一章・おまけ、作中に出たルーンと異能について
完全に趣味なのでお嫌いでしたら飛ばしてください。
『炎』
熱を操る基礎ルーン。
基礎ルーンの内には教会の成立以前から用いられていたものがあり、これもその一つだった。
とはいえ当時は詠唱の技術さえ生み出されておらず、魔術とは気軽に扱えるようなものではなかった。
各地の魔術師の間に細々と伝わっていたルーンを教会が集めて記録し、やがては詠唱を作り出した。
それこそが今に至るまで語り継がれる魔術の始まりであり、教会を中心とする大陸の文化の先触れである。
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『氷』
冷気を従える基礎ルーン。
ものを凍てつかせ、また即座に硬質の物体を生み出すこれは戦闘の手段としてよく用いられる。
またあまり知られてはいないが『氷』とは同時に『水』のルーンであり、水を操る魔術も行使することができる。
しかし水魔術には諸々の問題があり、使用されることは稀だった。
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『風』
気流を操る基礎ルーン。
攻撃に用いる場合は制御が難しく、しかし見えざる刃は敵の命をより容易く刈り取る。
玄人好みだが使いこなせれば強力な形であるとされる。
また魔術師の隠遁生活を描いた物語の作中においては動力として用いられたり、風を利用して脱穀を行ったりもした。
神官の中にはそれを偉大なる魔術の無駄遣いだと憤る者もいる。
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『土』
物質の性質を変化させる基礎ルーン。
鍛冶の道においては金属にルーンを刻むことで硬質化させる重要な形として知られるもの。
実戦においては、一時的に盾の硬度を高めるような用途で使用される。
また敵の装備の強度を下げ破壊するなどの搦手の例もある。
しかし後者は騎士殺しの術として蔑まれ、栄誉ある決闘においては好まれない。
それから『土』の魔術は生活に役立てられることも多い。
土質でさえ時間をかければどのようにでも変えられ、また熟練の使い手ならば擬似的に土をほぐし耕すような真似もできる。
魔術師の隠遁生活の物語では、土魔術の平和な用法が多く示されている。
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『光』
教会の象徴の一つであり、生命と光の力を司る神聖な基礎ルーン。
毒を取り去り傷を塞ぐ。
戦士の力を引き出し暗闇を照らす。
教会が示す『光』の魔術は、象徴に掲げるそれが確かに価値あるものだと証明している。
しかし一方では『貪る者』など、禁字の中には生命の力に関する魔術が多く存在する。
光と闇はやはり表裏一体であり、教会が引いた境目はあまりに脆く無力であった。
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『器』
それ自身は特定の性質を持たない、特異な基礎ルーン。
禁字や固有魔術を始めとする変わり種のルーンと共に用いられることが多い。
上位ルーンの性質を色濃く現出させることに特化している。
『器』は空虚であり、故に『器』たりうる。
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『杭』
初代勇者グレゴリウスにより見出された形の一つ。
基礎ルーンと組み合わせることで魔術による攻撃を可能とする、最も広く用いられている上位ルーンの一つ。
魔術師は『杭』を使うことができて初めて一人前だと言われるほどに重要なもの。
日に『杭』を五発で半人前。
三十も扱えれば、熟達の域に入る。
グレゴリウスは魔力を射出するこの形に『杭』と名付けた。
それは罪人を杭が繋ぎ捕らえるように、魔術の火が悪にのみ向けられるよう願った故だとされる。
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『射手』
『杭』の縮小版とでも言うべき性能のルーン。
小さな矢は『杭』に威力で劣るが素早く撃つことができる。
熟練の魔術師の手で使われた『矢』は一撃で魔獣を殺し、人の命などは容易く刈り取る。
小さいが故に防ぎにくく、素早いが故に見切りがたい。
決して単純な劣化ではない。
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『剣』
剣騎士と呼ばれた英雄が見出したルーン。
剣騎士こそは剣と魔術を併用する魔術戦士の源流となる人物であった。
そして多くの者にその戦術は引き継がれた。
『剣』は武器を表すルーンであり、故に魔力を武器とする効果がある。
しかしそれは『刃』とは異なり、武器に纏わせることでこそ真価を発揮する。
また、剣だけではなくあらゆる武器にその効果はもたらされる。
雷の剣を振るった剣騎士は、それにより魔獣の屍の山を築いた。
使徒の訪れない戦場において彼は希望であり、多くの兵士が頼りにしたという。
そして戦役後。
王より望む褒美を尋ねられた際、彼は戦死者たちのための石碑を望んだ。
その高潔な人格は、多くの逸話と共に今も変わらず敬愛されている。
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『刃』
とある聖職者が『剣』から派生する形で生み出したルーン。
それは魔力を武器とする形だが、氷の刃なら振れば砕け、炎の刃なら振れば爆発し後には残らない。
武器に纏わせる『剣』とは違い、一瞬の威力を重視したルーンであると言える。
本来魔術使いが杖の先に刃を作り、近接の間合いでの護身のために用いるもの。
しかし破戒騎士は独自の調整を施した『刃』により、砕けては再生する伸縮自在の『氷刃』を使用した。
あるいはそれも厳密には『刃』によるものではなく固有魔術であったのかもしれない。
その魔術はすでに彼の命と共に失われ、真実を知る者は最早いない。
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『教会』
グレゴリウスが見出した形の一つ。
魔術の威力を高め規模も拡大させる。
聖典でのみ扱えるそれは、教会と聖典の威を示す重要なシンボルである。
溢れ出す異形との戦いの最中、グレゴリウスは神聖なる言葉の神託を授けられる。
神を称えるその文言は唱えれば大いなる光の波を生み、またそれは後の詠唱技術の原型ともなった。
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『天』
比較的近年見出されたルーン。
偽典魔術の発展に伴って、『教会』の劣化とも言える『天』のルーンは生まれた。
魔術の威力を高めるがその効果は『教会』には及ばない。
故にアトスの聖者の一部はそのルーンを使う者を蔑むという。
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『地』
『天』よりも後の時代に見出されたルーン。
こちらも『教会』の劣化であり、魔術の規模を拡大させる。
『教会』のように偽典詠唱では扱えない形は多くある。
故に聖職者は偽典詠唱を『白痴のうわ言』と言ってはばからない。
しかし異端とは言え偽典魔術の研究は日々続いている。
今や探求を忘れ、過去の遺産を食い潰すのみの聖職者の地位が安泰であるとは言い難い。
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『老兵』
魔術の効果時間を伸ばす。
炎の波を生み出せばそれはより長い時間敵を炙り、物質の強度を高めればそれはより長い時間強く在り続けるだろう。
老いた兵とは戦場に長く在り続けた者のことだ。
そしてその身に蓄えられた経験は、ちっぽけな才能など容易く凌駕する。
なればこそ多くの活用法を持つこのルーンには、『老兵』の名が相応しい。
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『氾濫』
満ち溢れさせるルーン。
魔力を無軌道に溢れさせるこの形は、精緻な理を重んじる魔術において模範に添うものとはされていない。
故に聖職者はこれを嫌い、古くより戦士のみが用いる。
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『尖鋭』
魔力を鋭く収束させる形。
収束させるものが炎ならば炎熱を細く束ね凝縮する。
これにより並の盾などはたやすく突き破る。
突破力を高めるこの形は、射出する魔術と共に多く用いられる。
弓は魔術の照準の修練に用いられ、聖典の魔術師にとっては杖に次ぐ得物であった。
教会の英雄、神の目と呼ばれた射手は狭い隘路に魔獣を誘い、一矢で十をも屠ったという。
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『集積』
骸の勇者の手になる彼独自のルーン。
殺戮器官の効果を最大限引き出すための、固有魔術に用いられるもの。
自らの制御下にある魔術を全て特定の座標に集結させるという性質を持つ。
そしてこれにより、骸の勇者は偽りの聖剣の術を行使する。
かつて勇者に憧れた少年は、幼い頃から血の滲むような努力を続けた。
誰かを守れるような戦士になろうとした。
けれど神はついに彼を選ぶことはなく、勇者になりたかった少年は燃え残りの灰として偽りの聖剣に手をかける。
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『月』
教会における最も尊いシンボルであり、聖典の魔術における秘術。
偽典詠唱では扱うことはできないと言われている。
その姿こそはシンボルとして広く知られてはいるものの、線の深さや傾きの角度、それからその詠唱などは固く秘匿され、教会の外には今現在も漏れていない。
だが『月』の使用例は有史以来極端に少なく、その効果を実際に目にした者は今の世には存在しない。
最上位の聖職者だけが知るというそれは、実のところ何の力も持たない紋章でしかないと囁かれている。
あるいは既に失われ、その事実を隠すために不出としているのかと。
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「ひえ・ぐらに・てくら・する・める・えるにせと」
『ひえ』にも『ぐらに』にも『てくら』にも『する』にも『める』にも『えるにせと』にもなんの意味もありはしない。
それは狂人の言葉であり、狂人には狂人の理というものがある。
自らの理を投げ捨て、安易に理解しようとすることの方が愚かだろう。
召喚士アリスでさえその意味を知りはしないが、唱えれば来るので便利に使っている。
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『精神感応能力』
アリスが使用する能力。
平易な言葉で表すのならば、超能力とでも言えるようなもの。
人の力を高める身体強化魔術と同じように、魔術によりアリスが持つ『心に感応する力』を高めることで、彼女は自在に他者と精神を通わせたり思考を読み取ることができる。
だが、それは本来身体接触を介して心を読み取れる程度の弱々しいものでしかなかった。
まだ幼い少女は、かつて父親の愛を一身に受けていた。
心を読めるが故に決して愛を疑わず、そして彼女は明るく優しく、けれど少しだけ小賢しく育った。
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殺戮器官・『偽証』
火刑の魔人、アッシュ=バルディエルの殺戮器官。
偽りの質量を操り任意の物質を作り出す心臓。
焼け残った少年は、死者の名残りをせめて胸の内に留めようとしていた。
故にその心臓は灰を集わせ、つかの間の虚像を生み出すことができる。