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禁忌の踊り


 演劇クラブが始動した次の日、私はラクスをこっそりと新しい練習室に呼び出した。夏休みにやってきてもらったもう一つの成果を見るためだ。

 私の護衛と「男女が二人きりで部屋にいるのは貴族として看過できませんので」という理由でルザも部屋の中にいる。

 

「ソヤリさんとも二人きりになるけど……」

「ソヤリ様は別です」

 

 ラクスを待っている間ルザとそんな会話を交わす。どうやら相手との関係性や信頼性の違いでいいか悪いかは決まるようだ。

 

「じゃあルザ、これから見ることは他の人には内緒にしてくれる? あ、もちろんソヤリさんにはいいよ。これのことも言ってあるから」

「わかりました」

 

 それからすぐにラクスがやってきた。心なしか少しだけ顔が緊張している。ラクスは部屋の鍵を内側からかけると、私たちの方へ近づいてきてチラリとルザを見やった。

 

「ディアナ、本当にいいのか?」

「うん、大丈夫だよ。ここでラクスがやることは絶対誰にも言わないし、ルザにもそうお願いしてるから」

「……わかった」

 

 いつもと違うラクスの様子にルザが疑問を投げかける。

 

「一体なにをするのですか?」

「ラクスの国にこっそり伝わっている踊りを覚えてきてもらったんだよ。今からそれを披露してもらうの」

「踊りですか⁉ 踊りは音楽とともに禁忌のものでは……!」

 

 ルザの言葉にラクスが気まずそうにポリポリと頰をかく。

 

「ジャヌビ国にはそれが人知れず受け継がれてたんだよ。俺の育った地域は歴史のあるところでさ、古いしきたりなんかも残ってて……。で、その中に踊りも含まれてたってわけ」

「現代に踊りが残っているのですか……」

 

 意外なことを聞かされてルザが口元に手を当てる。私はラクスがどうやって踊りを知ったのか気になった。

 

「その踊りをラクスが知ってたってことは貴族にも知られてる踊りってこと?」

「いや、さすがに貴族の中に広まってるってことはないよ。俺の国では自然の恵みに感謝する儀式があるって言ったろ? ジャヌビは自然が豊かな国だからさ、魔石信仰の他に独自に自然を崇拝する文化があるんだ。その儀式を執り行う『ナモズ』って人たちがいて、その人たちの中で踊りが受け継がれていたんだ」

 

 おお、やっぱり儀式と踊りって切っても切れないものなんだねぇ。

 

「ナモズは平民だけど、その人たちが執り行う儀式には貴族も参加する。で、ガキのころ、参加していた儀式に飽きて会場を抜け出した俺はナモズの人たちしか入れない建物に侵入して、そこで披露されてた踊りを見たんだよ」

「侵入って……ラクスってやっぱりやんちゃだったんだね」

「大人たちの儀式に参加してもつまんねーんだもん。そこで見たナモズの踊りはすごかった。速いし、躍動感があって踊ってる人たちはみんな楽しそうだった。俺はそれ見てワクワクしてさぁ。なんだこれ! 面白いぞ! って思ったんだ」

 

 踊りが禁忌だと教えられる前に、ラクスは踊りと出会ったんだね。

 

「最初は貴族の俺が踊りを見たいって言ってもナモズの人たちは『家にお帰りください』って言って受け入れてくれなかったんだけど、めげずに通っているうちに向こうも根負けしてさ『見るだけなら』ってことで踊りを見せてくれるようになったんだ」

「そりゃ貴族の坊ちゃんには簡単に見せられないよねぇ。それが見つかったらラクスの親に殺されるかも知れないし」

「いや、まぁうちの国民性は結構緩いからさぁ、ナモズに古い踊りが伝わっていることを貴族たちもぼんやりとは知ってるんだ。黙ってるだけで」

「そうなんだ。国によって違うんだねぇ」

「ジャヌビ国は緩いとは聞いていましたが……」

 

 ルザがそう言って頭を振っている。

 

「それでナモズの踊りを見ているうちに、なんとなくその動きを体が覚えちゃったんだと思う。まさか、ディアナにそれがバレるとは思わなかったけどな」

「ラクスは武術演技の覚えが異常に早かったからね。リズム感が身に付いている人じゃないとあんなに早く覚えられないよ」

「リズム感ってなんだ?」

「ええと……ハンカルが叩いていた太鼓の音があったでしょ? 一定の音で叩く音。あれに合わせて体を動かせる感覚ってこと」

「ああ、それは今ならわかるな。ナモズの踊りにも一定の間隔で叩く音が必要だから」

「そう、それそれ」

「ディアナはそのリズムというものをどこで覚えたのですか? 幼少のころの記憶は失っているのですよね?」

 

 ルザが鋭いところを突いてくる。私はあらかじめ決めていた台詞を言う。こういう時のための答え方を王様とソヤリとクィルガーの間で決めていたのだ。

 

「どこで覚えたのかはわからないけど、知ってるんだよね。……エルフだからかな?」

 

 私はそう言って首を捻る。

 

「私に聞かれましても……」

「だよねぇ、でもそう答えるしかないんだよね。私は魔石術を使える新しいエルフだけど、それ以外のことはよくわかんないんだ。ただ、新しい存在らしく、これから生み出すものは今までにない新しいものにしようと思ってるよ」

「じゃあ俺の踊りも新しい踊りになるのか?」

「そのままの踊りじゃなくて二人でアレンジを加えていけば、新しい踊りになるよ」

「そっか……なんか面白そうだな!」

「そうでしょそうでしょ!」

 

 私とラクスがそう言い合っている後ろで、ルザが「二人とも楽観的すぎます……」とため息をついた。

 

「じゃあ俺今から踊るけど、そのリズムだっけ? 一定の間隔で鳴らす音がいるんだけど」

「私が鳴らすよ。どんな音? 速さは?」


 ラクスに踊りのテンポを教えてもらうと、ナモズの踊りは結構速いものだった。

 

 多分テンポ百九十くらいかな……。

 

 私は部屋に保管してある箱から小太鼓と細いバチを取り出して、小上がりの端に腰掛けてそれを膝の上に乗せる。

 

 タッタッタッタ

 タッタッタッタ

 

「これくらい?」

「おう」

 

 小上がりの前のひらけている場所にラクスが立つ。深呼吸を一つして、私が鳴らす太鼓の音を確かめるとラクスがふわりと跳んだ。

 

「わ……!」

 

 ナモズの踊りは跳躍の踊りだった。

 ターンッ、と足を広げて高く跳び、着地してまたすぐに跳ぶ。今度は細かなリズムに乗りながら足を交互に高く上げ、回し蹴りをするようにくるりと回る。次に深くしゃがんだかと思えばその姿勢のまま片足ずつ前に出す。その間、地面についている足は常にリズムに乗って軽くジャンプしている。

 上半身はその足の動きに合わせて大きく横に広げたり、両足を開いてジャンプした瞬間に下にバッと伸ばしたり、動きとしてはコミカルな感じだ。

 

 しゃがんだ形のまま足を交互に出すのはコサックダンスに似てるね。あれにもっと上下運動が加わる感じ。

 すごいよこれ。足は常に動きっぱなし、しかもジャンプも高いしやる動きが派手なのにテンポも速い。こんなの普通はすぐにスタミナが切れるよ。

 

 横を見ると、ルザが目を丸くして口を開けて固まっている。

 

 ダッダッダッダッ

 ターン! ダッダッ

 

 練習室を動き回りながら飛び跳ねて、回って、しゃがんで、ジャンプして。体全部を使った踊りが休む間もなく繰り広げられる。でもラクスは笑顔だった。踊ることが楽しくて仕方がない、そんな顔をしている。

 最後にバレエのトゥール・アン・レールのようにその場でジャンプして空中で回転する。そして着地してポーズを決めた。

 

「わあー! すごいよラクス!」

 

 私は太鼓を横に置いて拍手をする。

 まさにブラボー! な出来だ。スタンディングオベーションものである。

 

「はぁ、はぁ……よかった……練習した甲斐があったぜ……ゼェゼェ」

 

 踊り終わったラクスはその場に座り込んで息を整えている。

 

「こんな激しい踊りよく覚えられたねぇ」

「ナモズの人たちはもっと楽勝で踊ってたんだけどな。俺も実際やってみるまでこんなにしんどいものだとは思わなかった……はぁ……」

「ありがとうラクス、最高の踊りだったよ。もう、ワクワクが止まらない感じ」

「はは、踊りを見てそんな嬉しそうな顔になる貴族はディアナくらいだよ」

 

 私は横にいるルザを見る。

 

「ルザはどうだった?」

「……そうですね……正直感動しました。これが踊りなのですか……」

「すごいよねぇ!」

「はい。なんだかいつまでも見ていたい気持ちになる不思議なものなのですね」

 

 ルザの感想を聞いてラクスが破顔する。

 

「だろ? 俺も初めて見た時同じことを思ったよ。これ、ずっと見てたい! って」

 

 ラクスの言葉に私はうんうん頷く。

 

「でもナモズの踊りはずっとは踊ってられないね」

「ははっ不可能だよなぁこれ。体が死んじまう」

「でも十分に参考になった。使えるよ、この踊り」

「そうか?」

「うん!」

 

 速いテンポ、跳躍が中心の踊り、派手な動きで見てる人を惹きつけられる……うんうん、いいね。買った太鼓との相性も良さそうだし、これに私が習ってきたバレエの動きも入れてアレンジできれば新しい踊りができるかもしれない。

 でもそうなると、やっぱりメトロノームが必要だ。

 

「……ねぇラクス、その踊りを覚えるのってどうやった? 特にテンポとか」

「テンポ?」

「速さのこと。決まった速さで踊るのになんかこう道具とか使わなかったの?」

「特になにも使わなかったぞ? ナモズの人たちが横でずっと音を鳴らしてくれてたから」

 

 メトロノームみないなものはないのか……。

 

「なんか欲しいもんがあるのか?」

「ラクスと踊りを作ったり、それをみんなに教える時に、決まった速さで音が鳴る道具がいるんだよね。そういうのがないと、音を鳴らす人次第で速さにバラつきが出ちゃうから」

「……確かにそうだな。ナモズの人もいつも同じ人が鳴らしてくれてた」

「太鼓の練習をするのにも役立つと思うんだけど、そういうものってないのかな?」

 

 私とラクスがうーんと腕を組んで考えていると、ルザがポツリと呟いた。

 

「そういう一定の音が鳴る奇石があればいいんですけど……」

「奇石かぁ……確かにそういう石があれば手軽なんだけど……でも自由に速さを変えたいしなぁ」

「テクナ先生に聞いてみたらどうだ? 奇石のことなら絶対詳しいだろ。それに魔石装具と組み合わせたらそういうのも作れるかもしれないし」

「魔石装具……! そうだね、ダメもとで一回聞いてみるよ」

 

 そんな大袈裟なものを作らなくても振り子と歯車があれば作れるものなんだけど、私はその詳しい構造を知らないんだよね。あのカチッカチッて音はどうやって鳴ってたんだろ。

 

 

 その日ラクスが帰ったあと、練習室でソヤリに手紙を書いた。ハンカルの持ってきた古い笛のレプリカを作りたいこと、ラクスの踊りの内容とそれをアレンジする予定であること、それには一定の音を鳴らす道具がいること、テクナ先生にそれについて聞きたいこと……。

 

「結構報告することたくさんあるね」

 

 その手紙をルザ経由でソヤリさんに渡してもらう。

 

「そういえばルザとソヤリさんってどうやってやりとりしてるの?」

「ふふ、それは言えません」

 

 ルザはそう言ってにっこりと笑う。

 

 うぬぬ……相変わらず秘密の多い部署だ。

 

 そして私はそこでハッと気づいた。

 

「あ! もしかして一年の時に私の部屋にソヤリさんからの手紙を入れてたのって……!」

「ふふ、気づきましたか。私です」

 

 そこは答えてもいいらしい。

 

「ルザだったんだ……。じゃあ一年のころから私のこと知ってたんだね」

「はい。ソヤリ様と父からよく見守っているようにと言われてました。ただ……あの事件の時にそばにいなかったのは悔やんでも悔やみきれません」

 

 あの事件って私がテルヴァに攫われたやつかな?

 

「ルザが気にすることじゃないよ。正式な護衛ではなかったんだし、そもそも私が油断して一人で行動したのがいけなかったんだから」

「正式な護衛ではありませんでしたが、ソヤリ様はそういう不測の事態が起こってもなにか手がかりが掴めると思って、私にディアナのことを見守るようにと言ったのだと思います。私はそれに応えることができませんでした」

「ルザ……」

「私は今年正式にディアナを護衛するチャンスをもらいました。一年の時のような失敗は絶対にしません」

 

 ルザは一年の時にはまだ甘かった護衛能力を夏休みの間に鍛えまくったんだそうだ。なんでもできそうなルザもこう見えてまだ二年生なのだ。ファリシュタやイリーナと同い年の女の子が私を守るためにそこまで思い詰めてることがわかって、私は少し胸が苦しくなった。

 

「私のためにそこまでしてくれてありがとね、ルザ。でも一つだけ約束してくれる?」

「なんでしょう?」

「絶対に無理はしないで。私のためにルザがひどい目に遭うのは私は嫌だよ」

「ディアナ……」

「テルヴァは本当に平気で毒を使うようなひどい人たちなの。だから自分の命が危ないって思ったらすぐに逃げて。そして大人たちに知らせてほしい」

 

 私はそう言ってルザの手をギュッと握る。テルヴァの残虐性を身に染みてわかってるからこそ、それにルザが巻き込まれるのが嫌だった。

 ルザは眉を寄せてしばらく私を見つめたあと、

 

「わかりました。ディアナの願いであれば」

 

 と目を伏せて答えた。

 

 

 その後、ソヤリから返事が来て笛のレプリカを作る許可が出た。そしてテクナ先生にもコンタクトを取ってくれるそうだ。

 

 メトロノームになる奇石、あればいいなぁ。

 

 

 

 

ラクスが覚えてきた踊りを見ました。

かなり高度で複雑な踊りです。

初めて踊りというものを見たルザは驚いたでしょうね。


次は 音を刻むチッチ虫、です。

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