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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
五章・獣の魔王
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魔王の記憶【三】

 


 アリスが読み取った記憶。

 意図して読み取ったがために、ほぼ完全に取り出すことができた。


 三の魔王。

 スカーレット=リデル。


 その女は、名家に仕える使用人の娘だった。

 正確には、仕える主人に手籠めにされた使用人の娘である。

 彼女の人生には、その生まれから獣欲の影が落ちていた。


 そして、スカーレットは決して祝福された子供ではなかった。


 彼女を産んだことで、母の人生は狂った。

 幼馴染との婚約は破談になり、屋敷での居場所をなくし、娘を捨てていずこかへと去った。

 さらに、夫人の怒りを理由にスカーレット自身も幼くして家を追われた。

 血縁と美貌を見込まれ、ただ政略の道具として存在を許され、とある貴族の屋敷に預けられることとなる。


 結果として、彼女は預け先でも居場所を見つけることはなかった。

 後ろ暗い出生が人の好奇を誘い、端女はしための血は周囲からの侮蔑を呼んだ。


 常に孤独であったスカーレットは、書庫に隠れて時を過ごす。

 けれどそこで、一人の少年……屋敷の嫡男と出会ってしまう。

 それこそが、彼女の恋と地獄の始まりであった。


 愛を育んだ二人は、やがて密かな夢を抱く。

 勇者のように、輝かしい冒険に旅立つという夢を。


 そして不幸にも、彼らは貴族であった。

 ありふれた幼い夢を、何不自由ない生活が育ててしまった。

 二人は決して衣食に困らず、望めば剣に打ち込むことも、魔術書を取り寄せることもできた。

 故に、夢は美しさを失わず、秘め事の熱は冷めず、いつか無謀な旅に漕ぎ出した。


 わずかばかりの金を持ち出し、頼みとするのは少年の剣とスカーレットの魔術。

 されど、そんな二人に対し、外の世界はあまりにも酷薄であった。


 幾度も騙され、奪われ、弱さを知り。

 打ちのめされて底に落ちた。


 数年後、少年の家の使者が二人を見つけた時。

 彼らはマフィアに囚われ、見る影もなく落ちぶれていた。

 少年は手足の腱を裂かれ、薬物と拷問で気が狂い、去勢された道化として転がっている。

 スカーレットは首領の情婦となることを拒み、さんざ嬲られたあと、最下層の娼婦に身を落とした。

 骨と皮のように擦り切れ、目を潰されてしまっていた。


 愚かな夢の代償が、果てしない重みで人生を壊したのだ。


 やがて、少年の生家が交渉し、二人は保護されることとなる。

 しかし彼らは引き離され、二度と出会うことはなかった。

 気が触れた少年は、領地の片隅に連れ去られ、死ぬまで幽閉されると決まった。


 一方で、『預かり物』であったスカーレットは事情が異なる。

 両家の恥を隠すため、引き取り手もなく、ただ屋敷に残されることとなった。

 そして別れ際、スカーレットは少年に待っていると伝えた。

 ずっとこの書庫であなたを待つと。

 そんな一方的な約束だけを頼りに、いつまでも少年の帰りを待ち続けた。


 やがて、数十年の時が経った。

 いつしか屋敷の貴族は代替わりをし、スカーレットの存在は忘れられていく。

 最初はひどく虐待を受けていたが、十年も経てば誰もが興味を失った。

 さらに街で鉱脈が見つかったことで、鉱毒を嫌った貴族たちが居を移してしまった。

 一人残されたスカーレットは、それでも書庫にしがみついていた。


 そして、いつからか放棄された屋敷に盗人が入るようになる。


 無論、家財はほぼ貴族たちに持ち去られていた。

 だがどういうわけか書庫は手つかずで、絶好の稼ぎ場となった。

 盗人たちは高価な書物や調度品を盗み続ける。

 老婆となったスカーレットは、眠らずに書庫を護り続けようとした。

 しかし鉱山街の貧民は絶えず盗みに入り、盲目の彼女をあざ笑った。


 一人が音を立て、もう一人が密かにかすめとる。

 まるで児戯じぎのような策に簡単に騙され、翻弄される。

 盗られては狂ったように嘆く、痩せ細った老女を、盗人たちは浅ましく陰で笑った。


 数日でごっそりと物が消えた。

 さらに二週間ほどで書庫はからになった。

 その上、盗り尽くした盗人たちはスカーレットを嘲り、大切な書庫に火をかけた。


 彼女は魔術で鎮火しようとしたが、触媒の杖さえ盗られてしまっている。

 何もできず、運よく降った雨で鎮火する頃には、書庫は無惨に焼け落ちていた。


 すでに狂っていたスカーレットは、それでも……いや故にこそ激しい怒りを抱く。


 獣のような、人のものを奪うことをなんとも思わない、クズどもが。

 人を騙し、裏切り、利を貪る害獣たちが。


 なにもかも奪ってしまった。

 約束の場所を、彼が帰る場所を。

 どうすればいいのか分からない。

 待つと誓ったはずなのに。

 護ることさえできなかった。

 泣きながら頭をかきむしる。


 だが、自分もそうだと、ふと気がつく。


 自分も獣から生まれた獣なのだ。

 女を犯す獣と、子を捨てる獣から生まれ、人を蔑む獣に育てられた、獣の人形なのだ。

 それなのに人のフリなどして、一体いつから忘れていたのだろう。


 最初から少年だけだったではないか。

 獣でないのは彼だけだった。


 誰もが獣だ。

 光がある時だけ人間のフリをしている。

 闇の中なら正体を隠すこともない。

 誰もが人のフリなどやめてしまう。

 獣になる。

 当然のことだ。

 自分だってそうだ。

 最早、大切な光は消えてしまったのだから。


 雨が頬を叩く。

 闇の中にずくずくと、火傷の痛みが広がり始めた。


『光を絶たれた女。降り積もる痛みに狂い、闇の底にて獣となる』


 痛みの、そして獣の魔王。

 獣が溶けた人形たちを統べる。

 魔境にて、愛する人を擬した傀儡と終わりなき語らいを続ける。


 待ち人(のぞ)みて幾星霜いくせいそう

 面影薄れて痛みが募る。


 からになり、焼けた書庫で女は魔王となった。


 とある事情につき、彼女に深く感応せざるを得なかったアリスは、その記憶を通して魔王になる方法を知った。



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