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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
二章・腐肉の天使
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六話・荒療治

 


 禁忌領域に突入して一週間。

 最奥、つまりは主門までの道のりを半ばほどまで消化したが、やはり連携はかんばしくなかった。


 原因は、ノイン……だけという訳ではない。

 アリスだって相変わらずいい加減なものだ。

 それでも声を出さない味方の存在は連携に大きな影を落としていたし、懸念でもあった。


「なぁ、君」

「…………?」


 その日の夕方。

 予定していた距離を移動して、アッシュたちはある廃村に宿を取っていた。

 家々はどれも傷ついて、なおかつ死体が転がっていたりもするので今日は広場にテントを張っての野営になる。


 そして夕食の準備に取り掛かろうとしていたその時に、アッシュはノインに声をかけた。


「少し、魔獣を狩りに行こう」

「えっ、なぜ……」


 彼女に手伝わせようとしていたアリスが不満げな声でそう言うが、こちらの目を見て何事かを悟ったのか黙り込む。


「…………」


 ノインは何も言わなかったが、やがて頷いた後にアリスに礼をして背を向ける。


「すまないが、テントの方も頼んだ」


 召喚獣を出せば大した負担ではないはずだった。

 だからアリスにそう言うと、彼女はへらへらと笑って手を振る。


「いいですよ、勇者様。でもお夕食までには帰ってくださいね」

「ああ」


 皮肉げなセリフは聞き流す。

 そうして、アッシュたちは廃村を出る。


 ―――


 村の近くには共有林があり、そこでアッシュたちは魔獣を倒していた。


 今は魔物化も魔術も使わずに、剣一本で魔獣を屠っている。

 手を抜いているわけではないが、魔物化すると戦意が抑えられなくなって、話をするのには向かない。


 だから、全くらしくもない話だが、今後のことを考えるとこうする他になかった。


「ッ…………!」


 アッシュのすぐ横を、剣を振りかざしたノインが駆け抜ける。


 彼女はアッシュから見ても働き者だった。

 大剣の大質量で幾多の魔獣を根こそぎに薙ぎ払う。

 実に気持ちのいい殲滅ぶりだ。


 だが、彼女は実戦に慣れていない。

 今もアッシュの間合いを突然横切って敵を倒した。

 縦横無尽の動きは敵の配置をかき乱す。

 ロクな連携など望みようがなかった。


 事実今も混戦になり、ノインには敵の攻撃が集中している。

 こちらも目まぐるしく変わる敵の配置には手を焼いていた。


 血の鎧をかいくぐり、アラクネの矢がノインの首に突き立つ。

 だが血は溢れることはなく、荒々しく矢を抜いた彼女の傷は瞬く間に塞がれる。

 そして目の前の敵を放置して、自分を射抜いたアラクネの元へと向かう。


 禁術の加護で傷を塞げるとはいえ、真っ当な戦士ならすぐに死に至る戦い方だった。


 アッシュは彼女を追いかけるデュラハンを斬り捨てる。

 続けてサイクロプスをすり抜けて、背後から首を斬って倒す。

 それから、いまだ荒々しく刃を振るうノインのそばに近づいた。


「無闇に動き回るのはやめてくれないか?」

「…………!」


 そのの言葉に振り向いた彼女は、戦闘中だというのにその動きを止める。


「前」


 アッシュの言葉とほぼ同時に、デュラハンの斬撃がノインの腹に直撃する。

 血の鎧はそれを弾いたようだが、同時に形を乱したのでそう堅牢な訳ではないのだろう。

 連撃を受ければおそらく壊れる。


 そしてノインはデュラハンを叩き潰し、こちらを見て困惑したような顔になる。

 アッシュはその体を押しのけて、彼女の死角から迫るサイクロプスの攻撃から庇った。


 槍の叩きつけを弾くと、大盾のシールドバッシュが飛んできた。

 叩きつけられた盾をすれ違うようにかわし、カウンターで伸び切った腕を切り落とす。

 すると、守りの剥がれた敵の胴を紅い血の刃が切り裂いた。

 剣の血を飛ばして遠当てのような真似もできるらしいということを初めて知った。


「聞くのは戦いながらでいい」


 そう言うとノインは戦闘を再開した。

 だが無闇に動き回るなと言う言葉の意味を図りかねてか、目に見えて動きを鈍くしていた。

 さらにアッシュの方を常にちらちらと気にして集中できていない。


「さっき君は血を飛ばしていたが、俺はちょうど攻撃するところだった。巻き添えを食らっていたかもしれない」


 剣を振って、サイクロプスに飛ばした血の刃のことだ。

 もしアッシュがあの敵にトドメを刺そうとしていたら、おそらく巻き込まれてしまっていただろう。


「それから、複数戦では持ち場から離れないでほしい。後衛を守らなければならないし、前衛が好きに動けば敵が散って効率的に殺せない」


 二人の位置がある程度固定されたことで、ようやく敵が集まり始める。

 こうして敵が集まることで、アリスのような後衛へと敵が流れにくくなる。

 そして、後衛のほうも範囲攻撃で敵を一掃しやすくなる。


 しばらくして、敵が集まったことにより攻撃の密度が上がり始める。

 だからまた声をかけた。


「動くなとは言ったが、位置が悪ければ調整していい。どの距離が一番連携にいいのかは……それは、お互いこれから探っていこう。だが自分で考えて試してみるべきだ。俺もそうする」


 頷いたノインから離れて、アッシュは敵の包囲を斬り抜ける。

 それから先程から目についていたアラクネを斬り、ついてきた敵を相手にしながらノインを見る。


 するとまだ多少ぎこちないが、無闇に動き回らずに近寄ってくる敵を捌くように戦っていた。

 まだ敵の撃破順の見極めや位置取りのやり方については教えなければならないだろう。

 しかし、それはまた別の機会にでも伝えればいい。


 絶え間なく交わされる剣戟の合間、ノインの視線がこちらに重なる。

 他を意識する、というのも彼女なりに心がけ始めたようだった。

 本当に真面目で勤勉な性格をしているのだと思った。


「…………」


 この調子ならすぐに安心して背中を預けられるようになるだろうと思う。


 しかし最も重大な問題は、やはりノインが戦闘中ですら声を発しないことだった。

 これはやはり少々手荒になっても治すべきで、今日の大きな目的はそちらだった。


 それから、あまり経たないうちに戦闘は終了する。

 敵は全滅した。

 アッシュはノインを覆う血がロザリオに取り込まれるのを見ながら、彼女に歩み寄る。


「そのロザリオはなんだ?」

「……空間魔術を使えるようにした魔道具です。血しか入っていないので、制御はいりません」


 少し言葉が足りないが、理解はできた。

 あのロザリオで空間魔術を使えるが、魔道具なので何を取り出すか任意に選ぶことはできない。

 しかし血だけしか収納していないので問題ないということだろう。


「…………」


 その後会話は途切れ、ノインはアッシュに伺うような視線を向けてくる。


 帰るのか、まだ狩るのか。

 問うようなその視線の意味には気がついていたが、アッシュはあえて何も言わずに立っていた。


 そろそろだろうか。


 そう思った時ちょうどノインの瞳が揺らいで、口がなにかの言葉の形を得ようとして崩れる。

 風を切る音がして、反射で身をひるがえしたアッシュの左腕に深々とアラクネの矢が突き立った。


「…………ッ」


 アッシュは矢を引き抜き、背後から矢を放ったアラクネに駆け寄る。

 すると手に持った矢で斬りつけてくるが、その腕を落として蜘蛛の体に飛び乗る。

 続けて、返す刃で至近から喉を突く。


 剣を引き抜いたアッシュの背後に、ノインが近寄ってきてきた。

 振り向いて、目を伏せる彼女に問いかけた。


「何故教えてくれなかった?」


 俯いたまま黙り込んでいる。

 それに冷たい声で続けた。


「君が声をかけてくれれば、俺はこの矢を受けなかった」

「…………すみ、ません」


 ノインの口から、謝罪の声が絞り出される。

 だが答えず無言で詰め寄り、俯いた顔を上げさせる。


「君の贖罪しょくざいに興味がない。魂の穢れとやらも知らないし、信じてない」


 少なくとも、これまで喰らった魂に穢れなどという概念はなかった。

 ただの力の塊だった。


「そんなことのために俺に矢が向けられても声を出さないのなら、君を信用できない」


 好き放題言われているが、やはり何も言い返さず唇を噛んでいる。

 アッシュは背を向けた。


「帰ろう。今日はもう君とは戦えない。また同じことがあれば、俺は君を仲間とみなせない」


 そんな捨て台詞を吐いて歩きだす。

 ノインは立ち尽くしていたが、振り向いて視線を向けると慌てたように歩き始めた。


 とぼとぼとついてくる姿に、腕の痛みを差し引いてもアッシュは悪いことをしたと思う。

 さっきのアラクネはアッシュがわざと残しておいた。

 あの場から動けないように、わざわざ足をへし折って放置した。

 そして、その上で射線に立ってこちらを射るように仕向けた。


 つまりはこの一幕は茶番で、本来ならノインが罪悪感を感じることなどなにもない。

 だがあの矢がもしより強力な攻撃で、それをアッシュが意図していなかったとしたら。

 いや、たとえ矢でもアリスなら死ぬ。


 それを考えれば何もしない訳にはいかなかった。

 声を出さなければどうなるのか、その最悪のケースを見せておきたかった。

 彼女は真面目だから、きちんと考えて自分で判断すると思った。


「…………」


 共有林を抜けた頃、ついてきているか確かめるためにノインの方を振り向くと、申し訳なさそうな、びくびくとした視線を向けてくる。


 それを冷たく一瞥いちべつして、少しだけ足を早めた。


 ―――


 もう暗くなり始めた頃。

 アッシュたちが村に帰り着くと、アリスが鍋の前で丸太に座っていた。


「ああ、お帰りなさい」


 弄ぶ三つ編みの先がしっとりと濡れているように見えたので、水浴びでもしたのか。

 そう考えたアッシュに、眠そうな顔でアリスが語りかけてくる。


「満足しました?」

「いや、満足はしていない。後で行く。ところでお前、水浴びでもしたのか?」


 滅びた村だが、それでも井戸がマシな状態で残っているのなら使いたい。

 そう思って問いを投げると、アリスはじとりとした視線を向けてくる。


「だからなんだって言うんですか」

「俺も井戸を使いたいんだ」

「なるほど。ずーっとあっちの方ですよ」


 あっち、とは言うもののアリスは指さしすらしない。

 アッシュも面倒になったので適当に調子を合わせることにする。


「そうか」

「……そういえばノインちゃんは?」


 そう言ったアリスはきょろきょろとあたりを見回す。

 そして、見るからに落ち込んだ様子で離れた場所に顔を背けてたたずむノインの姿を見つけて眉をひそめる。


「……何したんですかあなた」

「わざと矢に当たって責任をなすりつけた」


 アッシュが左腕の矢傷を指さしてそう言うと、アリスは怪訝な顔をする。


「それは、声のことと何か関係があるんですか?」

「声を出していたら当たらなかった、という状況を作った」

「……最低。死ねば良いのに」

「そう思うのならせいぜい慰めてやればいい」


 思いっきり顔をしかめて、アリスはノインの方へと歩きだす。

 この調子ならフォローは勝手にやるだろう。


 先に丸太に腰掛けていると、ノインを連れてアリスがやってきた。


「そんなに落ち込むことはありませんよ。腹かっさばかれても死なないんですからあの人。矢の一本くらいはいい薬ですし、なんなら私は嬉しいので少しだけ世界は幸せになってます」


 無言で首を横に振るノインに、彼女はにこやかにスープをよそう。


「聖職者のよしみでお団子多めにしときました。まぁ、元気出しておあがりなさい。後でお風呂も入りましょうね」

「……ありがとうございます」


 そんな調子で話しかける内に、ノインはぽつぽつとアリスの言葉に答えるようになる。


 完全に存在を忘れられたアッシュは、苦労しつつ放置された椀に自分でスープをよそう。

 パンもなしに食べ始めた。

 いつもより濃い味付けに小麦粉をこねた団子が合っていて、それはそこそこ美味しかった。



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