44話 日米交渉1回目 その1
1941年7月上旬
三木外交官は、メキシカを含めた中南米諸国との交渉で軍事協定を締結し、その功績により参事官から特命全権特使に昇任していた。
その後、中破総理の命により全権特使として高田玲美、蘭子の秘書2人と数名の警護員を連れて、厚木空軍基地からアメリア国ハワイホノルル空港に到着した。
空港到着後はアメリア側の送迎により、ホノルル市街のホテルに案内され、同ホテル会議場にてアメリア連合国国務長官『コンラッド・ハル』との会談を開始した。
時間を日米会談から1カ月程遡る。
場面は海軍厚木基地航空機格納庫整備場にて、三木と整備主任が会話をしていた。
「え?このP-3Cを昔の国防色の緑色に塗り替えるのですか?」
「そうだ!このP-3Cを帝国軍用飛行機に見せ掛けるための偽装工作だ」
「それでは塗装仕上げは少し雑な方が良いですね」
「それともう一つやって欲しいことは、コレは貨物仕様であるが、乗客仕様にして、燃料タンクを倍に増槽し航続距離を倍以上飛べるようにして欲しい」
「コレの最大航続距離は6,700kmですが、目的地は何処ですか?」
「内密だが、ハワイに行く予定だ。日本とハワイ間を無給油で往復したい」
「三木さん、向こうのハワイで給油してもらえば良いのではないですか?」
「主任は分かっていないな。この時代の飛行機燃料はガソリンなんだ。
そんなモノを給油されたら、エンジンが爆発するじゃないか」
「そうでしたね。コレはプロペラ機でもターボプロップで燃料はケロシンだということを忘れていました」
「主任。1カ月後にコレを使うから、それまでに間違いなく改造を頼むな」
「任せて下さい。刷毛塗りのレトロな感じに仕上げ、2万kmは飛べるように改造しておきますから」
場面を再びホノルルに移す。
三木は、ハル長官と会議室内の応接セットに互いに向き合うようにソファに座り、一見和やかそうに談笑しているように見えたのは、ほんの一時でだけであった。
なお、この2人が会談を始める半年前にハル国務長官が日本国外務省に突き付けた条件、つまりハルノートの四原則について下記する。
1 全ての国の領土と主権尊重
2 他国の内政不干渉を原則とすること
3 通商上の機会均等を含む平等の原則を守ること
4 平和的手段によって変更される場合を除き、太平洋の現状維持
「ハル長官が示した四原則は、私共日本だけでなく自由と平等主義のアメリアも当然守るべき四原則なのですよね」
「当然じゃないか、我がアメリアは自由平等が売りの民主主義国家だからな」
「その言質は頂きました。高田秘書官、メモするように」
三木一行は、交渉会議の模様を密かに全て隠し録音、否、録画していた。
「それでは、現在フィリピンをアメリアは植民地として占拠していますよね。
これだと『1』の原則が守られていませんが?
アメリアは自由平等が売りの民主主義国家なのでしたよね。
何故守られていないのか重大な理由があったのでしょうか?
その点を聞きたいですね」
「そ、それはフィリピンを保護するためアメリアが一時的に占拠したのだ」
「ほう、そうですか。それでは『2』の原則では、他国の内政不干渉を原則とするとありますが、フィリピンはスペインから独立して共和国を樹立していたにも関わらず、アメリアは武力にモノを言わせて、無辜の住民を30万人以上も虐殺し、フィリピン国内の共和国樹立を断念させたのですよね。
コレは2の原則に違反しているのではないですか?
他国への内政不干渉は何処に行ったのでしょうか?
ただ単にアメリアは安くバナナを手に入れるために、現地住民を奴隷化してプランテーション経営に乗り出した。
この形態の一時的保護のための不法占拠は、植民地を手に入れるための口実ですよね。違いますか?ハル長官。答えを聞かせて下さい」
「むむ、つまりコレはだな、フィリピンが国として未熟だからアメリアが占拠せざるを得なかったんだ」
「保護としての占拠は理解しましたが、住民を30万人以上も虐殺する必要があったのでしょうか?」
「それは日本だって、中国人を沢山殺しているじゃないか」
「ハイ、確かにそうですがハル長官は『便衣兵』というのは御存知ですか?」
「確か、市民の格好に扮した兵士だったか?」
「そのとおりです。便衣兵とは、一般人の格好をした兵士で、中国側の非常に卑怯な戦法の一つで、コレは国際法にも違反していることなのです。
日本側はそのような卑怯な軍隊を相手にして戦っていたわけです。
その戦いも昨年の秋に中国側代表の勝介石と和平を結び、中国からの日本軍の撤兵は世界各国が駐留している租界を除き、今年春に終了しています」
「日本側の中国撤兵は認めるが、しかし満州国が残っているではないか?」
「はぁ?満州国は日本国ではありませんし、清国末裔の皇帝がその地位に就いて統治していますよ」
「しかし、日本軍が満州国にいるのは不法占拠じゃないのか?」
「ハル長官、コレは異なことを仰る。満州国の領土は元々満州族の土地。
その満州国の皇帝から、満州国を守るために日本国が軍で守るよう依頼されており、それで満州国に日本軍が留まっているのです。
万一、日本軍が満州国から立ち去れば、直ちにロシア帝国、否、今はル連邦が侵攻して来ることは間違いありません」
「む、分かった。満州の件はこれ以上持ち出さない」
「満州国と日本の関係を理解して頂き、有り難うございます。
我々もアメリアの要求に従い、中国と和平を実現して撤兵しました。
しかし、アメリアを含む欧州諸国は未だに我が日本国に経済封鎖する理由は何でしょうか?
『3』の通商上の機会均等を含む平等の原則に照らし合わせると、経済封鎖することはアメリアの自由平等な民主的資本主義に反しますよね。
経済封鎖する理由をハル長官の口から聞きたいのですが」
「その件については、早く解除するように各国に伝われば良いのだが、現在は欧州各国がドイツと戦争中で、他の国と連携出来ないのが実状なのだ」
「ほおう、それではアメリアの石油禁輸政策は如何なモノなのでしょうか?」
「それは、政府と我が国の石油業者との連携が取れないでいるためだ」
「そうですか。あくまでアメリア側とすれば、日本には石油は売りたくない、日本には一切石油は提供しないぞという声しか聞こえて来ないのですが」
「誰もそんなことは言っていない!」
「別に結構ですよ。日本側は別ルートで石油を仕入れる予定ですから、アメリアの石油が無くても困ることはありませんので」
「別ルートとは、インドネシアか?」
「さあ、何処でしょうか?ご想像にお任せしますね」
「我が国を信用して、教えてくれても良いのではないか?」
「経済封鎖し、石油禁輸政策を取る国を信用するには無理があると思います。
しかし、アメリアが押し付けた四原則を我々日本側は頑なに守っています。
なのに発案者であるアメリアは、自ら四原則を未だに守れずにいる。
そんな国を信用すると言っても無理があると思いますが」
「外交とは互いの信用の上で成り立つのではないのか?」
「ほほう、ハル長官は外交の理想論を語るわけですか。
先程、私はアメリアを信用することが出来ないと申しました。
そんな国にまともな交渉など出来ると思いますか?
私個人の意見としては、外交とは武器を使わない国家間の戦争だと思っていますが」
「貴男のその発言は、アメリアに喧嘩を売っているのか?」
「売っているのはアメリア側でしょう。
日本は貴国から押し付けられた四原則に従い、中国和平と撤兵を実現した。
しかし、我が国が四原則を実現しているにも関わらず、発案者のアメリア側は未だに四原則を守れずにいる。
発案者のアメリアが守れない四原則は、日本側は今後守る必要は無いと考えて宜しいですよね」
「そんなことはない。アメリアは鋭意努力して太平洋の平和を守っている」
「その平和を守った結果、フィリピンの植民地化なのですよね」
「フィリピンはあくまで保護したのだ。他国に文句を言われる筋合いはない」
「いえ、私はあくまで事実を述べているだけですよ。
アメリアはフィリピンだけでなく、グアム、少し前ではハワイも武力行使で征服したのですよね」
「まあ、過去にはそのような事もあったかも知れない。
しかし、その時代はどの国も似たような状況であったのは確かだ」
「少し本音が出ましたか、長官。
その時代、我が国は鎖国制度を敷いており、海外の情勢には疎かった。
そこにひょっこり『ペリー』なる者が蒸気船で現れて、我が国に砲門外交をする始末。
平和に暮らしていた日本人を叩き起こし、世界の戦乱に引き込んだのはアメリアを始めとする欧州諸国ですが、日本を早めに叩き起こしてくれたことに、或る意味では感謝しております」
「要するに君は何を言いたいのだ?」
「私としては、アメリア建国そのものが不思議に思えてならないのです」
「ほおう、それは何が不思議なのだ?」
「欧州諸国で新天地を求めた人々が、当時の英国植民地に入植、その後勢力を拡大し、植民地13州が独立宣言して英国との独立戦争で領土を勝ち取った。
ここまでは美談かも知れませんが、この時も先住民族の土地を奪って移住したのですよね。
この後は、先住民族であったアメリアインディアンを次々と虐殺して領土を拡大、そして奴隷制度を国内に導入して、アフリカ大陸からの黒人奴隷を国内に働き手として強制移民させます。
アメリアに内政干渉をするわけではありませんが、我が日本国には奴隷制度はありません。
つまり何を言いたいかというと、欧米諸国の人々の心に流れている白人至上主義を批判しているのです。
フィリピン人やサモア人は国力が弱いから簡単に征服出来るけど、日本人は未開の原住民とは違い、簡単に征服出来る民族ではないとファーストコンタクトの時に感じて、通常の外交交渉に応じたのではないですか?
ま、通常といっても武力のゴリ押しによる恫喝外交で、当初は我が国が不利な不平等条約を結ばされましたけどね」
「な!何を言いたいのだ。何度も言うが我が国に喧嘩を売っているのか?」
「いえ、あくまで事実を申したまでのこと。
私も何度も言いますが、アメリアの建国は13州までは白人側の立場からすれば美談なのでしょう。
それも血塗られた美談で、先住民族のインディアンから英国が奪った土地を英国との独立戦争で勝ち得た領土ですが、この土地は先住民族には返すことは出来ないのですよね?」
「ふざけたことを言うな!何故我々が血を流して勝ち得た領土をインディアン野郎に返さなきゃならないのだ」
「おや?今度はしっかりと長官の本音だけでなく、心の声が出ましたかね?」
「クソ~!日本人に我らアメリアの建国の歴史を否定される謂われはない」
「ふむ、ハル長官。かなりエキサイト気味ですね。
長官も少し頭を冷やしませんか。
ここはハワイ。コナ・コーヒーが美味い土地でしたよね。
ティータイムならぬコーヒーブレイクと致しましょうか」
三木とハル長官は会談を一時中断し、一旦休憩を取ることを長官に提案して両者は休憩に入った。




