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12話 《唄編》 まるで生きる屍のようだ。

 


<倉敷>


「どうしちゃったの!」


 雫ちゃんが今日1大きい声をあげた。

 今日も今日とて酒井邸。なんだかよくわかんないけど昨日のあのオムライスデートが嘘だったかのように二人の仲が険悪なものになっている気がする・・・なんだろう・・どうしたんだろう。

 唄先輩もなんだか変だ。本当に上の空って感じだし、雫ちゃんはそんな唄先輩にもうカンカンだし。


 いやいや、何かあるとすれば昨日の鈴先輩の呼び出しってことは・・わかるんだけど。


 にしてもじゃないか、どうしたらあんな生気抜かれちゃったみたいになれるんだ唄先輩よ!

 何をどうしたらあんな風になっちゃうんだよ!

 このまんまじゃ雫ちゃんまた怒ってプリプリしちゃうじゃないか!イチャイチャしてるとこ見に来たのに!


「唄ー?あんた今日は流石にひどいわよ?雫に失礼じゃない?」


 おおお・・・酒井先生までもちょっと怖い・・。

 だけど唄先輩は何も返事をしない。まるで生きる屍のようだ。


「だめねこりゃ・・」


 酒井先生はそんな唄先輩にため息をついてさっさと風呂に向かってしまう。僕も見ているのがなんだかいたたまれなくなってきた。今日はもう帰ろうかな。


「ごめん・・」


 唄先輩はまるで命からがら振り絞ったそんな声を漏らす。


「佐々木唄?」


 雫ちゃんが彼女の顔を覗き込む。


「今日、弾けない・・」


 唄先輩は言った。

 ・・どうしちゃったんだ・・ホント。

 僕はそのままソファに深く沈み込み二人を静かに眺める。雫ちゃんを見ずにただ自分の手元に目線を下ろす唄先輩。それを少し心配そうな顔で見る雫ちゃん。言葉はきつくても雫ちゃんはやっぱり唄先輩を嫌ってなんかいないんだろう。だってまるであれは彼女に寄り添っているみたいじゃないか。それから僕はとても心が跳ねるような感覚を味わった。


 雫ちゃんが少し困ったように眉を歪めながら少し考える素振りをしてからゆっくりと彼女の両手に触れたのだ。

 僕は思わず息をのむ。僕はできるだけ僕という存在を消した。

 ピアノに向かい合って座っていた二人、雫ちゃんはすごく困りながらもその手を優しく包み込む。それは唄先輩が彼女にした時と同じように。だけど唄先輩がした時よりももっと優しく、壊れ物を扱うように、もっとそっと静かに。


「佐々木唄」


 手を握られていることに唄先輩は気付いていないのだろうか?彼女は何も反応しない。


「大丈夫?」


 雫ちゃんはそう言った。

 僕はその光景を見て彼女が唄先輩をどう思っているのか痛いほどわかった気がした。

 唄先輩は彼女を見ない。彼女は唄先輩を見てる。だけどその目には自分がいない事を自分が彼女の何にもなれていない事をしっかりとわかっているような顔だった。


 彼女はその人と張り合いたいはずなのに、誰よりも同等として認めて欲しいはずなのに、彼女はその人の目にすら入れていないそんな人だった。『共同で協同』彼女はそう言っていた。彼女はそうなりたかったはずなのに。彼女は隣にいるはずなのに。彼女は唄先輩の何者にもなれはしなかった。


 それを物語るように目の前で行われているその光景は僕の胸をぎゅっと潰そうとした。


 僕だって、雫ちゃんだって、本当はわかっているはずだった。

 唄先輩がこんなに参ってしまっているのは鈴先輩のことだって。

 だけど雫ちゃんは一度も鈴先輩の名前を言いはしなかった。


「ごめん・・帰っても・・いいかな・・」


 唄先輩は振り絞るように言う。


「・・いいよ」


 雫ちゃんはそう返した。

 唄先輩はそのままふらっと立ち上がり僕たちを置いて教室を出て行ってしまった。僕はピアノ前から動かない彼女の下に向かう。


「大丈夫?」

「ね、大丈夫かな?」


 僕は雫ちゃんに言ったつもりだったけど、彼女は唄先輩のことだと思ったらしい。それから彼女は鼻歌交じりに何やら奏でだす。僕は聞いたことがあるようなそのフレーズに頭を傾げた。それは確かにどこかで聞いたことがある。そう僕は思うけど、なかなか思い出せない。


「確かこんなフレーズだったよね」


 彼女は言う

 それから人差し指でピアノを一つずつ押してそのフレーズを奏でる。


 あぁ、やっぱり聞いたことがある。

 でもどこで・・・。


 一つまた一つ音が重なっていとそれがメロディーになって一つの音楽に変わっていく。彼女は思い出すようにその音を口ずさみながらピアノを鳴らしていく。それはどこか甘酸っぱい音。


「歌詞は忘れちゃった」


 雫ちゃんが言う。


 歌詞・・?これは歌詞があるのか?


 彼女は一通り弾き終わりとフーッと息を吐く。


「ね、あの人はさ、いつになったら私にまともにピアノ弾かせてくれると思う?」


 彼女はクスッと笑う。僕はそんな彼女に苦笑する。


「唄先輩にもそうやって話せばいいのに」

「だってほら、ライバルだもん」


 彼女は確かに笑ってたけど、本当は笑ってなかったのかも知れない。



 ーーーー


<鈴>


 なんであんな事を言ってしまったのか。私は昨日のことを思い出して頭をもたげた。


「どうしたの?」


 私が教室で一人机に突っ伏していると春が見かねてやってきた。


「なんだよ今度は」


 そこに翔太もやってくる。


「うううう」


 私は二人を見ないまま顔を伏せて唸っていた。

 つまり、あれだよね。私、迫ったんだよね。何を迫ったんだ?? 私、唄に何を言わせようとしたんだ??

 昨日、私の問いかけに唄は何も返してはくれなかった。いや、そこは違うなら違うと言ってくれてもよかったじゃないか。笑って何言ってんのとかなんかそんな感じで・・・。


「本当にどうしたの?」

「さぁ?」


 私の頭上で春と翔太が話している。

 これはもう相談した方がいいのかも知れない。私は異常者で、親友が知らない女に取られそうになったから当てつけのように変なこと言いましたとかそんな感じで自白して責め立てられた方が心が穏やかになるかも知れない。


「実は・・」


 私は二人をそろりとのぞいて昨日あったことを自白した。


「・・・何それ」

「ぷっ!」


 私が神妙な面持ちで昨日の出来事、主に私が彼女に言った言葉を話し終わると春は眼鏡をクイッとあげて翔太は口を抑えて笑うのを必死に耐えていた。


「何がおかしいのよっ」

「いや、ごめ・・」


 私は机をだんっと叩きながら翔太を睨む。こいつ、アホみたいに泣き虫なくせになんか最近鼻につく。

 春は腕を組みながら遠くを見るような顔で何やら考え込んでいる。


「つまり、お前は唄が好きなんだろ?」


 翔太がまだ止まらない笑いを噛み殺しながら言う。

 唄が好き?いや。好きだけど・・そんなのは当たり前のことで・・


「いや、待って。その好きってもう恋愛感情よ」


 春が言う。

 私はさらに頭をもたげる。そう、そうなんだ。どうやら私はもう自覚しないといけないんだ。

 私は好きなんだ。それは親友という括りじゃなく。そうそれは・・


「だから言ってんじゃん。鈴は唄のこと好きなんだって」


 翔太はさも嬉しそうに私を指差す。


「つまりあれでしょ?佐々木唄が他のことに、つまりそのピアノ連弾のパートナーに取られるのが面白くないんでしょ?」

「・・・そうみたい」


 あぁ、言われれば言われるほど、自覚してしまう。


「同じ親友の翔太くんにはそんな感情は微塵もないわけでしょ?」

「全く、これっぽっちも」


 私は即答する。いや本当に翔太には何も思わない。


「お前、ムカつくわ」

「でも佐々木唄だと違うんでしょ?」

「そうなの!なんで?!」


 翔太がブスッとして春が核心を突くように私に確認する。私はそれを聞いてそうだと頷いてだけどなんでこんな感情になるのかわからなくて春に答えを求めた。


「恋よ!」


 春がここぞとばかりに私を指差す。

 効果音をつけるなら多分『ビシっ』とつくだろう。横で翔太がこくこくと頷く。


「で・・でも・・唄は・・」

「まぁ、女だけどね」

「そう、唄は女だ」


 つまり私は


「私は・・女の子が好きってこと?!」

「いや、そういうことじゃない?」

「唄は女だしな」


 私はさらに困惑する。いや、確かに昔から独占欲的なものはあった。でも・・でも・・


「いやーん、どうしよう!つまり私のことも恋愛対象に入るってことよねー?」

「いや、あんたはない」

「ちょっと!」

「春はないな、俺も」

「はぁ?!」


 私はさらに大きなため息をついて頭を抱える


「でもなんで私の方が驚いてて春や翔太の方が結構普通に聞いてられるの?私、結構びっくりしてるんだけど・・」

「私はBLもGLも許容範囲よ!」

「え?ジ?び?」


 春はドヤ顔で言う


「俺は知ってたしなぁ。見てたらわかるし」


 翔太も特に驚かないって顔で言う。


「俺はお前がオムツしてた頃から友達やってんだぜ?別に好きな奴が女だって聞かされたところでって感じだよ」

「まー私はあんたの異常な佐々木唄愛を常に聞かされてたしね、それに私の休日はBL漫画とGL漫画を買い漁る日々よ」


 春が何を言っているのかはよくわからなかったけど、私は自覚してどんどん顔を赤くしていった。


「でも、歌だっけ?それがなんで鈴宛なんていったんだ?そんな自信あんの?」

「ちがっ!」


 翔太が言う言葉に私はものすごく恥ずかしくなって取り乱す。


「そうじゃない・・そうじゃないけど・・」

「そうじゃないけど・・・?」

「?」


 私は観念したように俯きながら二人に白状した。


「私だったらいいなって・・思ったの・・」

「恋だ・・」

「恋ね・・」


 うん。私だったらいいなっていつもどこかで思ってた。

 ピアノのコンクールで唄が出てきてお辞儀をするときに私を見てくれてたらいいなって、音楽室で唄が曲を作るとき私が一番に聞きたいなって、私にとって唄はそれくらい特別だった。純粋に、そう思っていた。でももう、純粋なだけでは収まらなくなるくらい好きになっていた。


「どうしよう・・」


 私は二人に助けを求めるように言う。


「どうって・・」


 翔太が腕を組んで考え込む


「親友二人を手にかけるなんて、なんて罪深いの・・」


 春は何をいっているのかよくわからなかった。

豚箱更新

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