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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
二章・腐肉の天使
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七話・和解

 


 夜はアッシュ一人の時間だ。


 どこかの街に滞在しているのなら魔獣を殺しに行く。

 そして、こういった野営の際は単独で見張りをする。

 今も他の二人は明日に備えて眠っていて、アッシュは一人で見張りをしていた。


 だが正直、うんざりするほどあふれた魔獣を殺しに行きたい気持ちが強かった。

 それでも見張りの時間は持ち場を離れるわけにはいかない。

 なのでぼんやりと炎を眺めて過ごすことにしていた。


「…………?」


 炎の揺らめきをじっと見つめていたアッシュは、かすかな物音に顔を上げる。

 そして剣に手をかけて、魔獣が来たのかどうか確かめるために耳を澄ます。

 するとなにやら近づいてくる足音が聞こえて、すぐにアッシュは警戒を解いた。


「君か。何か用でもあるのか?」


 振り向かないまま、足音の主……恐らくはノインに声をかける。

 しかし返事はないまま足音だけが近づいてきて、アッシュの横で止まった。


「…………」

「…………」


 また俯いて何も言わないノインに、アッシュは視線を向けた。

 そして、彼女が何かを言うまで待つことにする。


「…………」


 声を出せないことに関して彼女に過失はない。

 周囲の人間の悪意がそうなるように仕向けた。

 眷属との戦闘が近いため、先日のような手荒い手段を取る必要もあったが。

 しかし声を出さないこと自体を責める気はなかった。


「……アリス様から、聞きました」


 おもむろに告げられたのは、そんな言葉だった。

 けれど聞きましたと言われても分からない。

 すぐに問いを返す。


「なにを?」

「矢に、わざと当たったと」


 その言葉はことさら責める風もなかった。

 だがとりあえず先んじて宣言しておく。


「謝るつもりはない」

「……そんなつもりじゃないんです」

「ならどういうつもりで?」


 返した言葉に、少しだけ躊躇ってノインは答える。


「アリス様から聞きました。勇者様は優しい方だと。……小さな誤解を、生みやすい方だとも」

「…………」

「だから、あたしのことをなんとかしようと思ってやったことだとは理解しています」


 アリスがそんなことを言ったのは少し信じがたかった。

 何か裏があるのかと考えてみるが、やはりよく分からない。

 答えかねて黙っていると、ノインはおずおずとした様子で問いかけてきた。


「……その、勇者様、あたしがいたら……邪魔でしょうか?」

「…………?」


 ノインはそんなことを俯きつつ言う。

 だがアッシュには意味が分からなかった。

 全く意図しなかった方向に話が進んでいることは分かった。


「あたしはみなさんに、迷惑ばかりかけています。食事も作れませんし、テントの立て方も知りません。それに、声も……ろくに出せません。……やっぱり、あたしは邪魔でしょうか?」


 おそるおそる問われた言葉を否定した。


「……ただ邪魔なだけの人間を連れて行くほど甘くはない。君は必要だ」


 答えると、彼女はうなだれる。


「そう、ですか」


 いかにも自信なさげな反応を見て、アッシュは少しだけ考える。

 そして、少し声について聞いてみようと考えた。

 しかし、その前に。


「座らないか?」


 そう伝えた。

 立ったまま話させるのも酷だと思ったからだ。

 彼女は黙って丸太に腰掛ける。

 話を続けた。


「声を出さないことは君にとって償いなのか?」

「……はい。けれど声を出さなければならないということについても、理解はしています」


 ノインの言葉からは真面目な性格が伝わった。

 だがアッシュにとってはどうも馴染まなかった。

 それはアッシュが神を信用していないせいだ。

 だから償いであるということが理解できない。

 でもその食い違いをなくそうとすることは、きっと不毛だった。


「そうか。……ノイン」


 呼びかけると、彼女は小首を傾げて向き直る。

 少しだけ躊躇って、アッシュはちょっとした思いつきを口にした。


「君は、叫んでみるといいかもしれない」

「……え?」


 意味が分からないという顔をするノインに頭をかく。

 実際、改まって説明するほど大したことでもないのだ。


「君は何年もずっと声を出さないことが償いだと信じてきた訳だろう?」

「はい」


 多少ばつの悪い思いをしながらも口を開く。

 すると、ノインは少し申し訳なるくらいに真剣な顔で頷く。


「そのせいでとっさに声を出せないなら、逆に思い切り大声でも出してみればなにか変わるかもしれない」

「……なるほど」


 下らない提案にノインは眉を寄せて考え込む。

 そして顔を上げて、彼女は大きく頷いた。


「やってみましょう」

「ああ」


 やってみるとは言ったものの、彼女はもじもじとして一向に口を開こうとしない。


「…………」


 声を出すことへの抵抗、というよりは何かを考えているようだった。


「どうかしたのか?」

「……何を叫べばいいのか、わからなくて」

「あー……でいいんじゃないか?」

「そうですね」


 それからノインは大きく息を吸い込み、口を開く。


「あー……」

「…………」


 叫び、というよりも呻きだろうか。

 声を漏らした本人を見れば、顔を真っ赤にして俯いていた。


「……大声を出すというのは、難しいものですね」

「立ってみるとやりやすくなるだろう」

「……! ありがとうございます」


 それからノインは丸太から腰を上げて、ズボンをぎゅっと握って声を出す。

 彼女なりに必死にやっていることがよく分かった。

 アッシュやマクシミリアのような悪人の都合で、ころころとルールを変えられているのに、彼女は怒りもせず努力している。


「あーー……!」

「いい声だ。その調子で頼む」


 まだ声は小さかったが、これ以上やらせるのも哀れだと判断する。

 何故ならノインはまた顔を赤くしていたからだ。

 きっと人前で大声を出すのには全く慣れていないのだろう。


 なのでもうやめるとして、その前に少し聞いてみる。


「なにか変わったか?」

「……少しだけそんな気が」

「そうか、それは良かった」


 そう言うと、ノインはまた横に腰掛ける。

 まだ顔の熱は引かないようで、心なしかこちらから顔を背けていた。

 こんな状態でまじまじと顔を見るのもどうかと思ったので、こちらも焚き火を見つめることにする。


 すると、落ち着いたのか元に戻ったノインが語りかけてきた。


「勇者様、ありがとうございます」

「気にしなくていい。……でも、その勇者様というのはやめてほしい」

「何故ですか?」


 彼女の問いに、アッシュは焚き火の方を向いたまま答える。


「君も俺の話を聞いたことがあるだろう。役割は利用するつもりだが、恥じらいもせず名乗れるほど厚かましくはない」


 特に深い意図もなくそう言った。

 しかし、ノインが困った顔でこちらを見返してきているのが分かった。


「…………」


 それで気づいた。

 当然、聞いたことがないはずもない。

 触れないようにしてくれていたのだろう。

 ならこんな言い方はするべきではなかった。

 アッシュは頭をかいて、誤魔化すように小さく咳払いをする。


「とにかく、せめてアッシュで頼む。すまない」

「……いえ、こちらこそ」


 それからなんとなく二人とも口をつぐんで、沈黙があたりを包む。

 もう寝るように勧めようか考え始めたところで、アッシュはまた近付いて来る足音に気がつく。


「まったく、あなたたちこんな夜ふけにうるさすぎでは?」


 そんな声に振り向くと、杖を振り上げてご立腹の様子のアリスがいた。


「言うほどのものか?」


 先程のノインの声も大したことはなかった。

 第一、彼女は魔獣が野営地に来た時ですら絶対に起きてこない。


「ええ、うるさくてかないませんね」

「起きてただろお前」


 就寝までは、アッシュも彼女たちの近くにいた。

 ノインに矢のことをバラすタイミングがあるとすれば、それはやはりテントの中だ。

 だからノインを送り込んで、それから聞き耳を立てていたのだろう。

 まさか、彼女に人を心配するような性質があるとは思わなかったが。


「何しに来たんだ?」

「文句言いに来たんですが、目が冴えたので遊んであげます」

「遊び、ですか?」


 問い返すノインに、アリスはにこりと笑って指を立てる。


「トランプです。そこのクソと七並べくらいしかしたことがありませんが、三人ならもっとマシな遊びができます」

「誰がクソだ」


 アッシュの抗議は軽く無視して、アリスは虚空から干し草を編んだ敷物を取り出す。

 そして、焚き火の脇の土にそれを敷いた。

 十分三人で入れる広さだった。


「さぁ、座りましょう」

「え、あ……はい」


 ノインの手を引いて、アリスは早々に二対一の構図を作り出す。

 彼女の思惑はどうでもよかったが、単純にカード遊びに興味がない。

 なのでアッシュはうんざりと口を開く。


「俺はやらないよ」

「はぁ? あなた私に七並べやらせるつもりですか?」

「やればいいだろ。というか明日も早いからもう寝てくれ」


 しかしアリスは、そこそこの速さでカードをシャッフルしながら吐き捨てるように言葉を投げる。


「いつ死ぬかも分からないのにトランプ一つさせてくれないなんて。こんなやりがいのない仕事があるとは驚きですね。……もうやめちゃおっかな。やめてケーキ屋さんにでもなろうかな?」


 シャッフルを続けながら、人生一度ですからねー、お花屋さんもいいなー……などとアリスは言っている。


「…………」


 半ば脅しじみた言葉に舌打ちをして、アッシュは腰を上げた。

 よく見ればノインも、アリスがかき混ぜるカードを気にしているようではあった。

 だからもし声を出して、コミュニケーションをする必要がある遊びに誘えればなにか影響があるかもしれない。


 となると、アッシュとしてもメリットがないわけではなかった。


「一回だけだからな」

「みんなそう言うんですよね。残念ながら」

「……誰のせいだと思ってるんだ」


 重いため息に苛立ちを溶かす。

 そしてアッシュは、トランプをするために仕方なく腰を上げた。


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