45話 日米交渉1回目 その2
ハワイ名物のコナ・アイスコーヒーが、応接セットに互いに向かい合いながら座っている2人の前に出された。
「おお!アイスコーヒーですか。ホットも良いですけど金属カップでキンキンに冷えたアイスコーヒーは、常夏のハワイならではの格別な味わいですね」
「ほほう、三木特使はコナ・コーヒーを知っているとはなかなかのコーヒー通ですな」
「いえいえ、外交官をしていますと様々な国々に行き、その国の料理や名物品を食べる機会が多いので、どうしても舌が肥えてしまう傾向があるのです」
玲美は三木に近づいて耳打ちをした。
「(三木さん、少し時間を取って下さい。それにも何か混ぜ物をしていますので全部は飲まないで)」
「ハル長官、済みませんが秘書との打合せがあるので、30分程別室に控えても宜しいですか?」
「どうぞ、その方が私も助かります。それでは30分後に再開ということで」
三木一行は会議室を出て、控室に向かい三木がドアノブに手を掛けようとしたところ、玲美がその手を取って開けるのを止めさせた。
「ドアノブに手を掛けないで!開けるのを待って、三木さん」
「え?どうした?」
玲美は透視能力と感知能力を駆使して、別室内部を探知していた。
「やはりね」
「玲美、どうしたのだ?」
「このドアノブには電流が流されているの。
死ぬまでの高圧電流ではないけど、電気の弱い人は失神するかも。
今、私がドアノブも含めて電気仕掛けを無効にします」
玲美はドアノブに触ると同時に廊下越しにバチッという音が響いた。
「もう大丈夫、部屋の中に入っても良いですよ。
私の雷撃能力で、電気仕掛けを全部無効化したから」
三木はドアを開けると、室内は少し焦げたような煙と臭いが部屋中を漂っていた。
「それより、俺に飲まされた薬とは一体何だ?」
「三木さん、コッチを向いて」
「え?」
蘭子は三木とキスを始めた。
否、正確には三木の口腔内に残っていた飲み物の成分分析を口移しで採取したというのが正しいだろう。
蘭子には医師及び薬剤師以上の医学薬物知識があって、どのような薬物でも体内で瞬時に分析出来る能力をガイアから与えられていた。
「やはり玲美の言うとおり、毒物ではないが睡眠導入剤の一種ね。
ほうら、三木さんが眠りに入りつつあるよ」
「蘭姉、解毒剤はあるの?」
「この解毒用ナノマシンカプセルなら、服用すれば1分以内に元通りよ」
「分かったから、それを早く頂戴!」
蘭子は玲美にそのカプセルを渡し、玲美は三木に飲ませようとしたが、半ば睡眠状態に近かった。
「起きて、三木さん。コレを飲むの!」
「ウーン、ね、眠いぞ。ムニャムニャ」
玲美はカプセルを口に含み、三木の顔を起こしながら口にキスをして口移しでカプセルを飲ませた。
その1分後、三木は目を覚ました。
「う、うむむ、一体俺はどうしていたのだ?」
「三木さん、ドアノブのところは覚えていますか?」
「ああ、玲美が電撃で電気仕掛けを壊した件だな」
「それでは、部屋に入室した後は?」
「部屋に入った後、蘭子とキスしたような気がしたが、強烈な眠気がして気を失ってしまったと思うが」
「この電気仕掛けは感電で気を失う程度の弱いモノだけど、睡眠導入剤を飲物に混入されたら感電で気を失うことで昏睡状態になり、最悪の場合は死亡状態に繋がった可能性が高いです」
「蘭姉、このことをサリ姉に至急連絡して」
「分かった。ガブ姉経由で連絡するわ」
「どうします?三木さん」
「アッチは俺が重傷若しくは重体、または死亡状態になることを期待しているかもな?
俺が無事な姿を見せたら逆に面白いかもな。その時は思い切り皮肉ってやるつもりだがな」
「頼もしいです、三木さん」
「日本側の回答が来ました。三木さん」
「どんな反応だった?」
「えーと、
『今回は大事を取って、有川外相をそちらに行かせなくて良かったと。
三木君ならば、身体の一部が損失しても生きているだろうし、天使の秘書が2人も付いているから、とりあえず何食わぬ顔をして交渉を継続して欲しい』
との総理からの回答でした」
「身体の一部を損失しても生きているだろうって、総理は俺をトカゲみたいな化け物みたいな扱いをしているな」
「そうですよ、三木さん。貴男は以前ガブ姉と関係したでしょ。
その時に天使の祝福によって、身体中にナノマシンが棲み着いたはずです。
外部的な損傷や身体の損失は短時間で回復出来るはずです」
「だけど、さっき睡眠導入剤で倒れたけど?」
「今までは外部的なモノで、今度は蘭姉の内部的な祝福ですね」
「私が三木さんに服用した解毒用ナノマシンカプセルは、貴男が死ぬまで身体内部に棲み着きますので、今後二度と毒劇物は効きませんから」
「この天使達は俺をそんなに超人にしたいのかね、トホホ」
「それと、もう一つの電気仕掛けは部屋の至る所に盗聴器を仕掛けていましたが、先程私の雷撃で既に全て破壊済です」
「やはり盗聴器を仕掛けていたか。よし、第2ラウンドに行くぞ」
「「ハイ!」」
三木一行は別室を出て、再び会議室に向かった。
会議室には既にハル長官が応接セットのソファに座り、何やら資料を確認中であった。
三木も長官に対面する形でソファに座り、2人の秘書は応接セット横に設置されているデスク席に腰を掛けていた。
「三木特使の控室の方で雷が落ちたような音がしたみたいですが、何かありましたか?」
「いえ、控室として使用している部屋に静電気がかなり溜まっていたようで、私の秘書が若干感電したようでしたが、大丈夫でした。
それと私が席を離れた間、強烈に眠気が差してしまって、少しの時間眠っていたようです。
きっと旅の疲れが出たのですね。
先程飲んだアイスコーヒーは眠気覚ましになるはずですが、アイスの状態だと眠たくなる効果でもあるのですかね?」
「そうでしたか、静電気の方はコチラの係が対処致します。
アイスコーヒーの催眠効果は分かりかねますが、眠気は大丈夫でしたか?
旅で疲れておられるならば、明日改めて交渉開始としても良いのですが?」
「いえ、お心遣い有り難うございます。大事には及びませんので交渉再開と致しましょう」
「分かりました」
「(クソ!コイツ。部屋の感電と睡眠導入剤の件、分かっているクセにとぼけるとは相当なタヌキだな)」
「ん、何かありましたか?」
「いえ、先程アメリア建国の歴史で、アメリアがインディアンとの戦いで獲得した領土を返還することを話しましたが、当方が内政干渉気味な発言をして、ハル長官に不快な思いをさせたことにお詫び致します」
「いえいえ、わざわざ謝罪することはありません。
三木特使が我がアメリアの国家成立に、実に詳しいことに改めて驚いていたところだったのです」
「それでは、先の続きで交渉を再開致しましょう。
ハル長官は、四原則の効力はいつ効力が発揮されると考えていますか?」
「まあ、現時点以降でしょうね」
「分かりました。我が日本はアメリア側が要求した中国から撤兵して、日独伊三国同盟については締結しませんでした。
ただ、日独伊防共協定のみは残しました。
コレは世界中の国々がソ連という共産主義に対抗するために結んでいる協定であり、この協定も自由民主主義を掲げるアメリアはダメだというのでしょうか?」
「い、いや、その協定はむしろ喜ばしいことだ。
アメリア側としても、ソ連の赤化を早急に防止しなければならないと思っている」
「そうですか、それでは先程の話に戻します。
長官は四原則の効力は現時点以降と言いましたよね。
それでは現時点でフィリピンをアメリアの植民地にしているのは、四原則に反しているじゃないですか?」
「それはアメリアがフィリピンを保護国としたからで、他の国々からは植民地に見えてしまうのだろうな」
「でも、それはアメリアとヒスパニアの戦争でアメリアが勝って、フィリピンという植民地の権利が移譲しただけの話ですよね」
「その権利をアメリアに移譲して何が悪いのだ?」
「その発言は、ハル長官は四原則を提唱しておきながら、自ら四原則を破るわけですか?」
「いや、そんなつもりはないが、ヒスパニアとの戦争当時は仕方が無かったわけなのだ」
「ほおう、全てを仕方が無いことだと済ませるわけですか。
確か、当時のフィリピンではヒスパニアがアメリアに負けた後、フィリピンは国として独立しようとしたが、アメリアはコレを許さずにフィリピンと戦争になった。
この時にアメリアが民間人を虐殺した数は、30~150万人とも言われています。この虐殺についてもう一度理由をお聞かせ願いたいのですが」
「その虐殺については、当時のアメリア軍兵士がフィリピン人が攻めて来る姿を見て、インディアン逆襲の再来とダブり、兵士達が恐怖してあのような虐殺行為に走ってしまったのだ」
「ふむ、虐殺に繋がった理由は理解しました。
それでは、フィリピンをいつまで植民地として保持しているのですか?
まさか永久統治するわけではないですよね」
「いや、既にマニラ条約を結んでいて、1946年に占領統治を解除する約束となっている」
「そうですか、その条約を結んだことは占領統治を受けているフィリピンには喜ばしいことでしょうが、四原則に照らし合わせると余りに矛盾が多いと思うのですが」
「それじゃ、朝鮮半島を日本に併合したのは如何なる理由か?朝鮮は植民地と同じではないのか?」
「ハル長官。コレは異な事を申しますね。
当時大韓帝国が満州国と同様に独立国として成立して、日本が保護国としていたのですが、大韓帝国政府自身が国家として成立出来ず、日本国との併合を望んだため日本国に併合したのです。
なお、この併合については国際法上認定されていることですよ。
この韓国併合をアメリア側が蒸し返すならば、この場所をハワイの先住民族に返還せざるを得なくなりますが」
「ムググ、分かった、もう言うな!」
「1回目の交渉についての議論は、このあたりで終わりにしましょうか。
私達は帰国しますが、次にコチラに来た時にアメリア側から良い条件が提示されることを期待致します」
三木一行は、ハル国務長官の心に大きな楔を打ち込み、帰国の途についた。




