四十三話・もう少し
アッシュたちが目的地に着いたのは、旅に出て一週間が過ぎた頃だった。
思ったより近かったのは、サティアが書庫の攻略後に立ち寄りやすい場所を選んだからか。
ともかく、レヴァンセというらしいその街は、半灯の祝祭に備え絢爛に飾り付けられている。
夜の街に足を踏み入れ、おのぼりのように見回しながらアリスが言った。
「へぇ……中々すごいじゃないですか。かなり楽しめそうです」
彼女の言葉通り、街は大変な盛況だった。
雑多な格好の市民の他、きらびやかな衣装を着た人々や、労働者風の一団を見かけることもあった。
これまで見た街の中でも五指には入る賑わいで……それに、まず夜に人通りが多いということ自体が驚きだ。
あちこちの大きな建物から、煌々と明かりが漏れて夜を飾っている。
「ゴースト、驚いた?」
サティアが言う。
ヤクラナの質実な暮らしを思えば、この街の華々しさには驚きがあるかもしれない。
鎧の下の表情は伺えないので、実のところよく分からないが。
ともかく、ゴーストは含み笑いと共に答える。
「俺を未開人だと思っているな?」
「違うの?」
あっけらかんとサティアが言う。
ゴーストは心外そうに首を横に振った。
「違う。俺は以前、神の試練で外に出た。それなりに栄えた土地も訪れたさ」
「それ、外で傭兵をやって……武勲を立てるってやつ? まさか、本当にあるとはね」
そのまま、ヤクラナの伝統についての話が始まる。
特に気にせず、アッシュはノインに目を向けた。
彼女はようやく、歩ける程度には回復をしたところだった。
「大丈夫か?」
ノインは少し遅れて歩いていた。
傷は塞がったが、まだ体調が戻らない。
熱を持った顔が、夜景の中でも明らかなほど赤くゆだっている。
そんな状態なので、歩くのもやめるように言ったが、自分で歩きたいと言って聞かなかった。
「はい。大丈夫……」
と、そこまで言いかけたところで。
彼女は不意に倒れ込んでしまう。
膝から崩れて前のめりに、手をついてうずくまってしまった。
「!」
すぐに駆け寄った。
同じように全員が集まる。
まず口を開いたのはキメラだった。
「……傷はもう、治ったはずなのに」
アッシュはじっとノインの体を見た。
小刻みに震えている。
地面に接触した手は、青黒く内出血をしていた。
加えて息は荒く、鼻腔から血が流れ始める。
「ごめんなさい」
弱々しくもがきながら、苦しげな声でノインが言う。
だが謝るべき人間は他にいる。
アッシュは、頭が重くなってしゃがみ込んでしまいたいような気分になる。
言語化できない、痛みを伴う憂鬱が重くのしかかる。
「…………」
目の前の光景の痛々しさに、全員が口をつぐんだ。
通りの喧騒の中、ぽっかりと穴が空いたように沈黙が生まれる。
しかし、我に返り助け起こそうとしたところで。
笑いながら、サティアが前に進み出た。
「……バカね。なんで謝るのよ」
そっと肩を貸し、ノインと共に立ち上がる。
「ほら。謝る理由があるか、自分の目で……確かめてみなさい」
サティアは言った。
左手の身ぶりで周囲を見るように促す。
だが誰も、責めるような眼はしていなかったのだろう。
まじまじと見た後、ノインは涙ぐんで頷いた。
「…………」
それからまた歩き出す。
歩幅を合わせてゆっくりと。
サティアがノインに、街の建物について案内を始める。
どうやらここは古い王朝の首都だったらしく、歴史的に価値のある建造物が多いらしい。
アリスに混ぜっ返されたり、キメラに質問をされながら会話が続く。
輪の真ん中に収まって、ノインはそれを嬉しそうに聞いていた。
―――
やがて、宿に着くとすぐに治療が始まった。
サティアが宿に手配してくれていたのだろう。
帝国の医師が診察をして、処置を始める。
その間、ずっと外の廊下で長椅子に座っていた。
もう夜なのでアッシュ以外は眠りについたが、寝る必要のない体を活かして、終わるまで待っているつもりでいた。
「…………」
ぼんやりと天井を見上げている。
サティアが用意した宿は、聖教国の城にも劣らないほどに華やかな場所だった。
深夜でも廊下には点々と魔道具の明かりが灯され、見上げた天井にすら美しい紋様の壁紙が張られている。
そんな場所でずっと座っていると、廊下の右手から足音が聞こえる。
目を向けると、礼服姿の青年が近づいてきている。
彼は車輪が付いた台を押していた。
台は胸ほどの高さで、上にいくつかのパンとグラスが置かれている。
待っているアッシュを気遣い、食事を運んできてくれたようだ。
前に立ち止まると、うやうやしく礼をして語り始める。
「失礼いたします。軽食とお飲み物はいかがでしょうか?」
アッシュは少し迷った。
目の前の料理は、おそらく良いものなのだろうと思う。
パンはまだ湯気が立つような温度で、炒り卵や肉が添えられている。
味もいいはずだが、見た目にもよく気を遣い盛り付けたのが分かった。
しかし、すでに人間の食べ物に対する欲求は消え、嫌悪感しか残っていない。
「…………」
断るのを忍びなく思いつつも、取り繕って飲み込むほどの気力がなかった。
だから迷っていると、青年がすらすらと口上を述べ始める。
「こちらのパンは、カロンの港より仕入れた最高級の原料を使用しています。当店の自慢の品ですので、これだけでも……ぜひ」
青年にしては、なにげない言葉だったのかもしれない。
だがアッシュはふと興味を抱く。
どうしてか懐かしいような気になり、少しだけ食べてみたいと思う。
「……では、食べます。ありがとう」
いただきます、と小さな声で言う。
青年は準備よく、温かく湿らせた布を取り出した。
それで手を清めている間に、目の前で折りたたみのテーブルが立てられる。
食器を並べた後、青年はもう一度深く頭を下げた。
「…………」
アッシュも軽く頭を下げ、パンを口に運ぶ。
まずかった。
膨れた小麦の繊維が口の中に広がり、不快感が喉の奥まで埋め尽くす。
吐き戻したいような衝動を抑え、飲み込む。
肉や卵は無味に近いが、付着した香辛料や食用油に苛立つ。
グラスの液体は古い廃油のようにえぐみがある臭いで、飲み込むとえづきそうになった。
「……いかがでしょう?」
淡々と食べ進めるアッシュに、青年が聞いた。
決めている回数だけ噛んで飲み込む。
また軽く頭を下げて答えた。
「おいしいです」
ややあって食べ終わった。
グラスも空けてしまう。
食後の挨拶を済ませると、青年はもう一度深く礼をして去った。
その青年の、服の下の血や肉に食欲を感じながら、アッシュは黙って見送る。
「…………化け物」
潜めた声で自分を刺す。
心臓の音が、不平を訴えるかのように頭の奥で響いた。
まるで、餌を寄越せと唸るように。
「…………」
それからアッシュは床を見つめ、身じろぎもせずに時間を過ごす。
―――
明け方になっても、処置が終わることはなかった。
同じソファーに座ったまま、じっとうなだれて朝を迎えた。
「……おい、ノインはどうだ?」
やがて、耳を打った声に顔を上げる。
シドがいた。
彼の足音は聞こえていたが、気疲れして話しかけられるまでは突っ伏していたのだ。
ともかく、彼の言葉にゆっくりと答える。
「分からない。まず、検査が長引いている」
途中で何度か様子を聞いた結果だ。
検査の進捗が良くないらしい。
とにかく悪いということは分かるが、どこが原因なのかがはっきりしない。
治療と検査が交互に続いて、それで対応が長引いてしまっている。
……と、いうような話をかいつまんで答えた。
するとシドは頷いて、アッシュの右手に座り込む。
「そうか」
しばらく黙っていた。
言葉をかけることもなく、ぼんやりと正面……部屋のドアを見つめたままでいる。
そうしているとシドはまた口を開いた。
「あいつ、ずっと身体が悪かったのか? もしかして、塔の時から?」
「分からない。気づいたのは、キメラに出会ってからだ」
きっと、シドにしては驚きだっただろう。
彼はノインが体調を崩したところを見たことがないはずだ。
何も納得できていない様子で、また質問を重ねる。
「なんであんなことになった? 前に言ってたんだ、あいつ……痛みを感じないって。そのせいなのか?」
その可能性はあった。
痛覚を潰す、というのが何をするのかは分からない。
だがアッシュでさえ……かつて拷問や実験を繰り返されたこの身ですら、痛みは感じる。
きっと想像を絶する施術を受けたのだろう。
「そうかもしれない」
しかしだ。
かつてノインの体について触れたキメラの言葉を思うに、より問題なのは禁術のルーンの方だった。
なのでアッシュは言葉を重ねた。
「だが、禁術のせいだとキメラは言っていた」
目を瞬かせるシドに説明をする。
本来なら、使えば二十秒と待たずに死ぬ術なのだと。
それを同じ禁術で相殺し、ノインは常用し続けた。
だからもう、体が壊れてしまったのだ。
「……なんだよ、それ」
泣きそうな声でシドが言った。
さらにべそをかいたような声で続ける。
「あいつ、言ったんだよ。いつか僕の店に来るって……なのになんで…………」
知らない約束だ。
アッシュは何も言えず、深く頭を下げる。
自分の認識が甘かったということは、言われるまでもなく……よく理解していた。
体のことを知った時点で、迷わずにルーンを潰しておくべきだったのだ。
「……すまない」
もうシドは何も言わなかった。
静まり返った廊下には、時折シドの息遣いと、鼻をすするような音が響く。
「…………」
またぼんやりと過ごしていたが、ふと思い出してシドに問いかける。
「そういえば、君は? 体は大丈夫か?」
寄生体に巣食われたことを思っての言葉だ。
シドは理解できていなかったようなので補足をする。
「寄生の……後遺症のようなものはないのか?」
その問いに、彼は驚いたような表情を浮かべた。
少し間を空けて首を横に振る。
「……別にない」
「そうか」
しばらく沈黙が続く。
彼にはなにか言葉を躊躇うような気配があった。
アッシュは特に追求はせずに黙っている。
そうしていると、シドはやがて口を開いた。
「でも……そういえば、一つだけ変わったことがある」
目を向けた。
次の言葉を待つ。
「思い出したんだ。お父様とお母様のこと。……僕のじゃなくて、おじい様の記憶だけど」
どういうことなのか理解ができなかった。
その事実が寄生体と何の関係があったのか。
何も言えずにいると、彼は口を曲げて、複雑そうな顔で補足をする。
「……多分、寄生体でなにかしたんだ。ミケリセンは、アレを使って僕の……おじい様の記憶を見てたから」
ようやく理解できた。
つまりミケリセンが記憶を覗いた影響で、祖父の記憶で欠落していた部分……彼の親に関する記憶が蘇ったのか。
もしそうなら、後遺症とも言えなくはない。
「それは、良かったな」
迷いながらも、ひとまずはそう答えた。
さらに少しだけ考える。
もしかすると、ミケリセンは意図的に記憶を蘇らせたのではないかと。
何の意味もないお節介に過ぎないが、それくらいの甘さはある男だった。
少なくとも、今振り返るとそう思える。
「……僕、あいつのこと嫌いだよ。本当に、大嫌いだ」
シドが言った。
あいつ、というのはミケリセンのことだろうと推測する。
シドがまた口を開いた。
「でも、ただ……悪いだけのやつじゃなかったのかも」
それは間違っている、とアッシュは思う。
彼は子供だから、ミケリセンの最後の叫びや、記憶が戻った事実に感化されているのだ。
本来、あの男は紛れもない悪人だったはずだ。
「俺は、クズだったと思ってる」
しかし、一方でこうも思う。
彼は成りきれなかったと。
最後の最後でも、やっぱりアッシュたちを殺せなかったから。
「…………」
兵器と化したあと、彼の意思がどの程度残されていたのかは分からない。
それでも最初の奇跡で無人の街を撃った。
もっと強力な能力を大量に使わなかった。
おまけに、真っ二つにされた程度で死んでくれた。
どうしても、手を抜かれたという実感が強くある。
「あいつはただ、どうしていいか分からなかっただけだ」
アッシュはそう結論づける。
どちらに進めばいいのか分からず、徹しきれなかったのだと。
いや本当は分かっていたのかもしれない。
だが、もう一つの道を捨て去ることもできなかった。
あれはそういう中途半端な存在なのだ。
アッシュ自身、同じような矛盾を抱えていたからこそ分かる。
「……どうすればよかったのかな、あいつ」
シドが言った。
アッシュは何も答えられなかった。
自分も正しい道を歩めていないからだ。
答えを口にするのは、自らの醜悪を曝け出すのと変わらない。
だからもう言葉もなく、静かにノインの治療を待ち続ける。
少しすると、廊下の窓から朝日が差し込み始めた。
―――
目を覚ます。
朝日の光が眼をくらませる。
華やかな部屋の、窓際でカーテンが揺れていた。
そして、すぐそばから声が聞こえる。
「おはよう、ノイン。これは誰にも聞かれない。……秘密の話よ」
寝たまま、ゆっくりと顔を向ける。
鈍く重い体を引きずるように動かす。
すぐそばにサティアが座っていた。
だから、秘密の話、という言葉の意味も理解する。
音を消していてくれているのだ。
「…………」
無言の内に頷く。
重要な話だと分かっていた。
サティアは、彼女にしては珍しく言い淀む。
しかし意を決したように口を開いた。
「結論が出たわ。あなたは死ぬ。それも、三ヶ月の内に……必ずね。キメラももう、匙を投げた」
三か月。
必ず死ぬ。
一瞬、ノインの思考は停止する。
しかし受け入れられた。
いつかこうなるということは分かっていたからだ。
分かっていたのに戦ったのだから、これは当然の結果だ。
「はい…………」
なのに声が震えた。
ぽろぽろと涙があふれる。
思い出すのは、旅での出来事だ。
いつもみんなが親切にしてくれて、楽しく笑っていられた、ほんの短い道のりだ。
それが短いまま終わってしまうことが、とても悲しいのだ。
「分かっています。あたし、分かってたんです…………」
まるで、自分に言い聞かせるように繰り返す。
ノインは分かっていたのだと。
分かっていても、戦ったのだと。
サティアはしばしの沈黙の後、話を続ける。
「一つだけ、方法があるわ。私はあなたに……もう少しだけ、うまくいけば、五年くらいの……時間を与えられる」
言いながらも、サティアはあまり気が進まない様子だ。
すぐにノインは理解した。
決して都合のいい話ではないのだろう。
重い口からため息を漏らし、サティアは続けた。
「帝室には、密かに継がれた呪法がある。……闇深い場所に、禁じられた呪文が」
彼女は語った。
それは、皇帝の延命のために使用される術だと。
病さえも癒し、死にかけの老人が活力を取り戻す。
政治的空白を生まないため、帝室には帝を生かす術がある。
しかし使用は厳重に禁止されていた。
封を解かれるのは、当代の皇帝が死に瀕したと判じられてからだ。
なぜなら。
「これは、治す魔術じゃない。人を、怪物に、変える魔術よ」
治癒魔術は人間の体を復元する。
元の形の定義を持ち、そこへ向けて肉体を作り直す。
けれどこの魔術は、別の場所に繋がってしまった。
……誰も知らない、見たこともない、おそろしい怪物の形があるのだ。
これはその異形へ向けて、人の体を作り直す魔術である。
「五年で、完全な怪物になる。それまでに……帝は後継者を選び、死ななければならない」
逆に言えば、そこまでは生きられる。
変化は緩やかで、変わる間は健康でいられた。
生命力が溢れ、老いさえも越える力を得る。
時間が来るまでの間に、皇帝たちはなすべきことをなしてきた。
「…………」
ノインは言葉を失う。
怪物になるという言葉に実感を持てない。
しかし、ふと思いついて問いを投げた。
「怪物になる前に、やめられませんか?」
治してすぐに使うのをやめればいい。
だが、サティアはゆっくりと首を横に振る。
どうしようもないのだと悟り、ノインは俯いた。
「あなたは、肉体がすでに死にかけてる。禁術で体を壊し、治癒魔術を、使いすぎたせいよ」
だから、注ぐことをやめれば尽きて死ぬだけだ。
もうノインには、体を治すための活力が残っていない。
そのようなことを、時間をかけて説明してくれた。
ノイン自身にも実感はある。
キメラの治癒魔術ですら、体を治すことはできなかったのだから。
「…………」
しかし何も言えずに黙り込む。
怪物になるということは……あるいは、死ぬことよりも不安に感じる。
それでも、もう少しだけでも生きれるならと、ノインは提案を受け入れようとした。
けれどサティアは手で制して、さらなる代償について語り始める。
「今回、この禁呪を……キメラに使ってもらう」
禁呪をもってなお、普通の人間ではどうしようもない。
それくらい、今の状態が悪いということだ。
「だから、もしかするとあなたは、五年より早く、怪物になる可能性がある」
治癒士が使った場合、より早く効果が現れる。
少なくともその恐れがある、という意味だ。
ノインは歯を食いしばる。
涙をこらえた。
答えを返す間もなく、サティアはまた言葉を継いだ。
「それに……もしかすると、治しすぎてしまうかも」
彼女は初めて、後ろめたさそうに視線を逸らす。
目を瞬かせていると、躊躇うような表情で答えを言った。
「痛覚が、蘇るの。もしそうなれば、あなたは……耐えがたい、地獄のような痛みを抱えながら……生きることになる」
それで、完全に心が折れてしまった。
もう大人しく死のうと思った。
自分の先行きに希望を抱けなくなったから。
諦めて治療を断ろうとしたところで、不意に部屋のドアがノックされた。
「…………」
サティアとノインは顔を見合わせた。
動きが固まる。
けれど、ややあってサティアが入室を許可する。
「……失礼する」
アッシュだった。
そばには心配そうな表情のシドもいる。
一晩中外で待っていたのだろうか。
彼らはノインの寝床のそばまで歩いてくる。
「具合はどうだ? すぐ治るのか?」
横に来るなりシドが口早に言った。
そして、彼の目が泣き腫れて赤くなっていることに気がつく。
ノインは意識する前に、思いもしない言葉を口にしている。
「はい。大丈夫ですよ。すぐ、元気になります」
笑いながら。
ああ、と胸の内でため息を漏らす。
だってそれは嘘で、ノインは三ヶ月で死ぬのだから。
次にアッシュも口を開く。
「……君がいなければ勝てなかった。本当に、感謝している。今はゆっくり体を休めてくれ」
ノインが戦ったことを否定せずにいてくれた。
ただ労って、認めて、感謝を伝えてくれた。
さらにシドも、いじけたような顔で言葉を続けた。
「僕がこうしていられるのは、お前のおかげだ。だから、早く……元気になれよ」
彼らしい、どこか意地を張った空気がある言葉だ。
ノインは笑う。
それから、四人で色々と話をした。
半灯の祝祭の話をしたり、塔での失敗を語り合った。
でも一番弾んだのは料理の話だ。
シドは、ここで料理を教わっているそうなのだ。
彼は嬉しそうに、誇らしそうにその話を聞かせてくれた。
「ミスティアたちに食わせてやる。まぁ、あいつら馬鹿舌だから……どうなるかは分からないけどな」
照れた様子で言った。
ノインはにこにこと笑って、自分も食べたいと伝えてみる。
すると彼は驚いたように顔を上げて、病室から駆け出して行ってしまう。
分かった、とだけ言い置いて。
「あっ、別に今でなくても……」
ノインが言っても聞いていない。
寝室の扉を開けて走り去った。
それを見てサティアは呆れたように微笑む。
「……まぁ、まだ子供ね。魔術師だなんだと言っても」
アッシュも頷いて、ゆっくりと腰を上げた。
「俺はそろそろ行く。料理は君たちだけで食べるといい」
「食べていけば? 彼、中々、料理は上手いわ」
サティアが呼び止める。
彼は首を横に振った。
魔獣を狩りに行きたいのだと言って断る。
「あとは、俺も馬鹿舌だからな。もったいないよ」
そう言い残して、アッシュも部屋の外に出た。
ノインは笑顔で見送った。
けれど部屋のドアが閉じた瞬間、うなだれてシーツを握りしめる。
「……………」
部屋の中に、ノインがすすり泣く声だけが響く。
サティアは黙って手を握っていてくれた。
やがて、長い時間が経った後。
ノインは小さな声で、サティアに語りかける。
「あたし、まだ…………やっぱり、まだ、死にたくないです……」
濡れてぐちゃぐちゃの顔を上げた。
サティアは目を見開いていたが、やがて決意を固めたように頷く。
「分かった。もう少し、生きましょう……ノイン」
こくりと頷く。
それから、ノインは声を上げて泣き始めた。
サティアが音を消してくれるのに甘えて、何もこらえずに、全身の力をすべて吐き出すように声をあげた。
泣き止むまでずっと、サティアは強く抱きしめていてくれた。




