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9話 《唄編》 助走。

 

<雫>



『ラプソディ・イン・ブルー』

 アメリカの作曲家ジョージ・ガーシュインが作曲。本名ジェイコブ・ガーシュヴッツ、彼の両親はロシア系ユダヤ移民で1890年にアメリカに移民。ガーシュインの音の出会いは6歳だったという。


 1920年代、ジャズ・エイジと呼ばれたその時代に爆発的にジャズが流行していた。

 その時代に作られた『ラプソディー・イン・ブルー』はポールホワイトマン率いるジャズバンドに向け作曲された。

 この曲はラプソディー。つまり自由形式、狂詩曲、形式にとらわれず自由に異なった曲調同士を繋げる楽曲。


 そんな曲をなぜ今回の課題としてしかも連弾という形で私たちに提示してきたのか酒井先生の意図を汲み取れる訳もなく私は今日もピアノに向かう。

 楽譜を睨む私はため息をつく。独特というかなんというか。

 私はその楽譜の1小節をじっと見る。一拍に四つの塊として記された16音符を1小節に16個配置しそれから拍頭から3つずつの三連符のように奏し、そこにさらにアクセント。


 ふむ。


 ピアノは歌みたいなものだ。歌詞やメロディが同じでも歌い手により解釈も違えば表現も違う。目立たせて弾くようにとアクセントの記号がついていてもその『目立たせ方』は千差万別。鍵に落とし込む指先の力加減だって人では違うのだから音の違いも自ずと違っていくし。指を離す瞬間も人によって違う。それが積み重なりあってリズムのズレができる。連弾にはそのリズムのズレが二人の連弾を崩していってしまう。一人なら自分の中で構築していけばいい演奏も二人で作り上げるのであれば話は変わってくる。


 それをあの女は少しもわかっていない。

 あの女は私と一つの演奏を作り上げようなんて気がさらさらないんだ。


 大体最初からわかっていたことじゃないか。佐々木唄はそういう人間なんだ。そう。この楽譜の一小節の中に散りばめられたアクセントみたいなやつだ。一人で目立ってしまうんだ。私はアクセントの塊みたいなやつと演奏を作り上げようとしてるわけでそんなの無謀なことくらい酒井先生はわかっているはずなのに。


 だけどそう悪態をつきながらも私は頬を緩まさずにはいられないのだろう。

 私にとっての『憧れ』私にとっての『唯一無二』そんな彼女とこうして同じ時間を過ごせてしまえるのだと思えば。

 そして彼女が私の手を握り、懸命に関係を良好にしようと目の前で顔を歪めさせてくれるのであれば、どう抗っても彼女を睨めそうになくて私は顔を背けて隠したくなる。



 ーーーー


<唄>


「・・・・」


 あ・・謝ってくれた・・。

 私はまさか雫ちゃんが謝ってくれるとは思わなくて目を大きく開いた。びっくりした顔のまま私は倉敷君を見る。なぜか倉敷君はニタニタしていてその隣の酒井先生が間も無く嬉しそうな顔でグッと親指をあげようとしていた。


「ねぇ」

「え」


 思わず動けなくなっていた私に雫ちゃんが話しかける。


「いい加減、離してくれない?」

「・・・はい」


 私は彼女にそう言われて手をゆっくりと開き彼女の手を解放してあげた。でも、うまくいったんだよね?倉敷君の入れ知恵だけど効果はあったようだ。つんつんドライな彼女が『ごめん』といってくれただけでもなんとなく打ち解けられたようなきがする!


「早くしなさいよ!練習しにきたんでしょ?! 私、このまま連弾成功できなくて次のコンクール出れませんなんて絶対嫌なんだけど」


 雫ちゃんは相変わらず私を睨んで言う。あぁそうだ。これが終わらないと次のコンクール出してもらえないんだった。私は目的を再確認して自分の今置かれている立場が彼女の足を盛大に引っ張っているのだと顔を引きつらせた。


「が、頑張る!」


 そうだ、この連弾は私がスランプ地獄から抜け出すために雫ちゃんが手伝ってくれているんだ。そんなことすっかり忘れていた私はさらに申し訳なくなって顔を歪ませた。


「今度は何よ」

「え、いや。なんか申し訳ないなって・・」

「はぁ?今更何いってんの?」

「ごめん・・」

「いいから、そう思うんだったら練習するのよ」

「する・・」


 変な気分だった。彼女は私より年下で私が嫌いで、私に大いに怒っているはずなのに、しょげて弱った私に今まさに文句をつらつらと並べる絶好のチャンスだったはずなのに、彼女はそれ以上嫌味や敵意のある言葉を言うわけでもなく練習をしようと言うのだから。私は知らなかった。どっちが年上なのかわからないくらい彼女はしっかりした子だった。


「あらぁ?地は固まったのかしらぁ?」

「ですねっですねっ賛美歌ですね?」

「えぇ、聖歌よ!」

「あんたらうるさいわよ!」


 酒井先生と倉敷君のコントに雫ちゃんはぴしゃりと喝を入れた。

 私もちゃんと前を向こう。私自身のために、いつまでも失恋したことを引きずってそのまま何に迷っているのかもわからなくなってスランプから抜け出せないなんて雫ちゃんに申し訳ないしこんな自分がすごく馬鹿らしいじゃないか。

 そして私が意気揚々とピアノに手をのばしかけた時だった。


 酒井先生がぬっと私たちの間に現れた


「ねぇ、いい雰囲気のところ悪いんだけど、本当に連弾をうまくやりたいなら演奏を合わせる前に二人は会話したら?」


 その提案に私たちは酒井先生の方に振り返る


「え?」

「は?」

「あ、いいですね先生。まさに百合展開です!」

「だよねー!百合展開って何かわかんないけど話す事は大事だよねー?」


 か・・会話・・?

 会話・・って・・私が雫ちゃんとだよね?えぇ・・何を・・


「お互いさー、いがみ合ってて相手の事何も知らないんでしょ?握手したんだしそのまま仲良く平和に会話しなさいよ?昨日もペダルをどっちが踏むかでもめてたらしいじゃない?あんたたちがそうやって自分の中だけで演奏してたらいつまでたっても連弾は完成できないわよ?」


 た・・確かに・・。


「ほら、ここじゃなんだし近くに最近オムライス屋さんできたらしいからご飯食べに行きなさいよ」


 と酒井先生


「は?オムライス?」

「うおおお!一つのオムライスを二人で突き合うってことかああ」

「はぁ?!」


 それに反応する倉敷君に声を上げる雫ちゃん。私は無言で戸惑う。

 あぁ・・なんかまたわけわかんない方向に・・


「て、ことで今日はもうピアノに触らずにご飯食べてきなさい!これ命令だからちゃんと行くように!倉敷君は私とご飯でも食べに行こうか?」

「いいんですかあああ!!!??」


 そう言うと私と雫ちゃんは押し切られるように酒井先生の家を出る。まさかの展開に私と雫ちゃんが目を点にする。そんな私達をよそに酒井先生と倉敷君はさっさと酒井先生の車に乗り込み出かけて行ってしまった。


「・・・何なのこれ・・」


 雫ちゃんがボソッと呟く。


「・・・うん・・だね」


 私もそう返したけど、これも自分のためだと言い聞かせて彼女を見る


「じゃーー・・オムライス食べに行こうか?」

「ゲェ・・」

「露骨に嫌がんないでよ」


 私はどこか吹っ切れたのかもしれない。ちゃんと面と向かって彼女に謝れたし彼女も謝ってくれた。なら、もっと仲良くなれるんじゃないんだろうか?だってそうして演奏もうまく行って関係も良好になれるならいい事尽くしじゃないか。こういう時は年上の役目!倉敷君もそう言っていたじゃないか。


「行こう?」

「・・・はぁ」


 そして、雫ちゃんが大きくため息を吐きながらコクリと頷いた。



<鈴>


「佐々木唄がスランプ?」


 私は放課後部活を終えて私の友達である石田春(いしだはる)と二人で買い物に来ていた。最近唄はずっとレッスンで時間がないし、わけわかんない他校の女には唄と関わるなと言われるし、なんかだかモヤモヤするから春と気晴らしに来たわけだけど結局話は私が一番気になる唄の事になった。


「そう」


 春は驚いた顔で私に聞いて私もそれに返す。目の前に陳列してある服を触りながらだけど頭では唄が今もその他校の女と一緒に居るのかと思うとまたモヤモヤしてきた。


 春はメガネをくいっとあげながら私を見る


「あの佐々木唄がねー?」

「意外だよねー」


 私は別にピアノに詳しいわけでもないし音楽に精通してるわけでもないからなにがスランプなのかもよくわかってはいないんだけど、とりあえずうまくいっていないということなのだろう。


「あんたって毎日佐々木唄の話するよねー?」

「だって親友だし」

「普通、親友の話毎日しないでしょ」

「私はするんです」


 私にとっては親友は大事なものなのだ。

 恋人以上に。


「なんかもー依存よね、そこまでいけば」

「依存?なんでよ」

「親友、親友って佐々木唄をそんなに気にして翔太君とも別れたんでしょ?」

「翔太は関係ないじゃん、本当に好きじゃなかったの」


 春は私の返事を書いて大きなため息をつく


「じゃーなに?佐々木唄の方が好きなの?」

「はぁ?なんでそうなるの?」

「翔太君と別れたことに私はため息をついたわけじゃない、別れた理由よ!り・ゆ・う」


 理由、それは唄が離れそうだったからで・・


「彼氏できて距離取ってくれるなんていい親友じゃない?二人の時間を取りやすいようにしてくれたわけでしょ?なにが不満なの?」

「不満なんて別に・・・」

「はっきりいって依存よ!じゃなきゃあんたが本当の意味で好きなのは佐々木唄よ」


 本当の意味で・・・

 春がそういった言葉に私はどきっとした。


「意味・・わかんない・・」

「そうやって他に佐々木唄が誰かと仲良くすれば気になって私にぐちぐちいってきてさ、はっきりしなさいよ?私にはあんたがなにを思ってそんなこと言ってきてるのかわからないんだけど」


 離れていくのも嫌で・・違う人と仲良くするのが嫌でそれは依存だという春。そうじゃなければ・・・

 私はただ放課後を一緒に過ごしたいだけなのに。ただ隣に座っていたいだけなのに。私が一番に、唄が作った曲を聴きたいだけなのに。それは依存なのだろうか。


「だって唄は女の子だよ、親友以上の関係になんて・・・」

「・・・へぇ」


 私がそういった言葉に春は意味深に声を漏らす


「なによ・・」

「そんな事を言うなんて、あんたはそれの意味が分かってないのねぇ?」


 春は私から目線をそらして自分のお目当の服を自分にあてながらボソッと答えた。

 そんな事?意味?嫌味にも似た春の言葉に私は眉をひそめた。


「とりあえず、そう言う気持ちとか全部、佐々木唄に話してみたら?案外そのモヤモヤした気持ちの答えが簡単に見つかるんじゃない?」


 春は自分の身体にあてた服をみながらそう言った。




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