2話 《唄編》 突っかかりたい高城さん。
事の始まりは先生の一言からだった。
「最近はうまくいってないみたいね?唄」
私の通うピアノ教室はこの辺りでは結構有名な教室だった。
「いやぁ、なんだかうまくいかなくて」
私はピアノ教室の先生にそう突っつかれて苦笑いを浮かべた。正直、私は今スランプに陥っている。なんでそうなっているか。理由は簡単だった。
「失恋ね?」
……うぅ。
ピアノの先生、酒井美奈子さんはなぜか物凄く感がいい女の人だった。何でもかんでも見通されそうで私はあまり彼女をいいように見たことがなかった。私の親は二人とも音楽関係の仕事をしているけど私にピアノを教えるのは7歳でやめてしまった。私自身が親に教わりたくなかったのもあった。ただでさえ音楽に囲まれていて口を開けば音楽の話なのにそれからピアノまで習うなんてもう地獄だった。違う人に教わりたいといったのが始まり。私の母の友達の酒井先生がそこに現れたと言うわけだ。
「し……失恋なんてしてないです」
私は苦し紛れに反抗する。
でも実際私は失恋していた。しかも長年の片思い相手に。それが特に仲良くしていた友達なら尚更よく顔を合わせるから苦痛でもあった。
「あら。そう?」
酒井先生はニタニタと笑った。
「佐々木唄!もう時間よ!」
私には酒井先生以上に苦手な人間がいた。
「あら、高城ちゃん。今日もツンツンねー」
私のレッスン時間の後に入っているこの子。高城雫何かに関して私に突っかかってくるわ私を目の敵にしているらしく私と顔を突き合わせるたびにきゃんきゃんと騒ぎ立てるのだ。
それが7歳の頃からずっと。彼女と仲良くしようと最初は頑張ったこともあったけど、もうそれは諦めた。だってもうびっくりするくらい私に敵意を向けるのだ。
「あぁ、ごめん。もう出るよ」
私は顔を合わせるのも面倒でそそくさと教室を出ようとした。
「佐々木唄! 最近なんなの?そのヘニャチョコな演奏は?? やる気あるの??」
ううぅ……。
「わ……私だって……いろいろあるから」
私は高城雫にまでやんやと罵られ心が折れそうになっていた。だって仕方ないじゃないか。うまくいかないときは本当に何もうまくいかないものなんだ。私だって早くこのスランプから立ち直りたいものだ。
「あ!そうだー!今度のピアノの課題は連弾にしましょー?」
・・・・・は?
酒井先生がさもさも嬉しそうに話し出す。私は耳を疑った。連弾??
息が全く合わなそうなこの女と連弾を組めと??
私はあからさまに顔を歪めた。もちろん高城雫も同じだ。
「いや!!」
私より早く文句を言い出しだのは高城雫だ。いいぞ。そうだ。私だって嫌だ。
「なんで?」
酒井先生がキョトンとする。いや、見たらわかるだろう。こんな馬の合わない組み合わせ、私が先生な絶対組ませない。
「いやったら嫌よ!」
「私も・・」
「なに?先生の言うことがきけないの?」
うぅ……
酒井先生は普段温厚そうだが、指導者としては抜群だった。彼女には逆らえない。それがこのピアノスクールの暗黙のルールだった。
「嫌よ!」
「……」
「雫?あんたのダメなところ今から言っていくからそれ克服できるなら私の言うのと聞かなくて済むわ」
彼女は圧倒的に指導者だった。
彼女はわかっている。私たち生徒がどう言えばプライドをズタズタにされ自分に従うか。
私はだまって酒井先生の言うことを聞くことにし、高城雫は今から始まるであろうプライドズタボロの刑をうけて涙ながらに懇願するのだろう。『わかりました、やります、わがままいってごめんなさい』と。
そんなところ他人のものでも見たくないものだ、私は早急に酒井先生に連弾をすると承諾すると教室を後にし、それから何分も経たないうちに防音室のはずの部屋から高城雫の断末魔が聞こえるのを遠くで聞いていた。そして、今に至る。
「すみません先輩、連弾ってなんですか?」
今、私たちは高城雫に連れられてピアノ教室に向かっていた。なぜか倉敷くんも付いてきている。
「なんなのこいつ?いつまで付いてくるの?」
高城雫がきゃんきゃん喚く。
「あぁ、えーと連弾っていうのは」
「ちょっとシカト?舐めてんの?佐々木唄?!」
あぅー。
「唄?」
学校の階段を降りていると私は呼び止められた。
「鈴」
そこには鈴がいた。
「今日レッスンだよね?」
「うん、だから先帰るね」
「そっか、途中まで一緒に帰りたかったけどなんだか無理みたいだね」
いや、まぁ……そうだな。高城雫も居るしこれ以上この女の被害者を出すわけにはいかない。今日は一緒に帰るのはやめておこう。すると、高城雫がなぜか鈴をひと睨みすると彼女に近づいた。
「えっと……」
鈴の動揺した顔なんて気にもとめず高城雫は言った
「あんたが鈴?へぇ?」
……なんだ?
なんで鈴を知っているだろう。
私はまるで目の敵のように見る高城雫となにもわからず顔をひきつらせる鈴を交互に見てそのあと倉敷くんと顔を見合わせた。倉敷くんもキョトンとして私と同じように二人を見比べた。一体、高城雫はなにをかんがえているのだろうか。
「なんかあったんですか?高城さんと唄先輩って」
「ううん、昔からああなの」
倉敷くんが私に耳打ちをして私も困ったように返す。でも本当に私は高城雫になにもしたことはないのだ。だけど彼女にはずっと嫌われている。もうそれは徹底的に。
「あんた、私が佐々木唄と連弾している間は佐々木唄に近づかないで」
「……え?」
私と倉敷くんはまたまた顔を見合わせた。
高城雫は本当になにを考えているのか、私にはわからなかった。
ーーー
<倉敷>
高城さんは可愛い顔しているけどかなり喧嘩っ早い人なのだろうか。こんなにも同性に敵意を向けまくる女の子は僕が知る限り彼女くらいだろう。僕と唄先輩にもかなりきつい態度だったが今まさに水野鈴先輩にもその牙を剝いていた。鈴先輩は唄先輩の恋の相手だった。これは現段階では過去形だと僕は思っている。
なぜなら唄先輩は彼女に告白をしそれでその恋は終わりを迎えたからだ。まぁ、当の本人は告白されたことには気付いてないだろうけどそれは唄先輩がそう仕向け、さらにそれで終わりだと決めたからである。
唄先輩は鈴先輩への思いを『友達』と言う形で終わらせたのだ。
だが、正直に言おう。僕は鈴先輩は多少なりとも唄先輩を特別視している気がする。
僕は百合マスターなのでなんとなく察知してしまうのだが、鈴先輩は気付いている気がするのだ。あの告白の時、唄先輩の好きな相手を。だけど、それは僕も想像の範囲内であるし、二人の関係を二人が突き詰めない限りそこはグレーなままなのだ。正直、唄先輩はもう彼女になんらかのアクションを起こす気はないだろう。僕はあの告白以来何度も唄先輩の下に足を向けたが、彼女から何か進展があったことを聞くことはなかった。僕自身もそれ以上のことを望まない唄先輩に何かけしかけることもしてこなかった。そこに現れた『高城さん』なんだか百合の匂いがする。
あぁ。クンカクンカ。
素晴らしきかな百合日和。
「えっと、練習中はってことだよね?」
鈴先輩が目の前で睨みを効かせる高城さんに返す。
「違うわよ。全面的に。あんたがいると佐々木唄が使い物にならないのよ」
……?
「ちょっ…高城さん……」
そこに唄先輩が割って入る。
「あんたは黙ってて」
「どう言う意味?」
割って入ろうとした唄先輩をひと睨みしてから高城さんは鈴さんに向きなおる。
「あら?邪魔だって言ったつもりだったけど?聞こえなかった?」
ウヒョーーー!! これは怖い!!
「何が邪魔なの?私が唄と関わることの何が邪魔になるの?」
「あぁ、ほら。そう言うしらばっくれてるとことか、今の佐々木唄には邪魔だと思うわ」
……?
「何が言いたいの?」
「私、あんたみたいにはっきりしな人って嫌いだわ。まぁ、別に、あなたがそれでいいならそれでいいならいいんじゃないかしら?でも今は佐々木唄も私も今回の課題を終わらせなきゃいけないの。しかも共同で協同。私だけが良くても佐々木唄だけが良くてもダメなの。めんどくさい事にね。それにこれを終わらせなければ次のコンクールに出れないの。だからコンクールが迫っているこの時期に邪魔立てしないでほしいわ」
僕は何かしらの違和感を感じた。
正直、今の状態がどうなっているのか僕は理解できないところが多々あるのだが。要約すれば高城さんは自分の課題を終わらせたいから唄先輩にもいい環境であることを望んでいると言っているようだ。それと同時に、僕には彼女の冷たい言葉の中から唄先輩を守ろうとしているような言い廻しが見えた気がしたのだ。
「私が関わることと唄のピアノが何か関係するの?そんなの意味わかんないわ」
「そう?だったらお願いだからずっと分からないままでいてほしいわ』
そう言うと高城さんはスタスタと先に行ってしまった。
どう言うことだ……?
高城さんは何を知っているんだ……?