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「レティシア、異論はないな」
どうして、私が……。
あの後レティシアは父に呼び出され、エドモンとの婚約破棄を改めて告げられた。父の後ろでは、まだ泣き真似をしているロザリーが立っている。だが、口元がニヤついているのが見えて、本当に腹立たしい。
「私は何1つ、良心に恥じる事はしておりません。寧ろ嫌がらせを受けているのは、私の方なんです!ロザリーが、私を陥れようとしているんです!お父様、目を覚まして下さい。最近のお父様はおかしいです。義母や義妹に騙されています」
レティシアは必死に訴えた。以前の優しい父に戻って欲しかった。婚約者エドモンなんていらない。欲しいならロザリーにあげてもいい。義母も義妹もいらない。だから、また前みたく父と2人で幸せに暮らしたい。
「レティシア」
「お父様……」
眉根を寄せる父を見て、分かってくれたとレティシアは、安堵した。だが。
「お前には失望した。自分の大切な母と妹をそんなふうに言うなど、情けない。挙句、この期に及んで人の所為にするなど」
レティシアは、黙り込んだ。これ以上話しても無駄だと分かったからだ。
もう、優しかった父はどこにもいない。
「お前の様な娘は、この公爵家には必要ない」
もう、幸せな日々は戻らない。
「出て行きなさい」
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頭が真っ白になった。取り敢えず、自室へ戻り必要最低限の物をトランクに詰め込んだ。荷造りなど生まれて初めてする。
一通り詰め終わると、レティシアは引き出しから母の形見の指輪を取り出し紐を通して、首から下げた。
部屋を見渡す。
幼い頃からずっと使っていたレティシアの部屋だ。思い入れがある。僅かだが産みの母との思い出も。
まさかこんな事になるなんて夢にも思わなかった。
父が義母や義妹を庇っても、最後には絶対自分の味方をしてくれると心の何処かで信じていた。だが、どうやらそれは自惚れだったようだ。
レティシアは、門を出た。その時、後ろから声をかけられる。
「可哀想なお義姉様。惨めね。でも心配しないで?お父様には、娘である私がついてるから」
満面の笑みで話すロザリー。いつもなら、苛っとする筈の嫌味も、今は何も感じない。今更どうでもいい。
レティシアは、無言でロザリーを一瞥するとその場を後にした。
「さようなら…… お義姉様」
ロザリーの冷たい声が、響き聞こえた。