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演劇クラブ始動


 演劇クラブの活動予定を書いた紙を各寮に張り出した数日後、クラブの活動初日になった。授業が終わった放課後にいつもの四人と練習室に向かう。

 練習室の扉の前にはすでにイリーナとチャーチが待っていた。

 

「わ、お待たせしてしまってすみません」

「いいんですのよ。わたくし今日が楽しみで早くきすぎてしまって……っ」

「僕が一番乗りするつもりだったんだけど、今日は負けてしまったよ」

 

 相変わらずとてもやる気のある二人に嬉しくなる。

 私は練習室の鍵を開けて中へ入った。

 

「あの、クラブ長……この前ラクスから縫製機があると聞いたのですけれど、本当ですの?」

「ディアナでいいよイリーナ。うん、夏休みの間に買っておいたよ。あとで紹介するから待っててね」

「まぁぁ! まだ噂でしか聞いたことのなかった縫製機をこの目で見られるなんて感激です!」

「イリーナには見るだけじゃなくてバリバリ使って欲しいから、頑張って使い方を覚えてね」

「もちろんですわ! わたくし素敵な衣装を作れるように寝食を忘れて励みます!」

「寝食はとってね……。ところでイリーナ、その荷物は?」

 

 イリーナは大きな布袋を両手で抱えていた。

 

「夏休みの間に作った貴女に贈る服ですわ。もしよかったらあとで合わせてみてくださらない?」

「え⁉ 私の服?」

「元々は去年貴女に目をつけ……コホン、貴女のことが気になったころから作っていたものなのですけれど、演劇クラブに入ることになって改めて作り直したのです。気に入っていただけるといいのですけど」

「そうなんだ……あ、ありがとう。あとで見せてくれる?」

「喜んで!」

 

 イリーナって、なんかこう、勢いがすごいよね。私を見る目がイシュラルと同じような気がするし……。それに貴族というのは刺繍はするけど服を作ったりはしない。イリーナがどういった経緯で服作りを始めたのかは知らないけど、普通は手を出さないものに夢中になるほど服作りへの情熱があるということだ。

 

 なにかに熱中できる人を見るのはやっぱり楽しいね。

 

 そのあとレンファイ王女やイバン王子とお付きの人たちも到着して、私たちは改めて自己紹介をすることにした。ちなみにイバン王子のお付きのアードルフと私の護衛のルザは部屋にいるがクラブ活動には参加はしない。二人とも少し離れたところに立って私たちを見守っている。

 

「あ、ちょっと待って、まだヤティリが来てないから」

「彼ならそこにいますよ」

「え⁉」

 

 ルザの声に振り返ると教室の隅の方にヤティリがひっそりと佇んでいた。

 

「いつの間に⁉」

「ここに向かっている時から我々の後ろについてきていましたよ」

 

 ルザの説明を聞いて私たちは目を丸くした。


「全然気づかなかったぞ」

「私も」

「ディアナの耳でも気づかないって相当だな」

 

 ラクスとハンカルとそう言い合っていると、ヤティリは「す、すみません……声をかけられなくて」と言って顔を伏せた。

 

「ルザはさすがだね」

「彼は隠密行動の適性があるのではないですか? 護衛として育てたいくらいです」

「そそそそれは勘弁してください……!」

 

 ルザの提案にヤティリは思いっきり首を振った。

 演劇メンバーは役者が私とラクス、チャーチ、イバン王子、ケヴィン、レンファイ王女、それからお付きの女性二人だ。

 

「レンファイ様の側近のホンファと言います。護衛騎士として生きてきたので演劇は未知の世界ですが、足を引っ張らないように頑張ります」

 

 ホンファはレンファイ王女と同い年で一級らしい。深緑の髪をポニーテールにしていて、切長の灰色の目をしている。背が高く、真面目そうな雰囲気の女性だ。

 

「同じくレンファイ様の側近のシャオリーです。よくボヤっとしているので叱られるのですが一生懸命頑張ります。好きな食べ物は甘いお菓子です」

「シャオリー、今それは言わなくていい」

「あら、そうですかぁ?」

 

 ホンファのツッコミにシャオリーが首を傾げる。どうやら結構マイペースな女性のようだ。

 シャオリーは三年生で薄ピンクのフワッとしたボブの髪に赤紫の垂れ目をしている。小柄で全体的にふわふわっとした雰囲気を放っているので見ているだけで癒される。

 シャオリーが「よろしくお願いしますね」とふわりと笑うと男性陣、特にラクスとケヴィンがデレッとした顔になった。どうやら二人のタイプど真ん中のようだ。

 メンバーは他に副クラブ長のハンカルと音楽係のファリシュタ、衣装係のイリーナと脚本係のヤティリだ。

 

「シャオリーが三年で、ケヴィンとチャーチが四年。あとは六年と二年か」

 

 イバン王子がそう確認しながらメンバーのことを覚えていく。私の横でハンカルもメモ用紙になにかを書き込んでいた。早速副クラブ長として記録に残してくれているらしい。さすがハンカル。

 

「クラブ長のディアナです。演劇クラブの公演は四の月にあります。余裕があるように思えますが、練習していたらあっという間に時間が経ちます。他のクラブと掛け持ちをしている方もいるので、できるだけ練習の日は濃密なものにしようと思ってます。よろしくお願いします」

「シムディアクラブの練習日を優先してもらって悪いねディアナ」

「私も、社交クラブのパーティまでは忙しくなるから来れる日が少なくて悪いわね」

 

 イバン王子とレンファイ王女が申し訳なさそうに私に言う。

 

「いいえ、お二人が演劇クラブに入っていただけたこと自体が奇跡みたいなものですし、それに……今年の演目はお二人がいないと成り立たないものなので、こちらこそ忙しくして申し訳ないというか……」

 

 私がそう言って眉を下げて笑うと、二人は目をパチパチと瞬かせた。

 

「我々二人がいないと成り立たない?」

「はい、実は今年の演目は二人に主役をお願いしようと思ってるんです」

「私たち二人が主役?」

 

 驚いている二人と、周りにいるメンバーを見回して私は今年の演目を発表する。

 

「今年の劇はイバン様とレンファイ様が主役の恋愛物語をやろうと思います」

「え! 恋愛物語⁉」

 

 私の言葉にラクスがげっという顔をする。

 

「私とイバンの二人の役同士の恋愛物語ということかしら?」

「そうです。最近の物語のベストセラーにも悲恋物語がありましたし、学生にとって恋愛や結婚の話は興味のあることだと思うので、絶対上手くいく題材だと思うんです」

「ああ、悲恋物語というとあれね、私も読んだわ」

「レンファイ、君そういう本も読むんだね」

「読書は好きだもの」

 

 イバン王子にレンファイ王女が冷静に答える。

 

「イバン様とレンファイ様の恋愛物語ですって⁉ 素晴らしいですわ! そんなの観に行かない女子学生はいませんわよ!」

 

 イリーナが両手を合わせて目を輝かせる。シャオリーやファリシュタも「それは観てみたい」と顔を綻ばせている。

 

 うんうん、やっぱり女子にはグッとくる題材だよね。しかもやるのは大国の王子と王女。これ以上ないキャスティングだ。本番で観客の女子たちが黄色い声をあげるところまで想像がつくよ。問題はそういう物語を二人がやってくれるかってことだけど。

 

「どうでしょう? 以前ラクスには恥ずかしくて無理だと言われたので諦めたんですけど、お二人は恋愛物語の主役を演じることに抵抗はありますか?」

「どうだろうな……やってみなくてはわからないけど」

「役というのは自分ではないのだから、私は構わないわよ。ディアナ、その劇の中ではどのような表現までやるつもりなのかしら?」

「表現というのは、愛の言葉を言い合ったり、手を繋いだりということですか?」

「ええ、そうよ」

 

 私とレンファイ王女の会話に女性陣がすでに小さな悲鳴をあげている。人前で手を繋いだり愛の言葉を囁き合ったりするのは貴族の中では十分恥ずかしい部類に入る。

 

「あまり過激なことをやると劇自体が公演中止になりそうなので緩いものにするつもりですけど、見つめ合って告白をするくらいは入れたいなぁと思ってます」

「ひえぇ」

「イバン様に人前でそんなことを……っ」

 

 今度はラクスとケヴィンが悲鳴をあげた。

 

「でもまぁ、お二人が可能な範囲に収めようとは思ってますよ。お二人ならそこまでしなくても十分観客の心は掴めると思いますし」

「私はそれくらいならいいけど、イバンはどう?」

「ふむ……」

 

 イバン王子は顎に手を当ててチラリと後ろに控えているアードルフを見た。アードルフは眉間に皺を寄せて厳しい表情になっている。

 

 なにか王子としての決まりとかがあるのかな?

 

「そうだな……主役をやるのは構わないけど、表現については脚本というのかな? それができてからチェックしてもいいかい?」

「はい、もちろんです。そこでダメな部分があれば修正しますので」

「それなら俺もいいよ。主役を引き受けよう」

「ありがとうございます!」

 

 主役と演目が決まったところで男性陣は「マジかよ……」って顔をしているし、女性陣は期待と恥ずかしさで顔を赤らめている。チャーチだけは「僕が主役ではないなんて……!」とショックを受けていた。

 

 この世界の貴族って本当にピュアだよね。この人たちにラブシーンをやってもらうとか絶対無理そう……。

 

 私は後ろにこっそり立っているヤティリを振り返って言葉をかける。

 

「そんなわけでヤティリ、私が考えてきた脚本の構成を伝えるからあとで脚本作りの打ち合わせをしよっか」

「え、あ、わわ、わかった」

 

 夏休みに送ってくれた小説の感想も言いたかったけど、こんなに大勢いる前では嫌かなと思ったのでそれはあとで個人的に伝えることにした。

 演目と主役は決まったしあとは音出しの話かな、というところで練習室の扉がガチャリと開いてオリム先生が顔を覗かせた。

 

「ああ、みなさんお揃いですね」

「オリム先生」

「実は少し変更になったことがありまして、それを伝えにきました」

 

 オリム先生は私たちの前までやってきて微笑む。

 

「なんの変更ですか?」

「実は練習室なんですが、ここではなく大教室の控え室を使ってもらうことになりました」

「大教室の控え室ですか?」

「そうです。ディアナ、あの縫製機ですが、それが大教室の控え室に運ばれることは聞きましたね?」

「はい。あのように大きくて高価なものは授業で使う小教室には置けないので、窓がなくて施錠ができる地下の控え室に置くことになったと聞きました。今日設置される予定なのであとで見に行こうと思っていたのですが」


 ティキに頼んで今日学院に持ってきてもらい、そのままイリーナに直接使い方を教えてもらおうと思っていたのだ。

 

「それを聞いて考えたのです。その控え室を衣装部屋として使うのでしたらこことはかなり離れていますし、衣装を作る人との連携が難しくなるのではないかと」

「……確かにイリーナだけその部屋で作業してもらうのはどうかなとは思ってました」

「大教室の控え室はここより広いですし、でしたらあちらを練習室にしたらどうかと思ったのですよ」

 

 なるほど。ここより広くなるのならそっちの方が確かにいいね。今から音出しの数も増えるだろうし。

 

「わかりました。ちょうど今から縫製機を見に行こうと思っていたので、ついでに移動ということでいいですか?」

「ええ、もちろんです。鍵の受け渡しもやってしまいましょう」

 

 私はみんなに地下の控え室に移動してもらうように言う。男性陣にはこの部屋に保管してある音出しを運んでもらうことにした。イリーナの革袋に気づいたケヴィンがすかさずそれを持ってあげている。さすがザガルディ紳士。

 小教室から地下に歩いて行く間にオリム先生に今までの教室の鍵を渡して、新しく控え室の鍵を受け取る。すれ違う学生たちが王子や王女や私の姿を見て、驚きながら後ずさっている。それを横目に見ながら、ゾロゾロと階段を降りていった。

 地下に着くと大教室の控え室の扉は開け放たれていて、学院の職員の人たちが入り口の横に控えていた。すでにティキたちがやってきて縫製機をセッティングしているようだ。

 

「まぁ! 広いですわね」

 

 控え室に入ると、イリーナが感激の声をあげる。そして部屋の奥にいるティキと工房の人たちと縫製機を見つけてこれでもかというくらい目を見開いた。

 

「ディアナ……あ、あれが?」

「うん、縫製機だよ。早速触ってみよっか」

 

 私はイリーナを連れて縫製機の方へ近づく。

 

「ティキさん、お疲れ様です。今日は持ってきていただいてありがとうございます」

「とんでもございません、こちらこそお買い上げいただき心より感謝申し上げます」

 

 私が声をかけるとティキや周りの職人たちが一斉に跪いて恭順の礼をとる。私が普通に平民と話す様子をイリーナが驚きながら見ている。平民に直接的にお礼を言うなんてことは貴族はしないからだ。

 

「設置は終わりましたか?」

「はい、先ほど完了いたしました」

「では縫製機の使い方をこちらのイリーナに教えてもらえますか?」

「かしこまりました」

「イリーナ、座ってやってみる? それとも最初に見本を見せてもらう?」

「一度見本を見せてもらって、目で覚えますわ。職人に手取り足取り教えてもらうのは抵抗がありますので」

 

 なるほど、平民に対する普通の貴族の反応っていうのはこんな感じなのか。勉強になるね。

 

 ティキはイリーナに断ったあと、縫製機の前に座り糸のセッティングを始める。イリーナは食い入るようにその行程を見つめていた。

 いつの間にか私たちの後ろにクラブのメンバーがみんな集まっている。

 

「なるほど、そちらに糸を通して、こちらに持ってくるのね。そして針に通す……」

 

 糸のセッティングが終わり、ティキが縫製機の動かし方を説明して、実際に動かし始めた。足元のペダルの動力が縫製機に伝わりカタカタカタと音を鳴らして針が動き出す。

 

「まぁ! なんて速いんでしょう!」

 

 あっという間に布が縫われていく様子を見て、イリーナが興奮している。他にも生地を変えて縫ったり、糸の始末の仕方を見て「素晴らしいですわ! なんてこと!」と頬に手を当ててぷるぷると震え出した。ティキや周りの職人がそれを見てちょっと引いている。

 

「イリーナ、覚えられそう?」

「ええ、完璧に覚えましたわ!」

 

 今度はティキに代わってイリーナが縫製機の前に座る。さっきティキがセットした糸を全部外して、自分だけで糸をセットし直した。

 

 すごい、本当に覚えてる……。

 

 その様子を見てティキもびっくりしている。イリーナはセッティングを終わらせるとハンドルを回してペダルを漕ぎ始めた。最初はかなり慎重に動かしていたが「なるほど、これくらいの速さなのね」と力加減を把握するとすぐにかなりのスピードで縫い始めた。

 

「すごい……! なんて楽しいの! これなら今までの倍以上の速さで服が作れますわ!」

 

 タタタタタタと縫製機を軽快に動かしながらイリーナが目を輝かせて笑った。それを見て縫製機を作った職人たちが嬉しそうな顔をする。

 

「本当にすごいねこれ」

「アルタカシークではこのようなものが作られているのか。進んでいるな」

 

 ファリシュタやホンファが感心したように呟いている。他のみんなも興味深そうに見ていた。ただ一人縫製機の値段を知っているハンカルだけが複雑そうな顔をしていたけど。

 まさか大国の王子や王女が見ているなんて思ってもいない職人たちは、手入れの仕方や壊れた時の対処法などを説明して帰っていった。

 

 

 

 

演劇クラブが始動しました。

まずはそれぞれの自己紹介から。

人数が増えたのもあって練習室も変更です。


次は 夏休みの収穫と脚本、です。

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