夏休みの収穫と脚本
「わたくし、もう少しこれを触っていたいのですけどよろしくて?」
「もちろん。脚本ができないと作る衣装も決まらないから、それまでイリーナには縫製機の練習をしてもらって、縫製機に慣れておいてほしい」
「わかりましたわ!」
イリーナはそう言うと、練習用に置いてあった生地を縫製機で縫い始めた。もう周りが見えないくらい夢中になっている。
「では役をやる人たちにはこれから簡単なテストをしたいと思います」
「テスト?」
私がみんなを振り返ってそう言うと、イバン王子が首を傾げる。
「みなさんに実際に台詞を言ってもらって今の演技の実力をみるんです。ハンカル、あの紙ある?」
「ああ、ここに」
ハンカルが薄い木のファイルから数枚の紙を取り出して、みんなに配り出す。
「そこには男女の会話が書いてあります。男性は男性の台詞を、女性は女性の台詞を覚えてください」
私がそう指示をすると、役者予定の人たちがぶつぶつと台詞を読み出した。みんなが台詞を覚えている間に、私はハンカルとラクスとファリシュタにそれぞれ夏休みの間にしてきてもらったことの報告をしてもらう。
「あ、ヤティリも今はやることないからこっちに参加して」
「あ、うん」
端の方に佇んでいたヤティリが私たちの輪に加わった。
控え室には話ができる小上がりがいくつか置いてあるのでそこに上がってテーブルを囲む。
「じゃあ俺から。俺の国から持って来れる音出しはこれだけだった」
ラクスが出してきたのは糸にぶら下がった一本の金属の棒だった。
「これをこう持って、こっちの棒で叩くと……」
ラクスが糸の先を持って金属をぶら下げ、先が球体になっている木の棒で叩くと、リ——ンと澄んだ音が鳴った。
トライアングルみたいな音だね。
「綺麗な音だね。これは古い音出しなの?」
「いや、俺の国は暑くて湿気が多いからか古い音出しは保存できなかったみたいで残ってないらしい。まぁ俺が探すのも限界があるからどこかにはあるかもしれないけどな。これは今も使われている祈りの時間を知らせる音出しなんだ」
「祈りの時間?」
「一日の始まりに自然の恵みに感謝する祈りの時間っていうのが俺の国ではあるんだよ。これを鳴らして静かに瞑想するだけなんだけど」
「へぇ、ジャヌビではそんなことするんだね」
自然信仰みたいなものなんだろうか。
その話を聞いたヤティリが横でなにやらメモしている。
「いいね。この音は使えるよ」
「そうか?」
「うん、ありがとうラクス」
「じゃあ次は俺だな。俺の国には元々放牧の時に使う角笛があるんだがそれと、古い音出しがあったからそれを持ってきた」
そう言ってハンカルが出してきたのは三十センチくらいの黒い角笛と、木で作られたリコーダーのような縦笛だった。笛の胴体に小さな穴がいくつか空いている。
うわぁ笛だ! 音階のある笛だ!
私は内心かなり興奮しながらハンカルに質問する。
「この古い音出しは図書館の本で見たことがあるよ。塞ぐ穴の数で音が変わるらしいんだよね。ハンカルはこれ吹けるの?」
「いや、これを持ってたのは昔から知っている少数民族の長老だったんだが、その人も先祖から大事にするようにと言われて保管してきたものの、使い方は知らないと言っていた」
「えっそんな大事なものを貸してくれたの?」
「ああ。小さな頃から俺を知っている人でね、『ハンカルなら壊したりしないだろうから』って特別に貸してくれたんだ」
「そうなんだ……慎重に扱わなきゃね」
「まぁ使い方がわからないから役に立つかはわからないけどな」
「ちょっと見てもいい?」
「いいよ」
私はその縦笛を持っていろんなところから眺める。拭き口と思われるところは普通に穴が空いているだけでリードのようなもはないから、多分リコーダーみたいに普通に吹けば音が鳴るような気はする。
でもハンカルの国の長老さんの大事なものだし、吹き方を試すのも怖いね……。
「あ、そうだ、これのレプリカを作ってもらおうかな」
「レプリカ?」
「私が買った太鼓を作ってる人がね、そういうの得意なんだ。レプリカができればいろいろ試すことも気軽にできるし。でも私が学院の外に頼みに行くのはさすがにできないなぁ……どうしよ」
「こっちにその職人を呼んだらいいんじゃないか?」
ラクスの提案に私はポンと手を打つ。
「そっか、さっきにティキみたいに呼べばいいんだ」
あの革屋さんのことを頼めるのはクィルガーしかいないけど、古い音出しについてはどうせ王様へ報告しなければならないことなので、今度報告がてらクィルガーにお願いしよう。
「ハンカル、角笛の方は吹ける?」
「角笛は結構コツがいるからな、ウヤトにいる間に練習してきた」
おお、さすがハンカル。
ハンカルは角笛を持って口元に当てると、深く息を吸って角笛を吹いた。
ブオォォォ……。
と少し高めの角笛の音が鳴る。台詞を練習していたメンバーが驚いてこっちを見た。
「いいねぇ。放牧って感じの音だね」
「ディアナ、放牧してるところ見たことあるのか?」
「うぇ? あ、うーんとアルタカシークに来る前に通りすがりに見たことがあるだけだよ。角笛は初めて聞いたけど、あの景色と合うなぁって思って」
「確かになんとなくのどかな音だよな」
私の言葉にラクスがうんうんと頷く。それを聞いてヤティリがまたなにかメモをし始めた。
「ありがとうハンカル、この角笛も使える場所があったら使おうと思う」
「そうか。使うなら肺活量のある男性の方がいいかもしれないな」
最後はファリシュタだ。ファリシュタは「私は音出しはよくわからなかったから、本を探してきたんだ」と言って何冊かの本を出した。
「貴族向けの物語で、参考になりそうなものを買ってきたんだけど、さっきのディアナの演目の話を聞いてこれなら役に立つんじゃないかなって思ったんだけど」
「これは?」
「最近ベストセラーになった悲恋物語を書いた作家さんの最新作なんだけど、これも恋愛物語なんだよね。しかも今回は悲恋じゃなくてハッピーエンドみたい」
「えええっあの作家の最新作⁉」
これにはヤティリが一番に食いついた。
「この作家さんはアルタカシークの人らしくて、この本はまだ他の国では売られてないって言ってたよ」
「おおお、おおお……」
長い前髪の間から覗くヤティリの目が感動で見開かれている。恵麻の高校時代に仲良くなったオタクの友達と同じような反応の仕方に少し笑ってしまう。
なんか懐かしいな……。
「先にヤティリが読んでいいよ」
「ぶぇ⁉ い、いいんですか?」
「どうぞどうぞ」
私がそう言うと、ヤティリは少し震える手で本を持ち、表紙をペラりと開いた。タイトルと作者名を手でなぞったあと、興奮した面持ちで本編を読み出した。ていうか、読むのが早い。ヤティリもイリーナと一緒で集中し出したら周りが見えなくなるタイプのようだ。
「ありがとねファリシュタ。本の代金はちゃんとクラブ予算から出すから」
「え、いいよ私が勝手にやったことだし」
「ダメだよ、そういうことはきちんとしとかないと。ね? ハンカル」
「ああ、ちゃんとクラブの必要経費として扱った方がいい」
「わ、わかった……」
「クラブ予算からお金を動かす時は学院の職員に申請してくださいね」
と、それまで練習室の端で私たちのことを見守っていたオリム先生がそう声をかけてきた。予算の管理をしているハンカルが「わかりました」と答え、そのままクラブ活動の事務的なことをオリム先生と話し出したので、私は役者予定のメンバーのテストをすることにする。
イバン王子とレンファイ王女、チャーチとホンファ、ケヴィンとシャオリーで台詞の掛け合いをしてもらう。
「イバン様とレンファイ様はさすがだね……」
やり始めてすぐに二人の出来の良さに驚く。まともな台詞のある芝居が初めてとは思えないほど、二人とも自然で、かつ感情が伝わる演技をしている。台詞覚えも完璧だし、貴族では恥ずかしがる相手の目を見つめて喋るということも普通にできている。それにレンファイ王女は声がとてもいい。
「お二人とも素晴らしいです。やはり今年はお二人が主役で正解ですね」
「そうかい?」
「台詞を言うだけなら問題ないけれど、劇というのはこれに動きも入れるのでしょう?」
「はい。それに舞台の上から観客のみなさんにちゃんと声が届くようにしなければいけませんから、基礎練習は必要です」
「どんなことをするの?」
「あとでみなさんにお伝えしますね。イバン様とケヴィン先輩は去年体験済みですけど」
「ああ、あれか」
そして残りのメンバーのチェックをする。
チャーチは普段から芝居がかった喋り方をするので問題はないけど、ちょっと言い方がオーバーすぎるかな? あと少し声質が軽いのでそこの修正が必要だね。
ホンファは硬いところがあるけど護衛騎士だからかお腹に力が入っていて声は大きい。そして綺麗だ。
ケヴィンは昨年度に基礎練をした甲斐があってお腹から声が出てるし、イバン様と同じくらい演技も上手い。あとちょっと楽しそうにしてるのが微笑ましい。本人には言わないけど。
シャオリーは台詞回しは少し頼りないけど、焦らず落ち着いて台詞を言うことができる。ただ相手との台詞の速さのズレを修正するのは必要になるかな。そして彼女も声がいい。
「……もしかしたらリンシャークの女性というのは声がいい人が多いのかもしれません」
私がそう言うと、チャーチが素早く反応した。
「僕も同じことを思ったことがあるよ。リンシャークの女性はよく通る綺麗な声をしている子が多いんだ」
「チャーチ先輩はリンシャークの女性とも仲良くしてるんですか?」
「美しい女性に国は関係ないからね。どの国の女性とも仲良くしたいと思ってるよ」
その台詞にケヴィンが嫌な顔をしている。
「そんなことは初めて言われたわね」
「ええ、私たちの国の女性の声がいいだなんて……」
「うふふ、嬉しいですね」
リンシャークの三人は少し照れたようにお互いに顔を見合わせている。
「声というのは演劇ではすごく重要なんですよ。みなさんが演劇クラブに入ってくださって嬉しいです!」
私はそう言いながら、内心思っていた。
ああ、この声で歌を歌えばすごくいいものができるのに!
三人に歌ってもらいたいよ! もうもう!
心の中で地団駄を踏みながら、私はみんなに基礎練習のメニューを説明した。
「次の練習日までにこの基礎練をしっかりやってきてください。まずは滑舌を良くすることに集中して、それができたら声量を上げていくようにしてください」
役者予定のメンバーに今日言うことはこれで終わりだ。そのあとは自由にしてもらおうと思ったけど、みんな自主的に基礎練を始めた。
それを見てラクスもその基礎練に参加する。その光景を見て私は思わず笑みがこぼれた。
なんだか恵麻の高校時代に戻ったみたいだね。
そのあとヤティリと脚本の打ち合わせをする。なんとヤティリはさっきの本を半分以上読んでいた。早すぎる。
ハンカルとファリシュタがクラブの事務について話しているので、今小上がりにいるのは私とヤティリだけだ。私は夏休みに送ってくれた小説の感想を彼に伝えた。
「私は特にね、あの子が気に入ったんだ。『異界から来た少女』の主人公の女の子」
「あ、ああ、彼女ね」
「でね、今回の演目の物語の中にその子を入れられないかと思って」
私は自分の考えた脚本の構成と必要なキャラクターを書いた紙をヤティリに渡す。彼は瞬時にその文面を読むと「なるほど……」と言って目を開いたまま固まった。
「? ヤティリ?」
「…………」
読んでも応答がない。しばらく待っていると「うん、繋がった」と言って机の上にノートとインクを出してダーッと一気になにかを書き始めた。
え⁉ これって物語のプロット?
私が書いたのは簡単な構成と、こんな主役二人でこんな流れになったらいいなぁ。あとここで踊りを入れたいなぁというかなりふわっとしたものだったけど、ヤティリが今書いているのは登場人物と舞台の詳しい設定とその流れだ。
すごい……! 今のあの時間でここまで思い浮かんだの⁉
「で、この物語の鍵となるのがさっき言ってた悪戯好きの女の子ってことでいいの?」
「そうそう!」
「うん、なるほど、じゃあこうすれば無理なく物語が展開していくかな」
カリカリと紙の上をペンが走る。たまに頭がをガシガシと書きながらヤティリは次々と物語の設計図であるプロットを作り上げていく。
「とりあえずこんな感じどう?」
出来上がったプロットには物語のざっとした起承転結と登場人物の情報が書かれてあった。私はその紙を持ってプルプルと震える。
「すごいよヤティリ……! もう物語になってる!」
私が目を輝かせてそう言うと、ヤティリは書いていた時とは別人のように「そ、そそ、そうかな、これくらい、どうってことないけど……デュヒ」と言って目を泳がせた。
「これでいこう! もうこれしかないって感じ。このまま詳しい脚本に起こしてくれる?」
「いいけど……あの、脚本ってそもそもなにを書けばいいの? 台詞だけ?」
「ああ、えっとね、三つのパートを書いて欲しいんだけど」
私はヤティリに脚本の書き方を教える。脚本は場所と時間を指定する「柱」と、人物の動作などを書いた「ト書き」と、人物の「台詞」という三つのものでできている。
「柱とト書きと台詞ね……わかった」
「柱とト書きはメモ書きみたいに簡単に書けばいいから。『主人公の館、玄関前』とか『○○、靴を履いて外へ』とか」
「なるほど。小説みたいに文章にしなくていいってことだね」
「そうそう」
「いつまでに書けばいい?」
「早ければ早い方が嬉しいけど、どれくらいでできそう?」
「寝食忘れて書けば三日後には……」
「寝食はとって! あと授業にもちゃんと出てね⁉」
熱中する人はなんで簡単に寝食を忘れようとするのか。
「それだったら一週間かな……」
「それで十分だよ。あ、出来上がってもそのあとどんどん修正もするから初めからそんなに完璧にしなくていいからね」
「あ、そっか……修正ありきのものだもんね。わかった。じゃあとりあえずダーっと書いてみる」
「うん、お願いねヤティリ。楽しみにしてる」
脚本の打ち合わせを終えて、そのあとイリーナが作ってきてくれた私の服を見せてもらった。透き通るような水色の生地に細かな装飾が付いている、とても繊細で綺麗な服だった。実際に私の体に当てて修正箇所を見つけたイリーナは「完成させたら贈りますのでぜひ着てくださいな!」と興奮して私の手を握った。
……なんだか想像してた以上に変わった人たちが集まってる気がするけど、才能がある人っていうのは変わった人が多いから仕方ないよね。
新しい練習室で新しいメンバーのテストをしました。
リンシャークは美声の人が多いです。
ディアナは頼んでいた新しい音出しに大興奮。
そしてヤティリの才能が冴え渡ります。
変わった人が多いと言っていますが自分もかなり変わっていることに気づいていないディアナ。
次は 禁忌の踊り、です。