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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
二章・腐肉の天使
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二十話・昔話

 


 アッシュたちは、ひとまず先日まで泊まっていた廃教会で夜を明かすことにした。

 とにかく疲労が酷かったので食事もそこそこに切り上げた。

 今は体を休め、焚き火を囲んでぼんやりとしている。


「君たち、そろそろ寝たらどうだ?」


 丸太に腰掛けて、拾ってきた剣を検分しながらアッシュは口にする。

 剣は『不壊』のルーンによって、あの激戦でも折れずにいてくれたようだった。


「ええ……」


 ここにきて、どっと疲れが出たらしいアリスが気だるそうに答えた。

 魔力がもうないのだ。

 ため息を吐いて、彼女はつぶやく。


「魔石でも食べたら、少しはマシになりますかね……」

「多分ならないな」

「はぁ……」


 どっこらせ……などと、どこかとぼけた声を漏らして彼女は腰を上げる。


「限界なので、寝ますね。……明日は寝坊しますよ」

「ああ」


 自分に必要なくなったからといって、休息の必要性を忘れた訳ではない。

 だからアッシュは、本当にそのつもりでそう答えた。

 昼前でも、明日の夜でも、好きな時間に起きればいい。


 一応、軽く挨拶だけ交わしておく。


「おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 杖を引きずるようにして地下室へと引き上げていった。

 アリスを見送って、それからノインへと視線を向ける。


「君は寝ないのか?」


 そんなことを聞きながら、アッシュは剣を鞘に収める。

 特に問題はなさそうだった。

 すると、上の空といった様子でノインは答えた。


「……はい。そろそろ、寝ます」


 とは言うものの、いつまでも腰を上げようとはしない。

 きっとツヴァイ、それに転生のことが気にかかっているのだろう。

 だが、アッシュはなにか言うつもりはなかった。


 何故ならそれは、とても無責任なことだったから。

 間違った罪のもとで戦わせることを望んでおきながら、今さら綺麗事を吐くなど論外だった。

 それにもし、転生が行われれば彼女の離脱はありえなくなる。

 止める理由などない。


「…………」


 だから無言で焚き火を見つめていると、ノインが消え入りそうな声で呟いた。


「ゼクスは……きれいな女の人でした」

「…………?」


 アッシュは顔を上げて、焚き火の対面に座るノインに目をやる。


「元々悪い教団にいた、暗殺者だったですが、捕まって、実験体になったのだとか」

「そうか」


 アッシュが答えると、ノインは俯いたまま言葉を重ねる。


「実験の失敗でおばあさんのようになりましたが、昔はとてもきれいで、あたしの髪に服を裂いて作ったリボンをつけてくれたんです」


 言って、ノインは今も髪に結ばれているリボンにそっと触れる。

 くたびれた黒いリボンは、元はあのボロのものだったのか。


「アハトは、あたしよりも小さな子供でした。親が異端者で、だから修道院に入ることになりました。何度も何度も傷つけられて、再生し続けたのでああなりました。でも、とても頭のいい子でした」

「例えるなら、弟のようなものか?」


 アッシュが尋ねると、ノインは頷く。


「ええ、そうですね。あたしと彼とツヴァイで……三人でいることが多かったです」

「そうか」

「それからツヴァイは……」


 そう言って、ノインは少し考えるような間を取った。

 ため息を吐いて、続ける。


「ツヴァイは……変わった人でした。物知りで、色んなお話をしてくれました。初めは手で話すのですが、いつの間にか声を出して、でも、誰もそれに気が付かないほど、聞き入ってしまうのです」


 きっと大切な思い出なのだろう。

 たどたどしく語る言葉を聞いていると、なぜだか温かい情景が目に浮かぶような気がした。

 しかし、その想像を消して、感情を込めずに言葉を返す。


「ああ」


 ノインは俯いていた。

 俯いたまま言葉を続ける。


「彼はだめな人で、あまり神様のことは信じていませんでしたが、それでもあたしにとっては友だちでした」

「そうか」


 しばらく沈黙が続いた。

 なにかの覚悟を決めようとしているような、そんな気配を感じる深い息が何度か聞こえた。


「あの……アッシュ様」


 やがて、震える声で問いかけてくる。


「彼らは本当に……まだ生きているのですか?」


 その問いに、アッシュはなんと答えたものか迷う。

 正直に言うと、死んでいる。

 魔獣たちがすでに屍であることを見て取ったのと同じだ。

 彼らもまた屍であることに気がついていた。

 けれどそれを言わなかったのは、自分でも何故なのかはよく分からない。

 ただなんとなく嫌だと思ったのだった。


 だが、聞かれてしまった以上は答える。


「生きてはいない。……ツヴァイに……いや、ツヴァイも禁術で、動かされているだけだ」


 恐らく彼女は、ツヴァイに刻まれた禁字を知っている。

 それで、アハトはともかくゼクスまでも声を発しなかったのを怪しんだのだろう。

 仲が良かったと言うのならなおさらだ。

 そして、アッシュが魔獣がすでに死体であることを見抜いたからこうして聞いてきたのだ。


「…………」


 真実を告げられると、ノインは深い深いため息を吐いた。


「そう、ですか」

「…………」

「なんとなくそんな気はしていましたが……。でもそうなら、なおさらあたしが罪を償うために、頑張らないといけませんね」


 だって、もう彼らは死んでいるから。

 死んだのに現世を迷っているだけだから。

 ならば実験体の仲間の魂が消え去る時に、正しい導きを得られるように、早く罪を償わなくてはならない。


 そう、彼女が考えているのがよくわかった。


「…………」


 ノインは俯いたままズボンの上で拳を握る。

 まるで震えを堪えるように握って、濡れそぼった声でぽつりと呟いた。


「すみません、もう少しここにいても構いませんか?」

「好きにするといい」


 それだけ答えて、座っている体から力を抜く。

 楽にすることにした。

 眠れはしないが、アッシュだって疲れているのだ。


 今日は本当に、酷い一日だったから。



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