギアは水に溶けやすいという性質を持っているんだと思う」

「水に溶けやすい……なるほど」

 

 水流筒を作動させるには赤のミニ魔石を使うしかない。出てきた大量の水からマギアを取り除こうと思ったら……。

 

 うーん……なんかないかなぁ。

 水から何かを取り除くって……あ、水道水からカルキを抜くのと同じことって思ったらいいのかな。

 

 私の頭の中に恵麻時代の家で使っていた浄水器が浮かぶ。

 

「マギアを取り除けるフィルターがあればいいんじゃないですかね」

「は? フィルターってなんだ?」

「ろ過することができる薄い膜のことです。この水石にマギアを取り除くことができるろ過装置を付ければ、マギアの含まない水を出すことができると思うんですけど」

「ろ過装置だと……! そんな方法は考えたことなかったな」

「マギアがろ過できるものなのかはわかりませんけど」

「……できないことはないな。試してみる価値はある」

 

 テクナ先生は口を尖らせたままなにかを考えている。どうやら口を尖らせるのは考え事をする時の癖らしい。

 しばらく考えたあと、テクナ先生はハッとなにかを思いついた顔をして、ローテーブルに額をゴンッと当てた。

 

「ああ……くそ! 俺としたことがこんな簡単なことも思いつかなかったなんて!」

 

 そう言ってゴンゴンとテーブルに頭を打ちつける。

 

「おい、テーブルに傷がつくからやめろ。いけそうな目処がついたんならさっさと形にしてこい」

「うるせぇな……おまえには夫を慰めるという気持ちはないのか」

「夫を慰めるよりそいつの尻を叩く方が得意だな」

 

 ガラーブはそう言ってテクナ先生のお尻を本当に叩いた。

 

「いてぇ!」

「ほら、さっさと戻れ。ディアナに頼まれたものもちゃんと作ってやれよ」

「わかってるよ!」

 

 ガラーブに追い立てられて、テクナ先生はお尻を掻きながら部屋から出ていった。

 なんというか、本当に貴族らしくない変わった夫婦だ。壁際に立っているルザが唖然とした顔をしている。

 

 私としては砕けた態度で接することができるから楽でいいけどね。

 

 テクナ先生が去って、ガラーブが私の寮での様子を聞いてきた。

 

「今年からはルザが護衛として同室になったんだったな。相部屋はどうだ? 問題ないか?」

「はい。ファリシュタもルザも去年から私を知ってますし、ザリナもツンケンしてますけど徐々に打ち解けていってると思いますよ」

 

 私がそう言って後ろを振り返ると、

 

「ええ、ザリナはディアナのことを直接知っていく中で段々と態度も柔らかくなってきている気がします」

 

 とルザが答えた。

 

「そうか、ザリナの家は下位貴族だが真面目で誠実な仕事ぶりで評価されている。だがその真面目さを逆に利用されたり理不尽な目に遭うことも多い。ザリナはそんな親を見て歯痒い思いをしてきたんだろう。根は真面目でいい奴だと思うぞ」

「そうですね。ファリシュタが意外と平気そうなので、このまま上手くいけばいいなぁって思ってます」

「トイレや風呂が共同になったがそっちも大丈夫そうか?」

「大丈夫ですよ。お父様と一緒に旅をしてた時に宿の共同トイレも使ってましたし、元々貴族ではないのでそこに抵抗はあまりありませ……」

「ぶはぁ! お、お父様⁉」

 

 私がクィルガーのことをお父様と呼んだ瞬間ガラーブが吹き出した。

 

「あの……クィルガーが、お父様……! あはははははは!」

「そこまで笑わなくても……」

「いや面白すぎる……っ! お父様って……あいつ、絶対恥ずかしがってただろ」

「そうですね、呼び始めて最初の方は変な顔になってました」

「あはははははは‼」

 

 ガラーブはテーブルをバンバン叩きながら爆笑している。こんな笑い方する貴族女性も初めて見た。

 

「いやぁいいこと聞いた。今度クィルガーに会ったらお父様って言ってやろう」

「怒るからやめてくださいよ」

 

 伝説の騎士をおちょくろうとするのはこの人くらいなもんじゃないかな。

 

 

 

 後日、テクナ先生が早速チッチ虫を使ったメトロノームを作って寮長室に持ってきてくれた。水流筒の改良より先にこっちを作ってくれたらしい。

 十センチ四方の木の箱で上部にダイヤルのようなものがついている。箱の至るところに空気を入れるための小さな穴が空いていた。チッチ虫が反応しない暗さになるように計算して空けているらしい。

 

「ここの端にある赤いミニ魔石を触ってダイヤルを回すと中に光が段階的に入っていく構造になってる」

「使ってみていいですか?」

「おう」

 

 私はテーブルに置かれた四角い箱のミニ魔石に触れて上部のダイヤルをゆっくりと回す。すると中から「チッチッ」というゆっくりなテンポの鳴き声が聞こえた。ダイヤルを回していくと、その声がどんどん速くなっていく。

 

 チッチッチッチ

 チッチッチッチ

 チチチチ

 チチチチ

 チチチチ

 チチチチ

 

「すごい! 完璧ですテクナ先生」

「フン! 当然だ。俺に作れないものはない! ガハハハハッ」

「すぐ調子に乗る……」

 

 テクナ先生の横でガラーブがじとっと睨む。

 

「チッチ虫は一週間に一回餌を放り込むだけであとは放ったらかしでも大丈夫だ。寿命は三年くらいだったかな」

「どんな虫か見てもいいですか?」

「上部が開くようになってるから開けてみろ。チッチ虫は知能も低くて基本的に動かない虫だから逃げ出すこともないだろ」

 

 私はパカっと箱の上部を開けて中を覗き込む。箱の中心にピンポン玉くらいの赤い塊がいて、光が当たったからかチッチと鳴き出した。

 

 思ったより虫っぽくないね。表面はぬいぐるみみたいにふわふわしてるし、目もくりくりしてて可愛い。赤い体に黄色のクチバシっていう配色も派手でいい。

 

 チッチ虫はチッチッと鳴きながら前後に揺れていた。

 と、その時スカーフからパンムーが出てきて箱に飛び付き、中のチッチ虫を取り出そうと手を伸ばした。

 

「あ! ダメだよパンムー!」

 

 私は慌ててパンムーをがしっと掴んで箱から離す。

 

「パムー!」

 

 とパンムーはジタバタともがいて箱に戻ろうとするので私はすかさず蓋をした。


「これはパンムーのご飯じゃないの。食べちゃダメ。わかった?」

「パムゥ……」

 

 パンムーはとても不服そうに箱を眺めている。

 

「こいつは部屋に置かない方がいいな」

「そうですね……」

 

 チッチ虫の箱は「チッチ」という名前にして練習室で保管することになった。

 

 

 

 

相変わらず荒い夫婦と再会です。

言葉は荒いですがディアナにとっては気楽に話せる大人です。

テクナのおかげでメトロノームもどきができました。


次の更新は11/29、

青と黄の授業 解除と移動、です。

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