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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
六章・最後の盾
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一話・新しい狂気

 


「ようこそ、帝国軍へ。歓迎するわ……アッシュ」


 サティアが言った。

 アッシュの前を歩きながら。

 地下へ続く階段を、ゆっくりと降りて。


「…………」


 狭くて薄暗い場所だった。

 三人並べる程度の幅で地下への階段が続いている。

 サティアと二人で静かな通路を進んでいく。


 そして、数拍の間を置いて言葉を返した。


「ここはどういう施設だ?」

「実験場。改造兵士を、集めてある」

「…………」

「安心して。志願した者しか……素体にはしてない……」


 なにか感傷を抱いたと思われたか。

 サティアはそんな言葉をつけ足した。

 小さく鼻を鳴らし、アッシュは黙って歩き続ける。


「それで、あなたの初めての任務は……その、改造兵士の性能テスト」


 もう少し話を聞く。

 どうも帝国では新たな改造兵士を生み出したらしい。

 そのテストとして、アッシュを彼らと戦わせるそうだ。


「君が相手すればいいのでは?」

「もう何度もした。……強いわよ、かなり」

「なるほど」


 もうしばらく歩くと開けた場所に出た。

 石造りで、天井が高い通路だ。

 一瞬、かつて囚われていた実験場を思い出す。

 思い出す程度には似ていたので、実験場を作るマニュアルでもあるのかと、アッシュはどこか皮肉な考えを浮かべる。


「来て、こっち」


 歩いていると、何度か白衣の研究者たちとすれ違う。

 石造りの通路を抜け、また階段を下りた。

 すると魔道具の明かりが鋭く目を刺す。

 そこは白い光で明るく照らされていて、また輪をかけて広い場所だった。

 あちこちに鉄板を貼られ、補強された……おそらくは戦闘用の広場である。


 アッシュはもう一度見回したあと、サティアに問いを投げかけた。


「ここでやるのか?」

「ええ。そうね」


 待てということだろう。

 佇んで動かなくなったサティアから目を逸らす。

 やがて、広場の反対側の階段から人が出てきた。


 ……いや、気配は人と言うよりは魔獣に近いか。


 人数は三人。

 彼らは一様に、白の軽鎧を身につけている。

 そして鎧の上には長いマントを装備していた。

 顔を覆う銀仮面も相まって、まるで体を隠しているように見えなくもない。


「会えて光栄だ、骸の勇者」


 真ん中に立っていた男が口を開いた。

 知らない声である。

 さらに両脇の二人もそれぞれ気安い口調で語りかけてくる。


「ぜひ、魔王討伐の勇士に胸を借りたい」

「力を試させてください」


 アッシュはため息を漏らす。

 実験体と聞いていた割に悲壮さのない雰囲気だったので。

 別に不満はないが、拍子抜けしたのだ。


「いいよ。やろう」


 答えて『偽証』を使う。

 右手に木剣を造り出した。

 サティアが背後でルールの通達を行う。


「勝利条件は、あの三人を……戦闘不能に追い込むこと。敗北条件は……あなたが降参を、すること。オーケー?」


 実に明快なルールである。

 アッシュは振り向きもせずに答えた。


「オーケー」

「よし。では、はじめて」


 目の前の三人が動き始める。

 やはり人間離れした速い動きだ。

 とはいえアッシュの眼を振り切れるほどではない。


「……武器はいらないのか?」


 なんとなしの問いを投げる。

 三人は上手く散開してアッシュの元へと駆け寄ってくる。

 しかし無手なのだ。

 暗器でも仕込んでいるかと考えた……その時。


「浸透し、網羅せよ……『操銀エレクトラム』」


 三人が同時に同じ詠唱をする。

 次の瞬間、鎧の隙間からこぼれ落ちた銀の液体が、まるで生き物のように動く。

 そして雷を帯びたかと思えば、一瞬で槍の形に変化した。


「…………」


 冷静に観察する。

 虚空から武器を出したことくらい、さして驚くことでもない。

 アッシュにだってできることだ。

 それよりも、何のためにあのような武器があるのか、という部分が重要だ。


「そうか、形が変わるのか」


 魔力の気配を感じ、反射的に一歩引く。

 予想通り、側面に回り込んでいた一人の武器が伸びた。

 アッシュの足の部分を狙って、数倍に伸びた槍が虚空を突く。


「……初見で対応するとは」


 槍を避けられた男が驚いたような声を漏らす。

 直後、他の二人も攻撃を仕掛けてきた。

 伸縮自在、変幻無形の兵装で襲いかかる。


「…………」


 驚くべきことに、彼らの装備は振られる度に形を変えた。

 剣や槍、果ては鞭と目まぐるしく変化する。

 アッシュはそれを黙って避け続けた。

 テストという話なので、真面目に評価をするためだ。


 そして、見る限り彼らの動きはかなり速い。

 一人一人が中位魔獣すらも超えている。

 しかしまだ上位魔獣には遠く……比較にさえならない。

 ガーレンの寄生兵士も中位級であることを思えば、もう少し見どころが欲しい。


「防御性能が見たい」


 後ろへと地を蹴って、三人へと語りかけた。

 その言葉で空気が張りつめたのが分かる。

 詠唱すらなく、ほぼ魔法に近い手順で『炎杭』を発動させた。


 指揮官と思しき一人が声を張る。


「攻めろ! 手前で炸裂させる!」


 言葉通り、彼は槍を伸ばし……傘のように穂先を広げた。

 無論一瞬で溶解するも、手前で炸裂したおかげで余波も届かない。


 むしろ爆煙で視界を塞がれたアッシュに対し、他の二人が連携を繰り出してきた。


「……『縛引コール』」


 サティアも使った魔術だ。

 体が強く引きずられるのを感じた。

 地を踏みしめてこらえる。

 けれど、一瞬の隙に追撃が来た。

 最後の一人が透明化して、懐に入ってきていたようだ。


 見えない刃が振り抜かれ、風が鳴る音がする。


「……!」


 息遣いだけが耳に届く。

 勝利を確信したのだろう。

 しかしアッシュは、不可視の刃をあっさりとへし折る。

 武器も姿も、魔力の気配でむしろ目立っていたからだ。

 ただ、打ち合わせた木剣も裂けてしまったので手放す。

 そのまま……無手のままで、接近していた二人を制圧した。


「っ……!」

「かはっ……」


 一人に拳を二発入れ、片手で振り回して投げ飛ばす。

 もう片方は飛び蹴りで吹き飛ばした。


「…………」


 アッシュは無言で最後の一人に視線を向けた。

 彼は武器を下げ、降参は……しなかった。

 淡々とした口調で倒れた二人へと呼びかける。


「お前ら、立て。この姿じゃ失礼らしい。……本当の力を見せてやろう」


 その言葉を引き金に、倒れていた二人が起き上がる。

 糸で引かれて操られているような不自然な動きで。


「…………?」


 アッシュは目を瞬かせる。

 すると目の前で、三人の体が裂けて割れ始めた。

 下からは黒い……見覚えのある装甲、いや甲殻が現れる。


「寄生型か」


 アッシュは言った。

 しかもこれは、下位魔獣相当の量産品ではない。

 強大な力を持っていることが分かる。


「その通り。これが俺たちの、救国の力……!」


 どこか苦しげな息で、指揮官の男が答える。

 その間も彼らは肥大し、伸長し、体を作り替えられ続けていた。

 それを黙って見ていると、後ろでサティアが口を開く。


「アッシュ、このあと時間ある?」

「いや、あまりない。なぜ?」


 今日は約束があるからだ。

 時間はないと答えたところ、彼女は笑顔で言葉を返す。


「だって……あと三百人くらいいるもん」


 訓練場につながる階段から、続々と人が降りてくる。

 目の前の三人と同じ装備で、同質の力を持った人間たちが。


「…………」


 それを見て、アッシュは魔物の力を使うと決める。


「三十人ずつ相手する。それでいいか?」

「いいわよ!」


 薄く笑みをたたえて彼女は頷く。

 合意を得たので仕事に戻ることにした。

 心臓の力で木剣を造る。


「『魔物化オルタナティブ』」


 黒い魔力が溢れ出す。

 同時に、きっかり三十人が前に出てきた。

 寄生体を解放し、一斉に変態を始める。

 そして彼らは見事な連携により、互いの魔術を組み合わせ、アッシュと対等に渡り合ってくる。


「なるほど、強いな」


 なにより驚いたのが彼らの身体能力だ。

 寄生状態の姿になった兵士たちは、上位魔獣の四割程度は動けている。

 一瞬の油断すら許されない状況で、アッシュは目まぐるしく木剣を振るい続ける。


「……再生能力まで?」


 叩きのめした一人が、ゆらりと立ち上がる。

 その姿に目をみはった。

 再生能力と甲殻を盾に、物怖じせずに殺到してくる。


 こうしている内に再び木剣が折れた。


「…………」


 今度は刃を引いた剣を造る。

 相手を人間の範疇だと思うのはやめた。


「『偽証イグジスト』」


 魔人化すらせず、障害物として無数の壁を生成する。

 兵士たちを分断するためだ。

 さらに濃い煙幕をまき散らし、アッシュは各個撃破に方針を切り替えた。


 白く濁った広場の中で、次々に兵士たちの悲鳴が響く。


「ぐぁっ……!」


 幾人倒れても、彼らはずっと体勢を立て直すことができない。

 なぜならアッシュが常に障害物の配置を変えているからだ。

 誰にも奇襲の位置を予測できない。


「悪いが、これもテストだ」


 また一人倒して呟く。

 音もなく白濁の中を走り、数分で全員を無力化した。



 ―――



 やがて模擬戦が終わる。

 結果として、アッシュの見通しは甘かった。

 一回目は凌ぎきったが、二回目の三十人にはほぼ何もできずに無力化された。

 これは手の内を知られたせいだろう。

 改造の有無以前に、練度の高い兵士たちだった。


 しかし、目的は勝つことではなくテストなのだ。


 特に条件は変えず、勝ったり負けたりを繰り返した後、模擬戦を切り上げて広場を去る。


「お疲れ様。どう? 手強かったでしょう……彼ら?」


 前で階段を上がりながらサティアが言った。

 アッシュは頷く。


「強かった。……もしかしたら、戦況を変えられるかもしれない」


 正直な意見である。

 なにしろ最後は『偽証』も『焼尽』も使った上で負かされたのだから。

 魔人化をしていれば勝てただろうが、もし三百人を相手にしたらそれでも負ける。


 そんな兵士が制御できて、なおかつ量産できているのだ。

 確実に戦況を動かせるだろう。

 必要ならテスターとして、レポートでも何でも書いてやりたい。

 兵器としての完成度を思えば、アッシュのような魔物とは比較にもならなかった。


「ところで、必要なデータは取れたか?」


 ふと思い出して尋ねる。

 元々テストという話だったのだ。

 それにサティアは淀みなく答えた。


「取れたわ。あなたとの……つまり、人造勇者との比較実験のデータがね」


 なんでも、彼らを制式の改造兵士として確定させるために必要だったのだとか。

 こう聞くと複雑な気分ではある。

 帝国もまた、人造勇者の製造を視野に入れていたと取れるので。


「そうか」


 とはいえ、別に深入りする話でもない。

 短く答えたところ、不意にサティアが振り向いた。

 そしておもむろに違う話を始める。


「そういえば、時間がないって言ってたけど……なにか約束?」

「うん」


 頷いた。

 彼女は少し歩く速度を落として横に並ぶ。

 そうしてまた質問を重ねた。


「どこに行くの?」


 雇い主として予定を把握する……という感じでもない。

 しかし別に隠す気もなかったので答えた。


「ノインの服を買いに行く」

「ああ、そう。それは……外せないわね」


 それから、黙って歩き続けた。

 階段の終わりにたどり着く。

 この階段は、レヴァンセの兵舎の武器庫に隠した通路なのだ。

 外に出て、アッシュは日の光に目を細める。

 陽の向きからするとまだ昼前なので、着替えて向かうくらいの時間はあるだろう。


「それじゃあ、行ってらっしゃい。……楽しんできてね」


 倉庫の前で、見送りに出て来てくれたサティアが言った。

 軽く礼をして背を向ける。


「…………」


 アッシュは少しだけ足を急がせて、宿の方へ進み始めた。


予定していた1話までの投稿を終えたので、これからまた書き溜めに入ります。

ただ、活動報告にも追記していますが、ガーレンの話の続きは投稿を延期しています。


理由はなんだか上手く書けないことです。

いい具合に書けたらこっそり五章との間に挟んでおきます。


それではまた、書き溜めができたら読んでいただけると嬉しいです。

失礼いたします。

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