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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
二章・腐肉の天使
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二十九話・最後の夜

 

「誰ですか、こんな夜更けに」


 ノインはアッシュが言い置いた通り、アリスの部屋を訪れていた。

 時間が時間なので控えめに何度かノックした。

 すると、起きていたのかそうでないのかよく分からない、でもそれなりにはっきりした声が返ってきた。


 だから用件を告げる。


「アッシュ様が、アリス様の部屋に行けと」

「アッシュさんが? へぇ、そうですか」


 どうやら彼女は部屋に鍵をかけていたようで、解錠される音がして扉が開く。


「どうもこんばんは、ノインちゃん。私は楽しい夢を見ていた気がしますよ」


 そう言ってカンテラを持って出てきたアリスは、ノインの服のすそを引いて部屋へと招き入れた。


「まぁ、立ち話もなんですし。中で楽にしたらいいです」

「……ありがとうございます」


 カンテラが、ベッドのそばの小さな物入れのそばに置かれる。

 ノインはその、普通のものよりも明るい魔道具のカンテラの光に目を細めた。

 それからアリスの部屋を見回してみる。


 まず部屋の中には、客人用の柔らかなベッドが一つ。

 備え付けの机の上には本が一冊広げられていて、その傍らにはごみごみとしたガラクタとなにかの瓶が転がっている。

 それから物を収納するクローゼットは固く閉じられていて、中までは伺えない。


「どうかしました? 座らないんですか?」


 アリスの方に向き直ると、彼女は杖を抱いてベッドに潜り込んでいた。

 ノインの目の前には、いつの間にか座り心地の良さそうな椅子が現れていた。


「失礼します」

「はい、どうぞ。私はちょっと寒いのでベッドに失礼しますよ。私はそもそもが南の人間ですからね。残念ながら寒さに適応できないんです。ふふふ……」


 言いつつ柔らかに微笑んで、アリスはぬくぬくと毛布を顎まで引き上げる。

 幸せそうな顔をしていた。


「それで、何か用ですか? ノインちゃん」


 ノインは椅子に腰掛けてから答える。


「アッシュ様が、アリス様の部屋にいろと」

「どうしてですか?」

「分かりませんが、多分アッシュ様は何かと戦いに行ったんだと思います」

「……我々を置いて、ですか」

「はい」


 ノインが頷くと、ベッドの中でアリスが鼻を鳴らした。

 つまらなそうな様子だった。


「なるほど。……でもまぁ、いいでしょう」

「いいんですか?」


 もしかするとアリスは追いかけるかもしれないと、そう思っていたから思わず聞き返す。

 すると、アリスの方は冷淡に答えた。


「私と彼は別に仲良しじゃないので。協力はする約束ですが、わざわざ置いて行ったのを追いかけるような義理はありません。それに、なんならいっそ死んでくれた方が都合がいいんです」

「…………?」


 こうして話してみると、アリスという人間はどうにも掴みどころがない人物だった。

 旅路の中でノインは優しい一面ばかりを見てきたが、今こうして話している彼女は、本気でアッシュの死を願っているようにも見えた。


 その落差に戸惑っていると、冷淡から一転……軽く息を漏らして彼女が言葉を継いだ。


「ところであなた。転生のあれ、受けちゃうんですよね?」


 おもむろに投げられた問いに、ノインは言葉を詰まらせる。


 受ける、つもりではあった。

 ノインは二度、いや、もしかすると三度ツヴァイを、仲間たちを見殺しにした。

 そんな自分に生きている資格なんてない。

 彼らがそうしたように、贖罪のため命を投げ出すべきだと思う。


 けれど改めて正面から問われると、やはり消えてしまうことへの恐怖がわずかに言葉をつかえさせた。


「受け、ます」


 それでもなんとか答えを絞り出す。

 するとアリスはまた頷いて、静かな声で言葉を返した。


「まぁ、あなたが決めたことなら仕方ありません。私は反対ですけどね」


 なんと答えるべきか分からなくなって俯く。

 そんな様子に気を遣った訳でもないだろうが、彼女はそこでまた話題を変えた。


「そういえば、アッシュさんが倒しに行ったとかいう敵のことですけど。多分あなたのお友達の人ですよね」

「……はい、多分」


 薄々、気が付いてはいた。

 そしてアッシュはきっと彼らを殺すだろうし、ノインはそれを見て見ぬフリをするのだ。


 彼らはこんな自分を救うためにあんなにも手を尽くしたというのに、ノインはやはり彼らを裏切る。

 一緒に行くことは、もうできないからだ。


 しかしアリスが問いかけてくる。


「あなた、会いに行かないんですか?」

「行ってどうしろと言うのですか」


 もう引き返すことはできない。

 神に許してもらうためと、そう言ってツヴァイたちが死んだ日からそうだ。


 彼らは蘇ったけれど、それは偽りの命でしかない。

 ツヴァイたちにだけ取り返しのつかない犠牲を払わせておいて、今さら贖罪から逃げることなんてできない。


 弱い自分がその邪魔になるというのなら躊躇いなく消し去ってみせるべきだ。

 今さら全てをやり直せるだなんて、そんなことを考えるべきではなかった。


 アリスは困った顔をする。


「どうしろ、ですか。そう言われると困りますが、彼らはあなたを救いたくて来てる訳ですよね」

「あたしはそんなこと、望んでいません」

「なるほど」


 こくこくと頷いて、それから彼女は続ける。


「しかしあなた、彼らがどうしてあなたに消えてほしくないと思っているのか、理解していますか?」


 ノインは再三黙り込んだ。

 そういえばノインにはそれが分からない。


 ツヴァイはノインやアハトに比べれば信仰心は薄かった。

 けれど、それでも確かに神を信じてはいたのだ。

 そのために、ノインの目の前で命さえ捨ててみせたのだ。


 それが何故、今さらノインの贖罪を否定するのか。


「……分かりません」

「なら、少し話してみてはいかかでしょう? 彼らにまだ言葉が通じるかは怪しいですが、そこは私ならどうとでもできます。……それになにより彼らもあなたも今夜が最後。もう機会はないんですし」


 その時、月明かりが差し込む窓の外。

 かすかに轟くような音が響いて、遠くの景色が小さく光った。


 それに気がついたらしく、窓に視線をやってアリスが言う。


「この分ではまだ、間に合いそうですよ。もしあなたが望むのなら、連れて行きます」

「…………」

「それにあなたにだって、言いたいことはあるでしょう?」


 その通りだった。


 先に行ったくせに。

 望んでないのに、ノインのためと言って殉教者隊を大勢殺した。

 その自分勝手に、こっちだって言いたいことはあった。


 ……これが、最後なら。

 ちゃんと話ができるのなら。

 ノインが消えて、彼らが死んで、もう二度と話せなくなるのならば。


 そんなことを考えていると、結論を出すよりも先に言葉は出ていた。


「……あの、お願いします、あたしを……彼らの元に連れて行ってください」


 逡巡しゅんじゅんの末ノインが言うと、アリスは微笑んでベッドから身を起こす。


「はい、お任せください」



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