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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
三章・黒炎の騎士
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十二話・ロスタリアの力(2)

 


「ミスティア、露払いを任せる」


 主であるシド=テンペストから命令が下った。

 であるのなら、もちろん彼女は従うのみだった。


「…………」


 立ち尽くす主に無言で敬礼し、ミスティアは駆け出す。

 そして押し寄せる魔獣に対峙し、彼女の武器、すなわち拳を強く握る。


 ミスティアも魔術師だ。

 戦闘が始まれば、口は魔術にのみ用いる。

 無駄口を叩くことはない。


いかづちの偶像よ、その猛威の指先でことごとくを平定せよ」


 ミスティアが唱えたのは、ロスタリアのみに伝わる詠唱だった。

 聖教国では冒涜魔術と蔑まれているらしいが、それでも魔術は発動する。

 そしてミスティアの全身が凄絶せいぜつな雷に覆われる。


「『戦雷ウォーリア』」


 ミスティアの瞳が鋭く研ぎ澄まされる。

 さらに次の瞬間には、土を巻く勢いで地を蹴った。

 金色こんじきを迸らせる右腕で、目の前のオークに正拳突きを放つ。


「…………」


 ロスタリアでは、聖典に比べ偽典の魔術の威力が低い要因に対してある推論が生まれていた。

 そして導き出された要因は、情報の密度である。


 神や裁き、聖人にまつわる言葉を詠唱に組み込む聖典は、多くの抽象的なイメージを形にする。

 だが偽典では簡素で具体的な命令を詠唱とするため、どうしても構築するイメージに限界が生まれてしまう。


 故に、ロスタリアでは多くの歳月をかけて精霊信仰を育んできた。

 弱小の土着宗教に過ぎなかったそれを国教に据え、八百万やおよろずと呼ばれるほどの偶像を生み出した。

 そして全てを詠唱に組み込んできたのだ。

 こうして生まれた聖典を超える術式により、ロスタリアの魔術は全盛を迎えている。


 そして、そのロスタリアの魔術師であるミスティアは聖教国の体系とは違う魔術を用いることができた。


「『地走じばしり』」


 口にしたのは、『戦雷』を変形させるキーになる言葉だった。

 そのまま低く身をかがめて下段の回し蹴りを放つと、雷は勢いを増し、地を舐めるようにして広がる。

 壁のように迫るオークたちをまとめて焼き払った。


 それから、ミスティアは軽い足さばきで身を翻す。

 続けざまに、背後に飛んでいた三匹のハーピィに向けて拳を振る。


「『遠当とおあて』」


 すると、振り抜いた拳から、今度は雷の塊が射出された。

 甲高い雷鳴とともに空を裂く。

 そして直撃したハーピィの群れを容赦なく叩き落とす。


 この技は、『戦雷』から派生するサウスローネの一派に伝わる魔術だった。

 言葉に加え、手話と武道の型を合成した……独自の詠唱・・を足すことで魔術を使用しているのだ。


「はっ!」


 そうして手足のように雷を操りながら、破竹の勢いで魔獣をなぎ倒していく。


 鋭い気合の声と共に、手近のオークを腹への肘打ちで絶命させた。

 さらに一瞬でもう一体の懐に飛び込み、同時に掌底を突き込む。

 爪を突き立てようとするハーピィを跳び蹴りで落とす。


「『払い打ち』、『鎧抜き』」


 連続で魔術を使用した。

 払い打ちの型により、手刀と共に雷の衝撃波が撃ち出される。

 続く鎧抜きにより、巨大な雷を纏う正拳突きが放たれた。

 盾を持ったオークに直撃し、その盾ごと上半身を血煙ちけむりに変える。


「『剣山』、『星落とし』」


 剣山は、跳躍からの地面への蹴り落としの型だった。

 力強く蹴り足が大地へと叩きつけられる。

 すると、一拍遅れて地中から巨大な雷の針束が突き出てくる。

 這い寄るバジリスクを無慈悲にも貫いた。


 さらに、流れるように型が連なっていく。

 蹴り落としの反動を利用し、ミスティアは再び跳躍した。

 今度は空中へ向けて鋭い蹴りを放つ。

 まるで、地上から空を突き刺すような蹴り技だった。

 これを頭部に喰らい、一体のオークが頭を粉砕される。


 そうして詠唱中のシドを守るように戦い、ミスティアは際限なく屍を増やし続けていた。

 するとやがて、その主から声がかかった。


「ミスティア、もういい。そばに来い」


 乱戦の中だというのに、耳元で語りかけられたように近い声だった。

 だから当然聞こえている。

 言われた通りに戦闘を放棄してシドの元に走る。


 主の命令であるから……というのは当たり前の前提ではあるが、聞かなければ最悪巻き添えで死んでしまうだろう。


「…………!!!!」


 と、そこで。

 ノインが走ってきたのが分かる。

 何を言われたのか、元々白い肌を蒼白にしていた。

 続けて彼女のそばにアリスの竜が降り立った。


 ノインが口を開く。


「な、なんでしょう……来ないと死ぬって……」


 やはりなにか囁かれていたようだった。

 顔を青くしたノインが息を切らしつつ口にする。

 シドは何も言わず冷たい視線を返し、ただ杖を掲げた。


 するとその横でアリスがぼそりと呟く。

 彼女はもう終わりを悟っているのか、いつの間にか竜を消してしまっている。


「死ぬ? 私はなるべく低空を飛べと言われたのですが。……ノインちゃんへの声が聞こえたので下りましたけど」


 彼女の言葉にミスティアは表情を凍らせる。

 流石に戦慄した。


「聞こえた? というか、それは……」


 聞こえたという謎の発言はともかく、低空を飛んだら巻き添えになってまず死んでしまう。

 主のいたずらな気性はよく理解しているが、それでも流石に殺すのはいたずらでは済まない。


 ハッとして目を向けると、シドはつまらなさそうに声を漏らす。

 じっと杖だけを見つめていた。


「いいだろ……お前はどうせ聞いてるんだから」


 すると、アリスも無表情で鼻を鳴らす。


「まぁいいです。なんにせよ終わりなんでしょう?」


 そう言いながら、アリスの視線が空へと移る。

 それは、シドの杖が向けられた先だからだろう。


 誘われるように目を向ければ、天高く、空の奥で、蒼い雷の塊が見えた。

 まるでよく晴れた空を蝕んで侵食するような……とてつもなく巨大な光が肥大化し続けている。


「…………」


 明らかに致命の一撃だった。

 この一撃で、たった一撃でシドは全てを決めるつもりなのだ。

 しかし魔獣たちは止めに来ることはない。

 それどころか、まるでこちらが見えていないかのように近寄ることすらしない。


 ロスタリアの魔術師のミスティアには、これが光の魔術である『詐影』によるものだと分かった。

 魔獣たちに今、ミスティアたちの姿は見えていない。


 しかしアリスたちは、ただ不思議そうに首を傾げている。


「……?」


 何が起こっているのか分からないのだろう。

 ミスティアはそれに少し笑う。

 少しだけ、主とロスタリアの魔術を誇るような気持ちがあった。


「楽しみにしてね。シド様が劇よりずっとすごいものを見せてくれるよ」


 するとアリスがつんとした様子で答える。


「劇というか、むしろ肝試し系でしょうこれは」


 彼女は空を見上げている。

 さらに膨張し、空を飲み込むような規模の雷球らいきゅうをじっと見ているのだ。


「…………」


 冷たい反応に困って、ミスティアは眉を下げる。

 アリスの態度は冷ややかだった。

 しかしシドの……先ほどの危険な嘘を根に持ってのことであるのなら、むしろこちらに非がある。


 どうしていいのか分からないでいると、取り繕うようにしてノインが声を漏らした。


「きっとシド様も分かってたんですよ」

「どうでしょうね」


 答えつつ、アリスがノインに何かを渡す。

 見れば、それは真綿を固めたもののようだった。

 ノインが不思議そうにする。


「これは?」

「耳栓です、どうぞ。あれは耳に悪そうですから」


 あれ、と。

 そう呼んだのは、もはや太陽よりも巨大に見える雷のことだ。

 すると、何故かノインが不安そうな問いを返した。


「詰めると回ったりしませんか?」

「……私をなんだと思ってるんですか、あなたは」


 アリスは軽く笑って、呆れたようにため息を吐く。

 そのまま彼女は耳に真綿を入れた。

 ノインもそれにならう。


「あの、ミスティア様たちには」


 片耳に耳栓を詰めて、ノインがこちらに視線を向けた。

 だがアリスは聞こえていないように振る舞う。


「?」

「いえ、だからミスティア様たちには……」

「聞こえませんよ」


 しかし、アリスは片耳にしか栓を詰めていない。

 彼女の目を覗き込むと、青い瞳は冷たい色を浮かべていた。


「…………」


 つまりは信用されていないのだろう。

 シドの独断専行と嘘を彼女は許していなくて、これに従ったミスティアは同罪という訳だ。


 しかし彼女は、反目で戦闘に影響を及ぼすほど馬鹿ではないとミスティアは見ていた。

 であれば、仲良くするつもりがないというのも別に気にするつもりはなかった。


 だから、一応ノインにだけ耳栓を断っておく。


「別にいいよ、わたし」

「えっと……」


 ノインは戸惑っている様子だった。

 ミスティアとアリスの間で視線を泳がせている。

 しかし、それをよそにアリスはさっさと耳栓をつけてしまう。


 少しノインが哀れだったから、ミスティアは笑って彼女に語りかける。


「大丈夫。耳栓は必要ないし、その気になれば酷い音は遮断できるから」


 ロスタリアには、限定的ながら音に作用する魔術が存在している。

 ミスティアはそれが得意でないし、そもそも研究も大して進んではいない。

 だが短い時間、一切の音を遮る魔術くらいは使える。


「……そうですか」


 納得はしたのか、ノインがようやく耳栓をつけた。

 アリスと並んで空を見上げている。

 ミスティアもそれにならった。

 すると、巨大な球状だった雷の塊が、わずかに形を崩し始めているのが見えた。


「天の座よ、今一時いまひとときその権能を我が杖に貰い受ける」


 長く詠唱をっていたシドが、最後に再び声を漏らした。

 すると雷球が蠢き、抑え切れぬまばゆい光が幾筋も放たれた。


「地に満ちる合切を蹂躙せよ。……『崩雷ジェノサイド』」


 詠唱を唱えきった瞬間、真昼の空が碧光へきこうに染め上げられる。

 蒼白い光は地の果てまでも照らし尽くした。

 続けて空に浮かぶ蒼い球体がが雷の槍を……いや、槍と言うにはあまりにも大きいか。

 まるで柱のような雷が、視界いっぱいに放出されていく。


「……冗談じゃないですよ」


 じりじりと焼くような雷の擦れるような音が響く中。

 呆れ返ったようなアリスの呟きがかすかに聞こえた。


 上空から降下する雷の柱は、近づくにつれて視覚的な速さを増していく。

 地表付近に到達する頃には目にも止まらぬ速度で地に叩きつけられる。


 やがて最初の柱が着弾し、爆ぜるような音を鳴らした。

 そしてそれ以降は、連鎖するように何度も轟音が響く。

 圧倒的な、まるで神の御業のような規模の大魔術が容赦なく魔獣を襲う。


「…………」


 着弾した雷が青い光を爆発させ、秘める熱量を解き放つ。

 そんな凄まじい破壊の雨が隙間なく地表を焼き尽くしていった。

 恐らく魔獣を一体とて逃がすことはないだろう。

 絶え間なく、四方八方から爆発音が響く。


 そんな圧倒的な破壊に目を奪われるアリスたちをよそに、ミスティアはシドに視線を移す。


「…………」


 すると彼は平然とした表情で杖を握っている。

 だがこれはそう見えるだけで、実際は違うことをミスティアは知っていた。


「……大丈夫ですか、シド様」


 耳栓をしているアリスには聞こえないだろう。

 それでも潜めた声でシドに尋ねる。

 すると、彼はかすかに冷や汗を滲ませた顔をこちらに向けた。

 鬱陶しげな視線を返してくる。


「黙ってろ」


 彼は意地悪だし自分勝手だが、少なくともミスティアに対して理不尽なことはしない。

 だからこれはきっと、自分の方が間違ったのだろう。


 理解して、謝ろうとして口を閉じる。


 謝ればきっと、またなにか怒られると気づいたのだ。


「…………」


 だから、それからはただ何も言わず、殲滅の終わりを待っていた。



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