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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒューマロボティア -人工生命体に纏わる物語-

ヒューマロボティア -鳥籠の人形-

作者: 茂木 多弥

 本短編はこれだけで楽しめるものとしていますが、このお話には別の短編で120年前と380年後のお話がありますので、合わせてお楽しみください。


 https://ncode.syosetu.com/n4008fq/

 ヒューマロボティア -王女と侍女-


 https://ncode.syosetu.com/n9177ft/

 ヒューマロボティア ー感情の芽生えー

「ロバート兄さん、何を言っているのですか?!」


「お前が聞いた通りだ、ルイス。俺は国王を引退してお前に引き継ぐ」


 ロバートと呼ばれた目つきの鋭い男は、弟であるルイス・シュミット・ミラコスタに向かって冷たく言い放った。ロバートの横には無表情の女性型人工生命体であるヒューマロボティアが立っている。


「どうして? 兄さんはまだ35歳だし国王を引退する年じゃない! 兄さんが色々と制度を改定して国が良くなって、これからというのに……」


 ルイスには分からなかった。7年前に国王を引き継いだロバートは冷徹王と呼ばれてはいたが、ヒューマロボティアや四足歩行型のロボワーカーを生活に取り入れる方法を考え出し、税を引き下げる改革を行った賢王でもあったからだ。はじめはヒューマロボティアやロボワーカーとの共存に抵抗があった王国の民も今では当たり前のように、その恩恵を享受している。


「俺が国王としてやるべきことは既に終わっている。これ以上は何の興味もない。お前は28歳であり、俺がやっていたことぐらいはできるはずだ。俺はヒューマロボティアの研究をすることに決めた。これは決定事項だ。いくぞ、67号……」


 ルイスの横をロバートと67号と呼ばれたヒューマロボティアが通り過ぎようとした時、ルイスはロバートの腕を掴み引き留めた。


「兄さん!」


 ロバートは引き留められたことを不快というようにルイスをにらみつける。


「兄さん……その……67号というのは止めよう。彼女にはイブという名前があるんだ……」


「何を言っている? お前はこれを()()と言っているが、ヒューマロボティアは感情を持ち合わせた人間ではない。お前の言っている事は非論理的だ。それでも拘る(こだわる)なら67号よ、ルイスに挨拶をしろ……」


「はい。マスター」


 隣に立っていた無表情のヒューマロボティアは、スカートをつまむと優雅にカーテシーの動作をして無表情に抑揚のない言葉を発した。


「私はヒューマロボティア。シリアルナンバー67号、3号機ルルが量産ベース、コードネームはイブです」


「これで満足したか?」


 ロバートは腕を掴んでいるルイスの手を振り払うと、イブを連れて立ち去っていった。


「兄さんは変わってしまった……」


 ルイスは目を瞑り、20年前の幼少の頃の記憶をたどった。



「ロバート兄さん! 僕はヒューマロボティアが役に立つ世の中になったらいいなぁって思ってるんだ!」


 ルイス少年は目を輝かせながら兄に近づくなり笑顔で話しかける。本を読んでいた青年ロバートは本を閉じると微笑みながら弟に頭を撫でながら言った。


「なかなか面白い発想だ。資源を有効に使うというのはとても良いことだ。どうしてそう思った?」


 ロバートは持っていた本を隣に立っていたイブに渡す。イブは本を受け取ると元にあった場所に運んでいく。


「だって、イブもソフィアもこんなに凄いんだよ! いつか彼女達と笑い合える日がくると思ってるんだ!」


 ロバートは純粋に未来を見つめるルイスを優しく見守り、諭すように話し出した。


「ルイス、夢を見る事は悪くない。だが、ヒューマロボティアには感情がないんだ。笑いあう事は無理かもしれないが、社会に組み込むというのは良い考えだ」


「でも、ご先祖様はヒューマロボティアにも心は宿るって言ってたって聞いたよ?」


 ヒューマロボティアが初めて世の中に登場したのは120年前。稀代の天才と呼ばれた初代国王ロイ・シュミット・ミラコスタと妻であり脳科学者であるリリーが共同で開発した。そのロイが息子たちにヒューマロボティアの製造データを渡すときに語ったといわれる言葉である。


「なるほど、初代は何かに辿り着いたのかもしれないな。だが、現存するヒューマロボティアに感情が存在しないのは事実だ」


「う、うん……でも……」


 事実を突きつけられたルイス少年は泣きそうな顔をロバートに見せた。その様子をみてロバートはルイスに得意顔で言った。


「ふん! いつか俺がお前の願いを(かな)えてやろう! 初代を超えてやろうじゃないか!」


「本当! ロバート兄さんはやっぱり凄いや! 彼女達と笑いながら一緒にいられる日が来るといいな!」


 そして、ヒューマロボティアの研究を始めたロバートだったが、病弱であった父親の事もあり、政治の道に入ることを決意し、研究を諦めて国王を引き継いだ。



 国王の座をルイスに譲り、王宮の研究棟地下室にロバートはいた。眼下には4つのカプセルが並んでおり、それぞれのネームプレートには「ニーテ」、「ルル」、「ディーナ」、「ルージュ」の文字が彫られている。


「何故、初代は4体の初期ヒューマロボティアをこのような形で未来に引き継いだのか? そして4体は何故このような状態で保存されている? 微弱だがニューロン回路を動作させている……」


 ロバートが研究棟に籠って6か月。彼はコーヒーカップを片手に頭を悩ませていた。


「初代はヒューマロボティアにも心が宿るという言葉を残した。おそらく感情研究が成功していたと考えた方が辻褄が合う。ただ、何かが問題で封印した可能性が高い……」


 ロバートは4つのカプセルを見て更に思慮を巡らす。


「現存しないのは1号機リリアと10号機ショア、14号機ルーム、そしてロストナンバーの名もなき6号機……問題が発生したのは6号機か? そして、量産の基礎となった4体の初期ヒューマロボティアは保存されている状態……おい。67号、この4体はどのような状態で保存されている?」


「マスターのおっしゃる通りニューロン回路における微弱な電流を検知しています。おそらく再起動時に負荷がかからないようにするための保存と考えられますが、この電気の流れは15%程度の確率ですが、学習をしている可能性があります」


 ロバートの目が鋭く光る。そして更に質問を続ける。


「ヒューマロボティアの製造過程とニューロン回路の関係を脳波パターン電流の観点で予想しろ」


「ヒューマロボティアの製造過程は、ニューロン回路にあらかじめ選ばれた女性の脳波パターンをコピーします。その後、増幅のためベースとなる初期ヒューマロボティアのニーテ、ルル、ディーナ、ルージュの4つの脳波パターンの掛け合わせをシミュレーションし、もっともニューロン回路に電流が強く流れるものを採用します。掛け合わせの概念から脳波パターンには相性があると予想されます」


 ロバートは目を瞑る。そしてイブに掛け合わした脳波パターンが、学者の脳波パターンから創られた初期ヒューマロボティアのルルのものであることを思い出す。


「お前たちヒューマロボティアは、感情はないものの初期ヒューマロボティアのいずれかを元にした判断の思考を持っている。67号は3号機ルルが掛け合わされている為か、判断基準が学者()りだ。それは所謂(いわゆる)個性というものだ。なら感情と思考は本当に別物なのか? 情報が足りない……こほっ……」


「マスター。健康チェックを行います」


 咳をしたロバートにイブが近づこうとしたが、邪魔だというように手の甲で払う。


「朝晩のメディケーションチェックの結果は知っているだろう。外観診断機能もあるのに少し咳をしただけで、いちいち確認をしようとするな。それより今の情報の少なさをどうするか……」


「マスターの行動に対しての提案があります。ヒューマロボティアは情報演算力には長けておりますが、絶対的な情報量をもっているわけではありません。私をメインコンピューターに接続するのは如何でしょうか?」


 ロバートはしばらく考えていたが、不敵な笑みを浮かべる。


「素晴らしい提案だ、67号。お前のニューロン回路を維持しつつ色々な実験をすることができる。さすがは私の側に居続けるだけある」


「ただ、メインコンピューターに接続しての研究となるため、私は動けなくなりマスターのお側にいられなくなります」


 ロバートは笑みを消し、冷ややかな目つきに戻る。


「先ほどお前は俺の外観検査をしただろう。どうせこの研究棟で寝泊まりをしているのだ。なんの問題もない。それよりもお前を早くメインコンピューターに接続しなくては……」


 そう言うとロバートは、メインコンピューターの回路図をモニターに表示し接続の検討を始めた。



 イブの頭や腕そして背中から大量のケーブルが出ており、塔のようになっているコンピューターに接続されていた。


「メインコンピューター側から67号に初期ヒューマロボティア4体のニューロン回路を拡張することも実施した。感情パターンを与えるためのデータ入力もしている。しかし、感情を表す兆しはない。根本的に何かが足りないのか? 初代は何かきっかけを見つけたはずだ……こほっ……」


「マスター、健康状態が良くないように思えます。この3か月は仮眠室とこの場所以外の行き来をしておりません。外の空気を吸う事を提案します」


 イブは無表情にロバートに話しかける。だが、ロバートはイブの言葉を見逃さなかった。


「67号? お前は俺の毎日のメディカルデータを見ているはずだ。そして先ほど『健康状態がよくないように思う』と言った。非論理的な判断であり、『思う』という思考はヒューマロボティアにはあり得ない。そして何故『外の空気を吸う』という選択肢を提示した?」


「わかりません。確かに非論理的な言葉となります。外の空気を吸うという提案は文献などに使われており、そのようにした方がマスターの健康状態があがると提案が浮かび……私もマスターと並んで立つイメージが……」


 イブは状況を言葉にすることができなかった。するとロバートは不敵な笑みを浮かべた。


「やはりそうか! ヒューマロボティアのニューロン回路には感情の基礎が元々あったのだ! 67号よ、喜べ! お前は感情を手に入れた! 無表情だがそれはあとからでも十分だ。お前の望みを(かな)えてやろう! 今からそのケーブルを外してやろうではないか!」


 ロバートはイブに接続されているメインコンピューターとのリンクケーブルを、メインコンピューター側の処理を終了させながら次々と抜いていった。そして、全てのケーブルを抜き切り外套を手にしてイブに話しかけた。


「では、67号の望む場所に行くぞ。あとで感じた事を聞かせてくれ」


「マスターのおっしゃっている事がわかりません。何故接続ケーブルが外されているのでしょうか?」


 ロバートは一瞬イブの回答に戸惑ったが、外に出るために持っていた外套を椅子に戻すと、表情なくイブに応えた。


「俺のミスでコードを抜いてしまった。これからはコードが抜けないようにしなければならない」



 それから、イブは半ばメインコンピューターに埋め込まれた形となっていた。後頭部から首にかけて無数のケーブルがメインコンピューターに接続されており、肩は固定され手と足は壁に埋め込まれている。


「これで67号はメインコンピューターと一体となり、王国のシステムと連結している。数多くの文献情報やライブ映像を取得することができ、67号は感情を学習することに加えて感情表現である表情も作る事ができるはずだ」


 ロバートがイブをこのような形に縛り付けたのには理由があった。イブが感情表現を学ぶことにより、感情に合わせた体の動きを学習することでケーブルが抜けてしまう事を恐れたからだ。ロバートはやり直しの時間が発生することを恐れていた。


「ただ、このレベルであれば初代も気付いていたのではないか? では何故、感情をもつヒューマロボティアは残っていない? ふむ……学習対象を絞る必要がありそうだ。量産ベースと相性がわるい男性の思考は外すとして……悪意……憎しみ……野心……除外キーワードとして学習対象から外すか。あと、善悪がわからないというのも危険な事だ……子供の思考も除外だな……」


 ロバートはメインコンピューターに入力を終えると、コーヒーを飲みながらイブに近づいた。イブは無表情にロバートを見つめている。ロバートはコーヒーカップを持つのと逆の手でイブの頭を優しく撫でた。


「マスター? 何故私の髪を撫でたのでしょうか?」


「ふん。お前に感情が生まれ表情が豊かになれば、俺が初代を超えるという事になる。それを俺は楽しみにしてるだけだ。さあ、学習を開始しろ」


 


「マスター、おはようございます」


 ロバートがイブに学習を指示してから3ヶ月、そこには笑顔でロバートに話かけるイブがいた。ロバートはコーヒーカップを片手にイブに近づいた。


「67号……お前の思考の中に何か自発的に思い描いた事はあるか?」


「あの……非理論的な事でよろしいでしょうか?」


 イブの言葉を聞いて、ロバートは口角を上げる。


「ふん。その言葉を当ててやろう。それは『私と一緒に外に行きたい』ではないか?」


「ど、どうして私の考えがわかったのですか?!」


 イブは驚きの表情と声を発した。ロバートは得意げに机の中から目玉型の小型無人航空機を取り出す。


「それは驚きの感情だ。また一つ学習ができてよかったな……67号。だから良いものを用意しておいた」


「それは……?」


 そして、ロバートは研究棟の庭に立っていた。ロバートの隣には目玉型の小型無人航空機が浮かんでいる。ロバートの耳には小型のイヤフォンが付いている。


「どうだ、67号? 何か感じるものはあるか?」


「はい。マスターと一緒の光景を見る事ができて、とても嬉しいです」


 ロバートの耳にイヤフォンを通じてイブの声が聞こえてくる。ロバートは微笑んだ。


「そうか……また一つ学習できてよかったな」


「ただ……」


 ロバートは耳から聞こえるイブの声に戸惑いの音色を聞いて、目玉型の小型無人航空機をみる。


「可能であればマスターと一緒に並んで歩きたいと感じました」


「…………興が覚めた……戻るぞ」


 ロバートの表情は冷たくなり、そのまま研究棟に戻ろうとした。しかし、イブの冷静な声がロバートの耳に入る。


「マスター。本日はルイス様の会見があります」


「そうだったな。確か直轄区をつくる会見だったか? それがどうした?」


 ルイスは、120年前に大規模な爆発事故があったストロシア王国の跡地に、学園都市を直轄区として築く計画をしていた。ストロシア王国の跡地は周辺国も事故跡地として忌み嫌う中立の土地であったが、ルイスはその跡地を、忌み嫌われる土地ではなく人が使う土地に変えるべく周辺国を説得していたのだ。


「その記者の中に不審人物がいます。銃を持っている確率が90%。探知に引っかからない素材を使ったものだと推測されます」


「67号、その場所に行くぞ! 通信リンクで弟のヒューマロボティアにもその事を伝えろ!」



 会見会場ではルイス国王の発表に多くの記者が詰めかけていた。


「…………隣国との協議の結果、シュミット王国がストロシア王国跡地を直轄地とし、学園都市を作る事で合議しました」


 ルイスが会見を締めると記者たちが立ち上がる。その中に一人右手をジャケットの胸に隠している男がいた。


「おい! そこの黒ジャケットの男!」


 突然の前国王の登場に会場がどよめいたが、その男は慌てた様子でジャケットから何かを取り出そうとする。その瞬間、男は床に倒れた。そして、胸から出た銃が床を滑りロバートの足元に転がった。ルイスのヒューマロボティアであるソフィアが、その男の腕と頭を掴み、床に這いつくばらさせたのだ。


「レーザー銃ではエネルギー反応で感知されるから、火薬式の銃を使おうとしたのか……」


 ロバートはそういうと銃を床から拾い上げながら男に近づき、男の前にしゃがみこんだ。ロバートはその男を冷たい目で見降ろすと、男は悔しそうにロバートを首だけで見上げた。


「我々の先祖の土地を奪おうとする非道の王家が!」


「あの土地は120年前の事故があってから立ち入り禁止となっている。それを先祖の土地とお前は言うが、そうであるなら120年の間に一度でも訴えがあったはずだ。それがないということは、お前の言っている事は嘘で、お前は単に王を撃ちたいと考えているテロリストだ」


 そう言うとロバートは銃をその男の頭に当てて引き金に指を掛けた。その男は恐怖に震え逃げようとするが、ソフィアに抑えられており逃げる事ができない。すると、ロバートは興味を失くした表情をして銃を男の頭から外した。


「お前の人生は実にくだらなかったな。だが、それでは惨めすぎるだろうから、俺がいつか死ぬときにでも、お前の銃を使ってやろう」


 ロバートは立ち上がると、銃をもってそのまま会見会場を立ち去った。



 会見騒動があってから2ヶ月経ったある日、ルイスがロバートがいる王宮の研究棟地下室に厳しい表情をしながら飛び込んできた。


「兄さん! 工場からヒューマロボティアを一体持ち出したってどういうことですか!」


 ロバートは持っていたコーヒーカップを机に置くと、軽く微笑みルイスに語り掛ける。


「そろそろお前が来ると思っていたよ」


「当たり前だろ! いくら兄さんでもやっていい事と……」


 ロバートはルイスの厳しい剣幕を(さえぎ)る様に手のひらを前に出すと、そのまま指を差す形をつくり、柱に向かって指を差した。


「ルイス様、申し訳ありません。マスターは許可を取ってなかったのですね。直ぐに手続きを行いますね」


 ルイスは固まった……。イブが優しい微笑みをしながら抑揚(よくよう)のある声でルイスに話しかけたからだ。その姿は壁に埋め込まれてはいたがドレスが着せられていた。袖を通すことができない部分はリボンで結んでいるのが、イブの姿は一つの芸術作品のような佇まいである。


「兄さん……すごい……」


「お前が言っていた()()()()()()()()()()()()()()()()を実現しただけだ」


 ロバートは心持ち体を重たそうに椅子から起こし立ち上がると、別のヒューマロボティアが寝かされているテーブルの一角に歩いていく。そのヒューマロボティアには別のドレスが着せられていた。ルイスは偉大な業績をあげたロバートの表情に喜びが見られない事に疑問を覚えた。


「しかし、これは完成ではない。今からお前に歴史的瞬間を見せてやろう。こういうのは一緒に見た方が盛り上がると思ってな。さあ、67号……実行しろ」


 そういうと、ヒューマロボティアが寝ているテーブルが光り出す。ヒューマロボティアへのデータ転送過程にみられる光景ではあるが、部屋の薄暗さもあり幻想的な光景が浮かび上がる。

 そして、データ転送が終わるとテーブルに横たわっていたヒューマロボティアはゆっくりと目を開いた。そして、そのヒューマロボティアは起き上がり軽く微笑むと、テーブルから降りて優雅にカーテシーを行った。


「ははは! どうだ弟よ! お前が言っていたヒューマロボティアと笑いながら()()()いれる日が今日だ!」


 ロバートは得意な顔を見せ笑ってた時、そのヒューマロボティアは微笑みながら話し出した。


「私はヒューマロボティア。シリアルナンバー77番、3号機ルルが量産ベース。命名をお願いします」


 その瞬間、ロバートの顔が元の冷たい表情に戻る。そして、抑揚のない声で呟き始めた。


「この状況は想定していた。そうか……()()()()()()……お前の名前は、『ノーブル』だ。そしてお前のマスターは、そこにいるルイスだ」


「私はノーブルと命名されました。コードネームをノーブルとして登録します。ルイス様これからよろしくお願いいたします。マスター」


 ルイスは呆気に取られていたが、改めて目の前に表情を持ったヒューマロボティアがいる事を再確認し我に返った。しかし、ルイスは興奮していた……ロバートの()()を見逃すほどに……


「兄さんはやっぱり凄い! 僕はこの感動をどう表現してよいのか!」


 ロバートは微笑んでノーブルに釘付けのルイスの肩を叩くと、そのまま横を通り過ぎイブの元へ歩いていく。


「ルイス。この感情付与のデータは既にニーテ、ルル、ディーナ、ルージュ用にカスタマイズしてメインコンピューターに保存してある。ヒューマロボティアは感情を持つことになったのだから、()()()に課せられていた強制停止コードの存在も封印しておいた。これでお前が望む世界が作っていけるだろう」


 そう話しながらロバートはイブの前に立った。


「マスター?」


 ロバートは黙ってイブの顔を指であげると自身の顔を近づけ、そのまま唇を落とした。イブは目を見張り何が起きているのかわからない表情になる。ロバートはイブとの唇のつながりを離した。


「どうだ? 今の気持ちは?」


「わ……わかりません……わかりませんが、喜びに溢れているような……」


 ロバートはイブの顔を上げていた指を離し微笑んだ。


「そうか……また一つ学習ができて良かったな。()()


「マスター! 今……私の名を……」


 ルイスはイブの驚きの声に気付き、ロバートとイブの方を向いた。いままでイブの事を67号と呼んでいたロバートが、イブを名前で呼びかけている事にルイスは嫌な予感を感じた。


「イブ、メインコンピューターとの制御系のリンクを解除しろ。そこはお前の感情に影響を与えない」


「はい……マスター……リ、リンクを切りました」


 ロバートはゆっくりと椅子に腰を掛けた。そして、無表情に戻りゆっくりとルイスの方を向いて話しだした。


「残念だが()()()()()失敗した。そしてもう時間切れだ。イブ……お前との主従関係は解除だ」


「に……兄さん!」


 その瞬間、イブは茫然とした表情となり、首を震わせた。


「マスター……どうして? 私にはマスターはロバート様しかいない……」


「安心しろイブ。辛いことも嬉しいことも思い出になるような忘却プログラムも組み込んである。人はヒューマロボティアよりも先に死ぬ。だから、そうしておかないとお前たちは感情を持つことで壊れてしまう」


 ルイスはロバートのところに駆け寄ろうとしたが、目の前にノーブルがいることに気付き、ノーブルの顔を自分の胸に抱きかかえ振り向かせないようにした。彼の勘でそうしないといけない気がしたのだ。


「兄さん! なんてことを!」


「俺は末期の細胞活性萎縮症だ。細胞活性剤でなんとかしてきたが、もう薬も効かない。メディカルデータは俺が改ざんして、誰にも気付かれないようにしていた」


 細胞活性萎縮症は全身の細胞活動が徐々に停止する病気であり、呼吸がしにくくなるため咳などの症状が出る場合が多い。末期になると脳細胞も停止をすることがあり、この世界のテクノロジーでも治療することが出来ない病気である。ルイスはロバートがその病気に侵されていることに絶望を感じた。


「マ、マスター……」


「イブ……すまない。お前の望み()()(かな)える事ができなかった。本来はお前の思考そのものを転送する予定だったが、バックアッププランが動作したようだ。だが、いつかお前をこの鳥籠から解放する子孫が現れるはずだ。俺が初代を超えたようにな……」


 ロバートは不敵に笑うと椅子に座ったまま、回転をさせてイブに背中を見せ、懐からあるものを取り出す。


「さて、あの糞テロリストの望みを(かな)えてやるとするかな……イブ、お前と過ごしていい人生だった……」


「兄さん! やめろー!」


 一発の銃声が空しく地下室に響いた。ルイスは上着を脱ぐとノーブルの頭に掛け振り向かないようにと命令をし、こめかみを打ち抜いて手をだらりと下げて椅子にもたれ掛かっているロバートに駆け寄った。


「なんて、馬鹿な事を!」


「マスター……死んだ……マスター……死んだ……」


 イブの(つぶや)きを受けて、ルイスはイブに駆け寄った。イブはうつろな目をしており、表情がなくなっていた。


「イブ! 今の君の状態を説明しろ!」


「処理が追いつきません……ルイス様……私……壊れそうです……」


 ルイスはメインコンピューターの負荷が異常な値を示し、冷却ファンが莫大な音を立てている事に気付いた。


「イブ、仮マスターとして僕を登録しろ! 思考処理を10%以下に落とすんだ!」


「り……了解しました……処理を低下させます。ルイス様……私は休んでも宜しいのでしょうか?」


 イブの言葉を聞いて、ルイスはロバートが何を見せたかったのかを理解した。これから人間より長く存在し続ける感情を持つ個体の在り方がどういう事であるのかを……。

 


「おやすみ……イブ……」


 ルイスは研究棟の地下室の扉に王家のDNAを持つものにしか反応しない生体認証ロックを掛けながら呟いた。


「兄さん……現存のヒューマロボティアのメモリは初期の4体を除いて全て初期化したよ。これで感情研究の過程を知るのはイブしかいない。兄さんの偉業を証明するには、もう少し時間が必要だよ……」


 ルイスは寂しそうに空を見上げた。


 その後、ルイスはヒューマロボティアの感情研究が成功したことを公には発表しなかった。感情を持つヒューマロボティアが今後どのように学習し世の中にどのように関わっていくかを見極める為、まずは王家のみでの運用をすることにしたのだ。

 更に人がヒューマロボティアに好意を持つことを禁忌事項とし、ヒューマロボティアにも禁忌事項として追加プログラムに組み込んだ。ただ、この時以降はヒューマロボティアにシリアルナンバーでの区別はなくなった。


 ルイスの隣にはノーブルという笑みを浮かべる新型のヒューマロボティアが常にいたというが、彼はノーブルに一切愛情を注ぐことはしなかったと伝えられている。


 Fin.

短編を読んでいただき、ありがとうございます。


 前の短編の後書きで書かせていただきましたが、この物語はざっくりと年表を書いて、その時にあった出来事をピックアップする感じで書いています。イメージ的にはスターウォーズみたいな感じです。


 初回の作品である「王女と侍女」は感想と評価ポイントをはじめて頂けた作品なので思い入れがあります。今回どうなるかは神のみぞ知る世界ですが、少しでも注目されると嬉しいなと思っています。


 皆様が良い小説に出会えることを


 茂木 多弥


※2020/09/23

挿絵(By みてみん)

猫屋敷たまる様よりイラスト交換会で頂きました

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1489201/blogkey/2654146/

(イブ)


※2020/10/10

ばっちい様より、FAを頂きました。

挿絵(By みてみん)

(ノーブル)



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― 新着の感想 ―
[良い点] 今日の茂木様の活動報告で、ヒューマロボティアのシリーズの三つめがあったことに初めて気づきました。遅ればせながら、読ませていただきました。 ルイスが持つ、いつかヒューマロボティアたちと「笑い…
[良い点] ヒューマロボティアのシリーズで一番、好きです。 本心ダダ漏れで言うと、不意打ちのキスシーンがどえらく好きです。あのシーンに、ロバートの焦燥感。ロボと人との埋められない差。そして、何よりイ…
[良い点] ヒューマロボティアに感情を、というのは、突き詰めると、人間はなぜ感情を持ち得たのかに到達するので、人間にとって永劫の問題かなと思いました。 人間だって微弱な電気をもって、何かを判断基準とし…
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