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贈り物


 もうそろそろ学院へ向かう準備が始まる八の月の中旬、私はクィルガーとヴァレーリアを本館の談話室に招いた。談話室には私たち家族の他にそれぞれのトカルとトレル、そしてサモルがいる。

 

「ディアナから招かれるなんて珍しいこともあるものね。サモルもいるけど、なにかあるの?」

「ふふふ、今日はお父様とお母様に贈り物があるんです」

「贈り物?」

 

 首を傾げるヴァレーリアに対して、一緒に街に行ったクィルガーは「あれか……」となにかに気付いた顔をしている。

 

「サモル」

「はい」

 

 私が合図すると、サモルがワゴンの上に乗っていた木箱をクィルガーのトレルのカリムクに手渡す。すでに中身を確認済みのカリムクはそのままローテーブルの上へ置き、クィルガーとヴァレーリアの前に差し出した。

 

「お母様、開けてみてください」

「私が開けていいの?」

「はい、赤ちゃんのための贈り物なので」

「……!」

 

 私の言葉に軽く目を見張ったヴァレーリアは、両手でそっと箱の蓋を開けた。

 

「……! これは……」

 

 箱の中にはおくるみ用の布とその上に掛ける刺繍の飾り布、それから私が刺した刺繍のお守りの首飾りが入ってあった。

 

「ディアナ様が考案されました、御子(おこ)のお披露目会用の布セットでございます。上質のおくるみの布と上にかける刺繍布のセットで、刺繍布には御子の健やかな成長を願う若葉の模様が施されております」

「お披露目会用の……とても素敵だわ」

 

 サモルの説明を聞きながらヴァレーリアが飾り布の刺繍をなぞる。そこでもう一つ別に首飾りがあるのに気付いてそれを手にした。

 

「これは?」

「そちらはディアナ様が自らお作りになったお守りだそうです」

 

 サモルの言葉にヴァレーリアがハッとして私を見た。

 

「ディアナ……この夏ずっと刺していたのってまさか」

「えへへ、はい、実はそれを作っていたんです。私は裁縫が苦手なので糸の方向も整ってないし、不恰好ですけど『赤ちゃんを守ってくれますように』っていう願いだけはたくさん詰めました」

「ディアナ……」

 

 ヴァレーリアは一瞬泣きそうな顔になったあと、お守りに視線を落とす。

 

「……鷹の模様ね」

「はい。お母様が私のスカーフに刺してくれたのと同じ魔除けの鷹の模様です。ちょっと変な形になっちゃいました」

「そんなことないわ。とても上手よ」

「アリム家の紋章にも鷹がいるんですよね。それを聞いてその模様にしようって思ったんです」

「うちの紋章か……」

 

 クィルガーがヴァレーリアの手元を見て頷く。

 

「確かに、これはいいな」

「……っありがとう、ディアナ。とても嬉しいわ」

 

 ヴァレーリアが目の縁の涙を拭いながらふわりと笑った。

 

 よかった、喜んでもらえて。

 

 お披露目会用のセットを用意してくれたサモルも嬉しそうに笑っている。

 

「実は贈り物はそれだけじゃないんです」

「え?」

「まだ他にもあるのか?」

「ふっふっふん、こっちは出来立てホヤホヤですよ」

 

 私はにんまりと笑うとイシュラルを見る。イシュラルは僅かに頷くと持っていた細長い木箱をカリムクに渡した。これも前もって確認済みなのでそのまま二人の前に差し出される。

 今日は正式なご招待の場なのでいちいちお互いの使用人を介して贈り物を渡しているけれど、やっぱりちょっと面倒臭い。しかしちゃんとした形で贈り物がしたかったので仕方がないのだ。

 今度はクィルガーが蓋を開ける。すると一緒に箱を覗き込んでいたヴァレーリアが首を傾げた。

 

「これはなに?」

「上の部分は前に買った音出しだな……それに棒をつけたのか?」

「それはですね、赤ちゃん用のおもちゃです!」

「おもちゃ?」

 

 クィルガーがそう言って箱の中からそれを取り出す。柄がついた太鼓のサイドには糸に繋がれた木の実の殻が垂れている。

 私はクィルガーからそれを受け取って説明を始める。

 

「これは『でんでん太鼓』と言いまして、こうやって音を鳴らして遊ぶものです」

 

 柄の部分を持ってくりくりと回すと、サイドに繋がれた木の実の殻が勢いよく太鼓に当たって、てんてんてんてんと軽い音が鳴る。

 

「赤ちゃんが泣いた時とかにこれであやしたり、物が掴めるようになったら持たせて遊ばせることもできます」

「振るだけで音が鳴るのか」

 

 クィルガーが私からでんでん太鼓を受け取って興味深そうに回している。部屋の中にてんてんてんてんと軽い音が響き、なんとも和やかな空気になる。

 

「私にもやらせて」

 

 ヴァレーリアも手に持って、てんてんてんてんと音を鳴らす。

 

「面白いわね、これ」

「音もそうですけど、横の木の実の殻の動きも面白いので赤ちゃんも気に入ってくれると思いますよ」

「これもディアナが作ったの?」

「そうです、と言いたいところですけど、私だけだと上手く作れなかったので結局トカルのみんなに手伝ってもらいました」

 

 太鼓の側面に穴を空けたり、持ち手の棒を握りやすいように削ったりと意外と工作の技術が必要なことがわかって、どうしようかなと途方に暮れていたら、イシュラルがそういうのが得意なトカルの子を連れてきてくれたのだ。

 普段は館の家具を直したり、庭師さんと一緒に庭で使うものを作っているというその子に手伝ってもらいながら完成させた。

 

「できたものに装飾をつけてくれたのはイシュラルです」

 

 太鼓の側面や持ち手のところには白黒赤の色を使った複雑な模様のペイントが施されている。

 

「目が楽しくていいわね」

「なのでこのでんでん太鼓は私とみんなの合作なんです」

 

 私が胸を張ってそう言うと、ヴァレーリアはクスクスと笑い出した。

 

「ありがとう、ディアナ、イシュラルも。とても嬉しいわ。でも貰ってばかりでなんだか悪いわね」

「いつも二人からはたくさんのものを貰ってますから、少しくらいお返しさせてください」

「ディアナ……」

「ありがとな、ディアナ」

 

 クィルガーがそう言って笑い、私とヴァレーリアもお互いに笑い合う。

 

 二人からもらった愛情の分を少しでも返せてたらいいな……。

 

 私たちの会話が落ち着いたのを見計らって、部屋の隅に控えていたサモルが「あの、少しよろしいでしょうか」と声を上げた。

 

 ん? 心なしかサモルの顔が興奮している、ような?

 

「サモル?」

「ディアナ様、そのでんでん太鼓、ですか? それを商品化する気はございませんか?」

「これを?」

「はい!」

「売れるんでしょうか?」

「そのような玩具は今まで見たことがありません。新しい物好きの商人が多いこのアルタカシークでは絶対に売れると思います!」

 

 サモルが拳を握って鼻息荒く断定する。私はその勢いに若干押されながら少し考える。

 

「これも商品化できれば『発明料』がディアナ様に入ることになりますよ」

「……売れそうなら商品化してもいいんですけど」

 

 私はそこでチラッとクィルガーを見る。このでんでん太鼓は前世の記憶を元に作ったものだ。前世に関係するものを表に出す場合は、必ず王様に相談するように言われている。

 私の視線でその意味を察したクィルガーが口を開く。

 

「……音出しを使った物だからな。商品化していいか調べる必要がある」

「だそうです」

「では容認されましたらすぐにお知らせください! 私が全力で売ってみせます!」

「わ、わかったよサモル」

 

 私がそう答えるとサモルは満足げな顔をして頷いた。

 実はコモラに教えたモチモチチーズも料理人の方から作り方を売ってくださいと懇願されて、クィルガーを介して王様に聞いてもらったのだ。その結果チーズは元々ここにあったものだし、全くゼロから作ったものではないということで作り方を広めることは許可された。

 うちの料理人だけでなく、アルタカシーク中の料理人にモチモチチーズを使った料理を作って欲しいので、まずはモチモチチーズ工房を作ってそのお店の売り上げの何割かが私に入ってくるようにした。

 工房の立ち上げや営業はサモルに任せたので彼は大忙しのはずだが、まだ商売の手を広げるつもりらしい。

 

「……このでんでん太鼓が売れるのなら、私結構稼げちゃうかもしれませんね」

「許可が出たらな」

 

 音出しを使ったものを広めるのはどうなんだろう。でもこれが売れて子どもがいる家庭に広まれば、今まで音楽に触れてこなかった人々の中に音に関するものが浸透するということになる。それは今後私がやりたいことを受け入れてもらえる土壌になるんじゃないだろうか。

 

 王様、許可してくれるといいな。

 

 

 それから数日後、私はクィルガーと訓練場にいた。今日はこの夏休みの間に受けた訓練の成果を確かめる日なのだ。

 いろんなパターンでクィルガーが私を襲い、それに護身術で対応していく。いつも相手にしている護衛の兵士ならば倒したり投げ飛ばしたりできるようになったが、クィルガーはやっぱり強くて重い。

 まだ手加減してくれるので抜け出しまではできるが、反撃は全然効いてないみたいだ。

 

「やっぱりクィルガー並の力を持ってる人が相手だと無理ですね」

「基本的な力の差があるからな。だがここまで対応できるんだったら合格だ」

「本当ですか?」

「ああ。ただ訓練を休むと反応が鈍るから、寮に入っても訓練は続けろよ」

 

 うーん、どこで訓練しよう? 寮の中じゃ無理だよね。それに相手も必要だし。

 

「……ハンカルとラクスに相手してもらおうかなぁ」

「男はダメだ」

 

 ぶすっとした顔でクィルガーが即答する。

 

「二年からはお前に学生の護衛がつくから、そいつとやったらいい」

「護衛って女性なんですか」

「当たり前だ。同じ部屋になるんだから」

「あ! そうでした。私相部屋になるんですよね! あぁー楽しみだなぁ」

「……相変わらず緊張感がないな。はぁ……大丈夫なのかこれで」

「なにかあったらソヤリさんに手紙を出しますよ。それかその通信の腕輪があればいいんですけど」

「……これに使われている奇石が見つかれば作れるんだがな」

 

 通信の魔石装具に使われているとんがり石はクィルガーや王様たちが持っているものしか見つかっておらず、今のところ数を増やすことができないらしい。

 それにこの通信の魔石装具は現時点で王様しか使えないものということになっているので、私が持つと色々不都合があるんだって。

 

「じゃあ、次は武術の腕前を見せてもらおうか」

「はい」

 

 護身術の次は武器を使った模擬戦闘を行う。護衛の兵士にも参加してもらって、複数人を相手に攻撃と守備の力を示す。

 襲いかかってくる兵士の攻撃を避けたり、受け流したりしながら素早く距離をとって腰に下がっている弓を出し、まずは相手の足を狙う。今使っているのは先が丸くなっている矢なので、当たった兵士はその場で動かないというルールだ。

 そうやって敵の数を減らしたあと弓から棒に武器を変えて、剣を持っている相手と打ち合っていく。

 棒は正面から打ち合うより、不意打ちで突いたり相手の武器を叩き落としたりするのが得意なので、まずは相手の手元を狙う。武器が落ちたら回転の力を使ってボコボコにする。いや、訓練ではしないけど。

 

「随分よくなったな。じゃあ次は俺が相手だ」

「うひぃぃぃぃ」

 

 相手がクィルガーになった途端、どの攻撃も当たらなくなった。全部クィルガーが持っている棒で防がれてしまう。あと普通にオーラが怖い。猛獣とアリの戦いみたいだ。

 時々入るクィルガーの攻撃に「ふぎゃあ!」とか「ひゃぁぁ!」とか叫びながら避けることしかできない。

 

 いやいやいやクィルガーを相手にするのは無理でしょ!

 

「魔石術を使ってもいいんだぞ」

「こんな必死に逃げてる時に人に当てるなんて無理ですよ!」

 

 動いている間に魔石術を使うことには慣れてきたが、それを人に向けて使うことに躊躇してしまう。例え〇・五の力で放ったとしても人が簡単にぶっ飛んでいく力なのだ。いくらクィルガーが強いとはいえそんな力を向けられない。

 

 バイヌス先生の反応を見るに、私は力を抑えるのが下手みたいだし……。

 

 まだまだ魔石術に関しては勉強が必要だ。

 

「ディアナは目と耳がいい。だから相手の動きをよく見極めて、隙を探すことに集中しろ。力が強いものほど素早さは落ちるはずだ。そういう奴らは繊細な動きができない分、隙が出来やすい」

「お父様は力も素早さも段違いなので隙なんか見えませんよ!」

「……それもそうか」

 

 とクィルガーの攻撃を避けながら言い合う。

 

「俺くらいの強さのやつがいたら、そいつからは全力で逃げろ。そのための隙を探せ」

「わっかりました!」

 

 私はそう言ってクィルガーの棒を回転して避け、その勢いでクィルガーの手元を棒で打つ。不意を疲れて棒を落としそうになったクィルガーに背を向けて、私は全力で逃げ出した。

 

「……やるじゃねぇか」

 

 エルフの耳でクィルガーの呟きを捉えながら私は走った。

 

 ……もしかしたら逃げ足も鍛えた方が良かったんじゃないかな。

 

 

 

 それから学院へ持っていくものを準備していたある日、でんでん太鼓の商品化の許可が出た。王様曰く、あくまでおもちゃとして売るならいいとのことだった。

 

 私を新しいエルフとして公表したことといい、王様って結構柔軟性があるよね。

 

 城に縫製機を運ぶ段取りを確認しに来たサモルに許可されたことを話すと、すぐに商品化のための契約書を用意して「ディアナ様が学院に行ってる間に売りまくってがっぽり稼いでおきます!」と息巻いていた。

 今回の発明料もモチモチチーズの時と同じ、売れた分の数パーセントをもらえるやり方だが、製造販売権はサモルの独占だ。サモルには頑張って売ってもらって私の貯金を増やしておいて欲しい。

 でんでん太鼓の製造はあの革屋さんの主人にお願いした。まずは高級な革を使ったでんでん太鼓を貴族向けに売り、そこで流行ったら次は安い革のものを使って平民に売っていくらしい。

 

「あ、サモル、演劇クラブで使う布が決まったら発注するから持って来てもらっていい?」

「かしこまりました。すぐに学院へお届けいたします」

 

 演劇クラブに必要なものはこれで手配できたかな。

 

 手元の「やることリスト」を書いた紙を眺めながらイシュラルに確認する。

 

「イシュラル、学院が始まるまでにすることって大体終わったよね?」

「まだでございますディアナ様」

「あれ、なんかあったっけ?」

「スカーフがまだ決まっておりません」

「あ……」

 

 顔を上げると、イシュラルが満面の笑みで近付いてきた。腕にはたくさんのスカーフが掛かっている。実は私に似合うスカーフ作りをイシュラルが中心となって夏休み中ずっとやっていたのだが、まだイシュラルが納得のいくものができていないらしく、新作のスカーフが出来上がるたび私は着せ替え人形になっていた。

 

「前のでいいのに……」

「いえ、まだです。もっとディアナ様の可愛らしさを引き立てる最高の形があるはずなのです」

「イシュラル……」

「お時間よろしいでしょうか」

 

 よろしくないよぉぉぉ。

 

「……手短にお願いします……」

「かしこまりました」

 

 今日も長期戦になるなと、一つため息を吐いて私は頭を差し出した。

 

 

 

 

贈り物を喜んでもらえて嬉しいディアナでした。

夏休みの章はこれで完結です。


次の更新は11/15、

二年生の章 プロローグ、です。


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