二十七話・戦の後
修道院への道は死屍累々だった。
殉教者隊の死体、魔獣の死体。
それらの死に方は様々だが、どれも変わらず凄惨なことには違いない。
「…………」
何も言わずに、時々死体を片付ける殉教者隊へ視線を向けたりしながらアリスがついてくる。
「…………」
アッシュも特に話しかけることはせず、ただ修道院に向けて足を進めていた。
そしてそのまま歩き続けて、やがてひしゃげた門をくぐる。
修道院の敷地へと足を踏み入れる。
「どうしますか?」
死体を踏みつけない程度の良識はあるのか、黒ローブの骸をまたぎつつアリスが尋ねてくる。
アッシュは遠慮なくデュラハンの死体を踏みつけて、それに答えた。
「マクシミリアに会いに行こう」
「そうですね」
アリスと言葉を交わして、開いたままの木の扉から修道院の中に入った。
「…………」
点々と配置された燭台が修道院の中を照らしていた。
それにより、まばらに転がる死体がぼんやりと照らし出される。
その死体の切り口は独特な刃の振りを伺わせて、すぐに鎌によるものだと分かった。
「マクシミリア様死んでやしませんかね」
どちらでも良さそうに口にするアリスに、アッシュは頭をかく。
「生きているだろうな」
ああいう男はしぶとい。
別れた時には怯えてるようには見えたが、いざとなれば狡猾な手段を使って生き延びる。
まして相手がツヴァイのような人間が相手ならなおさらだ。
それに魔獣どもが止まってることからして、ツヴァイに何かあったということは間違いがないだろう。
「修道院長の部屋は石塔の頂上で間違いなかったか?」
「そうですね」
「ありがとう」
アッシュは滞在中もあまり修道院に居着かなかった。
なので地理には疎い。
だが、転がる死体を辿れば目的地に向かうのも難しくはなさそうだった。
途中、仲間の死体をどこかへ運ぶ黒ローブとすれ違ったりしながら進む。
そして段々と死体は少なくなり、代わりに血痕が点々と見られるようになった。
石塔を登り、やがて頂上までたどり着く。
派手に壊された入り口と壁から戦闘があったことを悟る。
ノックするドアもないので、許可も得ずに部屋に足を踏み入れた。
「…………」
部屋の中にいたのは、マクシミリアといくらかの黒ローブだけだった。
「マクシミリア、ツヴァイは?」
マクシミリアに声をかけると、部屋の奥の机に腰掛けていた彼は席を立つ。
そしてアッシュの方へと歩み寄りながら口を開いた。
「これは勇者様。……ええ。なんとか倒しましたよ」
「そうか。ところで……ノインは?」
アッシュが重ねて問うと、彼は苦笑する。
それから一拍置いて疑問に答えた。
「ノインはどこかに飛び出して行きました。制止する間も、ありませんでした」
「行き先にどこか心当たりは?」
アッシュは尋ねた。
少し考えるような間のあと、答えが返ってくる。
「……自室、でしょうか」
「分かった。助かる」
それだけ言って背を向けた。
部屋の場所は分からないが、アリスの案内で向かえばいいだろう。
「どこへ行かれるのですか?」
今度はマクシミリアがアッシュに質問をした。
ごく短く、それに答える。
「見てくるつもりだ」
首だけで振り向いて伝えると、彼は肩をすくめた。
「そうですか」
いくら戦力が足りなかったとは言っても、こうなるように仕向けたアッシュには何か言う資格はない。
だから声をかける気はなかった。
しかし暴走したゼクス、あるいはアハトの行方も知れない今、一人にするべきではないと思っていた。
魔獣に成り下がった彼らに、それでもノインは剣を向けられない可能性があったから。
とりあえず、アリスに声をかけてこの場を立ち去る。
「行こう」
「ええ。……失礼いたします、マクシミリア様」
一つ丁寧に礼をして、彼女も踵を返す。
それから二人何も言わず、登った石塔を引き返していく。
―――
ノインの部屋は修道院の北、日当たりの悪そうな片隅にひっそりとあった。
「ノインちゃん、いますか?」
呼びかけつつ、アリスが薄い木のドアを叩く。
だが返事はない。
「いないんですかね?」
振り向いて、彼女は困ったように首を傾げる。
アッシュは首を横に振って、とりあえず休むように伝えた。
「お前も疲れただろう。封印は明日でいいから、もう部屋に戻って休むといい」
「……? 分かりました。まぁ、お言葉に甘えましょう。おやすみなさい」
釈然としない様子を覗かせながらも立ち去る。
去っていく背中を見送って、アッシュは部屋のドアの脇の壁にもたれて座り込む。
声をかける資格などないので何も言わない。
しかし、それでも見張りは必要だった。
「…………」
それから、どれほど時が経っただろうか。
いつもアッシュはただ夜明けを待つだけなので、時間はそれほど意識しない。
だがそれなりに時間が過ぎたように感じたその頃。
部屋の中から、消え入りそうな声が聞こえてきた。
「アッシュ様。……あたしはやはり、転生の魔術をかけてもらおうと思います」
突然声をかけられ、また内容が内容だったので答えあぐねる。
しかしどこかそんな予感がしていたこともあり、少し間を置いて答えることはできた。
「そうか」
「強くなることはできません。……あたしには無理だったんです」
扉の向こうで、もしかするとノインは泣いているのかもしれない。
だがアッシュには彼女を慰めることなどできない。
そんな資格はない。
「すみません」
ここで気にしなくていい、などと言うのは余りにおかしな話だった。
こうなるように追い込んでしまったのはアッシュだ。
この手でツヴァイの死を見せて、彼女の心を折ってしまったのだ。
結局返す言葉を見つけられなかったから、その謝罪に沈黙を返した。
「…………」
それを最後に、ノインはもう何も言わなくなる。
アッシュも言いたいことはなかった。
でも、ドアの前に居座っていることを気にかけているかもしれなかったから一言だけかけておく。
「俺のことは、気にする必要はない。いるとも思わなくていい」
その言葉に返事はなかった。
ただ燭台に照らされた薄暗い夜の中、涙に湿った息だけがかすかに漏れ聞こえていた。




