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「セザールさん」
今日、レティシアは珍しく1人だった。
「シア様、如何なさいましたか」
彼はディオの執事なのだが、本当に何でも出来る。レティシアはそんなセザールを尊敬していた。
「ディオ様が、どこにもいらっしゃらなくて……」
今朝目を覚ますと、いつも隣にいるディオの姿がなかった。代わりに仲のいい侍女のサリーがいた。先に食堂に行ってしまったのかと、急いで身支度を整えて向かったが、やはりディオはいない。
他の侍女や執事に訊ねても「仕事に行かれました」とだけ言われた。なんの事だか、分からない。
「ディオ様は、本日は仕事の為お出掛けになられました」
やはり、セザールも他の人達と同じことを言う。
「……」
黙り込むレティシアに、セザールは眉根を寄せた。
「シア様?」
「ディオ様って、お仕事なさってたんですね」
レティシアの言葉に、セザールは微妙な表情を浮かべた。
「えぇ、勿論です。普段は屋敷で仕事をなさってますが、たまに登城……いえ、出先でも仕事をされているんですよ」
セザールが言うに、ディオはいつも屋敷でも仕事をしているらしい。
知らなかった……いつも、一緒に散歩したりお茶したり、たまに本を読んだりとしていた為、仕事をしているとは思わなかった。一体いつしていたのだろう。
「ディオ様は、どの様なお仕事されていらっしゃるんですか?」
素朴な疑問だった。そもそも、レティシアはディオが何者なのか知らない。
これだけ大きな屋敷を構え、使用人を沢山雇っているくらいだから、お金持ちの貴族だとは推測が出来るが。
「……」
「セザールさん?」
何故か黙り込むセザールに、レティシアは首を傾げる。
「そ、そういえばまだ仕事が!……申し訳ございません!私はこれで失礼致します!」
セザールは、ぎこちなく頭を下げると、逃げる様に行ってしまった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ディオ様、お帰りなさいませ!」
その日の夕刻、ディオが屋敷に戻るとシアが出迎えてくれた。扉を開けた瞬間こちらへ駆け寄ってくる。
「ただいま、シア。もしかして、僕の帰りを待ってくれていたのかな」
「はい!」
照れた様に笑うシアに、ディオは自然と笑みが溢れる。そこに、セザールが近寄って来て耳打ちをした。
『実はシア様は、かれこれ2刻程こちらでお待ちになっておりまして……』
2刻⁉︎
その間ずっと、出入り口の隅っこで座って自分の帰りを待っていたそうだ。セザールは、夕刻にならないと戻らないと声を掛けたが、頑として動かなかったらしい。
「シア」
ディオは、シアの手に触れた。彼女は不思議そうな顔で見上げてくる。
「どうして、ずっとこんな場所で待っていたの。部屋で待っていてくれたらいいのに……」
「……」
黙り込み、シアから笑みが消えた。
「シア?」
「…………ディオ様が、帰って来なかったら、どうしようって……そう思ったら、怖くて……居ても立っても居られなくて……」
彼女は、目いっぱいに涙を溜めていて、今にも溢れそうだ。早朝だった為、シアには敢えて何も言わずに出かけた。どうせ夕刻には戻るからと、軽い気持ちだったが……反省をする。
「シア、ごめんね。次からはちゃんと……」
瞬間握っていた手を、シアにキツく握り返された。
「また、捨てられちゃうって……」
気づいたら抱き締めていた。小柄な彼女は、小さく震えている。
「シア、僕は君を捨てたりしないよ」
この時ディオは、シアの素性を知る事になる。そして、怒りに震えた。