二十二話・第五層『聖地蹂躙』(1)
夜の街の階層を抜け、次の階層に足を踏み入れる。
そこで目にしたのは眩い日の光だった。
高く登った日によって街の風景が照らされている。
しかしそれは、焼け落ち滅びた無人の街である。
「…………」
鼻をつく焦げ付いた死臭に眉を顰め、アッシュは周囲を見渡す。
立ち並ぶ家屋は、どれも無惨な残骸と化していた。
屋根は落ち、壁は崩れ、そういった瓦礫の下には焼けた死体の一部が覗いていたりもしていた。
そして煤けた石畳の上には、人や家畜の死体が大量に転がっている。
炎に焼かれて死んだのだろうが、中には明らかにそうでないものも混じっていた。
体を斬り裂かれていたり、焦げた矢が突き刺さっていたりする死体も混じっている。
だからなにか、ここでは戦いがあったのだろうかとアッシュは思う。
そう考えて視線を巡らせると、遠くでバラバラに壊れた攻城兵器が転がっているのが見えた。
さらに、よく見れば鎧姿の兵士の死体もそこら中にある。
恐らくここは、火攻めを受けて滅びた街だろうか。
と、そう思ったところでふと気がつく。
遠く前方にある白亜の大聖堂は、全くもって炎に侵されてはいない。
燃え尽きた街において、ただ一つ聖域のように美しく、また異質な場所だった。
「目まぐるしいな」
シドが呟いた。
夜から急に昼の場所に来たせいか、眩しそうに目を細めている。
しかし、彼は凄惨な光景を目にしても動じる気配はなかった。
同じくアリスも平静を保っている。
しかし、ミスティアには多少効いたようだった。
「……酷い」
彼女は顔をしかめている。
それはここにある死体が、これまで遺棄されていた物よりずっと人間に近いからかもしれない。
「…………」
アッシュは言葉も出ない様子のノインの背を軽く叩いた。
何も言わず歩き始める。
目指すのは、ひとまず例の聖堂だろうか。
しばらく歩き続けていると、やがてひときわ凄惨な死体を見つけた。
「これは……」
ミスティアがまた顔を歪める。
彼女の目の前には杭が突き立ててある。
そして杭には一つ、串刺しにされた死体があった。
しかも、ただ串刺しにされたのみでなく、真っ黒に炭化するまで焼かれている。
この無惨な死体は教会の聖職者に似た法衣を纏っていた。
服装からして女神官であることは間違いなかったが、燃えクズになった屍には生前の面影は一切残されていない。
「アトスの聖職者……」
歩む内に、同じくアリスが気がついたようだった。
流石に顔を苦くして死体を見ている。
シドも、不快を露わにして毒づいた。
「……クソが」
アッシュも死体に目を向ける。
するとすぐに違和感に気がつく。
串刺し死体の腹のあたりに、なにか……板のようなものがかけられていたのだ。
つまり、死体の胸に大きな釘を打って、その釘に板がぶら下げてあるということだ。
粗末な板には、なにやら乱暴な筆跡の文字が記されている。
「何が書いてある?」
びっしりと何かが書かれている。
悪意が表れた文字を見つつアッシュが尋ねた。
シドでもミスティアでも良かったが、先に反応を見せたのはミスティアだった。
彼女は黙って首を横に振る。
「…………」
訝しんで、今度はシドの方に向き直る。
すると彼は億劫そうに口を開いた。
「売女とか悪魔とか。大抵は口汚い罵り文句だ」
「そうか、他には?」
筆跡からしてロクなことが書いていないのは織り込み済みだった。
が、これまでの傾向からして他にもあると思った。
だから問いを重ねると、彼は言葉を続けた。
「……一応、それっぽいのもあるぞ。『冒涜者ザレン』と『ウォルコット大王』、『聖地蹂躙の罪』だ」
「それは?」
逸話について質問すると、彼は目を細める。
ミスティアに説明の役を押し付けた。
「ああ。……ミスティア、頼んだ」
もちろん彼女が断ることはない。
死体を見つめていた視線をこちらに向け、ぽつりぽつりと語り始めた。
「冒涜者ザレンは、悪い将軍だよ。ロスタリア公……ウォルコット二世がこのあたりを平定した時、アトス教と結びついて抵抗していたこの街にロスタリアの将として攻め入ったんだ」
黙って聞き入る一同に、さらに彼女は語りを続ける。
「多分聖教国とか、そのあたりも支援していたんだろうね。中々攻め落とせなかったから、ロスタリア公は信教の自由を引き換えに降伏を持ちかけたの。だけど、この街は降伏を受け入れたのに、ザレンは独断で殺戮を始めた。騙して街に入って、矢を射って、城壁を崩して聖職者を串刺しにしたんだ」
そこで、何も言わず聞いていたノインが唐突に声を上げる。
「どうして、そんな酷いことをしたんですか?」
振り向いて、ミスティアは少し悩みつつ答えた。
「分からない。父親を異端狩りで殺されたからやり返したとか、マイナーどころだと実はロスタリア公に命令されてたとか。いろんな説があるけど……」
ミスティアは真相については言葉を濁した。
続けて、最後に事の顛末を語って話を締めくくる。
「ともかく、最後はその非道をロスタリア公に問われて、ザレンは火炙りにされて死んだ。それでロスタリア公……ウォルコットは焼け落ちた聖堂の前に膝をついて、涙を流して謝った。……これで話はおしまい」
嫌なことを片付けるようにして、一息に語り終えた。
その彼女に、アッシュはまた問いを投げる。
「一つ聞いてもいいか?」
ミスティアが頷く。
だから言葉を続けた。
白く、美しい聖堂に目を向けながら。
「焼けた聖堂とは言うが、俺にはあれがそうとは思えない。本当に、聖堂は焼け落ちていたんだな?」
視線の先の建物は、煤けてすらいないのだ。
街を飲み込んだ蹂躙から逃れているように見えた。
だから、ザレンも聖堂だけは焼かなかったのではないかと考える。
しかし、ミスティアは戸惑った様子で否定した。
「え? 一応、そういう風に伝わってるよ……? 逃げ込んだ住民ごと、聖堂を焼き払ったんだって……」
「分かった。ありがとう」
礼を言い、それから考える。
どうも今回の階層の仕掛けには聖堂が関わっているらしいと。
『聖地蹂躙』が聖堂を焼いた罪ならば、今回は余り思い悩むこともなさそうだが……。
「おい、お前何してる?」
不意にシドの声が耳を打った。
だからアッシュは思索を打ち切る。
「これを、抜こうと思って……」
ノインの、かすかに力むような声が聞こえた。
だから彼女に目を向ける。
すると、どうやら突き立てられた杭を地面から抜こうとしているようだった。
晒し者になった聖職者が、余りに哀れだと考えたのだろう。
しかしシドは何故かムキになって止めようとする。
「馬鹿なやつだ。なんの意味もないぞ。死んだやつ、いや、そもそも生きていたかも分からないやつのために……」
すると、流石に何か感じたらしいミスティアがじとりとした視線を向ける。
「……シド様」
けれど、シドはやはり一向に意に介さない。
そしてアッシュはというと、正直彼の言葉にも一理はあると思っていた。
この死体は元々生きていた人間でもなんでもなく、魔王が用意した演出の小道具でしかないのかもしれないと思う。
だが、弔う心を無下にする理由もないと思った。
なのでやんわりと諌めようかと思ったが、ノインは全く気にしていなかった。
嘲る言葉に耳を傾けず、背丈より大きな杭を抜いてしまった。
「手伝うよ」
ミスティアが手を貸した。
それから、二人で焼死体を横たえる。
だが死体を杭から抜けば、きっとぼろぼろに崩れ去ってしまうはずだ。
なので抜くことはできない。
しかし、せめて突き立てられた釘だけは抜いて、地に横たえることで弔いとするつもりのようだった。
「…………」
ノインは何も言わず死体の側に跪いた。
刺されていた釘を抜く。
次に侮辱の言葉が記された板を捨てて、悲しそうな声でぽつりと呟いた。
「……文字は、こんな風に使うこともあるんですね」
言葉とは違い、文字はずっと残る。
こうして晒し者にした人間は、罵倒の言葉に呪われ続ける。
確かに残酷な物だと思った。
ふと目を向けると、ノインは口の中で小さく、なにかの祈りを唱えていた。
シドはそれを見つめている。
もう何も言わなかったが、彼はどこか複雑そうな表情を浮かべていた。
「…………」
アッシュは二人を交互に一瞥する。
けれど何も言わず、ただ祈りの終わりを待っていた。
すると思ったより早く祈りは終わった。
場合が場合だからだろう。
ここは安全ではない。
すぐに立ち上がって、ノインがこちらに振り向いた。
だから、ようやくアッシュは口を開く。
「まずは聖堂に行こう。明らかに怪しい」
―――
開け放たれた大扉をくぐり、石の聖堂に立ち入る。
だが、ここにもやはり何者も息づいてはいなかった。
しんとした無人の建物だった。
「…………」
水を打ったように静かな聖堂を歩く。
まだ今より建築技術が発達していない時代にありがちの、窓が小さく薄暗い建物だった。
柱や壁もどこか無骨で、今の聖堂のような華やかさはない。
タペストリーなどの装飾品はあるものの、これらのデザインや色合いもどこか落ち着いた雰囲気である。
敷かれた絨毯を踏みしめ、柔らかな足音を響かせながら進み続ける。
するとシドがふと、なんとなくという様子で声を漏らした。
「しかし……石なのにそんなに燃えるものなのか?」
アッシュは目を向けて、知っていることを答えた。
「燃やしたことはないからよく分からない。しかし、祭壇のあたりならよく燃えるかもしれない」
シドの言葉は、聞きようによっては独り言に聞こえた。
だが一応、ということで話を続ける。
「祭壇を燃やして、他のものにも燃え移って、万が一炎が屋根まで届けば……すぐに燃え広がるだろうからな」
椅子やらなんやらと祭壇の周りには燃えるものが多い。
そして炎が育ち、柱でも伝って屋根の内部、木の骨組みが燃えたとしよう。
すると大炎上は避けられない。
何故なら、屋根は聖堂の全体を覆っているからだ。
その木組みが燃えて、焼け落ちて落下したなら、そこら中の可燃物に引火してしまう。
そういう訳でアッシュは答えたのだが、シドは返事をなにもしなかった。
「…………」
きっと気まぐれなのだろう。
結論づけて、特に気にせず歩き続ける。
いくつもの道を通り、やがて広場にたどり着いた。
すると、不意に濃密な敵意を察知する。
「……いるな」
アッシュは呟く。
目の前には、塞がれたように薄暗い礼拝堂がある。
かなり天井が高く、広さも相応にある。
街の住民が集まってミサを開くような場所なのだろう。
そしてこの礼拝堂の隅で、石壁のそばに倒れ込んでいたいた異形が身を起こす。
これが、今回の敵か。
「…………」
その怪物のシルエットは、ほとんど人間と同じ形をしていた。
しかし先ほどの餓死死体とは打って変わって、とてつもなく強靭な肉体を持っている。
小山のような高さの巨体は、鋼のような筋肉に覆われている。
しかしその肉体は所々腐っていて、綻んだ体からは変色した骨が覗いている。
特に頭部の腐敗はひどく、肉がとろけて顔も崩れ、最早視線すら読めないような様子だった。
そして怪物は立ち上がり、そばに突き立っていた巨大な剣を握りしめる。
無骨な、鈍色に赤が浮く錆鉄の大剣だった。
「う……ぁ……」
怪物が小さく呻きをこぼすと、その体が燃え始める。
もしやシドが燃やしたのかと思い視線を向けた。
すると、彼はぼんやりと怪物を見ているだけだった。
恐らくはこの怪物が自分で発火したのか。
「アアアアアアアアア!!!!!!」
憤怒の咆哮と共に、腐った巨体は燻り燃える業火に抱かれる。
やがてその炎は大剣にも燃え移った。
紅蓮に染まった刃は、鋭い音と共に石の床から引き抜かれる。
「『魔人化』」
アッシュも魔人化し、火刑の魔人の姿に変わった。
見れば他の面々も武器を手に取り、迎撃すべく構えたようだった。
「どうするんだ?」
「…………?」
耳を疑った。
声の方に視線を向けると、シドがこちらを見ていた。
不承不承といった表情ながら、指示を求めてきたのだ。
「いいのか?」
アッシュが聞くと、彼は視線を逸らした。
吐き捨てるように言葉を返す。
「さっきみたいに、馬鹿で勝手な真似をされても困るからな。それくらいなら連携を取ってやってもいいって言ってるんだ」
馬鹿で勝手な真似をしたと、暗に謗られたノインが悲しそうな顔をする。
シドを庇ったことを指していると分かったからだ。
けれど気にした様子もなく、シドは杖を構えて怪物を見る。
アッシュは、一つ息を吐いて感謝を伝える。
「……分かった、感謝する」
それから考える。
この階層の試練を達成する方法を。
とりあえず、ザレンと同じように聖堂を燃やすべきなのは分かる。
だが方法が分からない。
普通に火をかければいいのか、あるいは特別な手順を踏む必要があるのか。
「…………」
考えても仕方がなさそうなので、ひとまず試してみるべきだと思った。
なのでまずシドに声をかける。
「シド、あれはこちらが相手する。君は、屋根を狙って聖堂を燃やせるかどうか試してみてほしい」
そこでミスティアが口を挟む。
「わたしは?」
「前衛を。アリスとノインはいつも通りでいい」
とりあえずの指示を行き渡らせ、アッシュは走り出す。
召喚された蟲が肩を這うのを視界の端で確認した。
剣を抜くと同時に怪物が動く。
獣じみた挙動で錆鉄の剣を叩きつけてくる。
「っ……重いな」
接近したところで力任せの横薙ぎが来た。
猛り狂う炎を纏っている。
なんとか直剣で受け流すが、単純な身体能力では勝てないことがまざまざと伝わった。
そして、さらに剣を振りかぶって怪物が吠える。
「―――――――!!!!!」
大気を震わすような咆哮が響く。
そして怪物は叩きつけを放った。
重々しい一撃が石の床を粉砕する。
アッシュは下がって回避したが、なおも追いすがるように大剣の刺突が放たれた。
しかしこちらは一人ではない。
「『剣山』」
ミスティアが跳躍からの蹴り落としを放った。
怪物ではなく、地面を狙った一撃だった。
だが雷を纏った足が地面を叩くと、その打点からいくつもの雷の杭が発生した。
まるで針山のように伸びて、怪物の肉を刺し穿つ。
とはいえ、この程度では殺害には至らない。
怪物がよろめいたところで、さらにノインが追撃を合わせる。
大剣が二度振るわれる。
一撃目で肩から腰にかけてをばっさりと斬った。
しかし二撃目は怪物が受けた。
大剣と大剣がぶつかり合うと、やはりノインが押される。
だから、そこでアッシュは魔術を使う。
「力よ、刃となれ『氷剣』」
手首を切って、血をとって紙に『氷』のルーンを書きつけた。
剣に冷気を纏わせて、アッシュは再び前線に戻った。
敵を斬って下がらせて、他の二人に声をかける。
「二度打ち合ったら引こう。俺たちが一人で相手するには荷が重い」
一人が標的になったら、別の者が助ける。
そうして戦うつもりだった。
すると、緊張した声でノインが答える。
「……はい」
多分、ミスティアにも伝わっているだろうと思う。
だから戦いを再開した。
斬り合いながら確認すると、聖堂はまだ燃えてはいないらしかった。
さらに、どれほど傷つけても怪物が倒れない。
「……こいつもか」
アッシュは吐き捨てる。
この個体も、夜の異形と同じように再生能力を備えていた。
傷つけても傷つけても傷を塞ぐ。
だが戦う他になかったので戦闘を続けた。
すると、ノインの大剣が命中して怪物の頭蓋を粉砕する。
「あっ……」
彼女は驚いたように目を見開いていた。
夢中で戦っていて、当たってから気づいたのだろう。
今までで一番深い傷だった。
怪物は、まるで断末魔のような悲鳴を上げて倒れる。
だがその直後、その身に纏う炎が妖しく揺らめき始める。
「下がれ!」
アッシュは叫ぶ。
声に弾かれたようにノインは逃げた。
ミスティアは、自分で察知していたのかもう退避している。
そして次の瞬間、炎が爆発する。
凄まじい勢いで火が立ち上り、怪物の周囲で荒れ狂う。
黒い煙を撒き散らして、息が詰まるような烈風が吹き付けてきた。
「ぐっ……!」
熱は感じないが、爆風の激しさに声を漏らす。
間一髪、誰も巻き込まれることはなかったが……安心するような間はなかった。
新たな危機が立て続けに訪れる。
「ガァァァァァァァァ!!!!」
理性が飛んだような、おぞましい咆哮が聞こえた。
すると漂っていた煙を喰い破り、四足の獣が現れる。
一応、さっきまで戦っていたのと同じ怪物ではあるようだ。
しかし明らかに気配が違う。
剣を持つ右手すら地につけて、獣のような姿勢で唸っている。
「こいつ……」
アッシュは、冷や汗が伝うのを感じた。
敵は格段に向上した速さで動く。
かき消えるような速度で襲いかかってくる。
「っ……『偽証』」
鉄の壁で、なんとか強襲を遮ろうとする。
だが瞬く間に斬り倒す、というよりも剣が引きちぎった……と言うべきか。
すぐに肉薄された。
迎撃の一撃を繰り出すも、全く怯まず猛然と攻めかかってくる。
「!」
アッシュの攻撃は、頭部を狙った一撃だった。
だが怪物は前進を強行する。
結果として刃が頭蓋骨にめり込むが、進んでくる敵の勢いに押されて刃がずれる。
頭を叩き割ることは叶わず、腐肉を削ぎ落とすだけに終わった。
「―――――――――!!!!」
頭から流血しながら、敵が咆哮した。
今度は怪物が攻めてくる。
荒々しい剣の連撃に押し込まれた。
とても受け流しきれない。
反撃で剣を突き刺すものの、敵は全く構わず攻撃を続ける。
あまりの勢いに死を直感し、アッシュは剣を捨てて後退する。
「強くなった?」
逃げながら、小さくつぶやく。
間違いなく、かなり身体能力が上がっていた。
今のアレとまともにやり合うなど、正気の沙汰ではない。
だから下がろうとするが、そうやすやすと逃してくれるような相手でもない。
怪物は、アッシュが刺していた剣を引き抜いて捨てる。
それから動き始めたが、あっという間にこちらに追いついてきて攻撃を続ける。
ならばと、『偽証』で次々に壁を作って対処しようとした。
だが、そのどれもが薄紙のように突破されてしまう。
「……!」
さらに冷や汗が流れる。
するとそこで、ノインが怪物との間に割って入ってきた。
まるで庇うように。
「アッシュ様!」
だが彼女も一撃で吹き飛ばされる。
ちょうどこちらに飛んできたので、とっさに受け止めて下ろしてやった。
「大丈夫か?」
「す、すみません……」
しおらしく謝る彼女をよそに、怪物はなおも攻めようとしているようだった。
どうすればいいかと考えていると、ここでアリスの援護射撃が間に合った。
ノインが立ちはだかった一瞬で、やっと狙いを定められたらしい。
あの怪物は凄まじい速度で動いていたから、中々撃てなかったのだろう。
礼を口にした。
「感謝する」
「いえ……別に」
彼女は感情の籠もらない声で答えた。
アッシュもこれ以上話しかけない。
ただ、再生しつつある敵を見据える。
軋むような音と共に、怪物は骨と肉を再構築していた。
「…………」
その隙に聖堂を見ると、やはり燃えていない。
シドも火を放とうと色々試みているようだったが、中々成果は出ない様子だった。
だから彼に語りかける。
「シド。燃えないならもうそちらはいい、加勢してくれ。一度体勢を立て直す」
「いいよ」
答えを聞き届けたのと同時に、怪物が再び動き出した。
四足の姿勢で咆哮する姿に、アッシュは思わず身構える。
この敵は、強さで言うのならヴァルキュリアと同じくらいはあるはずだ。
再生も加味するならば、あるいは上回るだろう。
容易ならざる敵だが、魔王に比べれば与しやすい相手であるのは間違いない。
なら魔王より弱い敵に、こんな所で負ける訳にはいかないと思う。
打ち勝つために思考を研ぎ澄ました。
そして作り出した剣と盾を装備して、炎熱を纏う敵へとアッシュは走り出す。




