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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
二章・腐肉の天使
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十三話・眷属獣

 


 禁忌領域の更に奥へ。

 滅びた街を訪ねた後も、アッシュたちは進み続けていた。

 そして、ついに主門のすぐそばの街にまでたどり着いた。


 この街は、アリスが召喚獣を飛ばせばすぐに主門が確認できるほどの位置にある。

 恐らくは瞬く間に滅ぼされたのであろう。

 なにもかもが瓦礫に帰して酷い有様だった。

 そしてアッシュたちは、そんな街の崩れた石造りの教会で一夜を過ごした。


 避難する間もなかったのか、寝床にした地下室には死体一つなくきれいなものだった。

 そして一夜明けて早朝の今は、瓦礫の礼拝堂の長椅子で思い思いに腰掛けていた。


 アリスが問いかけてくる。

 眠いのか、彼女は聞いた後に伸びをして目を擦る。


「仕掛けないんですか?」

「ああ」


 まだ仕掛けないと答えた。

 やることは多かった。


「作戦会議と、それから準備だ。眷属は強い。手間をかけて殺す」

「それは分かりますが……。でもこんなのんびりしていていいんですかね?」

「大丈夫だろう、多分」


 魔獣たちも、もはやこのあたりに人はいないと分かっている。

 他の地域に移動するばかりで、街に来て狩り出すような真似はあまりしない。

 魔獣の数こそ桁違いだが、街に隠れていれば見つかるようなことは恐らくないだろう。


 だから堂々と作戦会議を始めることにする。

 そのために崩れた礼拝堂の中の、比較的形を留めている机を指差した。

 倒れてはいるがまだ使えそうだ。


「少し集まろう。あの机でいいだろう」

「倒れてますが」


 アリスが言う。

 ノインが立ち上がった。


「あたしが立ててきます」


 彼女は早歩きで、乱暴に倒された机を立てに行った。


「すまない」


 ノインの背を追って、アッシュたちは移動する。

 机を抱えて立てたノインは、近くで転がっていた小さな木の丸椅子にも手を伸ばす。

 アッシュたちも、それぞれ自分が座る椅子を持ってきて腰掛ける。


「作戦会議って何やるんですか?」

「そうだな。まずはお互いの能力を正確に把握しておこう」


 特にノインに対しては、力の出どころにつながる話はしないようにしてきた。

 しかし眷属に挑むのならばそうは言っていられない。

 この辺りで、何ができるかだけでも聞いておく必要があるだろう。


「…………」


 無言で、隣に座るアリスの方を見つめる。

 技能について語れと目で伝えた。

 すると彼女は自分を指さして、小さく頷きながら話し始める。


「私はこの通り、召喚獣という不思議生物を操れます」


 そんな言葉と共に、無詠唱の召喚でいつものヒトガタが現れる。

 テーブルの側に立ってゆらゆらと揺れていた。


「狼やら巨人やら猫やらも出せますが、基本的には竜ですね。強いですから、他はいらないんです。……あ、でも私自身は弱いので守ってもらわないと死んじゃいます」


 一息に語って、彼女はアッシュを指さしてくる。


「……これくらいですかね? じゃあ次お願いします」


 アッシュは頷いた。

 何を話すかを考えて、口を開く。


「ノイン、君は魔物を知っているか?」


 まず、対面に座る彼女にそれを確認する。

 すると小さく頷いた。


「知ってはいます」


 頷いて、言葉も返ってきた。

 もう彼女は普通に会話できるようになっていた。

 努力して、刷り込まれたものを克服しつつあった。


 そんなことを思いながら、アッシュは言葉を続ける。


「分かった。君がどこまで俺について聞かされているのかは分からないが、俺の半分は人間ではなく魔物だ」


 ノインの反応からは、何も読み取れなかった。

 ただ黙ってアッシュの話を聞いていた。


「魔物の力を引き出せば強くなる。今はできないが、一時的に物を作れるようにもなる。一応制限はあるが、壁や剣……大抵のものは作れるつもりだ」


 見たことはないだろうから、今はできないがと前置きした。

 するとアリスがへらへら笑って混ぜ返す。


「まぁ、全部恥ずかしい妄想なんですけどね」

「黙れ」


 力について、召喚獣のように実演できないからそう言ったのだろう。

 しかしノインが混乱すると思ったから、ブーツで隣のアリスの椅子を軽く蹴る。

 真面目な話をしているのだ。

 しかし舌を出した彼女には、悪びれた様子もなかった。


「ノイン、君の能力についても教えてくれ」

「…………」


 そう言うと、ノインは少し考えるような間を置いてから口を開いた。


「あたしの身体には三つの禁術のルーンが刻まれています」


 禁術は三つ。

 効果を知るために、彼女の口からの説明を待つ。


「まず、『厭わぬ者(バーサーカー)』が、反動と魔力を引き換えに力を高めてくれます」


 口に出した一つ目、『厭わぬ者』は身体能力を強化する効果を持つ。

 しかし、その代償が過大な魔力の消費と肉体の崩壊だ。


 言葉が続けられる。


「『朽ちぬ者(リジェネレーター)』は沢山魔力を使いますが、傷を塞いでくれます」


 これは聞いた通りだ。

 大量の魔力消費を代償に、あらゆる傷を塞ぐ禁術だ。

 しかしあまりに消費が多く、下らない怪我でも治す前に魔力切れで死にかけてしまう。

 だから使われない。


 最後に、彼女は三つ目のルーンについて語った。


「それから、『穢す者(ディファイラー)』はあまり魔力を使いませんが、血を操ります。ご存知の通り、教会では血を操る術は禁忌と見なされていますから……」


 三つ目のルーンは、特には代償のない魔術だった。

 しかし宗教的倫理に背くために使用を禁じられている。

 そしておそらくこれは、性能の向上よりは『朽ちぬ者』の補助のために刻印されたルーンだろう。

 いくら傷が治ると言っても、失血死しては意味がない。


 それから全てのルーンに語った上で、まだノインは話を続けた。


「あとは、魔力を込めればそれぞれの禁術の効果を高められますが……詠唱を知らないので細かくコントロールはできません」


 これは、アッシュにもよく分かる問題だった。

 こちらは『貪る者』だが、刻印されたルーンは身体の機能のように、意志によって感覚的に扱える。

 しかし一方で、普通に使う魔術のように細かく制御できないのだ。

 どうしても曖昧な制度でしか使えない。

 アッシュは詠唱を知ることでそれを補ったが、魔術の訓練を受けているように見えないノインには難しいだろう。


 そしてそこで、ふと気になってアッシュは問いを投げる。


「反動の、痛みは感じないのか?」


 説明を聞いた通り、『厭わぬ者』の副作用はその反動、つまり肉体の崩壊だ。

 傷は『朽ちぬ者』でカバーできたとしても、痛みはどうしようもない。

 よく戦えるものだとアッシュは思う。

 その問いにノインは答える。


「あたしの痛覚は潰してあります。痛みを感じることはありません」

「……そうか」


 痛覚を潰す、という行為が何を指すのかは分からない。

 だが、どうせろくでもないことだというのは伝わってくる。

 なのでもう聞かなかった。

 すると、一度に多くを話して疲れたのか、ノインは小さくため息を吐いた。


「…………」


 なんだか申し訳なくなってきたが、アッシュはかねてから気になっていたことを質問する。


「君は、魔力をどうやって賄っている? 禁術三つは……人間の魔力では無理だ」


『穢す者』の消費はかなり少ないとはいえ、他二つは掛け値なしの消費量だと聞く。

 アッシュほど魔力があるのならともかく、ただの人間がそれを常用するなど不可能だ。


「…………」 


 その言葉に、ノインは黙って服をたくし上げる。

 そして露わになった痩せた腹部には、いくつもの丸い金属片が埋め込まれていた。

 アッシュは、それには見覚えがあった。

 それは人を魔物にする装置……に限りなく似たなにかだった。


「それは……」


 目を見開くと、何を思ってかノインは頷いた。


「これは外から沢山の魔力を取り込むための道具です。この道具で取り込んだ魔力を消費して、あたしは禁術を使っています」


 魔物とは、魔力に溺れた生物の成れの果てである。

 しかし、元々保有する魔力が多い人間は外から取り込む微量な魔力など誤差として処理できる。

 よって魔物になるケースはほとんどない。


 だが、取り込む魔力が爆発的に増えれば別だ。

 あの金属片には、外界の魔力を活発に取り込む作用がある。

 それにより人でさえも魔力に溺れさせ、いつしか魔物にしてしまう装置だ。


 話を聞いた限り、今は限りない魔力を得るための道具として扱われているのだろう。

 もちろんそれに沿った調整も行われているはずだ。

 だが、それにしても余りに危険だった。


 あんなものをつけていては、いつ魔物化してもおかしくはない。


「君、それは……安全なのか?」


 安全であるわけがない、と思いながらも聞く。

 答えが返ってくる。


「分かりません」


 当然のようにそう答える。

 しかしこれが一番自然な答えだった。

 人間にそんなことをする者たちは、わざわざなにかを説明したりはしない。


 ノインは俯いて言葉を続ける。


三番(ドライ)七番(ジーベン)はすぐに魔物になって処分されました。六番(ゼクス)は、何故かお婆さんのような姿になりました。あたしも、もしかするとそうなるかもしれません」

「…………」

「でも、少なくとも今は戦えます。……だから、どうぞ気にせず使ってください」


 無感情にそう言って、ノインは深々と頭を下げる。

 それになんと答えるべきか迷うが、とりあえず了解の言葉を返す。


「……分かった。教えてくれて助かった。ありがとう」

「いえ」


 それからアッシュはアリスの方へ向き直る。

 禁忌領域に赴くにあたって、渡されていた資料を出すように頼んだ。


「ここの眷属獣についての証言をまとめたものがあっただろう。出してくれ」

「……ええ」


 ノインの話を聞いたからか、アリスは浮かない顔になっていた。

 しかしそれでもアッシュの頼みは聞き入れてくれた。


「これですね。最初の襲撃を生き延びたという、数少ない人たちの証言です。有効に使いましょう」


 アリスが取り出したのは一本の木筒だった。


 間違ってもなくすことのないようにか、厳重に封がされている。

 彼女はそれを開けようとして、諦めてアッシュに渡す。


 しかしアッシュはそれを、迷いなくへし折って紙を取り出した。

 これは蓋が蝋で固められてあるから、開けることはできないのだ。


 そして筒の破片はそのあたりに捨てて、出てきた一枚の紙を机に広げる。


「これが眷属獣だな」


 資料に描かれていたのは、黒い、どこかずんぐりとした毒虫の体だ。

 そしてその毒虫に、神々しい鎧を纏う九人の女騎士の上半身が無秩序に生えている。

 それからこの女騎士たちはそれぞれ違う武器を持っていて、自律して動いて攻撃もしてくるらしい。

 騎士と芋虫をこね合わせた、いつも通りの悪趣味で醜悪な姿の魔獣だ。


「…………」


 ノインが心なしか身を乗り出して紙を見ようとしていた。

 だから、アッシュは紙の向きを変えて彼女の前に差し出した。

 すると軽く頭を下げて紙を覗き込む。

 芋虫の姿をしげしげと見つめたあと、彼女は首を傾げた。


「……これは、なんと書いてあるのでしょうか?」


 眷属獣の絵の下には、特徴を書き連ねた文字がある。

 それはノインには読めないようだった。


「ああ」


 だからアッシュは紙を手元に戻して、その内容を読んで伝えた。


「眷属獣【ヴァルキュリア】は転移能力を駆使する、と」

「転移能力?」


 不思議そうに聞き返してきたアリスに頷く。


「平たく言えば瞬間移動、とでも言ったところか。城壁を通り抜けて移動し、街を蹂躙したという証言が複数残されている」


 魔王から直接加護を受け、主門を守る使命を負った眷属獣とはいえだ。

 主門出現地点の周囲に脅威……たとえば人里などがあった場合、排除するまでは積極的に侵攻を行うことが確認されている。

 恐らく、これはその侵攻の際の証言だろう。


「それから過去の眷属獣同様魔獣を統率する権限を持っているらしい。腐るほど魔獣を引き連れて指揮するそうだ」


 追加の情報も伝える。

 眷属獣は魔王の代行であり、上位魔獣でさえ命令に従うのだという話だ。


 すると不安げにノインがつぶやく。


「……やっぱり、強いのでしょうか」


 また頷く。

 間違いなく、眷属は強い。


「この眷属とは別個体だが、眷属獣とは戦ったことがある」


 するとアリスが顔を上げた。

 驚いたのだろう。


「ええ、どうだったんですか?」

「負けた。生き延びるのでやっとだった。一歩間違えれば死んでいた」


 興味深そうに聞いてきた彼女に答える。

 するとため息を吐いて黙り込んだ。

 だから、アッシュは戦闘能力についての話を続ける。


「眷属は闇の魔法を使う。魔王と眷属しか使えない魔法だ。それに、身体能力も尋常じゃない。一対一なら勝てないだろう」

「三人なら勝てますか、それ……」


 死にたくないのだろう。

 おそるおそる、といった様子でアリスがそんな問いを投げてきた。

 アッシュは少し考えたあと答える。


「恐らくは勝てる。だが眷属は魔獣を率いる。そう簡単に数の上で優位は取れない」

「なら、どうするというのですか」

「分断して群れを撃破する。俺が眷属を引きつけよう」

「できるんですか?」


 彼女は、あからさまな疑いの目を向けてくる。

 それにため息を吐いて言葉を返した。


「やるしかない。獣相手ならいくらでもやりようはある」

「言いますね」


 顎に手を当てて唸るアリスに、アッシュは言い足して席を立った。


「もちろん、準備は必要だ。……朝食をとったらすぐに始めよう」


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