小さき冒険者
私が決起した六年前の事だ。
後に第二次暗黒魔王戦争と呼ばれる戦が勃発する四年前にあたる。
私は当時10歳。
その時に小さな冒険した……。
―――――
僕の名前はエオニス=アルスエード=イクタベーレ。
エオニスはイクタベーレの言葉で王太子を意味する。
つまりイクタベーレの王太子アルスエードだ。
親しい者からはアルスと呼ばれている。
一応イクタベーレの王子なんだけど、僕自身そんなつもりはない。
むしろ王族ではなく普通に生まれたかった。
僕は大昔に暗黒魔王ガディウスを封じた英雄の子孫らしい。
そして、その血を引く父ガイルバッハも武勇にたける強い人だ。
でも、自分は剣すらまともに扱えない……。
それなのに時期王位につくという事で周りの期待が集まる。
正直うんざりだ。
僕はこの緑豊かなイクタベーレにひっそり暮らしたい。
だが、そんな僕でも一つだけ楽しい事はがある。
それは友好関係を保つ為に友好国である島国タルミッタにたまに足を運ぶ事だ。
タルミッタにはユリアン=ディーネ=タルミッタがいた。
ユリアンはユグドラシルの言葉で王女を意味する。
つまりタルミッタの王女ディーネだ。
彼女は親達が決めた婚約者。
まだ恋とか愛とかは良くわからないけど、彼女はとても可愛いくて、凄く優しいので悪い気はしない。
そして、彼女もたぶん僕とは友好的であろうとしている。
自惚れかもしれないけど。
僕が10の時、彼女が9の時もタルミッタに足を運んだ。
親達はいつものように小難しい話をしていたので、僕達は、今回は城の中庭に行った。
会う度に僕は彼女を何処かに連れ出す……そうは言っても宮殿内にいるようには言われているけど。
中庭には白くて長い椅子がいくつかあり、その一つに僕等は腰を掛けて、お互い笑みを交わす。
「ディーネ、久しぶりだね」
「お久しぶりでございます。アルス様」
二人きりになったとこで僕達は再会を喜び合った。
「どう? 最近変わった事はなかった?」
いつも、この何気ない質問から会話が始まる。
僕等が会えるのは早くても半年に一回。正直どっから会話を始めたら良いものかわからないのだ。
「そういえば最近ユグドラシルに行きましたわ。ロッカ様とお話したのですが、騎士団にジェリドというかなり腕の良い弓兵が入団したようですわ」
タルミッタは聖王国ユグドラシルの分家。
それ故、度々聖王国まで足を運んでいるらしい。
そして其処の王女が、ユリアン=ロッカ=ユグドラシルだ。
「へぇ~。弓兵かぁ……僕のとこには弓を扱える人がいないから羨ましいな」
「そう? でもアルス様のとこは優秀な剣士の方々がいると聞きますわ」
「まぁね。それは自慢の一つかもね……それで、その弓兵とは会った事あるの?」
イクタベーレ騎士団は大陸全土に恥じぬ剣士が集まっているという話で騎士王国と呼ばれている。
正直興味無いしどうでも良い。
「直接お会いした事はありませんわ。でも話によりますと、なんでも大陸一の実力ではないかと噂されていますわ」
「凄いね。でも、なんでそんな人が騎士団に入ったのだろうね」
「ロッカ様が仰るにはお亡くなりになった、ご友人の意志を継いだとか聞きましたわ」
「そうなんだ」
「それでアルス様の所は如何ですか?」
「僕のとこにも新しい騎士が入団したよ。中でも際立っているって話なのが、確かゾラとリュウサンだったかな?」
完全にうろ覚えだ。
正直騎士団には興味なかった。
「二人もですか?」
「二人共、若いのに優秀だってジャイロ副団長が褒めていたよ。でも性格に問題ありって話だけどね」
僕は苦笑した。
「性格……ですか?」
ディーネが首を傾げる。
「ゾラって人がリュウサンって人の馬を勝手に触ったとかで大喧嘩になってボロボロになるまで殴り合ったんだって。それからもゾラはリュウサンの物を触ってって感じで同じ事を繰り返してるとか」
「変わってらっしゃるのですね」
「そうだね」
僕はますます苦笑した。
こんな感じの近況話が半年会えなかった為に広がった距離を埋めてくれる気がしてならなかった。
この日だけは、いつも楽しみだ。
何故なら僕は王子なんて立場が嫌いだからだ。
だけど、彼女と会うと彼女が王女とわかってはいるが、自分が王子だという事を忘れさせてくれる気がした。
しかし、今日は何故か再会を喜ぶ時間が長く続かない……。
「よし! 王女を捕まえろ!!」
なんと盗賊達が僕等を囲んできたのだ。
盗賊達が中庭に身を潜めていた。
いや、もしかしたら僕達が会話に夢中になっている間に忍び寄って来たのかもしれないが。
油断していた。宮殿内でまさか盗賊が入り込んでいたとは……。
そして数人がかりで、ディーネを押さえ込みだす。
「止めろっ! ディーネに触るなっ!!」
僕はディーネを捕まえた盗賊に迫った。
ドカっ!
しかし、子供の僕は大人の彼等に敵う筈がない……後ろから棍棒で別の盗賊に首元を殴られた。
「うっ!」
バタン!
思わず地面にはいつくばってしまう。
「あ、アルス様っ!!」
ディーネの声が聞こえた。
僕が……僕が彼女を守らなきゃ!!
必死に僕は立ち上がる。
「よし! 引き上げるぞ!!」
「でも、お頭! このガキはどうしやす?」
「ほっとけ! 長居してると騎士団共が来ちまう」
と言って盗賊達は逃げだした……。
「待て!」
僕は必死に彼等を追い掛けるが、意識が朦朧とし、体がフラつく。
たぶん先程、殴られたせいだろう。
それでも必死に追い掛けた。
そして、次第に首の痛みが多少和らぎ、まともに走れるようになった。
だが、その頃には彼等は遠くの彼方。
やがて、彼等は森の中に入り、其処で僕は彼等を見失ってしまった……。
僕は、走った。
ひたすら走った。
無我夢中で走った。
森の中をただ走った。
一人で真っ直ぐ走った。
後ろを振り返らず走った。
ディーネを助けたくて走った。
彼女を救いだす事を考え走った。
だけど、此処は知らない森の中。
祖国にある森ならともかく、此処はタルミッタにある森だ。
真っ直ぐ走っているつもりでも、何度も同じ所に戻ってきている気がしてならない。
それでもディーネを助けたい一心で走り続けた。
やがて森を抜けると、目の前は行き止まりとも言える岩の壁が広がる。
その壁に面してある洞窟を発見した。
僕は走り続けてきた為に息切れが激しい。
その息切れが治まるか治まらないか、という所で意を決して洞窟に飛び込んだ。
良く良く考えると先程の場所に騎士団はいなかったが“眼”がいた筈だ。
だから直ぐに騎士団が駆け付けるだろう。
でも僕はディーネを今直ぐでも助けたい。
「其処までだ盗賊共!!」
僕は精一杯勇んで見せた。
「なんだぁ? さっきのガキじゃねぇか」
盗賊達は不気味な笑みを見せる。
「あ、アルス様! 助けてー」
ディーネも叫ぶ。
「さあ! ディーネを離せ!!」
僕は先程拾っていた木の棒を持って構えた。
「ガキのクセに俺達とやろうってかぁ……笑わせるぜ」
「覚悟! ……ハァァ」
バコーンっ!
僕が木の棒で殴る前に先に、棍棒で僕の方が殴られてしまった。
脳天直撃だ。
「わぁぁぁ!」
痛い。
思わず泣き叫び、両手で血が吹き出す頭を押さえて、のたうち回った。
「ガキのクセにナメた事、言ってんじゃねぇぞっ!!」
ドカドカっ!!
バコボコっ!!
ドコドコっ!!
「キャー! もう止めて! あ、アルス様が死んじゃうよーっ!!」
僕は数人がかりに蹴られまくった。
痛くて死にそうだ。
ディーネの叫び声が微かに聞こえる。
意識が遠退くのがわかる。
「グハッ! うふっ! ……でぃ、ディーネを……離せーっ!」
それでも、ディーネを離せと一心に訴え続けた……。
盗賊達に袋叩きにされ、痛みさえもわからなくなり、感覚が麻痺していく。
それでも何とか意識だけは保たせていた。
ディーネは僕が守るんだとそれだけを考えて。
そして意識が薄れてきているせいか、ディーネの言葉遣いが変わった気がした。
「あんた達! そんな弱っちぃ奴、イジメて楽しい?」
「あ~ん? なんだてめぇ!」
「というか口調変わったぞ、こいつ」
「当然でしょう! あんた達が捕まえようとした王女は私じゃないんだからっ!!」
「何っ!?」
「私は、え~っと……そう影武者っ! 影武者だという事に気付かないなんて、バッカじゃない」
「なんだとぉ!!」
盗賊達が僕を袋叩きにするのを止めて、ディーネに迫る。
どうやら僕はディーネに助けられたらしい。
なんとも情けない。
「このアマっ!」
ペッシーンっ!!
「キャッ!」
盗賊に頬を殴られたような音が響いていた。
意識が薄れていく僕には立ち上がる力も残っていない。
「痛~い! 何すんのよ」
「煩い! 犯すぞ!」
「おいおい…お前、ロリ好みだったのかよ?」
「いや、ナメた事、言ってるからな」
犯す? ロリ? 一体何の話だろう?
僕には話の内容がわからなかった。
「とりあえず、こうなった以上、持ち帰って奴隷として使うか? こんなツンツンでも使えるだろーよ」
「だな…売れば、それなりの金額になるだろうし」
「それにもう少し大きくなれば食い時だしな」
「だからぁお前、そっちの街道から外れろ!」
食い時? 街道?
この盗賊達は、僕の知らない話ばかりだ。街道って普通に道という意味ではないよな?
「いい加減にしなさいよ! さっきから聞いてれば……あんた達に襲われるくらいなら舌噛んでやるわよっ!!」
ディーネは意味がわかっているのか?
さっきから盗賊達が言っていたのは襲うって事?
襲うってなら、もうとっくに襲っているじゃん。
それにさっきから、ディーネのあの口調は何?
わからないわからない……もうダメだ! 意識が遠のく。
「そこまでだ! 盗賊共っ!! ……リュウザン、ソラ! アルス様とディーネ様を救出するぞ!」
この声はジャイロ?
ジャイロが助けにきてくれたのか?
助かった。
この後、僕の意識は完全に闇に沈んだ。
―――――
こうして私の小さな冒険は終わった。
今思えば、私が弱かったばっかしにディーネがああなってしまったんだ。
彼女はあれがトラウマになり、もう戻る事はないだろう。
私が弱く、恐い思いをさせてしまったから。
私もこの日を境に強くなり、次はディーネを守るって決めたんだ。
だけど結局、私はあまり強くなれなかった。
イクタベーレが陥るまで、まだまだ本気で強くなろうとしていなかったのかもしれない。
そして、この事があったから尚更、姉上の最期の言葉が深く胸に突き刺さった……。
愛する者を…大切な者を守れるくらい……強く! 強くおなりなさい―――。