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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
三章・黒炎の騎士
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十三話・希求したもの

 


 アッシュにとって最初のはっきりとした記憶。

 それは確か……鐘の鳴る廃墟の風景だった。


 廃墟にはいつも雪が降っていて、魔獣により焼け出された難民が寄る辺のない身を寄せ合っていた。

 だがそこは、まともな家すらない場所だった。

 疲れ切った表情の人々が、互いに物を奪い合うようにして生きていた。


 まだ幼いアッシュは戦火により両親を失っていた。

 そんな場所に流れ着いたところで生きていけるはずもなかった。

 だから体が弱っていくのを感じつつ、瓦礫に背を預けて座り込むことしかできなかった。


 そして死を待ちながら、鐘の音を聞いていた。


 これは葬送の鐘で、かつて神父であったのだという男が廃教会で鳴らしていた。

 弔ってくれるのだと死体を引き取り、けれど誰も死体の行方を知らなかった。

 鐘の音を聞くたびに、次は自分だろうかと思った。

 白い息を吐いて、息が徐々に細ってゆく様を見つめていた。


 だがそれでも恐怖はなかった。

 ただ小さな疑問だけが胸を塞いでいた。

 どうしてこんな目に遭わなければならないのだろうと、薄れる意識の中で考え続けていた。


 あのまま廃墟にいれば問いの答えは出たのだろうか。

 あるいはその前に凍えて死んでいただろうか。


 それは分からないが、結局アッシュはどちらにも至ることなく廃墟を後にした。

 すなわち素質ある孤児として見出され、魔獣を殺すために刃を手にすることとなったのだ。



 ―――



「物思いですか、アッシュさん」


 その声に、俯けていた顔を上げる。


 すると低い窓からほんのわずか差し込む月の光が見えた。

 かすかに絨毯の上、毛布にくるまるノインの姿を照らしていた。

 ここはロスタリアの軍が用意した天幕の中だった。

 そしてアッシュは封印を受けているところだった。


「…………」


 背後で封印を続けるアリスは、簡素な椅子に腰掛けている。

 対してアッシュは、いつもどおり地べたに腰を下ろしている。


 そして背にぐりぐりと杖が押し当てられているのを感じながら、短く問いに答える。


「そうだな」


 別に否定する気はなかったので素直に頷いた。

 するとアリスが興味深そうな息を漏らした。

 そのまま、彼女はさらに言葉を継ぐ。


「近頃、暇さえあれば思春期のガキみたいに思い悩んでますけど。一体どうかしたんですか?」

「別に大したことは考えていない」

「今は何を?」

「いい天幕だな、と」


 この天幕は、事実いいものである気がした。


 設営の前にわざわざを浅く掘って、そこには藁が撒いてある。

 加えて、その上にも二重に敷物が敷いてあった。

 さらに天幕自体にも様々な工夫が見られて、一般的な物に比べて暖かい。

 おまけに、部屋の隅には火鉢まで置かれている。

 火鉢はかすかに香の匂いを漂わせていて、明らかに貴人に対するもてなしだと分かる。


 しかしそんな答えを、アリスが小さく鼻で笑う。


「程度の低い嘘をつくくらいなら黙っててもらえますか?」

「すまない」


 確かに、建物の良し悪しに思いを馳せるような気質ではない。

 見破られて当然の酷い嘘だった。

 そんなこと、少し考えれば分かったはずなのに。


「…………」


 それからまた沈黙が流れて、やがて封印による感覚の鈍麻がアッシュの体に訪れる。

 久しく忘れたまどろみにも近い感覚だった。

 すると沈んだ意識の中で、自分でも思いがけず声を漏らしていた。


「……お前の故郷は南の方だと言っていたか」

「は?」


 不思議そうな、あるいは先を促すような声が返ってきた。

 だが少し困ってしまう。

 こんなことを話すつもりは全くなかったのだ。

 しかし自分から口火を切った以上は仕方がない。

 一つ咳払いをして言葉を重ねる。


「俺は北で、寒かったから。少し羨ましいと思っただけだ」

「寒さ感じないんじゃないんですか?」

「昔からそうだった訳ではない。俺も以前は人間だった」


 それから会話は途切れる。

 故郷自慢をするような間柄ではなく、またアッシュの方はできる気もしなかった。

 だから沈黙も仕方がないのかもしれなかった。


 けれど、意外にも今度はアリスの方から口を開く。


「言っときますけど、私の故郷はろくでもない場所ですよ。自由になっても帰るつもりなんて毛頭ありません。故郷はがつきやすいですしね」


 吐き捨てるようにして言い放たれた。

 アッシュは多少の不自由を感じつつも頷いて見せる。


「そうか。勝手なことを言って悪かった」


 以前、感応の際にその故郷を見たような気がする

 少しだけ覚えている、暖かな色をした海の風景だ。

 見る限り立派な港町で、こちらの故郷の寒村かんそんに比べればずっと上等な住処すみかだろうと思う。


 けれど彼女にとってはあまり良くない思い出の場所なのだろう。

 だから、考えなしに羨ましいと言ったことについては謝っておいた。

 けれど特に気にしてはいないようだった。


「いいえ、構いませんよ。それよりあなた、今日も休まないつもりですか? 明日はついに大好きな塔に入るんですし、寝ておいた方がいいのではないですか?」


 塔の周辺を制圧したアッシュたちは、慌ただしくも明日突入することとなった。

 それはアッシュやシドの意向もある。

 だがこの情勢下であまり長く軍を塔の周辺に拘束しておくことが難しかったという事情もある。


「心配ない」


 そう答えた。

 眠らないことなど日常茶飯事だからだ。

 すると呆れたような声でアリスが言葉を返してくる。


「私が心配するのは我が身だけですよ、アッシュさん。前衛が仕損じたら死ぬのは私ですから」

「俺が一度でも戦闘中に眠りこけたことがあるか?」

「戦闘中どころか一度も眠りこけたことがないから怖いんですよ」


 今度は言葉に詰まる。

 確かに、ただの人間なら眠らないことなどできるはずがない。

 決戦を控えるのなら眠っておけと口にするのは分からないでもなかった。


 しかしアッシュは魔物で、彼女たちとは根本的に違う生物だった。

 無理に寝ても良いことなどないのに、従う気にはなれなかった。


「俺は魔物だ。お前ならよく分かるだろう」

「それもそうでしたね」


 ふと彼女の声が熱を失い、興味なさげに言葉が投げかけられた。

 恐らく面倒になったのだろう。


 やがて封印は終わる。

 体が動くようになったところで、アッシュは外していた装備を身につけ始める。

 ふと見れば、早くも寝床に潜り込んだアリスはもう目を閉じていた。

 こちらの存在は気にしていないようだった。


「助かった、いつも悪い」


 固く目を閉じた彼女に言う。

 答えは返らない。

 けれど代わりのようにして、毛布から這い出た腕がゆらりと振られた。

 そうして、戦いに出向くアッシュの背におざなりな別れを告げていた。



 ―――



 ついにたどり着いたのだと。

 塔のそばで魔獣を殺していたアッシュは改めて思う。


「…………」


 血に汚れた剣を振り、痙攣して倒れたオークを足で転がした。

 頬についた血を右腕の袖で拭い、顔を上げて間近にそびえる黒い塔を見上げる。


 薄雲に覆われ、おぼろに光る月の下。

 使徒により破壊を尽くされた平野で、けれど欠けることなく屹立きつりつする禍々しい威容。


 天を抜くほどに高い塔では、これまでで最も苛烈な戦いを味わうことになるだろう。


 と、そこで。

 足が止まっていたことに気が付いたアッシュは狩りを再開した。

 そして内心で自嘲する。


 ここはぬくい天幕ではない。

 制圧したとはいえ、魔王の膝下で呆けるとはあまりに愚かだ。


 アリスの言う通り、物思いが増えたのだろう。

 だとしたらそれは、魔王討伐を前にしたせいかもしれなかった。


 魔王を倒すことは、アッシュにとってこの上ない宿願だった。

 その願いを叶えるためならば自分の命などどうなっても良いと思えるほどだ。

 その道を行くためならば、どんな苦しみをも甘んじて受けるつもりだった。


 しかし、それだけの覚悟がありながら願いを叶えることはできなかった。

 魔境を征するだけの力がアッシュにはなかった。

 だから、代わりに寝ても覚めても魔獣を殺した。


 いずれそれだけでは敗北が訪れるのは分かっていた。 

 じりじりと負けていくことへの焦りに心の底で蓋をしていた。


 だが、これも明日で終わりを迎えるのだ。

 魔王の一角を堕とし、この終わりゆく世界を支えることができるのだ。


 殺し続け、いつか死ぬと定めた贖罪の旅の中で。

 それは恐らくアッシュにとって、ようやく手にした一つの幸せだった。



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