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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
五章・獣の魔王
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四十四話・祝祭の夜に

 


 レヴァンセで日々を過ごす。

 最高のもてなしを受けたが、アリスはどこか満たされない思いで過ごしていた。


 それは、一人だけ手持ち無沙汰だからだ。

 アッシュは魔獣狩りに精を出し、ノインは結局病床から出られなかった。

 シドやキメラもやることを見つけて忙しそうだ。

 ゴーストに至っては、サティアに請われて帝国兵に訓練をつけ始める始末。


 一人で毎日遊び、高級な物を食べ、マッサージを受けたりしても空虚だった。

 昔はアッシュの金を使い込んでまで遊んだが、何が面白かったのかさっぱり思い出せない。


 けれど、それも今日までの話である。

 今日は約束していたパーティーがあるのだ。

 ……いや、約束はしていなかったものの、確かにアッシュに来るように言った。

 待ち合わせの時間まで伝えて、部屋に来るようにお願いしている。


 そんな訳で、今日のアリスは昼からどたばたと準備に勤しんでいた。

 今は姿見の鏡の前で、着ていく洋服を選んでいたところだ。


「…………」


 日の差し込む部屋で。

 ハンガーにかけた洋服を、自分の前にかざしてみたりする。

 美しいドレスや、女性らしい衣装がどれだけでもクローゼットに収まっている。

 どれもきっと最高級のもので、うっかりネコババしそうになるくらいにセンスがいい。


「ああ、泥棒はダメですよ。みんなに胸を張れなくなりますからね」


 浮かれて、そんなひとりごとを漏らす。

 たまに微笑む。

 彼にもらったマフラーを合わせてみたりした。

 個人的には、これはどうしても身につけたい。


 なぜならアリスの首には、いまだに首輪の跡が残っているからだ。


「着てみますか」


 言うが早く、すぐに喪服を脱ぎ散らかした。

 下着だけになって色々な服に袖を通す。

 サティアに以前、顔だけは良い……というようなことを言われたことを思い出した。

 だから、顔は悪くないはずなのだ。

 加えて、それなりに出るところも出ている。

 自分で見てもなんだって似合っているように思えた。


「けどまぁ、こういうのは柄ではなさそうです」


 赤いドレスに袖を通して、じっくりと見ながら言う。

 裾が大きく広がった大げさなデザインで、いかにもお貴族様のお召し物といった印象である。

 やがてアリスは、シルエットが細い服の方がマフラーに合うことに気がつく。


「……うん。青色は、かわいいですね」


 深い青色のドレスに袖を通す。

 召喚獣に背中のチャックを上げさせながら言った。

 長袖のドレスだが、肩から先と鎖骨周りはレースになっている。

 胸元から腰にかけてのシルエットがシャープで、裾は膝の少し下で揺れる丈だ。

 露出は抑えめだが、上品な感じで気に入った。

 それから、マフラーを少し緩く巻いて、片側に垂らすとストールのように見える。


「…………」


 鏡に寄ってまじまじと見つめる。

 青の強さが空色の瞳とグラデーションになって、オシャレに思える。

 知的に見えないこともない。

 胸元のレースに沿ってちりばめられた、屑星のような宝石も気に入った。


「髪型も……変えてみましょうか。あとは、お化粧も」


 早歩きで鏡台に腰掛けた。

 三つ編みの髪をほどいてまっすぐにする。

 ポニーテールを試したり、二つ結びのおさげにしてみる。

 ぶつぶつとひとりごとを漏らしながら試行錯誤を続けた。


「夜会巻きってどうやるんですか? ……あ、おばさんみたいになった」


 街にいたセンスが良さそうな女性たちを思い浮かべる。

 色々考えた結果、ハーフアップにすることにした。

 上手く結べたことに安堵して、次はアクセサリーを見繕う。

 なんとなく、鏡台の引き出しを開けると色々あった。

 赤い花の髪飾りを選ぶ。

 地金が金でできていて、上品な輝きを放っている。

 髪に金具を通してみると、悪くないと思えた。


 我ながら魅力的に見えたので、アリスは綻ぶように笑う。


「えへへっ」


 しかし。

 次は化粧にかかろうと考えたところで、不意に力が抜けた。

 手を止めて自分の姿を鏡で見る。

 それから少しのあと、鏡台の前でうなだれた。


「……バカみたいです」


 口にすると涙があふれそうになる。

 こらえてドレスの裾を握った。

 ぽつりとつぶやきを漏らす。


「来るわけがないじゃないですか、あの人が」


 このあたりは書庫に近く、魔獣が多い。

 余力のある地域なので駆除は進んでいるが、それでも獲物には事欠かない。

 だったら、アッシュが来るはずがないのだ。

 彼にとってはパーティーなんて取るに足らないことだ。


『魔獣は宴会をせずに殺す。だから、俺もそうする』


 昔聞いた言葉を思い出す。

 敵が休みなく殺すから、ヒーローにも休みはない。

 人々を……失われるかもしれない命を守るということに比べれば、パーティーなんかどうでもいいに違いない。


「来るはずないのに……こんな、バカみたいです、私」


 体調が戻らず、ノインだって今日は来れない。

 サティアも仕事で忙しい。

 なら、アリスはきっと一人になる。

 着飾って、部屋に取り残される自分を想像して、どうしようもなく惨めになった。

 浮かれて服を選んでいた姿は、どこに出しても恥ずかしくない道化だろう。


「…………」


 俯いて、アリスは髪飾りをゆっくりと外す。

 ドレスを脱いだ。

 頭の後ろで三つ編みを結んで、いつもの喪服に着替える。

 その後、試した衣装を一つ一つ丁寧にハンガーにかけた。

 クローゼットを閉じてしまうと、魔法が解けたような落胆がこみ上げる。

 何も考えないようにして、倒れ込むようにベッドに突っ伏した。


「……また、早く旅に出たいです」


 アリスは呟く。

 旅に出ればまた話せるし、毎日顔を合わせることができる。

 そうでなければ、彼はアリスなどとは話さない。

 興味さえないだろう。

 ヤクラナの時は必要だったからエスコートをしたが、今日はただ一方的にお願いをしただけだ。

 だから、彼は覚えてすらいないに違いない。


「バカみたい……本当に……」


 言いながらも、泣くことだけはしなかった。

 アリスは分かっていて恋をしたのだ。

 パーティーに来ないことも、毎日は姿を見せないことも。

 全て織り込み済みだ。

 むしろ魔獣狩りを放り出して、へらへらとマッサージやらパーティーに通うような人を好きになった覚えはない。


「全部、自分が望んだことでしょ?」


 強く言葉にする。

 自分の理想の高さ、歪さにうんざりしながら、ベッドに顔を埋めていた。

 羞恥心や自己嫌悪が激しく渦巻いている。


 そうしていると、アリスはいつの間にか眠りに落ちてしまった。



 ―――



 目を覚ましたのは、すっかり夜になった頃だった。

 アリスはベッドから顔を上げる。

 夜だというのに、月光ではない光が部屋に差し込んでいた。

 祝祭が始まったのか、外からは賑やかな声が聞こえる。


 寝る前のことについてアリスは思い出した。


「…………」


 ベッドに腰掛けて、暗い部屋で俯いている。

 また涙が滲んだ。

 肩を落としていると、外から声が聞こえた。


「……おい、アリス。いないのか?」


 アッシュだった。

 目を見開く。

 来るはずがないと思っていたのに、扉の前から声がする。

 そのことが信じられず、思わず声が高くなる。


「えっ? アッシュさん?」

「そうだ」


 アリスは腰を上げた。

 鏡台に走る。

 泣き言を呟きながら。


「もう、なんで来たんですかあの人……!」


 月明かりを頼りに、髪だけでもと確認をする。

 うつ伏せのせいで前髪がぐしゃぐしゃだ。

 くしを探して走ると、額が何かにぶつかる。

 暗くて何も分からないが、かなりの痛さに声が出た。


「痛いぃ……! だっ、誰ですか、こんなところに、物を置いた人は……! 許せない……!」


 目を閉じてうずくまる。

 ヨシヨシと負傷箇所をさすっていると、また外から声が聞こえた。


「まだかかるか?」

「かっ、かかりますよ! ちょっと黙っててください?!」

「……分かった」


 泣きそうになりながらもクシを探し当てる。

 髪に当てて、ある程度整えた。

 しかし着衣も乱れていることに気がついて、外の明かりを頼りに必死で整える。


「そうだ、明かりをつければいいじゃないですか!」


 やがて、気づいたのは苦労して服を整えた後だ。

 駆け足で備え付けの魔道具の明かりをつける。

 数秒後に、もうつけても意味がないと思い当たる。


「いや、なんで今さらつけたんですか、私……」


 すぐに消す。

 我が事ながら慌てぶりに引きつつ、準備ができたので扉へと走る。

 走りながら、もしサティアが音を偽るいたずらを仕掛けていたら、立ち直れないだろうと思う。


「お待たせしました、すみません……!」


 と、謝って扉を開ける。

 息を切らしながら。

 すると、いつかと同じ飾り気のないシャツを着て、アッシュが部屋の前に立っていた。


「……ふふっ」


 アリスは笑みを漏らす。

 なぜ来たのか、とかそういった考えはすっかりどうでもよくなっている。

 微笑んでスカートの裾を上げ、少しそれっぽい礼をした。


「よく来てくれましたね。さぁ、エスコートをお願いできますか?」


 そう聞いたが、アッシュは答えない。

 ただ不思議そうな顔でアリスを見つめている。


「……?」

「え? なんです?」


 困惑する間も、アッシュはまじまじとアリスを見ていた。

 微妙な表情で頭をかいて、首を横に振る。

 なんでもないと言いたいのだろう。

 しかしアリスはそれどころではない。

 自分がどこか変だったかと思って、聞き出さずにはいられなかった。


「あの〜? 言ってくださいよ? まったく、イヤな人ですね……」


 そわそわしながら聞いた。

 アッシュはまた少し悩んだ後、小さな声で答える。


「いや、どこに時間がかかったんだろうと思って……」


 確かに、アリスはいつも通りの服装だ。

 頭からつま先まで、まるっきりいつもと変わらない。

 なのにバタバタしていたのが不思議だったらしい。


 しかしアリスとしては、そんなことを言われると泣きそうになる。


「それはっ……色々あったんですよぉ……!」

「そうか」


 わなわなと震えて、いきなりべそをかきそうになりながらも、アリスたちはなんとか出発した。

 二人でゆっくり、祝祭の夜を巡ることにする。



 ―――



 まずアリスが向かったのは、街で行われているお祭りだ。

 パーティーもいいが、そちらはまだお硬い開会式の途中だ。

 神官様の口上を聞いてやる気はしない。

 説教臭い者たちがハケて、立食パーティーが始まってからがお目当てなのだ。


 なので、今は街のあちこちを遊び回っている。


「さぁ、アッシュさん。天才弓士の、一夜限りの復活といきましょうか……!」


 天才やら伝説やら、何度も大仰に言って弓矢の射的の屋台に立つ。

 しかしやり方を覚えておらず、全て外してしまう。

 店主は珍獣でも見るような目で見ていた。


「貸してみろ」


 残り一回まで追い込まれたところで、アッシュが交代する。

 おもちゃの弓の弦を弾いたりしながら、彼はアリスに聞いてくる。


「どれがいい?」

「あれで」


 一番上の的だ。

 やたらと小さくて、難しそうな場所にある。

 それに何を思ってか、彼は小さく息を漏らす。


「分かった」


 淡々と矢をつがえ、一秒と狙わずに放つ。

 流れるような動作である。

 放たれた矢は当然のように的の芯を捉えた。

 だが、カツンと音を立てて的に弾かれる。


 明らかに倒れていないとおかしい当たり方だったが……。


「…………?」


 気まずい沈黙の後、店主がおずおずと口を開く。


「いや、スマン。当てるヤツがいると思ってなかった……」


 聞けば、当たってもまぐれでかする程度だと思っていたそうだ。

 それで倒されても下らないので、倒れないように補強していたという。


「なんですって?! このインチキ……」


 怒るアリスに、店主は肩をすくめる。

 店の前の行列からも罵声が聞こえ始めた。

 アリスたちはしっかり景品を巻き上げて、次の屋台へと足を進める。


「アッシュさん、賭けポーカーをしましょうよ」

「うん」


 人込みの中、肩を寄せ合って歩く。

 賭けポーカーの出し物に並びながら、街のあちこちを指さして話をする。

 右も左も珍しいものばかりで、話は一向に尽きなかった。

 そうしていると、アッシュも少しずつ話すようになる。


 やがて、賭けポーカーの順番が来た。

 こちらはアッシュが戦ったものの、恐ろしいくらいの惨敗である。


「アッシュさんって弱いんですね〜。ポーカーフェイスのくせに…………ふふふっ……」


 ポーカーフェイスのくせにポーカー弱いってなにごと? ……と、アリスは自分で言って自分で笑っている。

 彼は気にした様子もなく、ぽつりと真実を口にする。


「イカサマをしていたな、彼ら」

「ええっ?!」


 アリスは驚く。

 彼はさらに説明を続けた。

 どうも後ろに並んでいた行列の中に、アッシュの手札をサインで教えている仲間がいたらしい。

 さらにカードを配る時も、小さなイカサマをいくつかしていた。

 無論、ベースは運なので絶対に勝てるほどではないが、今日の興行でマイナスになることはない。


「なんか今日、そんなのばっかりですね……!?」


 ムカムカと憤慨している。

 アッシュは小さく鼻を鳴らした。

 特に気にしてはいなさそうだ。


「祭りはどこもそんなものだ」

「いや、あなたが知ってるのは魔獣殲滅祭りだけでしょ」

「……俺も、昔は友だちと祭りに行ってたよ」


 いつも三人で遊んでいたという。

 一人とても賢い女の子がいて、彼女の前でズルをするとコテンパンにやり込められるそうだ。

 もちろん、アッシュに色々と教えたのもその子だ。


 しかし一度やり込めすぎて、大の大人に袋叩きにされそうになったこともあるらしい。

 その時ばかりは、震えながらアッシュたちに助けを求めたとか。


「へぇ。その子、面白いじゃないですか」

「……うん」


 色々と話を聞いて、アリスはけらけらと笑った。

 少しだけ、昔の彼を想像できたような気がした。

 楽しい友だちに振り回されて、苦労したり笑ったりしていた姿を思う。


「…………」


 歩く横顔を見ながら目を細めた。

 本当に家族が大好きだったのだろうな、と考えながら。

 それからまた、屋台を巡ることに決める。


 立食パーティーに備えて食べ物は避け、演劇や音楽などの出し物を大いに楽しんだ。

 変わり種では、オタマジャクシレースなどというものもあった。

 ガラガラだったので二人で何回か楽しませてもらった。


 そして、そんな風に時間を過ごしていた時。


「…………」


 アッシュがふと立ち止まり、何かに目を留めた。

 視線の先を追えば、とある店に群がる子どもたちが見えた。


「あれは……勇者の衣装ですね」


 子供向けの販売物である。

 鼻紙のような白マントや、薄っぺらのブーツが売られている。

 店の一番いい場所に、ゴテゴテの装飾がついた剣のおもちゃも飾られていた。

 店先ののぼりには『光陰の勇者プラノ』と記されている。

 しかも、プラノが偽物の勇者をやっつける……というような紙芝居まで披露されていて。


「悔しいですか?」


 アリスは聞いた。

 世間は本当に意地悪だと思いながら。

 しかし、アッシュはゆっくりと首を横に振る。


「別に」

「でも、ひどいですよ。こんな……なにも、やっつけることはないでしょうに」


 紙芝居で倒された偽物はアッシュだった。

 名前こそ明言されていないが、黒い力を纏った姿を見ればすぐに分かる。

 今もどこかの街を燃やそうとする怪物が、聖剣で斬られる絵が出ていた。

 紙芝居職人の手で絵がグラグラと揺らされている。

 臨場感たっぷりという感じに、おはなしを読み上げながら。


 やがて、子供たちの大歓声が上がる。


「……私、腹が立ってきました。クソガキ蹴散らしてきましょうか」


 杖を強く握った。

 アリスは眉間にシワを寄せる。

 けれど彼は、本当に気にした様子がない。


「しなくていい」

「どうして?」


 納得できずになおも聞く。

 それに彼は、眉一つ動かさずに答えた。


「別に、好かれたくて戦ってない」


 アッシュはそう言った。

 好かれなくてもいいと。

 ならば、どうしてわざわざ見ていたのか。


「じゃあ、なんで見てたんですか」

「……なんとなく、懐かしいと思っただけだ」


 男の子は一度は勇者に憧れるものだ。

 彼も例外ではなかったのか。

 勇者の格好をしたり、ごっこ遊びをしたこと。

 それを思い出して、なんとなく見ていたのだろう。


「…………」


 アッシュはもうしばらく子供たちを眺めていた。

 楽しそうに笑ったり、勇者ごっこではしゃいでいる姿を。


「まったく、クソガキしかいやしませんね……」


 アリスは吐き捨てた。

 ある子供はマントを買ってもらい、奇声を上げながら親に飛びつく。

 別の子供は一生懸命に背伸びをして、紙芝居を覗こうと試みていた。

 程度の差こそあるが、みんなが楽しそうに、幸せそうに過ごしている。


 そんな光景を、アッシュは黙って見つめていた。



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