-5- クロ
翌日ですわね!
さすがいないことになっているとはいえ王族の屋敷、客間がすごいですわ!
わたくしの実家の屋敷の部屋のベッドより暖かい布団がありましたの。
ええ、布団ですわ。
この世界観、和ノ国とか存在しませんから、オーダーメイドでしょうね。
もしかしたら世界の果てまで行けばあるのかもしれないですけど、そこで買ってくるよりは王都の職人にオーダーメイドしてもらう方がはるかに確実でしょうね。
数日振りの布団は快適でしたわ!
目覚めすっきりで、ドレッサーの前に行ったら、お忍び用かしら、庶民の服に似せた現代風のワンピースセットが置いてありましたの。
これならわたくしひとりでも着れますわね!
数日振りのパジャマ(これは客間に置いてあった寝間着を借りましたわ)から街歩きセットに着替えれば……内緒で街に来た(ということになっている)お嬢さまに早変わり。
そうですのよ、あのダサいドレスだと目立ってしょうがないと思ってたところでしたの!
……なんでサイズがぴったりなのかは、考えないようにしておきましょう。
「お嬢さま、起きてるかな?」
おや、ノックの音。それに聞き覚えのない声。
低いけど……女性の声ですわね。開けましょう。
本当はわたくしぐらいの高位の貴族ともなると自力で扉を開けてはならぬことになっていたりするのですけど、ここには使用人はいませんからね。
わたくしが起きてますわ、と声をかけながら扉に向かうと、扉は開きましたわ。
外にはどことなく暫定マイカに似た感じの女性が立ってますね。
マイカの妹? でもそんな設定、マイカにあったかしら?
「おはよう、お嬢さま。うちのトキワが調べは着いたから、早速出かけないかって言ってるけど、お嬢さまはどうする?」
「あらまあ、おはようございます。もちろん行きますわ」
「そっか。じゃあこれご飯。食べ終わったら外の棚に出しておいてね」
それじゃ、とフレンドリーな女性はあっという間に見えなくなってしまいました。
えーと、とりあえず行くって返事をしてしまいましたね。
でも、せっかく攻略対象をこの目で確かめるいいチャンスですわ。
絶対に見逃せませんわよ。
女性が持ってきてくれた朝食は……パンにヨーグルトに牛乳ですわね。
うん、普通ですわ。
ここで白米とか味噌汁とかってなったらどうリアクションしようかと考えていましたけれど、杞憂でしたわね。
そういえば昨日の夕飯も普通に洋食でしたし、わたくし意識し過ぎかしら?
食べ終わった食器をお盆状になっている棚に置き、部屋を出ますわ。
と言っても、どこに集合とか言ってませんでしたわよね……。
おとなしく部屋で待っているべきだったかしら。
そのとき、わたくしの視界を黒いものが横切って、次いでこんな声が聞こえましたわ。
「マスター、見つけたよ! 女の人、あっちにいる!」
「クロ、ナイスです! さっそく行きましょう」
暫定マイカと、幼い女の子の声……?
わたくしが声のする方へと歩こうとしたその時には、暫定マイカが目の前にいました。
瞬間移動でも使ったのかしら。でもマイカにはそんな能力ないはずじゃ……。
「お手柄ですね、クロ。おはようございます、カラミティさん」
「おはようございますわ。そこの女の子は誰?」
「僕の従……召喚獣のクロです。僕と一緒に戦ってくれる相棒ですよ」
「ふうん。あなたってそういう趣味だったのね」
暫定マイカが紹介してくれたのは、声そのままの幼い少女。
ふくふくとしたほっぺが可愛らしいけど、マスター呼びはちょっと。
それに前世の市松人形を思わせるような髪型も相まって、なんだか可哀想。
「ち、違いますよ!? クロの場合はたまたまで……」
「おまえら何を騒いでいるんだ。今日は出かけると言っただろう?」
「トキワさん! カラミティさんが僕のことをテルさんと同類扱いするんですよ! ひどくないですか!?」
「んー? ああ、ペドフェリアと勘違いされたのか。でも実害はないだろ?」
「僕はテルさんと違って、クロに性的に迫ったことはありませんよ! クロはあくまで戦闘力と最終ダメージの底上げのためにいるんですからね!」
「その発言もそこそこ外道だからな」
すっかり白い目で見ているわたくしに気が付いたのか、暫定マイカがこっちを見てますわ。
トキワがなにやら頭が痛そうにしてますけれど、わたくしだって頭痛いですわ!
女の子を戦力扱いなんてサイテーですわ!
暫定マイカ、少しは更生したかと思ったけどやっぱりクズキャラじゃない!
もしヒロインがマイカ推しでも、やんわりと止めてあげましょ。
そうでなきゃ、ヒロインも第二のクロになってしまうわ。
それにしてもクロって、そのままの名前ですわね……。
新しい名前を考えてあげるべきかしら?
屋敷の外に出ましたわ。さて、話してもらいましょうかしら。
今日は誰のもとに行くのか。それが分かれば心づもりもできますから。
「今日の予定? ヴァージルに会って、レンに会って、ノアに会って、スバルに会うぞ」
「一気に全員と会うんですの!?」
「スバルって誰です?」
「リリアをカラミティ家に返すときに必要になるキーパーソンだ」
わたくしの言葉には笑って答えませんね。なにわろてんねん。
っていうかレンドールのことレンって呼んでますわ!
いつの間にそんなに親しくなったのかしら。
ゲームだと、グッドエンドでヒロインが呼ぶぐらいしかないレアなんですが。
わたくしがレンって呼んだら怒るかしら?
「初対面から呼ぶのはやめておけ」
そうよね。急に見知らぬ人から愛称で呼ばれたら困るものね。
……今、わたくし口に出してたかしら?
まさかこのトキワ、心を読めるんじゃ、ないでしょうね。
トキワにだってそんな設定なかったわ。
そんな設定あったら……国政無双で別ジャンルになってしまうもの。
もしかして。いや、でも。
渦巻く疑惑を抱え、わたくしは最低な暫定マイカに抱えられるのをぼーっと見てましたわ。