十二話・ある少年の旅路
夜の中、廃墟の街で虐殺が行われていた。
巨大な肉塊がその形を変え、何体もの魔獣を打ち倒す。
あるいは飲み込み咀嚼する。
老婆が短杖で魔術を練り、絶大な威力の攻撃で一度に十数体をまとめて吹き飛ばす。
そしてこれらの攻撃で息絶えながらも、かろうじて身体の原型を留めたものは……彼の力によって立ち上がる。
忠実な傀儡となる。
彼は、その身に刻まれた『侵す者』の力により死者の魂を奪うことができた。
さらに奪った魂を、死体の体に入れるなり返すなりして操ることができる。
そしてこの力により築かれた軍勢は、今や数百にも達しようとしていた。
先程まで味方だったデュラハンを、サイクロプスの剛槍が吹き飛ばす。
サイクロプスの単眼に、アラクネの矢が突き立つ。
敵味方の識別すらおぼつかないまま、魔獣たちは圧倒的な戦力差によって駆逐されていく。
そして、最後の一体が力尽き、傀儡に成り果てた……その時。
圧倒的な脅威を感じ、彼は顔を上げる。
「上位魔獣……ってか? 初めて見るが、禁忌領域にはこういうのもいるもんなんだな」
目の前の地面が轟音と共に白熱し、傀儡どもが焼かれていく。
ついでに彼も焼かれた。
その傷は這い寄ってきた奇妙な肉塊の肉が塞いでくれる。
痛みを感じない彼は不敵に笑った。
「だが、いい駒になりそうだ」
身を焼かれ、それでもなお立ち上がる傀儡たち。
軍勢の向こうで絶大な魔力を撒き散らす上位魔獣は、少しだけ人に似たシルエットをしていた。
美しい金属鎧を身につけた騎士の、頭と四肢を切り落としたような姿とでも言えるだろうか。
まず切断された首からは、デュラハン同様の触角が蠢いている。
それから四肢はそれぞれ肘と膝から先が切断され、代わりに先からは血管が……伸縮自在の無数の血管の束が、触手のようにうねっていた。
加えて背には毒々しい蝶の羽をはためかせていて、周囲にはまるで洪水のようにあふれる雷がまとわりついている。
「……狩るぞ」
彼のその言葉と同時に、数百の殺意が上位魔獣に突き刺さる。
応じるように空高く舞い上がった蝶の魔獣は、天災のように雷を吹き荒らした。
―――
ぼろぼろの羽を弱々しく動かし、這いつくばった蝶の魔獣が空に逃げようとする。
しかしそれを彼が許すはずもない。
ひび割れた甲殻の隙間に大鎌を叩き込み、とどめを刺した。
「命は返してやるよ」
そうして左手をかざすと、蝶の魔獣を真紅の光が蝕み始める。
「『十式』」
やがて真紅の光の中蝶の魔獣は立ち上がり、彼の傀儡となった。
「じゃ……行くか」
その声に、誰も答えることはない。
老婆は深くフードを被って沈黙を守り、肉塊はただ這いずるだけ。
大分数を減らしてしまった雑魚の群れも、元より答える知能はない。
「…………」
行く先は主門。
そして彼は彼の大切な家族を守らなければならなかった。
それだけが、もう死んだ彼に残されたたった一つの願いだった。




