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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
四章・底のない呪い
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二十四話・強襲

 



 花火の日の翌日、アリスはカースブリンクの城の廊下に立っていた。

 昼過ぎの廊下で、壁に背をつけて一人で立っている。

 理由はアッシュを待つためだった。

 キメラの封印を受けているはずなので、きっと帰りにこの道を通るはずだった。


 そしてなぜわざわざ待っているのかというと、彼に協力をしようと思ったからだった。

 最近の様子を見て、何度か話して、一つ気づいたことがあった。

 なので、協力する過程でそれを試してみようと思っていた。


「…………」


 しばらく待っていると彼は来た。

 足を引きずりながら、いつもの鎧姿で廊下を横切っていく。

 ただ、何も言わずアリスに向けて軽く頭を下げた。

 あいさつはそれで終わりのようだ。

 目もくれずに歩いていく。

 仕方がないので、こちらから声をかけることにした。


「こんにちは」


 呼びかけると彼は足を止めた。

 感情を読み取れない目を向けてきていた。

 それにアリスは言葉を続ける。


「あいさつはハキハキと、声に出してしましょうね!」


 少し胸を張って、人として当然のマナーを教えてやる。

 するとアッシュはもう一度頭を下げた。


「こんにちは」

「はい、よくできました」


 にっこりと微笑んで褒めてやって、彼の後ろに歩み寄る。

 そして背中を杖で小突いた。

 歩けということだ。

 ちらりと困惑を覗かせながらも、アッシュは一歩足を踏み出す。


「今日の予定は?」


 アリスの言葉だ。

 歩きながら聞いた。

 窓から日が差し込む廊下には、忙しく兵士や文官も行き交っている。

 戦の直前で忙しいのだろう。

 文官たちは神官と似た服装を……いや、もしかするとその神官が政治を担当しているのかもしれない。

 それはともかく、どちらともなく道の端に寄って彼らの邪魔にならないようにする。

 アッシュが口を開く。


「なぜついてくる?」


 質問は無視されてしまった。

 予定について答える気がなかったから、別の問いでごまかそうという腹だろう。

 アリスは少し気分を害された。


「私の勝手でしょ。飽きたら消えますよ」


 彼はそれに何も言い返さない。

 ただ小さく鼻を鳴らして歩いていく。

 昨日とは違ってアリスを一切顧みずに、一人で淡々と歩いて行く。

 足を引きずっているくせに歩くのがかなり速かった。

 やがて城の外に出てもそれは変わらない。

 まるで空気のように扱って無視をする姿に、流石にアリスは不快感を露わにする。


「ちょっと、私なにかしましたっけ? 昨日と態度が違いすぎるでしょ」


 城の堀にかかる跳ね橋を通った先、城下町の入り口あたりで問い詰めた。

 するとアッシュがまた立ち止まった。

 彼の表情には戸惑ったような色があった。

 構わず詰問を重ねる。


「用が済んだら捨てるんですか? 本当に意地悪な人なんですね……」


 貸しを作る時だけあんな風に振る舞って、ちょっとこっちが近寄ったら無視だなんて酷すぎると思った。

 怒りをぶつけると、アッシュが静かな目で見つめ返してくる。


「…………」


 何も言うことはなかったが、無視をしているわけではなさそうだった。

 そのままなにか考えているようだった。

 少しして口を開く。


「別に、冷たくした気はない。昨日が特別だっただけだ」


 返されたのはそんな言葉だった。

 アリスは眉をひそめる。


「昨日が特別?」

「そうだ。昨日は暇つぶしをさせるために話した。だが元々、俺はお前と話したりしなかったはずだ」


 つまり昨日が例外だっただけで、今の態度が普段通りの対応であるのだという。

 むっとしたが……正直それは正しいような気もする。

 アッシュは必要以上に関わろうとしなかったし、アリスもそれは同じだった。

 なので本当に彼はいつも通りに対応しているだけだ。

 そしていつもなら、アリスも特に気にせず立ち去っていたはずだ。

 でも今回は立ち去らなかったから、いつも通りを崩したせいでこうなっている。

 これに関しては認めるしかなさそうだと思う。


「まぁ、そうですけど……」


 食ってかかった手前、言いくるめられるのは苦い思いだった。

 アッシュはそんな気も知らずに当然のように頷く。


「分かったならもう行く。俺は忙しい」


 だがやられっぱなしで立ち去るのは気分が悪い。

 アリスはなおも反論を続けた。


「いや、そもそも普段から私を避けるのがおかしいです。なんで避けるんですか?」


 じっと目を見て核心をついた。

 アッシュは逆に、不審げに眉をひそめている。

 当たり前のことを聞かれて訝しむような気配があった。

 そのまま、再びだんまりになる。


「…………」


 今度も答えを考えている様子だった。

 アリスはため息を吐いて、彼が答えるまで待つことにする。

 しかしちょうど何か言おうとしたところで……弾かれたようにアッシュが振り向いた。

 視線の先には街がある。


「どうしました?」


 ただならぬ様子に、アリスは思わずそんな問いを投げた。

 アッシュが答える。

 張り詰めた雰囲気のある声だった。


「悪いが、話は今度だ。急用ができた」


 それだけ言い残して彼は去って行った。

 魔物の力を引き出して、黒い魔力を纏って走り出す。

 この方が速く動けるし、左足を引きずるのがもどかしかったのか。

 つまり、それだけの切迫したなにかが起こったのだ。


「…………」


 ともかく彼はあっという間にどこかに消えた。

 ひとり残されたアリスはひとりごとを漏らす。


「……なにがあったんでしょう?」


 アリスは彼ほど五感が鋭くないし、魔物特有の特別な感覚も持ち合わせていない。

 だから何が起こったのかはさっぱりだった。

 でも何かの騒ぎなら、もしかするとまた恩返しをするチャンスがありそうな気がした。

 そして借りを消化して、また恩を作りに来たら今日の腹いせにいじめてやろうと思う。

 それはとても楽しそうに感じた。

 だからアリスは、すぐにあとを追いかけることに決めた。


「よし、手伝ってやりますか」


 そう言って杖を手に取り、上空から異変を探すことにする。



 ―――



 竜の背に乗って、空を飛んでいるとすぐに分かった。

 少し遠いが、街に死体の兵士の集団がいるのだ。

 数は三十程度だろうか。

 ふらふらと歩く彼らは、カースブリンクの兵士たちに敵対しているようだった。


 街の中には殺された兵士があちこちに倒れている。

 そして、屍の軍勢の前には増援の兵士たちも駆けつけている。

 住民たちはみな避難したのか、周囲には誰もいなかった。

 そして応戦しているが、全く歯が立たないように見える。


 死体の兵士たちが相当に手練てだれで、さらに迎撃する兵士たちの様子がどこかおかしいせいだ。

 また、何より大きい要因は死体の兵士たちの中に混じっている……一人の異質な存在かもしれない。

 身の丈の倍ほどの巨大で分厚い剣を持って、全身を白銀の重装鎧で覆った長身の戦士だ。

 柱のような大剣が無造作に振るわれると、兵士が肉片になって地面に散らばる。

 彼が動くたび、カースブリンクの兵士たちの叫び声が聞こえる。


「――――ッ!!」


 この国の言葉で、アリスには意味が分からない。

 しかしなにか悲痛な内容であることは分かった。

 兵士たちは次々と応戦するが、大剣の男や死体の兵団によって仕留められていく。

 やがてまた一つ集団が一掃されてしまった。

 死体の軍団は前進を続ける。


「……どうしよう」


 アリスは呟いた。

 空にいるためか、まだ存在を気づかれてはいないようだった。

 でも一人で仕掛けるには少し怖いと思う。

 対空攻撃手段を持っていないとも限らないし、もしそうだったらアリスはなすすべなく殺されるだけだ。

 命まで懸けるわけにはいかない。

 判断をしかねていると、少し遅れてアッシュが到着した。

 すでに剣を抜いて、死体の軍勢の前に立っている。

 アリスは高度を落として近づいた。

 そして影の虫を彼らの近くに出した。

 これで会話を盗み聞きできるだろう。

 召喚獣と精神を繋げることにより、虫が聞いた情報は同じようにアリスも聞けるのだ。


「力よ、刃となれ」


 まず、聞こえたのは詠唱の声だった。

 アッシュの剣が炎に覆われる。

 しかし……すぐに消え去ってしまった。

 魔術の火が消えたのだ。

 まさか彼が、発動に失敗するとは思えなかったが。


「…………」 


 アッシュは何も言わない。

 再び発動を試みようともしなかった。

 きっとなにか魔術を使えない理由があったのだろうとアリスは思う。


「無駄だと分かっただろう? だが安心していい。私は仕事を済ませに来ただけだ。意味のない争いはしない」


 また声が聞こえた。

 わずかに気取ったような響きを含む男性の声だ。

 声の裏には、どこか優越感や全能感に浸っているような高ぶりを感じる。

 少しだけ考えて、鎧と大剣の男の声であると気がつく。

 アッシュが答えた。


「生きて帰れるつもりか?」


 さらに左手で、右腕に触れた。

 アリスもこれには焦ってしまう。

 あの腕は彼にとっての急所だ。

 彼が王都で倒れている間、封印の処置を手伝った際に大体の事情を聞いていた。

 あれは二つ目の魔物の器官で、今はまた眠っているようだが、再び使えばどうなるかは分からないのだという。


「あの馬鹿……」


 小さくぼやいた。

 そして使わせるべきではないと考えていると、気づけばアリスは地上に下りてしまっている。

 別にそんな気はなかったのに、アッシュのすぐ後ろへと竜を駆って降り立っていた。

 内心でため息を吐き散らすが……もう遅い。

 仕方がないので竜の背から降りながら声をかける。


「ちょっと。死にかけのくせに、気前よく寿命を配るつもりですか? 馬鹿すぎて泣きそうなんですけど」

「黙ってろ」


 振り向きもせずに、不愛想に答えた。

 とても張り詰めた声だった。

 理性的に答えられるほどの余裕がないらしい。

 こうして近くで見れば、息が乱れて肩が少し揺れているのも分かる。

 今は魔人化していない、魔物の魔力を使っているだけの状態ではあるが、今までより精神汚染が酷くなっているようだ。


「……ああ、なるほど」


 と、そこで気が付いて声を漏らす。

 精神汚染の悪化もあるだろうが、今は血肉に誘われているのだろうと。

 つまり、そこら中に散らばる人間の残骸に食欲でも感じているのかもしれない。

 それが魔物のさがなので。


「どうします? お茶でもれましょうか?」


 食事をするならと、鼻で笑いながら冗談を飛ばす。

 アッシュは何も答えない。

 ただ苦しそうにしている。


「…………っ」


 自分を抑える自信がないのか『魔人化』もできないようだった。

 よって戦闘は始まらない。

 放置もかわいそうなので精神に防壁でも張ってやろうと考えたところで、大剣の男が口を開いた。


「アリス=シグルムだな?」


 急に呼びかけられて、びくりと身を震わせる。

 さりげなくアッシュの背後に隠れながら答えた。


「よく知っていますね」

「君を救いに来た」

「は?」


 意味が分からなかった。

 救うとはどういうことかと思う。

 半分呆れて視線を向けていると、男は言葉を続けた。


「命令だ。『召喚獣を使って、アッシュ=バルディエルを撃たせろ』」


 発言の内容を理解する前に行動していた。

 首輪の痛みを予感して、ぞっとするような気配を感じたからだ。

 背後で控える竜の召喚獣に命令を下した。

 同時にアッシュから離れて射線を確保する。

 すると油断しきっていた、あるいは魔物に抗うので精一杯だったアッシュは……後ろから放たれた閃光にあっさりと飲み込まれる。

 直撃して吹き飛んでどこかに消えた。

 多分、竜の光線に破壊された家の瓦礫のどれかに突っ込んだだろう。

 爆破の余波の煙でよく状況が分からない。


「…………あっ」


 アリスは小さく声を漏らした。

 やってから自分が何をしたのかに気が付く。

 さっと血の気が引いて、震える声で問いかけた。


「え、いや……ちょっと、生きてますよね……?」


 返事はない。

 息も忘れて呆然と立ち尽くす。

 そうしていると男がまた口を開く。


「よし、上手くいった。すぐにここを出る。ちょうど、厄介な女が来ているはずだ」


 もう上位魔獣が殺されるとは……だとか、男はなにかぶつぶつと呟いていた。

 だが全く内容が入ってこない。

 どうして自分がこんなことをしたのかを考えていた。

 なぜ首輪の主でも何でもない、こんな男の命令に従ったのかを。


「命令だ。『私をその竜に乗せて、飛んでくれ』。ひとまず基地に帰る」


 今度は冷静に考えて、命令に従わなかった。

 ほとんど放心状態になってアッシュの姿を探していた。

 しかし、そうしていると首輪の痛みが訪れた。


「――――っ!」


 気づけばアリスは叫び声を上げていた。

 首を押さえて、うずくまって膝をつく。

 泣くまいと思っていたのに痛みで涙があふれる。

 意志の強さや心の在り方を無視して、全てをへし折ってしまうのがこの首輪の痛みなのだ。

 力が抜けてへたり込んでいると、男が無理やりアリスの腕をつかんで立たせる。


「早くしろ」


 アリスは一瞬だけ悩んだが、結局従うことにした。

 長い支配の生活の末に、逆らえないことはもう分かっていたのだ。

 ふらふらと歩いて、何も言わずに竜の背に乗る。

 男もすぐ後ろに飛び乗った。

 それをよそに、死体の兵士たちが道の向こうへと走っていく。

 何事かと目を向けると、サティアがこちらに走ってきていた。

 兵士たちは彼女の足止めに向かっていた様子だった。

 死体の兵隊は一瞬で蹴散らされるが、間一髪で間に合わなかった。

 すでに飛び去っているのだ。

 厄介な女とは彼女のことだったのだろう。


「…………」


 アリスたちを逃したサティアは、地上からじっと睨んでいた。

 底冷えするような殺意の視線だった。

 次の瞬間、後ろの男が苦しげにうめく。

 目を向けると、兜の耳のあたりをかばうように頭を抱えている。


「……クソ、暴君の娘め」


 痛みをにじませる声でそうこぼした。

 なにか攻撃をもらったのかもしれないと思う。

 しかし気にするつもりにはなれない。

 ただひたすらにさっき起こったことが理解できなくて、なにも考えることができなかった。




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