赤の授業 炎の扱い
緑の授業が終わったその日に部屋でこっそり透明の魔石に血の契約をしようとしたのだけど、当然ながら四六時中ルザがそばにいるのでやれる隙がなかった。
トイレの個室でやるわけにもいかないし、透明魔石の研究がある時にすればいいかな。
次の日にはルザが早速ハーブティを持ってきて寝る前にお茶を入れてくれるようになった。快眠のハーブが入っているそのお茶の効果は抜群で、私もザリナもその日からぐっすり眠れるようになったのだ。
「今日も私寝言大丈夫だった?」
「ええ、大丈夫でしたよ」
「私はいつも通り朝まで寝てたからわからなかったよ」
「……私も気がついたら朝だったわ……」
朝に揃ってみんなに確認を取る。
「本当にすごいねこのハーブ。ちょっと怖いくらいだよ」
「緑の魔石がよく採れる地域に育つハーブらしいので、癒しの効果があるのかもしれませんね」
「なるほど」
朝の支度をしながらそんな話をしていると、
「ルザ、このお茶っていくらくらいするのかしら? 買えそうな値段でしたら私欲しいわ」
とザリナがルザに聞いてきた。
「この寮で使うためということですか?」
「ええ」
「でしたらお金はいりません。このハーブティの購入費はディアナの親御様よりいただいてますから」
「ふへっ⁉ お父様から?」
「はい。『うちの娘が迷惑をかけないようにするため』ということでいただいていますから、そのついでにザリナの分も入れることに関しては問題ないそうです」
おおう……すでにお父様にまで話がいってるんだね。
私がなんともいえない顔をしていると、ザリナがなにか言いたそうに私を見ている。
「? ザリナ?」
「あの……貴女はそれでいいの?」
「え? あ、うん、全然いいよ。元はといえば私が迷惑かけてるんだし……。一人分入れるのも二人分入れるのも変わらないから」
「そう……その、た、助かるわ」
「ザリナもよく眠れるようになってよかったね」
とそう言って私がにこりと笑うと、ザリナはちょっと気まずそうに「そ、そうね」と言って視線を逸らした。
「みなさん、お久しぶりですね。今年も基礎魔石術学の赤と黄を担当するアサスーラです。昨年は衝撃の魔石術を中心にお教えしましたが、今年は炎の扱いについてやっていきます」
小教室にアサスーラ先生のよく通る声が響く。
赤の魔石はエネルギーを生む作用のある魔石だよね……どういう原理で炎が出るんだろう?
「赤の魔石は活力の魔石と呼ばれ、衝撃や熱を発生させることができると言いましたね? では質問です。火を発生させるにはなにが必要でしょうか?」
アサスーラ先生は一番前にいる生徒にそう問いかける。当てられた生徒はうんうん考えながら、
「……自分で火を起こしたことがないのでわかりません」
と答えた。普段の生活で火を使用するのはトカルやトレルの仕事なので、貴族の子どもは火をつけたことがない子が多い。
かくいう私もライターでしかつけたことがないからわからないけど。
「火を発生させるには三つのものが必要です。酸素と燃料と火の元となるもの。酸素はそこら中にありますね。では残りの燃料と火の元となるものですが、これは二つとも赤の魔石の中にあります」
私や他の生徒もみんな自分の赤の魔石を見つめる。
この中にあるの?
「赤の魔石にはエネルギーを生み出す力があると言いましたね。つまりこの中には燃料となるものが入っています。そして火の元になるもの、火花であったり熱源であったりしますけど、その熱も赤の魔石で作ることができます」
火の元になるものってライターでいうカチカチってやった時に出る火花のことだよね。で、燃料っていうのはライターの中に入ってるあの液体のことでしょ。その二つが赤の魔石には備わってるってことなのかな。
「魔石の中で火花は起こせませんので、熱の力を使います。自然発火という現象をみなさんはご存知でしょうか。物体が熱を持ち、それが一定の温度に達すると火元がなくても勝手に火が出て物体を燃やすという現象です」
ああ、あるねそういうの。それが元で火事になったとかニュースで見たことがある。
「赤の魔石の中にあるマギアも高温になって酸素と結びつけば火が出るのです。つまり、炎の魔石術を成功させる流れは次の通りです。赤の魔石の中へ集中し心の中で魔石の名を呼びます。そこにあるマギアの塊の温度を上げるイメージをして、それがかなりの高温になったところでそのマギアの力を目の前の空間に放つイメージで『炎を』と命じる。すると高温になったマギアと酸素が反応して火が発現します」
「へぇ……結構手間のかかる魔石術なんだね」
「マギアの温度を上げるというのは難しそうです」
私とルザが腕を組んで小声で話す。
ざわざわとする生徒たちにアサスーラ先生がクスリと笑って言う。
「まぁまずはやってみましょうか。炎の魔石術は成功すると周りの人が危ないので、マギアの温度を上げるという感覚が掴めた人は私のところへ来て下さい。一人一人試してみましょう」
そう言われて、生徒たちがそれぞれ魔石術に集中しだす。
私も自分の赤の魔石を見つめながら意識をそこへ集中する。
まずは心の中で『キジル』と名前を呼ぶ。なんとなく魔石がポワッと温かくなった気がしたので、その温度をぐんぐん上げていくようなイメージをする。
下がコンロになってて、グツグツと沸騰させるイメージでやってみよう。
グツグツ、グツグツ。
すると中のマギアがそれこそ真っ赤に、熱くなっていく気がした。中のマギアが膨張しそうにパンパンになっていってる感触がある。
もうすぐ沸騰しそう、というところでマギアからリンッという音がした。
「あ、あ、できたかも」
私は立ち上がってアサスーラ先生の元へ行く。
「先生、マギアが……」
「十分に熱された感覚がしますか?」
「はい」
「ではこちらに。ディアナ、かなり力を抑えて窓の外に向かって放ってください。貴女の力だと教室内では危険です」
アサスーラ先生はそう言って教壇の横にある窓を開けた。教室の中の生徒たちが注目してる中、私は窓の手前に立って赤の魔石の名前を口にした。
「『キジル』炎を」
手を窓の方へ突き出し、魔石から外へ炎が出るようにイメージして命じる。すると、
ゴオォォォォ!
と思った以上の炎が勢いよく窓の外へ飛び出した。
うひぃ! めちゃくちゃ出た!
「うわ!」
「ひゃあっ」
炎の熱を食らった生徒たちから悲鳴が上がる。
「……窓を開けて正解でしたね。お見事ですディアナ」
「は、はい……」
自分の炎にビビりながら私は自分の席に戻った。
「さすがですね。ディアナの魔石術の力には毎回驚きます」
「ありがとうルザ。……でもこの魔石術怖いね」
「もう少し力を抑えたものなら大丈夫ではないですか?」
これでも最小の力でやったんだけどな……。
「〇・五より小さくしなきゃダメだね」
「え?」
「ううん、なんでもないよ」
私がそう言って首を振ると、横のファリシュタが声を上げた。
「あ、できそう……かも!」
「本当? ファリシュタ、早く前へ行かなきゃ」
「う、うん」
いつもは魔石術に苦戦しているファリシュタが珍しく早い。
ファリシュタは私の次にアサスーラ先生の元へ行き、先生の指示を受けながら壇上から窓の方へ手をかざす。
「『キジル』炎を」
ファリシュタがそう命じると、ボッと一塊の炎が出た。私に比べたら可愛らしい炎だけど、本来はそれで十分らしい。
「素晴らしいわファリシュタ、合格よ」
「ほ、本当ですか? やった!」
ファリシュタは素直に喜んで私たちの席まで戻ってきた。
「すごいねファリシュタ! 一発合格だよ」
「えへへ、嬉しい。こんなに早くできたの初めてだよ」
「なにかコツを掴んだのですか?」
自分より早くできたことに驚いたのかルザが前のめりで聞いてくる。
「えっとね……多分私昔から火おこしが得意だったからだと思う」
ファリシュタがこっそり小声で教えてくれた。
平民出身のファリシュタは子どもの頃から農家の家の手伝いをしていて、食事の時や冬のストーブをつける時にしょっちゅう自分で火をおこしていたんだそうだ。だからどうやったら火がつくのか、火をつけるにはなにが必要なのか身についていたらしい。
「自然発火のこともね、子どものころから気をつけるようにって言われてたことだったから知ってたんだ。だから今までの魔石術の中でも一番イメージしやすかったのかもしれない」
「なるほど……。もしかするとファリシュタのように様々な経験を持っている人の方が、魔石術を使うのには有利なのかもしれませんね」
「い、いやでもこれ以外は上手じゃないから……」
「いえ、本人が気づいていないだけで、意外とファリシュタはコツさえ掴めばとても伸びるタイプなのかもしれませんよ」
「そ、そうかな」
ルザの勢いに押されてファリシュタが困惑している。
「ディアナも火のおこし方を知っていたのですか?」
「ううん、私はあんまり知らないよ。私はただ魔石の中のマギアをヤカンに入った水だと思って、それを火で沸騰させるイメージをしただけ」
「沸騰、ですか。なるほど」
ルザがそれを聞いて集中しだした。
他の生徒たちもファリシュタができたことで少し焦り始めたようだ。みんな真剣な顔で練習を始める。
それからあまり時間もかからずルザも合格した。
「ファリシュタ、よければ火おこしのやり方を教えてください。今後なにかの役に立つかもしれません」
「あ、いいね、私も知りたい」
「うん、いいよ」
時間が余った私たちはファリシュタから火のおこし方を教えてもらった。こちらではマッチのように簡単に火がつけられるグッズもあるらしいが高いので、ファリシュタは主に火打ち石を使っていたらしい。
火打ち石って……時代劇で家を出ていく主人に奥さんが「無事に帰ってきて」て言ってその背中に向けてカチカチするあれだよね。
「やり方を聞いても自分でできるか全然わからないね」
「そうですね」
「体験してみて欲しいけど、ここだと火打ち石があるのって厨房くらいだからねぇ」
厨房に学生が入っていくのはあまりよくないよね。料理人さんたちの邪魔になるだろうし。
「私ももう何年もしてないから、絶対下手になってると思う」
ファリシュタはそう言って少し寂しそうに笑った。
お昼休みに校舎の中庭でラクスとハンカルと合流してお昼ご飯を食べる。
「あ、そうだラクス、シムディアクラブでは練習日とか予定の変更の連絡はどうやって知ってたの?」
「ん? えーっと、各寮の玄関ホールに各クラブ向けの掲示板があるから、そこに貼りだされる予定表を見るんだ」
「掲示板なんかあったっけ?」
「前にシムディアクラブの対戦表が貼り出された場所があっただろ? あそこだよ」
「あー、あそこか」
前に私がスカーフを引っ張られる嫌がらせを受けたところだね。
「そういや演劇クラブの予定も貼らなきゃだもんな」
「うん、そう」
「いよいよ始まるのか。まずはなにをするんだ?」
ハンカルの問いに私はお茶を飲みながら答える。
「まずは改めて顔合わせと、演目の発表と、あとはみんなが持ってきてくれた音出しの確認とか、縫製機のお披露目とかかな」
「縫製機っていうのは?」
「布を高速で縫える機械だよハンカル。最近できた新しい機械なんだけど、うちは衣装係がイリーナしかいないから必要だと思って買ったんだ。面白い機械だよ。また見せるね」
「買ったって……クラブの予算から購入したのか?」
「うん、そうだよ」
「ディアナは夏休みの間にオリム先生と話をしてたのか」
「ゴホッ……う、うん、そう。ほら、オリム先生うちの結婚式に来てくれたからその時にね」
「なるほど」
あ、危ない。まさか王様と直接交渉したなんて言えない。ましてや縫製機が十万ラシルするとか絶対に言えない。
「あ、そういえばオリム先生から副クラブ長も決めておきなさいって言われたんだけど、ハンカルやってくれない?」
私は話題を変えようとハンカルに話を振る。
「俺が?」
「うん、ハンカルは人の補佐をするのが得意だし、私のことも一年間みてて知ってるから適任だと思うんだよね」
「いいなそれ! ハンカルにはぴったりだと思うぞ!」
「そうだね。ハンカルが副クラブ長なら私も安心かな」
私だけじゃなく、ラクスやファリシュタからもそう言われてハンカルが頭を掻きながら苦笑する。
「それだけ言われちゃ断れないな……わかった。俺でよかったら引き受けるよ」
「本当に? ありがとうハンカル!」
ハンカルは右腕としてはこれ以上ないくらいに優秀なのだ。きっと私の至らないところを上手くカバーしてくれると思う。
「じゃあディアナ、早速副クラブ長として知っておきたいことがあるんだが」
「? なに?」
「クラブ予算はいくらになったんだ?」
「ングフッ」
いきなり痛いところを突かれた。
「…………あ、あとでハンカルだけに言うよ」
副クラブ長をお願いしておいて、そこを誤魔化すなんてできない。話を逸らそうと思ったのに結局戻ってきてしまった。
そのあとこっそりとハンカルにだけ予算の話をした。私の在学中の予算の合計から縫製機を買ったことにハンカルが愕然としていた。
「だ、だって縫製機は絶対に必要なものなんだもん」
「いやそれよりこの予算って最終的には学院長であるアルスラン様が決定するんだろ? よく許可が出たな……」
「ア、アルスラン様って意外と柔軟性があるよね」
「ディアナ、普通はこっちからそんな提案は恐れ多くてできないものなんだよ」
「あ、あははは」
生粋の高位貴族であるハンカルの反応を見て、クィルガーから「変なこと言うな」と言われる理由が少しわかった気がした。
炎が出せるようになりました。魔法っぽいですね。
ハンカルが副クラブ長に。
これからディアナの非常識さを目の当たりにしていきます。
次は 演劇クラブ始動、です。