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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
三章・黒炎の騎士
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十九話・分岐点

 


 礼拝堂に戻ると、屋根の煙突から細い煙が出ているのが見えた。

 どうやら既に調理は始まっているらしい。

 状況を察したアッシュは、手伝いを申し出るべきか悩みつつ中へと足を踏み入れる。


 すると長椅子の並ぶ広間の奥にノインがいた。

 ちょうど洞窟の入り口の近くにある小さな机に腰掛けて、分厚い本に向かっていた。


 彼女もこちらに気づいて呼びかけてくる。


「アッシュ様」

「君は……勉強か。シドたちは?」


 尋ねると、ノインは本を脇にどけた。

 続けて、アッシュの目を見て言葉を返す。


「ご飯を作ってくださっているみたいです。あたしはどんくさくて、シド様に追い出されてしまいましたが……」

「そうか」


 どんくさいのがいけないというのなら、今のアッシュも失格だろう。

 なにしろ片手しかロクに動かないのだから。

 そして、そんなことなら洞窟の先の偵察にでも出かけようかと考えた。

 しかし、去る前にノインの本に視線を落とす。


「その本はここに?」


 ノインは二冊ほど本を持っている。

 勉強のためなのだが、この本は決して見たことのないものだった。

 だから、アッシュは元々ここにあったものではないかと推察し……気がついた。


「ああ、筆記帳か。珍しいな」

「そうなのですか?」


 彼女が見ている本には、なんの文字も記されていない。

 こうした筆記帳は、少なくとも聖教国では珍しいものだった。

 なので頷く。


「ああ」


 重要な記録を残すのならば、より耐久に優れた羊皮紙を用いる。

 そして、多少の備忘録ならば小さな紙束で構わない。

 加えて、文字の練習には使い回せる石板やろうの板を用いる。

 だからここまでしっかりとした、それこそ本のように整えられた紙の筆記帳はとても珍しい。


 基本的に富裕層の日記やら物書きなど、道楽に使われるものだろうか。

 いずれにせよ、一般に広く出回るようなものではないのは確かだ。


 だから言葉を続ける。


「いいものを見つけたな。それをどうするつもりだ?」

「いいものなんですか? 読もうと思ったら真っ白で……えっと、どうするとは……?」


 彼女は不思議そうにこちらを見返してくる。

 アッシュは何も言わずに歩み寄る。

 続けて彼女の手から筆記帳を受け取り、つぶさに検分してみた。


「…………」


 本は革を中心に装丁そうていされ、薄い茶色の優しい色をしている。

 そして特に用途は書かれていない。

 カバーも無地ではあるものの、良い品に特有の気品をかすかに漂わせていた。

 あとは、肝心の中身はというと、白紙に小刻みな罫線けいせんが引かれているのみだった。

 見るに、やはり絵などではなく、なにか文章を書き付けのために作られたものなのだろうか。


 ともかく、大体の用途を察したからノインに返す。


「日記帳だろうな」

「日記帳……?」


 その概念を知らないのか、不思議そうに首をかしげる。


「その日にあったことを書いておく物だ。なんのためにやるのかは知らないが、文字の勉強になるかもしれない」

「なるほど……」


 納得した様子だったが、別に日記帳を日記に使わなくてはならないという決まりはない。

 その点を伝えるためにもう一言だけ添えておく。


「しかし、何に使うかは君の自由だ。拾うかどうかもだが」


 言って、彼女から視線を逸らす。

 洞窟に向かおうと足を進める。


「どこへ行くんですか?」


 呼び止められた。

 振り返り、簡潔に答える。


「先を少し見てくる」


 その言葉に、彼女は何も答えなかった。

 しかし何か言いたげな気配があった。

 だから、聞き出そうと口を開いた。


「…………」


 しかし、結局やめてしまった。

 何故かと言われると困るが、強いて表すのなら冷めたのだ。


 アッシュにはやるべきことがある。

 こんなところで雑談に興じる暇などない。

 その自覚が、どうしようもなく会話を続ける意欲を削いだ。


 再び視線を逸らして、洞窟へと歩き始める。

 背中越しに、ノインへと最後の言葉を投げる。


「すぐに戻る」


 事実深入りするつもりはない。

 ほんの少し様子を見るだけで済ませようと考えていた。

 だからこう伝えると、ノインの言葉が背に届いた。


「お気をつけて」

「ああ」


 振り向かずに答えて歩く。

 そしてアッシュは、背後で日記帳が閉じられる音を聞いた。



 ―――



 先への道と思しき洞窟を進む。

 粗い壁面の暗がりには、ぽつりぽつりと指の燭台が据え付けられている。

 それでも闇のとばりは薄く周囲を覆っていた。

 しかし、アッシュの目なら全く問題はなかった。

 砂利の一つまで視認できる鮮明な視界を保ち、ゆるい斜面を先へ先へと進み続ける。


「…………」


 しかし洞窟を進んでいると、ある時明確に空気が変わった。


 どこか湿りを帯びた空気が肌に触れる。

 薄く漂い始めた血の香りが鼻をくすぐった。


 足を止め、戻るべきかと思案する。

 ここで死んでは元も子もないからだ。

 だが目と鼻の先をかすめた不吉に導かれるように、結局先に踏み出してしまう。


 そしてしばらくすると、少し黄色がかった光、すなわち洞窟の果てが見えてきた。


「…………」


 アッシュはそんな光景を前にして、ほんのわずかに足を鈍らせる。


 恐れてのことではない。

 そういった明確な感情ではなく、意識の深層に蠢く何か、本能と呼ぶべきものが先に進む足を阻んだのだ。


 また、少しだけ逡巡した。

 しかし嫌悪する本能を意思でねじ伏せて、アッシュは洞窟の外を目指す。

 そして、たどり着いた先の光景を見て顔をしかめる。


「っ」


 これを一言で言うのなら、屍肉の道だった。

 これまでと同じような階段が続いているのだが、階段の石材の隙間から肉があふれて食い込んでいるのだ。


 灰色の石と、皮を剥がれた紅い肉。

 到底溶け合いはしない二つが、不規則に捻じれて混ざり合っている。

 どこか奇妙な斑模様まだらもようを形成し、冷たい石を軋ませるようにして肉が脈動している。

 これは階段だけではなく、壁面や天井も同じだった。

 指の燭台がはめ込まれた石壁は所々欠けて、隙間からは肉がはみ出している。


 あとは、あかあかと燃えていた指の燭台の色も変化していた。

 少し黄味がかり、その炎を陰らせていた。

 だからわずかに暗くなった通路で、うっすらと擦れるような音と共に蠢く肉はひたすらに異様だった。


「…………」


 アッシュは何も言わず、ただ踵を返す。

 この先は余りにも様子が変わっている。

 連絡手段もなく一人で行けば、捨て石にすらなれはしない。


 今見たことをありのまま伝えることが、リスクと対価の兼ね合いを取るなら最良の行動だろう。


 割に合わないと判断したアッシュは、再び洞窟の中へと足を向ける。

 そして、なぜ塔がこうなったのかについて思考を巡らせていた。


 魔王の領域は、奥に行くほどに猛威を増すことがあるという。

 今回の変化も、順当に考えればこれなのだろう。

 しかし、どうもアッシュには少し違うように思えた。


『あなたの騎士の姿がそうだったように、それは大抵、理想や願いをかたどるものかもしれませんね』


 アリスの言葉が蘇る。


 この塔がただの狂気でないのなら、なんらか願いを写したものならば、塔の変化にも意味があるのかもしれない。


 少しだけ考えて、しかしアッシュはすぐに思い直す。


 魔王の願いなどむ必要はない。

 立ちはだかるものは、最後の一体まで倒すのみだ。


 故に無意味な思索は打ち切った。

 ただ、暗い洞窟を下っていく。

 そして教会に帰り着くまで、もうなにかに思いを馳せることはなかった。



 ―――



 帰り着くと、そろそろ食事の準備が整い始めているようだった。

 あまり馴染みのない香料を含む、料理の香りが漂っていた。

 広間には誰もいなかったので、アッシュは礼拝堂の奥へと歩を進める。


 そして匂いを頼りに進んでいると、石畳で舗装された厨房らしい場所にたどり着く。

 シドがいたので声をかけた。


「ノインたちを見かけていないか?」


 彼は、小さな木の台にゆったりと腰掛けている。

 そして目の前の、壁にはめ込まれた石かまどをじっと見つめていて、こちらには背を向けたまま答えた。


「勉強だとさ。元気なことだな」


 それから、今度は不意に振り向いてきた。

 なにか、指示のような言葉を投げかけてくる。


「悪いがこの鍋を見ておいてくれ。僕はオムレツを焼く」

「……ああ」


 シドは台から腰を上げた。

 彼はどことなく軽やかな表情を浮かべている。

 そんな姿を見ていると少しだけ意外な気持ちになった。


「…………」


 厨房の中ほどにある、大きな木の調理台にシドは向かう。

 調理の手はどこか手慣れていた。

 もしかすると、かねてより料理を好んでいたのかもしれないと思う。


 なんとなく見ていたが、すぐに先ほどの頼みを思い出した。

 鍋を見なければならない。

 アッシュは部屋の隅から台をもう一つ引きずってきた。

 そしてそこに腰掛ける。

 続けて、下で大量の薪が燃える石の台……あたかもそういう風に見えるかまどの前に陣取った。


 これは下で燃える火で石台を熱し、直接鍋やらを乗せるといった方式の調理器具のようだった。

 熱効率は良くないものの、大人数のための料理をこなすのに向く。

 だから聖教国でもよく見かけるものである。


 そして、中々設備も整っているようだった。

 目立った排煙装置は見えないものの、恐らく排気は壁の内部を通して煙突から出しているのだろう。

 また、上には鍋やらを吊るす自在鉤じざいかぎが下がっていたりもする。


 こうしてじっと観察していると、かまどの近くに薄く灰や煤が積もっていることに気づいた。

 魔王の領域の厨房など使う者などいなかっただろうに、何故かこんな汚れがある。

 不思議に思い、内心で首を傾げていた。

 だが考えても仕方がないと思い当たり、アッシュは鍋の中身へと視線を落とす。


 見るにシチューのようだが、どこか常のものよりも豊かな香りがする気がした。


「……そろそろ」


 しばらくすると、シドがこちらに来て何かを言いかける。

 手には黒いフライパンがあった。

 内容は言わずとも分かったので、アッシュは半ばで遮って頷いた。


「ああ」


 アッシュの横に立って、シドは卵を焼くつもりらしかった。

 オムレツの種はできたのだろう。

 フライパンを注視する彼の姿を一瞥した。

 それから、アッシュは右手を鍋の上につけられた半円状の取っ手に伸ばす。

 そしてそのまま持ち上げて、上から垂れている自在鉤に引っかけた。


「…………」


 続けて、鍋を吊るす鉤の長さを調節する。

 これにより、石かまどとの距離を近づけた。

 完全に火から離すのではなく、少しだけそばに吊るして鍋に伝わる熱量を調節する。

 勘だが、これで弱火と言ったところだろうか。


 シドが語りかけてくる。


「お前、熱くないのか」


 フライパンを少し揺らしつつ、右手に持った鉄のフライ返しを忙しなく動かしている。

 彼はこたらを一顧いっこだにせず問いを投げた。

 アッシュは、彼をぼんやりと見つめながら答える。


「熱は寄せ付けない体質だ。その気になれば、火に手を入れることもできる」

「便利なんだな」


 彼はやはり上機嫌だ。

 玩具がんぐを与えられた子供のような気配すらあった。

 楽しくて仕方がないのだろうか。

 息抜きになったのなら、それはいいことだ。


「君は料理が好きなんだな」


 聞いてみると、意外にも素直に頷く。


「ああ。僕はきっと、もっと前から料理をやっておくべきだったような気がする」

「……本当に初めてなのか?」


 返された言葉は、あまり要領を得ない。

 しかし、なにより本当に料理が初めてだという事実に驚く。


 知識はあるとは言っていたものの、調理器具などの使い方は、本だけで十全に学べるとは思えない。

 だからまた疑問を投げかけると、シドはしばらく黙り込む。


「…………」


 しかし、やがてゆっくりとした口調で話し始めた。


「そうだな。お前には話しておこう」

「なにを?」

「僕についてだ。必要なことだ」


 言いつつ、フライパンの上でオムレツを返す。

 まるでありふれた世間話でもするような調子だった。


「まず僕は、まっとうな子供じゃない。僕の中には先代のテンペストだった祖父の記憶がそっくりそのまま埋め込まれている」

「…………」 

「……大した話じゃないから楽に聞いてくれ」


 彼の横顔は、どこか歳に相応しくない憂いを帯びていた。


 やがて、オムレツが焼けたのかシドは椅子から腰を上げた。

 調理台へと戻って行く。

 そして、一人残されたアッシュは考える。


「…………」


 彼は、記憶を継承しているらしい。

 知る限りそんなことができそうな魔術は一つしかない。


 確認を取るため、アッシュは彼に背を向けたまま語りかけた。


「精神感応魔術か」

「少し違う。お前たちのそれは、あくまで副産物だ」


 否定した。

 それから、彼の続ける言葉を聞く。


「精神を掌握するための計画はいくつかあって、聖教国に漏れたのはその内の一つだ。身体強化と同じように人間の感応する力を高めるんだが、こちらでは実用に耐えうるだけの素質を持つ人間が見つからなかった」

「なるほど」


 イェルドとアリスの言い合いを思い返して、やはりそうだったのかと納得する。

 あれは今の聖教国にはあり得ない水準の魔術だった。

 なのでむしろそうであった方が自然だ。

 もしかすると、空間魔術もそうなのかも知れないと思う。


「まぁそれはいいんだ。僕が言いたいのはこんな()()でもガキじゃないってことだ」


 思索は、シドのそんな言葉で遮られた。


「…………」


 二枚目のオムレツを焼くために、シドがアッシュの横に戻ってくる。

 彼は、視線をフライパンに向けたまま言葉を継いだ。


「単に子供扱いするなと言っても分からないのは仕方ない。だが僕にはお祖父様から引き継いだ使命があるし、知識だってある。だから……」

「いや、君はなにか勘違いをしている」


 シドの言葉を、アッシュは半ばで遮る。

 確かにアッシュは彼のことを子供だと思っていたし、それは今も変わりはしない。


 しかし、それとこれとは話が違う。


「俺が君をいさめるのは、君が俺にとって間違ったことをしているからだ。前も言ったが、口をつぐんで欲しいのなら、自分がどう正しいのかを伝えるべきだ」


 真っ直ぐに言うと、シドはどこか意表を突かれたような顔でこちらを見ていた。


「…………」


 恐らく彼は子供扱いされたことはあっても、面と向かって間違いだと断じられた経験には乏しいのだろう。

 生まれ持った力と知識、これに付随する地位はきっと……同盟において絶対的なものであったはずだから。


「焦げているぞ」


 焦げついた匂いがかすかに鼻をかすめる。

 黙り込んだ彼に指摘すると、すぐに苦笑しつつ腰を上げた。


 これはミスティアのだな、と。

 そんな小さな呟きを背後に聞きつつ、アッシュは考えを巡らせる。


 彼が彼なりに、こちらに歩み寄ろうとしてくれているような気がした。

 ならば、それを無駄にするわけにもいかない。

 だから言葉を続けた。


「君に力への自負があるように、俺にも……何年も魔獣と戦ってきたなりの考えはあるつもりだ。だから……」


 彼がいくつの頃から戦場に出ていたのかは知らない。

 しかしそれでもアッシュよりは長くはないはずだ。

 おそらく彼の祖父の時代に魔獣はいなかっただろうから、記憶の分を考慮してもそうだ。


「平行線だな」


 だがアッシュの声を遮ったのは、そんな冷たい言葉だった。


「…………」


 確かにそうかもしれない。

 自分は強いのだから好きにさせろ言うシドと、経験に基づき協調を求めるアッシュは、どちらも自分の価値観から離れるつもりはない。


 意固地になるのはやめろと、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 アッシュは何も言わず、眼前の鍋の位置をさらに上げる。

 すると石のかまどから鍋が遠ざかった。

 これ以上加熱されなくなる。


 シチューの方はこれで終わりでいいだろう。

 だからシドに声をかける。


「他にやることは?」

「もういい。食堂で待っててくれ」


 暗に出て行けと言われた。

 素直に頷く。

 まだ嫌われてはいないのだ。

 下手に刺激して、関係性を悪化させることもない。


 食堂がどこだかは知らないが、ともかく席を立って厨房の外に出る。

 最後に一言だけ感謝を伝えた。

 食事の準備を受け持ってくれたことに。


「手間をかけてすまない。ありがとう」

「好きでやってる。今はな」


 その言葉にはもう答えず、とりあえず厨房から出る。

 何も考えずに歩いていると、やがて話し声が近づいてきた。

 なんとなく声を辿れば、すぐに目的の場所へとたどり着くことができた。


 つまりは食堂だ。


 扉は開いていて、広い室内には木の長机が二つほどある。

 クロスの敷かれていない、素朴なテーブルの隅には人影がある。

 どうやら、ミスティアとノインが向かい合って腰掛けているらしい。


「そうそう、そんな感じ」

「…………なるほど」


 二人の華やいだ会話を邪魔するのが悪くて、アッシュは何も言わず部屋に足を踏み入れる。


 彼女たちは、どうやら例の日記帳について話しているようだった。

 それを尻目に、アッシュは腰を下ろす。

 誰も座っていない、もう片方の長机にだ。


「?」


 と、そこで。

 こちらに背を向けて座っていたミスティアの方が、アッシュの気配を悟ったようだった。

 椅子越しに振り返り、話しかけてくる。


「いるなら言えばいいのに」

「……すまない」


 先ほどの、剣をちらつかせたことは根に持ってはいないようだった。

 彼女の声は常と変わらないものだった。

 主の困った点は、彼女なりに自覚しているのかもしれない。

 だから多少の狼藉も、未遂ならば見逃すということなのだろうか。


 考えながら問いを投げる。


「君たちはなにをしているんだ?」


 間が持たなくて、やや気まずい思いをしながら聞いた。

 するとミスティアはノインに向き直る。

 少しの間視線を合わせて、またこちらを向く。


「日記書いてたんだよ」

「日記……か」


 恐らくノインが、あの日記帳について話したのだろう。

 二人でなにかしていると思ったら、日記を書いていたというわけだ。


「見てくださってるんです」

「ああ」


 ノインの補足を受けて理解する。

 ミスティアの補助を受けて、彼女が文章を書いているのだ。

 しかし、それを思えば聖教国の言葉は便利であった。

 こうして国が違っても、肩を並べてペンを扱えるのだから。


「日記を書くのは、きっとためになる」

「はい」


 少し言葉を交わして、アッシュは二人から視線を外す。

 そして物の少ない食堂の中、窓から漏れる光に目を向けた。

 窓は、採光のためか高い位置に据え付けられている。


「…………」


 なんとなく考えた。

 いつかノインはアッシュよりもずっと物を知るようになるのだろうかと。

 しかし、それは余りにも分かりきった疑問だった。

 なのですぐに思考を打ち切ってしまう。


 なにしろ、アッシュは戦役の先に人生を持たないのだ。

 これから学び始める彼女には、きっと追い越されるばかりなのだろう。



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