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緑の授業 血の契約


 やらかしてしまった。

 

「ごめん! 本当にごめんなさい!」

 

 朝一番、私は寝室のベッドの上で同室の三人に向かって土下座した。

 なんと相部屋三泊目にして早速寝言で歌ってしまったらしい。肩を揺さぶられて起こされた私の目の前には明らかに寝不足気味のルザと、目を釣り上げて怒っているザリナと、寝ぼけ眼のファリシュタがいた。

 

「私は寝てて気づかなかったから大丈夫だよ」

「なぜあの中で寝ていられるの⁉ 信じられませんわ!」

「何回も起こそうとしたのですけど……不可能でした」

「ごめんなさい‼」

 

 しまった、油断した。去年は個室だったし、家でも一人で寝ているのですっかり忘れていたのだ。私はそういう癖があることを説明してひたすら謝る。ファリシュタが水色の髪をふるふると降って大丈夫だよと慰めてくれるが、他の二人は辛そうだ。

 

 ていうか私なんの歌歌ったんだろう……これ、本当になんとかしないとマズイよね。

 

「そんな癖があるのなら今年も個室でよかったのではなくて?」

「うう……でも相部屋になりたかったんだもん」

「なぜ相部屋がいいんですの? 私だったら絶対個室にしますわ」

「だって相部屋の方が楽しそうじゃない」

「は?」

「個室って寂しいんだよ……。こうやってみんなでワイワイと過ごした方が絶対楽しいと思って」

「はぁぁ⁉」

 

 私の言葉を聞いてザリナが淑女らしくない声を上げた。目を大きく見開いて固まったあと、大きなため息をついて眉間を摘んで顔を振る。とてつもなく呆れているようだ。

 

「……貴女って案外……そう言う人なのね……」

 

 ザリナはそう言うと、チラリとファリシュタを見た。

 

 あれ、なんかザリナの声が柔らかくなった? なんで?

 

「うーん……ルザとザリナのためにはなにか対策をした方がいいよね? なにかあるかな?」

 

 とファリシュタが顎に手を当てて首を傾げると、同じようにして考えていたルザが口を開く。

 

「……寝る前に深い眠りを誘うハーブティを飲むというのはどうでしょう?」

「ハーブティ?」

 

 ルザの提案に私はそのまま聞き返す。

 

「私は薬草や薬の知識を学んでいるのですが、確か体をリラックスさせよく眠れる効能のあるハーブがあったはずです。それを飲めば寝言を抑えられるかもしれません」

「へぇ……そんなのがあるんだ」

「……知り合いにもっと詳しい人がいるので聞いてみますね」

 

 それを聞いたファリシュタがポンと手を打つ。

 

「あ、それザリナも飲んだらいいんじゃないかな?」

「え? 私も?」

 

 ファリシュタの言葉にザリナが目を丸くする。

 

「ザリナは一年の時も毎日寝不足だったじゃない。人がいるところで眠るのが苦手なんでしょう?」

「! 知ってたのファリシュタ……」

「うん。やっぱり貴族の人には集団生活はきついんだろうなぁって思ってたよ」

「……貴女は寝てる時だけ神経が図太いのよね」

「ふふふ、そうかも」

 

 ファリシュタとザリナはそう言って少し笑い合う。

 

 なんか、思ったより上手くいきそうだね。もしかして私の寝言グッジョブだったんじゃない?

 

 と思っていたら、

 

「この件はソヤリ様に相談しますね」

 

 とルザに耳元で囁かれて私は固まった。さっきの薬草とかに詳しい人とはどうやらソヤリのことらしい。頭の中にソヤリとクィルガーの顔が浮かんで私は顔を引き攣らせた。

 

 まずい、絶対に怒られそう……。

 

 

 

 今日から授業が始まるので朝食後に校舎へ向かう。もちろんルザも一緒だ。

 

「ルザは去年も私たちと同じ教室で授業受けてたの?」

「ええ、実は二人のすぐ後ろにいました」

「え! 全然気づかなかったよ?」

「ふふ」

 

 ファリシュタとルザの会話を聞きながら小教室に入る。授業を受けるメンバーは去年からほとんど変わっていないので、なんとなく席も去年のままだ。チラリと三段目を見ると、黄緑の髪を豪華に結ったティエラルダ王女の姿が見えた。

 ティエラルダ王女は私の姿を見ると、顔を顰めてフイっと横を向く。

 

 あれだけ嫌がってるんだったら授業中に絡まれるってこともないかな。

 

 ルザ、私、ファリシュタの順番で二段目の席に座り本鈴が鳴るのを待つ。

 

「今年も緑の授業はヘルミト先生だよね?」

「うん、そうみたいだよ」

 

 本鈴が鳴ってしばらくすると、ヘルミト先生が扉を開けてヨボヨボと入ってきた。それを見た一番前の端っこにいる生徒がサッと廊下に行き、教科書の乗ったワゴンを押してくる。

 

 すっかりヘルミト先生の助手係みたいだねあの生徒……。

 

「えー、皆さんおはようございます。今年も基礎魔石術学の緑と青を担当するヘルミトです。今年は去年の基礎から少し難易度を上げた授業を行いますので頑張ってついてきてください。それでは教科……」

「先生、教科書は今から配るので少し待ってください」

「ああ、そうでしたね。ではお願いしますよ」

 

 一年のころより明らかに手際が良くなった生徒にそう言われ、ヘルミト先生は椅子を持ってきてよっこらしょと座ってすぐに船を漕ぎ出した。相変わらずマイペースな先生だ。

 教科書が生徒たちに行き渡り、「先生、終わりましたよ」と生徒が先生を起こすと、

 

「は! 忘れていました!」

 

 と突然大きな声を出した。教室にいる生徒たちが驚いてヘルミト先生を見る。

 

「緑の授業の前に二年生はやっておくことがあったのでした。ほっほっほ、危ない危ない忘れるところでした」

 

 やっておくことってなんだろう?

 

「みなさんは今年から自分の魔石を身につけていますね? その魔石とはこれからずっと付き合っていくことになるので、これから『血の契約』を行います」

「血の契約?」

「ああ、あれですね」

 

 聞き慣れない言葉に私は首を傾げるが、ルザは知っているようだ。

 

「血の契約とは、魔石に持ち主の血を覚えさせて、その人しかその魔石を使えないという状態にすることです。血の契約を行うと、魔石に指を触れなくても魔石術が使えるようになるので、魔石使いにとっては必須のものなのですよ」

 

 へぇ……魔石に触れなくても魔石術が使えるようになるのか。それは便利だね。

 

「そこの君、ワゴンの下の段にある箱の中身をみなに配ってくれないか」

 

 ヘルミト先生の指示を聞いて生徒が箱を取り出してみんなに配り出す。回ってきたものを見ると、先に小さな針がついたペン軸のようなものだった。

 

「これ……自分で刺して血を出すってことだよね」

「ええ……どうしよう」

 

 ファリシュタが怯えた声を出す。

 

「怖ければ私が刺しましょうか?」

 

 ルザが私たちを見てにこりと笑う。

 

「……私は自分でやってみるよ」

「私はお願いしようかな……」

「わかりました」

「ではやり方を説明します。まず手首から指先にかけて少しマッサージをしてください。血行がよくなるように。そのあと指先と針に洗浄の魔石術をかけます。それが終わったら針を指先に刺し、出てきた血を魔石に当てます。血が吸われる感覚があるので、それがなくなるまでじっとしていてください。それが終わると契約は完了です。同じようにして他の魔石にも血を吸わせてください」

 

 ヘルミト先生の説明が終わると、生徒たちはそれぞれ手をさすり始めた。私も右手で左手をさすって指先を温める。私の体は代謝もいいので血行もすぐに良くなった。

 そろそろいいかな? と思ったところで指と針に洗浄の魔石術をかけてペン軸を持ち、指先に針を当てる。ルザが「それくらいの長さでしたらぐっと押し込んで大丈夫ですよ」と言ったので、「えい!」と思い切って針を指先に押し込む。

 すぐに針を離して指先を見ると、小さく開いた穴からぷくりと血が出てきた。

 

「ディアナ、痛くない?」

「今ちょっとジンジンするけど刺した瞬間は痛くなかったよ」

 

 私は指先を胸元のネックレスの青の魔石に当てた。すると、指先から魔石の中へなにかが流れていく感触がする。しばらくじっとしていると、魔石が一瞬ふわっと光り、流れていく感触が止まった。

 

 これで契約できたってことかな?

 

 顔を上げると私の前でルザがファリシュタの差し出した手を取って、その指に針を刺していた。

 

「……っ」

「大丈夫? ファリシュタ」

「う、うん……本当に痛くないんだね」

 

 ファリシュタがそう言って指をまじまじと見つめ、それを手首の腕輪に乗せる。ルザはさっさと自分の指に針を刺して腕輪の魔石に当てていた。魔石の大きさから見てルザは二級のようだ。

 

「指の根本から指先に向かってさするとまた血が出ますよ」

 

 とルザに言われたので私は指をさすって他の魔石にも血を吸わせた。

 自分で刺すことに戸惑っていた生徒たちも他の生徒が痛がっていない様子を見て、観念したように針を刺し始めた。

 ほとんどの人が血の契約を終えるころにはヘルミト先生はいびきをかいて爆睡していたので、助手係の生徒が先生を起こす。

 

「は! ああ、終わりましたか。みなさんお疲れ様でした。血の契約をした魔石が砕けたり黒くなったりして使えなくなったら、交換した新しい魔石にも血を吸わせるのを忘れないように。これね、結構忘れる人がいるんですよ。ほっほっほ」

 

 ……私、忘れそうだなぁ。

 

「その代わり血の契約をした魔石は本人以外使えませんので、魔石を誰かに奪われる心配がありません。特に大きな魔石を扱う者にとっては安心できることでしょう」

 

 ほほぅ。確かに私を含め一級の人は、胸元に高価な魔石をぶら下げてる状態だもんね。

 

 私は自分の胸元を見て、そこでもう一つ大きな魔石が服の下にかかっていることを思い出した。

 

 あ、そうだ、あとで透明の魔石にもこれした方がいいよね? 透明の魔石が使えることはまだ秘密だから一人の時にこっそりしなきゃ。

 

「では、授業を始めましょうか。今日は緑の魔石術の『強化の違い』についてです」

 

 ヘルミト先生の言葉に、生徒たちが教科書を開き出す。

 

「一年生の時に覚えた強化は、体全体や、体の一部分を強化するものでした。強化をかけた数秒は硬くなりますが、その効果はすぐに切れましたね。ですが強化する範囲を極端に狭めると、その効果は長く持つことがわかっています。今日はその練習をしていきましょう」

 

 先生はそう言ってノートの端をペリペリと破り、幅一センチ、長さ十センチくらいの紙切れにした。

 

「『ヤシル』強化を」

 

 先生がそう命じると、ぺろんと垂れていた紙切れがいきなりピン! と真っ直ぐに立った。普通なら数秒で効果が切れてまたクタっとなるのに、今回はならない。

 

「これくらいの範囲のものに強い強化をかけると、数分は持ちます。効果もほれ、この通り」

 

 先生はその紙切れを握って教卓の端にコンコンッと打ちつける。

 

「二級の私だとこれくらいの範囲で数分持たせるのが限界ですが、一級の人ならもう少し持つでしょう。さらに範囲を狭めればもっと長時間持たすことができますが、簡単にできることではありません。では、みなさんもやってみてください。そうですね、一分持たすことができたら合格としましょう」

 

 先生のその言葉に生徒たちが自分たちのノートをペリペリと破り出す。私もノートを破って紙切れを手に持った。

 

 これに強化をかけるって難しいのかな。

 

「『ヤシル』強化を」

 

 私がそう命じると、魔石から緑のキラキラが出てきて紙切れを包んだ。

 そして、私の指ごと固まった。

 

「あっ指も全部強化しちゃった」

「……私も同じです」

 

 ルザも同じように紙を持ったまま違う手でそれを触っている。そしてフニャッと紙が垂れた。それに遅れて私の手にかかった強化の効果も切れる。

 

「わ、本当だ」

 

 私たちから少し遅れて魔石術をかけたファリシュタも同じように声を上げた。

 

「紙にだけ範囲を絞るというのは予想以上に集中力が必要なようですね」

「物全体にかけるなら簡単なのにね」

 

 私はもう一度強化をかける。今度は紙の一点を見つめてかなり集中してそこだけにかかるように念じる。もちろん、魔石術の力は最小の〇・五のメモリだ。

 今度はほぼ紙だけにかけられたけど、指先にも少しかかってしまった。

 

「もっと絞らないとダメかぁ」

「あ、できましたね」

「え? 本当に? ルザすごいね」

「多分私が二級だからです。ディアナは私よりもっと集中しなければ難しいかもしれません」

「うひぃ」

 

 どうしようかな。紙の一点を見つめてても指まで範囲が入るということは、もっと小さな目標を見つけなきゃってことだよね。

 ここに小さな穴が開いてると思うとか? 

 小さな穴……小さな穴……あ! さっきの針の穴とか!

 

 私は紙を見つめてそこに針の穴が開いてることを想像する。小さくて黒い穴。その穴に向かって「『ヤシル』強化を」と命じた。

 すると紙がピン! と立った。指先に違和感もない。

 

「あ、できた」

 

 しばらく待っても立ったままなのを確認して、その紙で机を叩いてみる。

 

 うん、カチカチだね。

 

 その状態を先生に見せて合格をもらう。先生は「本当にあなたは優秀な魔石使いですねぇ」と言ってほっほっほと笑っている。

 そのあとは苦戦しているファリシュタにコツを教えたり、この魔石術を使えば手元に武器がない状況でも武器を作れるのではないかとルザと話したりした。

 驚いたのは授業が終わるまで私が強化をかけた紙がカチカチのままだったってことだ。数分どころか数十分でも持つらしい。

 

 ……一級の力って本当にすごいね。

 

 

 

 

早速寝言でやらかしてしまいました。

ハーブティが効くことを願います。

血の契約が完了して手ぶらで魔石術が使えるようになりました。


次の更新は11/22、

赤の授業 炎の扱い、です。

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