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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
四章・底のない呪い
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十八話・解くべき呪い

 


 アリスの手を借りたことで準備は順調に進んだ。

 カースブリンク側による妨害のようなものもなかった。

 そして明くる日の昼間、アッシュは封印のためにキメラのもとを訪れていた。

 すると彼女はノインと共にアッシュを出迎えてくれた。

 場所はキメラの私室だという、ごく質素な城の一室だった。


 そこには最低限の生活用品と、飾り気のない家具だけが並んでいる。

 小さな化粧台もあったがあまり使ってはいないような印象を受ける。

 木の鎧戸が閉じてあって少し薄暗い部屋だった。

 そしてキメラが小さな椅子を手で指し示す。


「では、おかけになってください」


 部屋の片隅に置かれた、一人がけの机とセットになったものだった。

 多分、彼女が書き物などに使っている物なのだろう。

 軽く会釈をしてアッシュは椅子を机から引き出して、キメラの前に向かい合うように腰掛ける。

 封印が始まった。

 だがしばらくすると、彼女が不意に顔を寄せてきた。

 にこにこと微笑んでいる。


「……どうです、賭けの件は? 考えてくださいましたか?」

「まだ決めかねています」


 一応丁寧な言葉で答えた。

 そしてはぐらかすと、彼女はにやりと目を細める。


「ご冗談を。ずいぶん忙しくしているようではありませんか? ん?」


 アッシュは小さく鼻を鳴らした。

 可能ならやる気がないように見せていたかったが、どうせいずれは分かることだった。

 なので気にしなかった。


「…………」


 それからまた沈黙が流れる。

 話すことがないわけではないが、単純に封印の麻痺でアッシュの口が回らなくなった。

 やがて封印が終わるとキメラが一歩下がって離れる。


「さぁ、終わりましたよ」

「助かり……ます」


 なんとか声を出して感謝を伝えて、体が動かないのでそのままじっとしている。

 そして何気なく部屋の隅に立っているノインに目を向けた。

 彼女もなぜか修道服を身に着けている。

 キメラのものに似た、冬物の分厚い物だ。

 少しだけサイズが大きいようで、着られているような印象がある。


「…………」


 しばらく何も言わずに視線を交わしていた。

 彼女もアッシュがうまく喋れないことを分かっているのか、話しかけてくることはなかった。

 するとキメラが微笑んだままノインの横に立つ。


「ほら、似合うでしょう。彼女はとても素晴らしい神の子ですから、修道服を用意させましたの」


 キメラはどこか嬉しそうだった。

 この国では神の話をできる相手がいなかったのかもしれない。

 ノインのことをかなり気に入っているようだった。

 しかし、対して本人はというと、少し困ったような顔で眉を下げていた。


「…………」


 なにか気にかかっているのか、あるいはキメラとあまり肌が合わないのかもしれない。

 だがそれは特に追求せず、黙って二人の様子を眺めている。

 声が上手く出ないのでまだ口を開く気になれなかった。

 しばらく待ってから話をする。


「体は良くなったか?」


 そんなことを聞くと、ノインはゆっくりと頷いた。


「はい。痛みは分からないのですが、なんだか体が軽くなりました」

「そうか」


 アッシュも短く答えて、少し迷って話を続けることにした。

 首だけ動かしてキメラの方を向く。


「少し、ノインと話をしてきてもいいですか?」


 治療のスケジュールなどの都合を確認するために聞いた。

 すると彼女は虚をつかれたような顔で目を瞬かせる。

 だがすぐに微笑んで快く送り出してくれた。


「ええ、構いませんわ。私はこの部屋におりますので、どうぞお好きに」

「ありがとうございます」


 そうして許可を得て、今度はノインに向き直る。


「君も、いいか? もし時間があれば少し話をさせてほしい」

「はい。分かりました」


 こちらからも了承を得ることができた。

 だからアッシュは立ち上がる。

 よろめきながらも椅子から身を起こした。


「あ、大丈夫ですか?」


 ノインが心配そうな顔で一歩近づいてきた。

 それを手で制して、ふらふらと歩く。

 また今さらではあるが、封印に際して鎧などの装備は外していない。

 アリスの封印とは方式や出力が違うのか、鎧の有無などのささいな要素は気にならない様子だった。

 だからそのまま部屋を出ようとしつつ、キメラに別れと礼を告げた。

 感謝に偽りはなかったので丁寧に頭を下げておく。


「度々すみません。またお願いします」

「お気になさらず。どうぞ、いつでもいらっしゃって下さいね」


 答えを聞き届けて、今度こそ止まらずに歩いていく。

 ノインがついてきているのを確認して城の廊下を進む。

 どうやって伝えようかと考えながら、アッシュは黙って歩を進めた。



 ―――



 たどり着いたのはサティアと密談をした例の庭だった。

 噴水の周囲の石畳の広場に足を運ぶ。

 そして二人でベンチに腰掛けた。

 昼下がりの庭のベンチは、陽に照らされて少しだけ温かかった。


「あの、どんなお話なんですか?」


 やがて、少し緊張した面持ちでノインが聞いてきた。

 アッシュも緊張しているから、それが分かったのかもしれない。


「…………」


 そしてなんと答えるべきか悩んでいた。

 こうして話を切り出そうとすると口が重くなった。

 だがきちんと話をすべきだと思ったので、アッシュはなんとか言葉を絞り出す。


「君に、本当のことを言いたい」


 ノインがじっと目を見つめてくる。

 アッシュは目を逸らしたくなった。

 でも逸らさずに話を続けた。


「君は、何も罪を犯してはいない。償うべきこともない。……何も悪くない」


 すると彼女は目を見開いた。

 驚いた様子だった。

 当然の反応だった。

 彼女はずっと、罪人であると洗脳されて生きてきたからだ。

 そしてだからこそ、魔王と心中する前に呪いを解かなければならなかった。

 あの修道院から連れ出した以上、伝えるのはアッシュの責務だった。


「ツヴァイのことも。君たちは悪くない。あの日殉教者隊が死んだのは、マクシミリアと俺のせいだ」


 なぜなら、ツヴァイは家族を返せと言っていただけだからだ。

 ノインを引き渡しさえすれば、復讐を諦めて大人しく帰って行っただろう。

 彼は絶対に、殉教者隊を巻き込むことまでは望んでいなかった。

 しかし彼女を返してやらなかったのは、ただ利用したかったからだ。

 戦力として魔獣と戦わせるために、神のために死ぬ必要などないと……まっとうなことを言っているツヴァイを拒んだ。

 結果として戦いが起こった。

 であれば本当に悪いのはアッシュでありマクシミリアだった。


「だから君は、悪くない。何も」


 率直に本当のことを言うと、戸惑ったような顔でこちらを見返してきた。

 泣きたいような、曖昧に笑おうとしているような、よく分からない顔だった。

 そんな顔で何かを言おうとして、しかし言葉にできずに口を閉じる。

 これを何度か繰り返したあと、彼女は俯いて問いを投げかけてきた。


「どうして今、そんな話をするのですか?」

「このままでは君が死ぬからだ」


 アッシュはそう答える。

 今のまま戦えばノインは死ぬ。

 禁術の負荷で命をすり減らしていく。

 この国に来て、キメラと会って分かった。

 それでも以前なら死ぬまで戦わせたかもしれないが、今はもう勇者がいる。

 もうここまでの犠牲を払ってまで戦う必要はない。


「命を捨ててまで戦わなくていい。君は、利用されていただけだ」


 これを伝えるのは、自分の都合で彼女を戦わせてきた人間の責任だった。

 いや、とても責任を取れるはずはない。

 しかし何もせずに放置するのは許されない。

 だから真実を告げたというのに、ノインは動揺したような顔でそれを否定してしまう。


「で、でも……ツヴァイは……どんな理由があっても、人を殺しました……」


 人を殺した、とは殉教者隊の者たちのことだ。

 彼女はそれを罪だと思っている。

 だからアッシュは首を横に振る。


「いや、違う。マクシミリアはあの日、何もせずに殺されなければならなかった。そうせずに、殉教者隊を巻き込んだのは俺たちだ」


 つまり、正当な復讐だったのだ。

 人の尊厳を弄んだ者は、その復讐を受け入れなければならない。

 なのに見苦しく抵抗し、殉教者隊を盾にして死なせたのがアッシュたちだった。

 殺したのはツヴァイだが、悪いのは彼ではなく……この期に及んで復讐から逃れようとした者たちだ。


「だから君は、本当ならツヴァイと静かに暮らせるはずだった。それを奪ったのは俺だ」


 もし勇者が現れると知っていたのなら、アッシュは多分ノインを引き渡していただろう。

 そうなれば彼女はツヴァイが余生を終えるまで穏やかな生活を送れたはずだ。

 けれどそれを奪って、殺し合いの最期に変えてしまったのだ。


「…………」


 ノインは黙り込んでしまう。

 そして打ち捨てられたような目でこちらを見つめてくる。

 アッシュは目を逸らしたいのをこらえながら、最後の言葉を続ける。


「今まで俺は、君を利用するために教えなかった。ずっと騙してきた。後悔もしていない。……でも、もう必要がないから教える。君は何も悪くない」


 言うべきことを全て伝えた。

 相応の覚悟もしてきたつもりだ。

 どんな復讐も身に受けるつもりでここに来た。

 可能なら魔王と共に心中でもしたかったが、勇者がいれば三の魔王ならなんとかなるだろうから。


 しかし彼女は、震える声で弱々しく問いかけてくる。

 傷ついたような顔をしていた。


「……騙していた?」

「そうだ。君はとても扱いやすかった。俺の役に立った。勇者が現れなかったら……死ぬまで使い潰すつもりだったんだ」


 冷たく告げた。

 悪いのがアッシュだと、迷いなく思えるような声で答えた。

 彼女があの日、罪を償うと誓ったことがなにかの間違いだと思えるように。


「…………」


 するとノインは目に涙を浮かべた。

 胸を押さえて苦しそうにする。


「では、あたしは……これから、どうすればいいのですか?」


 本当のことを知らされて、彼女は何もかもを見失ってしまったように見えた。

 一緒に旅をして、世の中の役に立とうと頑張ってきたはずだからだ。

 でもその旅は嘘で、仲間だと思っていたアッシュはただの悪人だった。

 まだ大人ではない彼女には、どうしていいのかが分からないのだろう。


「…………」


 それにアッシュは黙り込んだ。

 自分で決めろだとか、安っぽい言葉をかける気にはなれなかった。

 さっきまで騙していた人間が偉そうなことを言うのはおかしな話だった。

 これ以上何も言わず、ノインをその場に残して立ち去ることにする。




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