13話 《唄編》 ツンデレラ
<倉敷>
その日唄先輩は学校に来なかった。
僕はなんだかそわそわした。
放課後になって僕は酒井先生の家に行くか悩んだ。
いや、本当は今すぐ行って雫ちゃんにこのことを知らせるべきなんだけど、まずは情報収拾じゃないかと考えあぐねた。鈴先輩と唄先輩はどうやらハッピーエンドで終わったわけじゃないことは昨日の唄先輩を見ればわかることだろう。では何をした?疑問はここに尽きる。
僕は放課後鈴先輩を探すことにした。
「おい、マジで毎日何してるんだよ」
「そーよ!暇なのよ!」
シマと鎌田は僕にやんやと喧嘩を売ってくるんだけど僕はもう唄先輩のことが気がかりで仕方なかったし二人を振り切るように学校を駆け回った。
「ダメだ、どこにもいない・・」
鈴先輩のクラスを知らない僕はすべての三年生のクラスを覗いたけどやっぱりどこにも鈴先輩はいなかった。僕はふとグランドに目を向ける。野球部とサッカー部に二代戦力がひしめき我が物顔で占領しているグランド、確か鈴先輩の元カレであり幼馴染にして唄先輩の唯一の男友達(だと思われる)志田翔太とか言う残念は野球部だった気がする。
僕は窓から顔を出しグランドを凝視する。
志田翔太ってどんな顔だったっけ?? 爽やかだったよな確か・・それしかわかんないけどだいたいグランドで汗ながしてる奴みんな爽やかだろうから検討がつかない。
「何してんの?」
僕は窓に身を乗り上げてキョロキョロしていると声をかけられた。春の風と花の香りが鼻をくすぐるその季節、西日が僕に声をかけた少女の髪をさらに綺麗に浮かび上がらせる。金色の・・そう金色の・・
「え・・・エンマァあああああっ!!」
「ヒィっ!!」
そう彼女は高波・エマ・レッドメインだった。
美少女にして帰国子女にしてハーフにして自称ツンデレラ。
生娘装って影では好きな獲物(彼女)に噛みつきマーキングをする変態美少女。
僕の大好物(百合的に)にして僕に学力で勝ろうとするがいつも一歩及ばない系女子。
『あんたバカ?』って行って欲しいランキング一位のツインテールが唯一許された高校生。
あぁ、そう。高波・エマ・レッドメインその人だった。
会いたかった会いたかった会いたかった(イエス)君にーー!
「エマちゃああんエマちゃああんっ!」
「なんなの?! 怖いって!怖いって!!」
「エマちゃんエマちゃんエマちゃん!!」
「わかった!わかったって!もうわかったってぇえ!!」
僕はエマちゃんに抱きつくなんてことはしなかったが(本当はしたいが)両腕を広げて※カバディやってる人みたいにジリジリと迫った。(※インド、パキスタン、バングラデシュなど南アジア諸国で数千年の歴史を持つ国技、スポーツ)ウィキ調べ
「エマちゃん、元気?」
「元気よ」
「エマちゃん元気?」
「え?うん」
「エマちゃん元気?」
「うん」
「エマちゃ」
「もうやめろ」
と、今は目の前の金髪美女よりピアノ百合。すまん!またこれが終わったら濃い絡みをしに行くねエマちゃんっ
「ごめんっ僕行かなきゃ・・・」
「え?」
「涙を飲んで・・」
「は?」
「僕は今戦いの最中で・・」
「え?何か探してたんじゃないの?」
「そう、志田翔太」
「志田?志田翔太って野球部キャプテンの?」
「え。そう!多分そう!」
僕はその場を涙を飲んで離れようとして動きを止めた。まさかまさか、エマちゃんが志田翔太を知っているなんて!
「どこにいるか知ってるの?」
「え?グランドにいるじゃん」
「え?僕、顔わかんなくて・・」
「何よそれ・・」
エマちゃんは呆れ顔で僕を見るとそのまま窓の外に指を差す。そこには野球部の団体が練習をしていてみんなでランニングをしている最中だった。その先頭を肩で風を切って走る男を指差すエマちゃん。
「あの人でしょ?」
「え。みんな同じ顔に見えるんだけど・・」
「あの先頭にいる人よ!」
「・・・あぁあれか・・」
「たくっ!部活動紹介見てなかったの?」
なるほどそういうことか。
部活動紹介そんなもの確かにあったかもしれない。
「あの人に用があんでしょ?」
「ありがとう!エマちゃん!」
「相変わらず変なやつね・・・」
「グヘェ・・」
「あ、倉敷。いうの遅くなったんだけどさ」
「ん?」
僕が志田翔太の下に向かおうとエマちゃんと涙を(以下割愛)別れようとした時だった。
「いつかのノート。覚えてる?」
「ノート?」
「授業でれなかった時、倉敷が写してくれたノート」
「あぁ・・」
確かそんな時もあった。
「ありがとう。すごく私好みのノートのまとめ方だったわ」
「今更だね?」
「だね」
彼女は僕に優しく微笑んでくれた。その微笑みはやはり一年その子と関われたからもらえた恩恵のようなものなんだろう。僕は思わずきゅんとして頬をかいた。それから僕はエマちゃんと別れ、むさ苦しい野球部のもとに向かった。
「翔太先輩!」
僕は翔太先輩を呼ぶ、彼はすぐに気づいて僕に駆け寄る。男の汗と雄々しい匂いに僕は顔をしかめそうになったが務めて笑顔で手を振った。
「君!あの時の!」
そうやら僕のことを覚えていたらしい。
僕はすっかり忘れていたが・・・
「鈴先輩ってどこにいますか?」
僕は単刀直入に聞く。男には微塵も興味がなかったので愛想笑いの塊と化し彼に聞いた。
「鈴?鈴なら唄の家に行ったよ?」
なるほど!そういうことか!
「そうだったのか!ありがとうございます!」
僕がさっさと別れの挨拶をして立ち去ろうとした時だった。
「君!」
僕は呼び止められた。
「・・・?」
「唄と鈴のことは君もなんとなく知ってると思うんだけどさ」
「ええ」
「その、そっとしておいてあげてくれないか?」
「・・・?」
「ほら、女同士なんてあれだとは思うけど・・二人とも俺の大事な友達なんだ・・深く探ったりしないであげてほしい・・」
そうか。僕もさして翔太先輩と関わりがあるわけじゃないから僕がどんな人間か知らないのか。
僕が唄先輩に片思いしてるとか勘違いしてるんだろうか?まぁなんにせよだ。百合を保護する会の人間としてはとても好感の持てる先輩だった。どこかの谷川とかいう万年噛ませ役のあの先輩に比べれば・・・
「そうですね。では」
僕はそう言ってもう一度さろうとした
「あ。もう一つ!」
また呼び止められた
「・・・・?」
「あの時は唄は確実に鈴が好きだったはずだけど、今はどうなんだ?」
僕はその言葉に彼にしっかりと振り返る
「俺、鈴に唄が好きだと自覚したって言われた時、俺は唄の気持ち知ってたから教えてあげようかと思ったんだけどさ」
翔太先輩が頭を掻きながら僕を見る。そうか、本当に友達思いなんだろう。元カノとはいえ彼女が喜ぶ姿を思い浮かべてそんなことをつい言ってあげたくなったんだろう。
だから僕は彼に歩み寄り念を押すことにした。
「人様の好きを他人様が先に言っちゃダメですよ」
僕はあえてそう言った。
「・・・だよな?! 俺言わなくてよかったよな?」
翔太先輩はニカッと笑った。
「はい」
僕も笑ったけど。本当はそれが究極に曖昧な言葉だということは言わなかった。
唄先輩の気持ちが今どうなっているか僕にもわからないし、だからそんな不確定要素を鈴先輩に聞かせる訳にはいかなかった。
「言わないであげてください。先輩」
「おう」
そう言って僕はペコっと頭を下げて唄先輩の家に向かった。
僕はその道中考え込んだ。そうかやはり鈴先輩は唄先輩を好きだと自覚したのか。
僕は僕の感が的中したことに頬を緩めた。だけど、なんだろう。この胸騒ぎ。もしあの呼び出しが本当に告白だったとしたらなぜ唄先輩はあんなに生きたしかばねのようになってしまったのだろうか・・・?
唄先輩の家はここから駅一つ分だ、僕が駅に向かおうとした時、そこに彼女はいた。
「あ。倉敷」
「・・・しずぴょん」
それは神の巡り合わせなのか。
全ては仕組まれていたことなのか。
彼女と僕はばったりと出会ってしまったのだ。
「何してんの?」
高城雫。
エマちゃん以上のツンデレラ。
唄先輩の連弾パートナーにして唄先輩に何かを隠している大食い系美女。
あぁ、そうですか。神様。僕はこの子を連れていかなければならないんですね。
だってここで引き合わせたってそういうことなんですよね?神様。
彼女を唄先輩の下に向かわせようなんて思っていなかったのに僕がここで君に会ってしまうということはきっとそういうことなんだろう。そう僕は思ったんだ。