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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
四章・底のない呪い
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二十八話・開戦(2)

 


 鎧を身に着けたあと、クロードはすぐに動き始めた。

 だがどうしてもアッシュが捕まらない。

 あちこちで爆音がして、追いかけるたびに兵士が死んでいる。

 まるで要塞の中の隠し通路でも知っているかのように神出鬼没だった。

 元は帝国の要塞なので、サティアか誰かからそういった知識を与えられていた可能性があった。

 だがそれはともかく、こんなことを繰り返していると流石に兵士たちも何事かが起こったのだと気づき始める。

 しかし対応するための指揮官があらかた焼き払われてしまったので、混乱が収束することはなかった。

 もはや要塞の中は軽い恐慌状態に陥っている。


「クロード様! クロード様!!」


 一人の兵士が泣きながら駆け寄ってきた。

 今はまた、爆発の気配のもとへと向かっているところだった。

 しかし呼び止められたのでアリスたちは止まった。

 クロードが苛立ったような声で兵士を怒鳴る。


「なんだ!!」


 クロードは兜を身に着けているので表情は分からない。

 しかし声の剣幕に兵士は一瞬だけ怯んだ。

 でもすぐにまた泣いてクロードへと訴えかけた。


「すぐそこの、中庭の裏で……仲間が殺されていました……ひどい、ひどい殺され方をして……」

「……ひどい殺され方?」


 クロードが聞き返す。

 兵士が指し示す先は、爆音がした場所とは全く違う場所だった。

 けれど、そうなると爆発の音は囮かなにかだったのかもしれない。

 手がかりを探すために、中庭の裏とやらに行くことになった。

 そしてたどり着くと、クロードは呆然としたような声を漏らす。


「……これは」


 中庭の先にあった通路では幾人も死んで倒れていた。

 その全員が首を切り落とされている。

 しかしこれを見て、兵士はなぜか困惑したように息を漏らす。


「えっ? さっきまで……さかさに吊るされていたんです……足をロープで……まるで、にわとりの血抜きをするみたいに……」


 血抜きという言葉を意識して周囲を見回してみる。

 確かに、兵士たちの死体から少し離れた場所には血痕があった。

 だが違和感がある。

 吊るして()()()をしたにしては石の床を染める血の量が少なすぎる。

 血がどこに消えたのかを少しだけ考えて、アリスは一つ推測を立てた。


「なるほど、食べたんですね」


 小さく呟いた。

 つまり、彼は魔物として食事をしたのだ。

 血にそそられて気が狂いそうになるのなら、先に満腹になってしまえばいいという理屈か。

 逆さ吊りで首を切って、血を抜いて、下にはバケツでも置いて血を溜めたのだろう。

 そして飲めるだけ飲み干した。

 アッシュはあっさりと、人間としての一線を踏み越えてしまった。


「……はぁ」


 心の底から呆れ果ててため息を吐く。

 どうしてこんなに、躊躇いもなく堕ちていけるのか。

 これでは本当に人間ではなく兵器だ。


 また会うことがあれば小言でも言おうかと思うが、どうしても無駄であるような気がしてならなかった。

 彼は脇目もふらず、破滅に向かってまっしぐらに突き進む。

 誰が何を言っても止まったりしないだろう。

 この前は案外普通の人なのかと思ったが、それも気のせいだったのかもしれない。


「これのどこがひどい殺され方だ! 焼き殺された人間がいくらでもいるんだぞっ! いちいち私を呼ぶな!!」


 と、そこでクロードの怒鳴り声が聞こえた。

 同時に壁を殴ったらしく、石造りの壁が無残に粉砕された。

 兵士は哀れにも驚いて、クロードの前で縮み上がって跪く。


「も、申し訳ありません……」


 意味の分からないことで怒るものだと思って、アリスはクロードを冷めた目で見つめる。

 それにさっきまで死体が吊るされていたのなら、焼死体と同じくらいにはインパクトのある殺人現場だと思うのだが。

 しかし頭ごなしに怒鳴りつけて、今度はアリスにも食ってかかってきた。


「アリス、骸の勇者の作戦について……知っていることがあれば教えろ」


 紳士的な口調をかなぐり捨てて聞いてきた。

 もちろんアリスは答えるしかないのだが、あいにく何も知らなかった。

 自分の作戦について彼はほとんど明かさなかったからだ。

 アリスの協力を得る上で、首輪の起動を避けるために。


「いえ、なにも知りません」

「嘘をつくなっ! これは命令だぞ!!」


 命令であると怒鳴られても、知らないものは知らなかった。

 知っていることを教えろと言われても、何も知らないと返すしかなかった。


「いいえ、知りません。命令したんですから、嘘ではないと分かりますよね?」


 するとクロードは黙り込んだ。

 しかしやがて深い呼吸を何度かして、少し落ち着いた様子で語り始める。


「……ああ、そうだな。分かった」


 続いてクロードはどこかに歩き始める。

 アリスと例の哀れな兵士もついてくるように言われたので、二人で彼の後ろをついていく。

 やがて、少し進んだところで兵士が口を開いた。


「あの、クロード様……どちらへ?」


 あまり急いでいる様子ではない。

 なので気にかかったのだろうが、それにクロードは短く答える。


「正門のそばの広場だ。そこに魔獣の一部を集めている」


 魔獣を集めるとは、おそらく魔王の眷属としての能力である。

 魔獣を指揮する力で、周辺にいる獣に招集命令をかけているようだった。

 クロードは言葉を続ける。


「密集して迎え撃つ。もうかくれんぼは終わりだ」


 一つに軍が集まれば、いかにアッシュといえど手出しはできない。

 上位魔獣とクロード、それから多分アリスにも囲まれてなぶり殺しだ。

 数の差というのは無情なもので、たとえ右腕の力を使ったとしても瞬殺されてしまう。

 クロードに近寄れば魔術は封じられるのだから、なおさら何もできないだろう。


 けれど一つ気になって、アリスはつい口を挟む。


「兵士のみなさんは見捨てるんですか?」


 するとクロードは小さく舌打ちをする。

 だがすぐに取り繕って、軽く深呼吸をして答えた。


「見捨てない。魔獣が集まるような動きをしたら、兵士も集まるように訓練してある。私が遠隔から指揮できるのは魔獣だけだから、魔獣の行動に応じて連携を取れるようにしてある」


 つまり魔獣がどこかに集まるような動きをとった際には、兵士たちも一緒についていくように徹底してあるらしい。

 アリスは納得して、クロードにぺこりと頭を下げる。


「ごめんなさい」


 特に返事はない。

 そのまま黙って進み続けていると、やがてかなり広い通路に差し掛かった。

 さらに、この通路には大量の魔獣がいる。

 視界を埋め尽くすような数だ。

 かなり驚いて、アリスは思わず息を呑んだ。


「うっ……」


 あの魔獣たちが大人しく並んで行進している。

 周囲には人間の兵士もいた。

 統率の取れた動きで、通路の中を移動している。

 そして魔獣はクロードたちが通りやすいように左右に分かれて道を開けてくれた。

 人間の兵士も気付き次第さっと離れて通してくれる。

 だから混雑をあまり感じず進むことができた。


「アリス、驚いたかい? 飼い慣らされた魔獣を見るのは初めてかな?」


 クロードが機嫌よくそんなことを言う。

 味方と集まったことで精神が安定しつつあるのだろう。

 アリスはにこやかに笑って答えた。


「ええ。驚きました」


 道を譲られながら進んで、やがてたどり着いたのはとても大きな広間だった。

 天井が暗くなるくらいに高くて遠く、距離感が狂いそうなくらい壁が遠くて広いホールだ。

 正門のそばということで、門から打って出るために兵士たちや兵器が集まれるような広さにしてある場所なのだろう。


 そして、この場所には続々と魔獣や兵士、あとは魔物に似た人間らしきものまで集まってくる。

 一体だけだが上位魔獣らしき影すらあった。

 十分すぎるほどの戦力がこの場に集いつつあった。

 続々と集まっていく兵士と魔獣たちの群れは、いまだ途切れ目すら見えないほどに多い。

 流石に眷属の能力を使っただけあり、集合は信じられないほど迅速だった。

 多くの指揮官を失ったとは思えないような統率だ。


「骸の勇者め……来るなら来い。殺してやる」


 実際に、アッシュがここに来れば簡単に殺せるだろうとアリスは思う。

 だが上位魔獣が一体では、サティアやキメラが加わると苦しくなってくるだろう。

 なので、戦力について質問をする。


「上位魔獣は一体だけですか?」

「いや、あと三体いる。だがそちらは別の広場に集めた。ちょっと狭すぎるからね」


 クロードは余裕を取り戻した声で答えた。

 今の言葉によると、軍はちょうど二つに分けてあるということである。

 遠征軍の兵数は、一国を相手取るにしては少なすぎるほどの数にまとまっている。

 上位魔獣を含む魔獣と、眷属であるクロードの存在のおかげだ。

 だが流石に全軍をこの広場に集めるのは無理があっただろうから、それは仕方のないことだった。

 さらに彼は言葉を続ける。


「でも向こうに現れても構わない。上位魔獣と戦っている間に私が駆けつけて倒す」


 アッシュも上位魔獣三体が相手では瞬殺とはいかないだろう。

 というか普通に負ける可能性だってある。

 しかし次の瞬間、クロードが取り戻し始めていた余裕は跡形もなく消え去ることになった。


「っ!」


 ひときわ大きな爆発音がした。

 広間につながる、通路の一つから聞こえた音だった。

 道の入り口から真っ赤な炎が吹き上がり、轟音と共に瓦礫が落ちて道を塞いでしまう。

 ほんの一瞬の出来事だった。

 衝撃が走って、かすかに地面が揺れたような気さえした。

 道を通っていた兵士や魔獣はきっと死んだだろう。

 加えて、燃え盛る瓦礫の向こうでは多くの兵が取り残されてしまっている。


「なっ……!」


 唖然とした表情を浮かべて、クロードは声も出せない様子だった。

 背の高い魔獣たちが大量にいるので、広場の中からでは爆発した道がどうなっているのかはよく分からない。

 しかし炎はまだ消えていないようで、なぜか瓦礫が強く燃え盛っている。

 アッシュがなにか仕掛けをしたのか。

 だが何かを理解する前に、また別の場所から大きな爆音が聞こえる。

 そうして、またたく間にすべての通路が焼け落ちて広間から切り離された。


「そうか、二階か……!」


 あまりのことに言葉を失っていたクロードだが、しばらくして絞り出すような声で言った。

 つまりアッシュは、一つ上の階を移動して、フロアを爆破して通路の天井を次々と落としているのだ。

 アリスも同じ結論にたどり着いていたが、まだ疑問があるとも思っていた。


 それは速さだ。

 あまりにも破壊工作が速すぎるのだ。

 なにもできないまま、あっという間にすべてを終えていた。

 それに、落ちた瓦礫がずっと燃え続けているのも気になっている。


「…………」


 どんな仕掛けをしたのかは考えても分からない。

 でも、なぜ仕掛けがしてあるのかについては分かる気がした。


 きっとアッシュはこうなるのを予想していたのだ。

 現れては消えて、兵士たちを殺し続ければ絶対にどこかに集まるばすだと。

 集まって戦うことで、奇襲を無効化しようとすることは十分予想できたはずなので。

 そしてこの数の兵士が余裕を持って集まれるような場所は、要塞の中でもかなり限られてしまうはずだった。


 であれば、あらかじめ集まると分かっている場所に仕掛けをしておけば、スムーズに破壊工作を行うことができる。

 どうにかして事前に要塞に潜入しておいて、なにか通路の天井を崩すための準備をしていたのだろう。

 爆破位置に目印を入れておくのは基本として、爆破を皮切りに火災をも引き起こすような準備を。


「通路が塞がれた……クソ、最悪だ……」


 すでにクロードは弱りきったような声になっていた。

 彼の言う通りもう通路は塞がったし、そもそも大勢の人間が集まっているので素早く身動きが取れない。

 上の階にいるアッシュを追いかけるのは不可能だった。

 なにもできずにいると、しばらくしてまた遠くで爆裂の音が響く。

 もう一つの広場でも同じようなことが行われているのだろう。

 クロードは、ついに弱々しい声で弱音を吐いた。

 頭でも抱えだしそうな様子だった。


「どうしてこんなことに……」


 そして何も言わなくなる。

 だが、黙り込んだ彼とは対象的に広間の中は喧騒に包まれてしまっている。

 なにせ、ただでさえ有力な指揮官が多く殺されているのだ。

 突然通路が爆破されたり、味方が圧死したりする光景を見せられては兵士も平静を保つのは不可能だった。

 そのあたりを加味するともう現状は最悪だと言えるだろう。

 ガーレンの遠征軍は分断され、その上指揮官もいないまま混乱のるつぼに叩き落されてしまっている。


 つまり、もうほとんど勝負は決まってしまったのだ。


 ここからはもうガーレンとカースブリンクの戦争ではない。

 すでにこれは、アッシュとキメラの二人によるクロードの首切り合戦でしかなくなっていた。



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