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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
二章・腐肉の天使
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三話・手合わせ

 

 マクシミリアが言った。


「さぁ、行きなさい。ノイン」


 広い広場の中の、一際開けた場所。

 実戦訓練を行うと思しきそこで、アッシュとノインは向き合っていた。

 そして、指示の声にノインは忠実に従う。


「…………」


 人の領域を逸脱した踏み込みで、ノインはアッシュに迫る。


 振り上げて、叩きつける一撃。

 地面が抉れた。


「大した力だな」


 アッシュの言葉に答えは返らない。

 代わりに大地に深々と埋まった刃が跳ね上がった。

 それは、単に上にかち上げられたのみではなく、アッシュへと大きく伸びてくる。


 だがアッシュはそれも回避し、矢継ぎ早に放たれた次の横薙ぎを受け止めた。


「…………っ」


 ぎしぎしと鉄剣が軋むのが分かった。

 別に殺されるとは思わないが、これでは剣が壊れる。

 思う存分力を確かめられない。

 素直に腰のものを抜けば良かったかと、少しだけ後悔する。


「…………」


 まともに受けたのでは剣が持たないし、それに人間の右腕だけでは止めるのも厳しい。

 だから受け流す。

 続いて前に出て、カウンターの斬撃をすれ違いざま腹に叩き込んだ。

 それは確かに命中したが、ノインは全く表情を揺らがせない。

 剣を振ってきた。

 避けると、彼女は左手でアッシュの胸を殴りつける。


「…………っ!」


 痛みを感じないのか。


 流石にこれはアッシュの予想を凌駕した反応だった。

 拳をまともに喰らって吹き飛ばされる。


 体勢を立て直したところに、さらにノインが迫る。

 詰め寄る彼女には殺意も何も感じなかった。

 しかしだからこそ不気味で、同時にどこか哀れでもあった。


 跳躍して、大上段から両手で剣を叩きつけてきた。

 破壊力だけなら凄まじいが、わざわざ受けてやるいわれもない。

 横に転がってかわした。

 すると、今度は地を削りながら放たれた切り上げが迫る。


 その一撃をアッシュは身を低くして空振らせた。

 だがそれは本当に紙一重で、ほんの少しだけ刃がかする。

 風圧がアッシュのフードを払いのける。


「…………」


 その瞬間、ノインの刃がわずかに鈍るのが分かった。

 マクシミリアに何を言い含められたのかは分からないが、殺害を意識した途端その刃は鈍ったのだ。

 そして瞳もまた、かすかな揺らぎを見せた。


「なるほど」


 小さく呟いて、アッシュは戦闘を続ける。

 彼女のことは大体分かった。

 もう終わりでいいだろう。


 隙を見て一度距離を取り、剣をだらりと下げる。


「そろそろ終わりにしよう」


 目をじっと見ながら伝えた。

 彼女からの返事はなかった。

 ただ大剣を両手で持ち直して、肉薄してくる。

 そして目の前に来ると何度も剣を振った。

 アッシュはその、正面からの連撃を身を引いて全てかわした。

 するとやがて調練場の隅に追いやられる。

 さらに逃げ場を失ったアッシュへと、ノインは渾身の叩きつけを繰り出してきた。


「…………」


 だが、アッシュはそれを半身になってかわす。

 同時に素早くノインの背後に回り込む。

 当然、彼女は振り向いてくる。

 振り向きながら、横薙ぎを背後の敵へと思い切り叩きつける。

 だがそれは読んでいた。


「残念だったな」


 敵に背後を取られた時、大抵の剣士はとっさに横薙ぎを出してしまう。

 何故なら敵の姿が見えず、さらに振り向くという動作に横薙ぎが噛み合っているからだ。


 故に行動を読んでいたアッシュは、大剣の刃の間合いから一歩身を引いた場所に立っていた。


「俺の勝ちだ」


 ノインの攻撃は強力だ。

 何故ならいつも全力で剣を振るからだ。


 疲れることなく繰り出される全力攻撃は対魔獣戦なら圧倒的なアドバンテージになる。

 しかし対人戦では弱点にもなりうる。


 たとえばそう、渾身の横薙ぎを押すように、誰かの剣が叩きつけられたとすれば、彼女はなすすべなく崩れるだろう。

 なにしろあの剣は重い。


「!」


 ノインの全力の一撃に剣を合わせた。

 かなりの力を込めて大剣を押すように叩いた。

 だから、勢い余った重い刃は彼女の手からすっぽ抜ける。


「…………」


 体勢を崩して転んだ無手の相手に、アッシュは剣を突きつける。

 黙ったまま拳を握る彼女は何も言わず首元に手を……いや、正確には違う。

 首にかけた奇妙な形のロザリオに手を伸ばしていた。

 今まで気が付かなかったが、恐らくは先程マクシミリアと共にどこかへ行った時に身に着けたのであろう。


「…………」


 その行為の意味はよく分からなかったが、何か嫌な予感がしたから剣を引く。

 剣を引くことで、もう終わりだと示して語りかける。


「君の力はもう分かった。殺し合いをしたい訳ではないのだろう?」


 すると、ノインは何故か哀しそうに目を伏せた。

 だが通じたようで、ロザリオから手を離す。

 そして立ち上がると深々と礼をして剣を拾いに行く。


「…………」


 アッシュも剣を仕舞おうと、武器を立てかけてある場所へと戻る。

 しかしノインの剣を受けた部分が欠けているのを思い出した。

 戻すべきか、どうするべきかと悩む。


 そうしていると、へらへらと笑ってアリスが話しかけてきた。


「いや、やりますね。魔物化すらせずに勝つとは、流石です」

「ああ」


 剣を持って立ち尽くすアッシュの横に、彼女はゆっくりと歩み寄ってきていた。


「実のところノインちゃんに百万ヴェルト賭けてたんですが、予想を裏切られました」

「賭けをしていたのか? 一人で?」

「……ジョークってやつですよ、勇者様」


 苦々しく笑うアリスの背後から、マクシミリアが進み出てくる。

 そして手を差し出して、剣を渡すように伝えてくる。


「勇者様、剣を。壊れてしまったようですので」

「すまない」


 彼はうやうやしく剣を受け取ると、少し悔しげに口を開く。


「ノインの本来の力は、あの程度ではありません」


 その言葉に、マクシミリアの後ろでアリスが小馬鹿にしたような顔をする。

 やはり彼女は性格が悪い。


「もっと身体能力を上げることもできますし、それに……」

「分かった。彼女は強いよ」


 その時、ノインがマクシミリアの横に現れた。

 マクシミリアは彼女を忌々しげに見て、それからまた口を開く。


「……今日はもうお二方もお休みになられるでしょう。身を清める場所と、それから寝室にご案内します」

「ありがとうございます。マクシミリア修道院長」


 しおらしく礼を言うアリスを横目に、アッシュは申し出を断る。


「俺はいい。そのあたりで魔獣を狩る。……あまりいないが」


 ここは魔獣が少ない。

 恐らくは殉教者隊という貴重な戦力を減らさないためにそんな場所が選ばれたのだろう。

 が、狩る魔獣が少ないのはあまり良くなかった。


 するとマクシミリアはそれに頷き、こうべを垂れる。


「流石は勇者様。素晴らしいお心がけです。ではアリスさん、行きましょうか。……ノイン、あなたももう休みなさい」


 その言葉に、ノインは俯いていた顔を上げる。

 そしてアッシュとマクシミリアの間で視線を彷徨さまよわせ、口を開いた。


「あの……勇者様」

「なんだ?」


 突然声をかけられ、意外に思いながらも答える。

 すると、ノインは言葉を続けた。


「あたしも、連れて行ってもらえませんか?」

「魔獣を狩りに?」

「……はい」


 やはり感情が読み取れない様子で言うノインに、アッシュは首を横に振った。


「駄目だ。人間は寝る時間だ。眠らなければ戦えないだろう、君は」

「それ、は……」


 口は上手くないのだろう。

 言い淀むノインに、アッシュは念を押す。


「とにかく、ついてくるな。俺は一人で行く」



 それからマクシミリアたちから背を向け、アッシュは歩き出す。

 調練場の遮るもののない空をなんとなく見上げ、それからフードを被り直した。


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