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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
三章・黒炎の騎士
82/250

十一話・ロスタリアの力(1)

 


 ノヴィエに陣地を構えて二日ほど経った。

 ついに掃討作戦を実行するべく、罪科の塔への進軍が始まろうとしていた。

 そして、決行の朝はよく晴れた天気だった。

 積雪はあるものの雪は止まっている。

 このように天候が整ったのもあり、ロスタリアは出陣の判断を下したのかもしれない。


 それはともかく、三万の精鋭は士気も高く、魔術師たちも各々配置についていた。

 当然アッシュもすでに戦場に立っていて、準備は万全にしてある。


 だから、もう後は力を尽くすだけだった。


「『魔物化オルタナティブ』」


 魔物化して、具合を確かめるように剣を振る。

 もう刃に火をつけてあった。


「…………」


 そして見渡した先に見えるのは、ひたすらに魔獣、魔獣、魔獣……。

 塔を背に、視界を埋め尽くすほどの敵が迫っている。

 その全てがアッシュに敵意を向け、襲いかかってきている。


 だがそれも当然だろう。

 アッシュは軍勢のはるか前に、一人で立って歩いているのだから。


「退屈はしないだろうな」


 つぶやきながら、まず正面から斬りかかってきたオークを殺す。

 腹をすれ違いざまに斬り破った。

 さらに後続の敵を斬り殺しながら、合間に『炎杭』を乱射してハーピィを撃墜していく。


 すると、そこで背後から轟音と地鳴りを伴いながらロスタリアの魔術騎兵がやってきた。

 アッシュは彼らに合流して走り始める。

 そして、連携を取りつつ共に魔獣の群れに突っ込んだ。


「…………」


 およそ六百の騎兵が隊列を組み、怒涛の勢いで戦場を駆ける。

 アッシュも手伝っているから、魔獣は手も足も出ていない。

 蹂躙を続けていると、早くも屠殺の様相をていし始めていた。


 だが、このまま押し切れると思うほどアッシュたちも間抜けではない。

 騎兵の体力にも限りがあるし、塔の周りに点在していた全ての群れがやがてこの場に駆けつけるだろう。


 だから、アッシュはまだ本気では戦わない。

 絶えず周囲を観察し続ける。

 そしてこちらは動かず、ただ集まってくる魔獣を狩る。

 対して、騎馬隊は縦横無尽に駆け巡っていた。

 これは、周辺の敵をまとめて引きつけるためだ。


「…………」


 騎馬隊の活躍もあって、かなりの数の魔獣が集まり始めた。

 なのでアッシュは、上空にいるであろうアリスに声をかける。

 例の虫で、声は届くはずだった。


「おい、聞こえるか? どうなっている?」


 確かに問いは彼女に届いた。

 小さな咳払いの後、震える声でアリスが答えた。


「……こっちは寒いです」

「そんなこと聞いてない」


 オークの首を一つ落とし、急襲を仕掛けてきたハーピィを鎖で引きずり下ろす。

 捕らえた敵は、ヒュドラの酸への盾にして使う。

 湯気と共に溶け始めた死体を投げ捨てた。


「…………」


 それから、また魔獣を倒しつつ周囲を見回す。

 だがどうにもよくない。

 騎兵の勢いは落ち始め、魔獣の密度がさらに上がった。

 引いてもいいのかどうか、今がそのタイミングなのかをさっさと知りたかった。


「おい、アリス」

「…………」

「答えろ」

「……集まってきました。撤退してください」


 ようやく返された言葉に、一つため息を吐いて答えた。


「了解。釣り出させてもらう」


 アッシュは、空へ向けて三度『杭』を放つ。

 すると、三隊に分かれていた騎馬隊が見事な動きで一つに纏まる。

 そのまま、落ちていた速度を再び跳ね上げて反転した。

 まるで、一匹の蛇のように整然とした隊列だった。


 遠い背後の陣地へと戻っていく。

 彼らは駆け回り、周辺の魔獣を集めるという任務を果たしたからだ。

 だからもう撤退する


「…………」


 すれ違いざまに騎馬隊の先頭、隊長格らしき男が敬礼を投げかけてきた。

 礼をしたのは、剣を持ったままの右手だった。

 それに目礼で応え、追いすがる魔獣へとアッシュが一人で向き直る。


 次のアッシュの役目は、騎馬隊の撤退を支援することだ。


「…………『魔人化ディストーション』」


 焼け尽きた指で剣を握り直した。

 走り去る騎馬隊を追う魔獣を斬り捨てる。

 そして適度な距離感で、騎兵の背後を守りながら進む。

 大量の魔獣がアッシュたちを追撃してきていた。


 空のアリスに状況を問う。


「敵はどのくらい釣れている?」

「全体の四分の一いればいい方では?」


 それは、少し困る返答だった。

 アッシュたちの任務は、少なくとも三分の一、よければ半分の魔獣を陣地に引き寄せることだった。


 正面からこれだけの魔獣とぶつかれば被害が出る。

 だから、有利な陣地に引き付けるための任務だった。


 そして万全を期して迎撃するのなら、もっと多くの魔獣を引き付けなければならない。

 引きつけた数が少ないと、余った魔獣は勝手に動く。

 そして、いつの間にか大群が陣地の背後に回り込んだりするかもしれない。


 だからアッシュはため息を吐いて答える。


「……ルートを変更する。それから速度も落とす。援護してくれ」

「了解」


 できるだけ多く引き連れて陣地に戻らなければならない。

 だから、誘導のやり直しだ。


「…………」


 かねてから決めていたように二発の杭を空に放つ。

 ルートの変更を騎馬隊に知らせた。

 すると彼らは馬腹を蹴り、反転して進路を変えた。


 大幅に迂回することで、より多くの魔獣の注意を引くのだ。


 しかし速度を落とし、反転したことで追撃は一層苛烈になった。

 アッシュだけでは十全に対応しきれなくなりつつある。


 アリスも竜の閃光で援護するが、それでもまだ状況は厳しい。

 ハーピィの強襲やオークの武器の投擲とうてきによって、いくらかの騎兵が隊列から脱落し始めた。


「『炎杭ファイアステーク』」


 馬が死に、転がり落ちた騎兵の一人を助ける。

 彼に群がるオークをまとめて焼き払った。

 しかしそれ以上は助けず、疾走する隊を追って走り抜ける。


「……………」


 多分、彼は死ぬだろう。

 絶望的な状況だった。

 だが脱落した一人を救うために停滞することはできない。


 それからしばらく進む。

 またアリスに声をかける。


「どのくらい釣れている?」

「半分は」


 声を聞いて、背後を見る。

 彼女は半分と言ったが、言葉通りに半分……二千五百の魔獣がいるわけではないはずだ。

 もしそうならもっと多い。


 しかし、少なくとも半数がこちらに気づき、向かい始めているという意味ではあるのだろう。

 納得したからアッシュは引き上げることにした。


「分かった。ならこのまま帰還する。引き続き援護を頼んだ」


 言いながら、『炎杭』を速射して迫る魔獣の勢いを削る。

 しかしやはり物量の差はどうにもならない。

 アッシュの体を、次々と投擲された武器の刃がかすめる。


「……っ」


 やはり多少の痛みはある。

 が、焼け尽きた皮膚を貫通することはできない。

 軽く息を吸って腹に力を入れ、騎馬隊のためにあえて的になろうかと考えていた。


 すると、不意にアリスの声が聞こえてきた。


「さっき置いて行った人、今死にましたよ」


 下らない嫌がらせだ。

 理解しているから答えることもしなかった。

 だがアリスとは絶対に価値観が合わないと改めて思う。


 それからも押し寄せる魔獣を斬り続けた。

 アッシュと騎馬隊は血みどろになっていく。

 それでも足を止めずに進んでいると、やがて高地に陣を構えた本隊の姿が見えてきた。


「……やっとか」


 思わず息を吐いてつぶやく。


 そのロスタリアの陣は壮観だった。

 地に突き立てられ、風になびく蒼の軍旗には杖の紋章が踊る。

 そして旗のもとに集うのは、軽装の鎧を纏う兵士と杖を手にした魔術師たちだ。


 目的地が見えたからか、騎馬隊は最後とばかりに速度を上げている。

 大きく魔獣を引き離し始めた。

 彼らは特に精鋭中の精鋭だと聞くから、馬に身体強化でもかけているのかもしれない。


 それらを視界に収め、こちらも足を早める。

 そしてアリスへと声をかけた。


「アリス、本陣に着いたらお前は次の手順に移ってくれ」

「あなたは?」

「このまま戦う」

「そうですか」


 無関心な答えが返ってきた。

 すると、アッシュは背中が少しもぞつくのを感じる。

 不快に思って手を伸ばせば、肩にいた蟲が鎧の下に潜り込もうとしていたようだった。

 下らないおふざけだ。


 一つ舌打ちをして足を止める。

 そして蟲を引きずり出し、地面に強く叩きつけた。

 靴の先で念入りに踏み潰しておく。


 常に空にいるからか、アリスはどこか戦闘を舐めているところがある。

 遊びではなかった。


「…………」


 勢い足を止めてしまったが、もうこれ以上下がる必要もないと判断する。

 だから剣を握り直した時、アッシュの頭上を凄まじい物量の魔術が通過した。


 見れば、高地に陣取った魔術師達が掃射を開始したらしい。

 氷の槍、地を舐める雷、見たこともない炎の熱線。

 怒涛のような魔術が集まってきた魔獣を薙ぎ払う。

 さらに次のトラップも準備は済んでいるのが分かる。


 ここにまんまとおびき寄せられた時点で、敵は何もできずに死ぬだろう。


 戦いの手を止めて、本陣からアリスの竜が飛び立つのを見届ける。

 彼女は次の作戦に移行する。

 だから、アッシュも仕事を続ける。

 魔獣の群れへと一人で飛び込んだ。

 これだけいればきっと、休む間もなく気が済むまで殺し尽くせるだろう。


 魔人化の影響でこみ上げる暗い衝動に身を任せ、群がる敵を近寄るそばから焼き斬った。

 そうして殺傷の合間に、高くそびえる罪科の塔を睨みつける。


「…………」


 ここには全体の半分を超える魔獣がいる。

 そしてもう半分は『魔術師』が引き受けたのだ。

 だから、焼き払ってくれなければ困る。


 そんなことを内心で思う。

 あれだけの自信を覗かせたのだから。

 魔王を倒さねばならないのだから。


 すると、やがて地平の果てで鮮烈な青い光が閃いた。

 まばゆい閃光にほんの少しだけ目を向けて、アッシュは小さく、けれど確かに軽い息を漏らす。



 ―――



「どうした、何を考え込んでいる。アリス=シグルム」

「ん」


 唐突にシドから声をかけられる。


 アリスは右手に杖、左手には手製の握ると暖かくなる十字架を握りしめていた。

 そして竜を操って飛んでいるところだった。

 ノインとミスティアとシドを移動させるために。


「別に何も」


 答えつつ、振り返って背後を見る。

 シドがいた。

 使徒だとかいういけすかない子供だ。


 竜の背に退屈そうに腰掛ける彼は、やや落ち着かない様子でこちらを見ている。


「そうか」

「ええ」


 シドは視線をそらした。

 そして『別に何も』と口にしたアリスだが、実は嘘だった。


 ちょっかいを出したら蟲が潰された。

 だから、ちょっとそのことを考えていたのだ。


 まぁ、なにも潰すこともないだろうにと。

 アッシュは基本的にものすごく気が長いタイプなのだが、戦闘中は短気になって良くない。


「うーん」


 けれどそんな風に気にかけるのもなんだかしゃくだった。

 だからアリスは頭を振ってもう忘れてしまう。


 そして、全く関係のないことを話しかける。


「それにしてもこの国の軍隊は強いんですね」


 相手はミスティアだ。

 しかし答えたのはシドだった。


「前を見ろよ。墜落なんてしたら許さないからな」

「大丈夫、見えてますから」


 召喚獣の視界は、すなわちアリスの視界だ。

 だから召喚獣が前を見ていれば、前はちゃんと見えている。


 この、視覚情報が複雑に重なる感覚には最初こそ戸惑った。

 だがすぐに慣れることができた。


 そして、そんなやり取りを交わしていると、ミスティアが先ほどの答えを返す。


「聖教国のことは知らないけど、うちの兵士はみんな『射手』くらいは使えるからね」


 彼女の言葉に、アリスは素直に感嘆した。

 大したものだと本当に思う。


「それはすごい」


 素養のない兵士の『矢』の魔術でも、集団で使えば中位魔獣にすら有効打となるのだ。

 これを全軍の兵士が扱えるのだというのだから、やはりロスタリアの教育水準は高いのだろう。

 なにしろ聖教国の歩兵の飛び道具は、投石か粗悪なクロスボウと相場が決まっている。


 と、考えつつ今度はノインに話しかける。


「ノインちゃんも、少しは魔術を覚えてみてもいいかもしれませんね」

「……はぁ」


 少し困ったような答えが返ってきた。

 すると、またシドが話しかけてくる。

 今度は詰問するような口調だった。


「おい、本当に落ちないんだろうな?」

「……しつこいですね?」


 少し苛立って、アリスは眉をひそめた。

 そして、彼に向き直って言い返した。


「落ちないったら落ちないんですよ。なにが不安なんです?」

「こんな、身体構造で、飛べるわけ、ないんだよ」


 言葉を短く切って語気を強めてきた。

 しかしそれは、頭でっかちの子どもの理屈だ。


 うんざりしたから、何も言わず竜の背を揺らしてみせた。


「お、おまっ……!」

「…………」

「どん!」

「っ! ミスティアお前!」


 アリスが揺らして、続けてミスティアが軽くシドを押した。

 彼はいっそ愉快なほど動揺して、目を見開いて怒る。


 アリスもこれには流石に呆れてしまう。


「……大丈夫なんですかこの人? 使徒とシド間違えてませんか?」


 すると、ノインがおろおろといさめてくる。


「そ、それはちょっと失礼ですよ……」


 しかし、アリスは一つため息を返した。


「誰が咎めると言うのですか」

「お前、覚えておけよ」


 シドはらしくもなく苛立たしげだった。

 アリスは一つ鼻を鳴らし、いい気分でいるとふと気がつく。


「ああ、そろそろですよ」


 つぶやいた言葉で、全員が一斉に視線を動かす。

 そして塔の周辺にたどり着いたことを確認し、彼らはほぼ同時にアリスへと注意を向けてきた。


 だから、求められているであろう言葉を返す。


「降下します」

「やっとか」


 シドが懲り懲りだという様子で首を振る。

 アリスはまた呆れた。

 まさか、魔獣がひしめく地上より、この空のほうが嫌だとでも言うのか。


「下はまだひどい有様ですよ?」


 言いつつ見下ろせば、魔獣が数千もひしめいているのが分かった。

 アリスだって見たことのないほどの大群だ。

 正面から飛び込んだなら、数秒で死ぬと確信できる。


 飛べてよかった、本当にそう思う。

 しかしシドにとっては違うらしい。


「千も百も変わりはない。いいから下ろしてくれ」


 杖を握り直しながら言った。

 その杖は大きく、明らかに子供の手には余る得物だった。

 しかしやはり彼も使徒であり、握る手付きには一切の重さを感じられなかった。


 いかにも、準備万端といった様子で彼がこちらを見つめてくる。


「ノインちゃんたちは準備できました?」


 すると二人も頷く。


「……はい」

「いつでも大丈夫」


 ノインは背の大剣に手をかけ、ミスティアはガントレットに覆われた腕を確かめるように握ってみせる。

 だから小さく頷き、アリスは一つため息を吐いた。

 続けて、下に視線を向けると憂鬱な気分になる。


「…………」


 下りれば死んでもおかしくない、なんてことを考える。

 無理やり連れてこられただけのアリスが、どうしてこんなに体を張らなくてはいけないのか。


 嫌で嫌で降りるのをためらっていると、やがてシドが強い口調で語りかけてくる。


「は、や、く、し、ろ」

「はいはい」


 アリスは腹をくくった。

 なるべく着地点に魔獣がたからないよう、素早く着地するために竜を駆る。

 けれど、どこも魔獣が溢れているから安全に着地することは難しそうだった。

 ハーピィもこちらに気が付き始めている。


 だから振り返ってシドに言葉を投げた。


「援護してもらえます? 軽く薙ぎ払ってください」

「ああ」


 彼はこともなげに頷き、竜の背で膝を立てる。

 そして地上に視線を向ける。


「行きますからね?」


 何も答えないが、確かに了承したらしい。

 杖を構えもぞもぞと口を動かすシドから視線を離す。

 なるべく魔獣が少なそうな地点を目指して高度を下げる。

 やがて爪を立て接地し、地をえぐりながらも停止した。


 だが、シドの援護はない。

 思わず声を上げる。


「あの、シドさん!?」


 一瞬で、五十を超える魔獣が四方八方から飛びかかってくる。

 しかも大量のハーピィに上も取られた。

 ノインたちはすぐに迎え撃つ姿勢を見せる。

 だが敵はもう近くに来ていた。


「……クソガキが」


 小さく毒づく。

 他の人外はともかく、アリスは近寄られれば死んでしまう。

 だから、なにか使える召喚獣はいないかと思考を巡らせた……その時。


「分かってるよ。……『拘束バインド』」


 瞬間、全方位の魔獣が唐突に静止する。

 突如、見えないなにかに縛られたかのように動かなくなる。

 そしてなおも牙をむく魔獣たちに、シドが何も言わず杖を向けた。


「…………」


 無詠唱で魔術が発動する。

 杖の先から眩い雷光が迸った。


 そして凄まじい轟音と衝撃、熱量が刹那で魔獣を焼く。

 形すら視認できない、速くて巨大な閃光が魔獣をまとめて焼き焦がす。


 その一瞬の殺戮の後には、五十もの魔獣がただの焦げ跡と化していた。


「え…………」


 アリスは思わず声を漏らす。

 何が起こったのか分からない。

 『雷槌』の魔術だろうか……なんて考えるけれど、すぐにそれもやめる。


 考えても仕方のないことだった。

 ただ、紛れもなく本物なのだと改めて……いや、初めて思う。


 アリスはどこかで使徒と言う存在を舐めていた。


「さっさとやろうぜ。……ミスティア、君だけ僕についてこい。他は好きにやってくれ」


 どこか眠たげな言葉に、ミスティアが眉をひそめる。


「シド様、お言葉ですけどもっとこう……」

「必要だと判断したらそうする。この程度の群れ、二人でもやれるだろ」


 言いつつ、シドがまた杖を振った。

 魔獣を群れごと灰にした。

 ミスティアはこちらに視線を向けたり、シドを見たり、忙しく迷いながらもやがて肩を落とす。


「でも……まあ……いっか……」


 シドは何も気にせず魔獣を薙ぎ払っていく。

 こちらには一切注意を向けていない。

 本当に、アリスたちを相手にする気がないようだ。


 一つため息を吐き、ならばこちらもと拒絶の言葉を投げかける。


「いいですよ、別に。そもそも、この中に指揮できそうな人間なんていませんし」


 アリスが言うと、シドはふらりと歩き始める。

 それを慌てたようにミスティアが追った。

 しかし居場所をなくしたノインが、あたふたと周りを見渡す。


 そういえば、彼女にはいつもアッシュが声をかけていたのだった。

 今はアリスがその代わりをしなければならないだろう。


「……できるかな?」


 ひとりごとをつぶやく。

 竜を羽ばたかせながら、ノインの背に蟲の影を這わせておいた。


 その上で、なるべく明るく話しかける。


「聞こえますか? こちらアリス、どうぞ」


 おどけて言うと、下に見えるノインが見上げてきた。


「……アリス様」


 露骨にほっとしたような声に、流石に苦笑してしまう。


「あなた騎士でしょう? しっかりなさい」

「ええ、すみません」


 すると、彼女は確かに気を取り直したようだ。

 だから竜に軽く撃たせてノインを援護する。


「こちらで支援します。あちらが好きにやるなら、我々もそうしましょう」

「……本当にそれで大丈夫なんでしょうか?」

「さぁ? どうでしょうね」


 魔王を倒せるかどうかはアリスの知ったところではなかった。

 勝てれば良し、もし負けるなら逃げればいいだけだ。


 首輪があっても逃げられる算段がアリスにはある。

 だって負けるなら、まず真っ先にアッシュが死ぬだろうから。

 力量の問題ではなく死にたがりだから。

 戦況が悪くなれば、最初に死ぬのは彼だ。


 そして、アッシュが死ねばアリスは自由の身。

 逃げ出すことができる。

 逃げられるなら、勝てるかなんてどっちでもいい。


 それに。


「少なくとも、ここは乗り切れます。それは間違いありません」


 この魔獣の群れは、きっとシドが殲滅してくれる。

 だから、ひとまずここでは死なない。

 今日はそれで十分だった。


 しかしノインはやはり不安そうにつぶやく。


「……そうでしょうか」

「ええ」


 迷いなく答えを重ねた。

 だって眼下に立つシドは、この上ない猛威をもって魔獣を薙ぎ払っているから。


 こうして実際に見ると、分断や囮など不要な小細工であったとしか思えないような気がする。

 というか本当に、アリスたちは必要なかったのかもしれない。


 そんなことを考えながら、最後にノインへと声をかける。


「まぁ、こちらは休んで、ゆっくりお手並みを拝見しましょう。腕を振るう機会なら、これから先もありますよ」


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