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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
四章・底のない呪い
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十四話・アリスの敵

 



 それから二日の間、サティアと共に準備に没頭した。

 時間はいくらあっても足りなかった。

 屍の兵士の習性を調べたり、取り壊されている神殿に忍び込んで宗教に関して学んだりもした。

 集会で行われる儀式の様子を二人で聞くこともあった。

 人を探したりもしている。


 また、必要な下見をすることもあった。

 アッシュが夜分に密かに外に出て、ある場所を少しずつ調査している。

 遠い場所ではあったが、アッシュはその気になれば馬よりは速く動ける。

 よって往復も含めて苦になる作業ではなかった。

 とにかく慎重に、バレることがないように事を運ぶことを重視していた。


 そして数日後の昼間、アッシュは一人で街を歩いていた。

 サティアが配下と接触しに行ったため、暇になったから街の様子を調べることにしたのだ。

 どんなものが売られているのか、市場でなにを揃えられるのかなど、風景を見て回って情報を集めた。

 とはいえやはり言葉は通じないし、通貨も持っていないためあまり役には立たないだろう。


 だが今は人が多い昼間で、サティアもいないからやることが他にない。

 あとは、こうして街をふらつくことで監視がついているのかを見極めたいという思いもあった。

 なのでできるだけ尾行に気づきやすいような、開けた道を選んで通る。

 これによって自分の動きがどのくらい警戒されているのかを探っていく。

 結果として別に監視されているようなことはなさそうだと思えた。

 だから少しだけ気を抜こうとした時、ふとアッシュは足元に違和感を覚えて歩みを止める。


「…………?」


 見ればなにか、小さな生き物がブーツに這い寄ろうとしていた。

 足を上げて避ける。

 するとその生き物……いや、召喚獣か。

 黒い影の、足が九本あるネズミのような姿をしている。

 左右非対称の不格好な体で器用に立って、じっとアッシュを見上げていた。


「何か用でも?」


 つまりはアリスからの使者だと理解した。

 ネズミはチョロチョロと動き出して、まるでついて来いとでも言うように振り向きながら駆けて行った。


「……はぁ」


 アッシュはため息を吐いてそれを追いかける。

 相手にするのは面倒だったが、真剣に助けを求めているような可能性もあるかもしれないと思ったからだ。



 ―――



 左足を引きずりながら、なんとかネズミを追いかける。

 一応小走りでもついていけるような速度ではあった。

 そして、こうしているとすぐに大きな建物に行き着いた。

 冷たい色の石造りの、四角い箱のような印象を受ける建物だ。

 二階建てのこじんまりとした建物だった。

 訝しんでいると、その建物の前でネズミが消える。


「なんだ、ここは」


 小さく呟いて足を進めた。

 入り口を守るものはおらず、両開きの扉は開け放たれている。

 だから中に入った。

 建物の内部は壁紙も何もない、石材がそのままむき出しになったような場所だった。

 そして入り口からずっと廊下が続いていて、その両脇には鉄格子つきの牢がずらりと並んでいる。

 つまりここは小さな牢屋だったらしい。


「…………」


 ともかく石張りの廊下を歩いて一つ一つの牢の中を見ていく。

 するとすぐにアリスは見つかった。

 呆れてため息をつく。


「なんで、こんなところにいるんだ?」


 牢の地べたに座ったアリスが、ふてくされたような顔でこちらを見ていた。

 見れば杖も没収されていないし、拘束らしい拘束もされていないようだったが。


「…………」


 何も答えない。

 無駄に姿勢のいい横座りで座ってこちらを見ている。

 恨めしそうな目で見ている。

 ロデーヌの時と逆だなと思いながら、アッシュは鉄格子に手をかけた。

 そしてしゃがみこんで錠前を見る。

 あまり難しい構造ではなかった。

 拘束がないことといい、ここは重い罪を犯した者が入るような牢ではないのだろう。

 だから最悪の場合、開けてやることは難しくない。

 今なら人のまま『偽証』を使えるので、この程度の錠前なら道具を造って外すのは可能だった。


 しかし勝手に牢を開けることはカースブリンクの秩序を乱す行為である。

 よってここは穏便に解決するのが賢明だった。

 じろりとアリスに目を向ける。


「お前、なにした?」

「無実を信じる気はないんですか?」

「ない」


 助けてやるだけ感謝すべきだと思いながら言った。

 すると彼女はため息を吐いて足を崩す。

 三角座りになって、地面を見つめながら答える。


「クソガキが三回も頭突きしてきたんで、お仕置きにデコピンしただけです」


 アッシュはまたため息を吐いた。

 意味の分からない状況だったからだ。

 どっちが悪かったのかさえ定かではない。

 面倒に思っていると人の足音がした。

 二階から誰かが降りてきている。


「ん、これは……お客人ですね」


 そして姿を見せたのは、少し眠そうな様子のユリだった。

 昼寝でもしていたのかもしれない。

 前と同じ民族衣装を着ているが、今日は少し着崩されていた。

 アッシュは頭を下げる。


「連れが迷惑をかけたようだ。申し訳ない」

「いえ、あなたが謝らなくても」


 淡白に答えて、ユリはアッシュの横に立った。

 鉄格子に手を伸ばし、どこからか取り出した錠前で鍵を開けてしまう。

 どうやらわざわざ来るまでもなく釈放の時間だったようだ。


「……ちなみに、何をしてこんなことに?」


 アリスの説明を聞いてもよく分からなかった。

 なので改めて聞いてみると、ユリは目をこすりながら答える。


「子供にデコピンをしました」

「……それだけで?」


 別に、牢屋に入れるほどのことではないように感じた。

 だがユリは当然のことのように頷く。


「はい。この国では八歳以下の子どもに手を上げるのは犯罪でありますから。……みなさんの国では、違うようですが」


 こちらでは違うようだがと、言い足したあたりアリスは相当に抗議したらしかった。

 しかしその甲斐なく捕まってしまったようである。

 うんざりしたような顔でアリスが口を開く。


「あっちが先に頭突きしてきたんじゃないですか」

「それでも叩いてはいけません」


 頑として譲らないユリに、アリスがじろりと半目の視線を向ける。

 ため息を吐いた。


「……そんなに甘やかして、半グレキッズ増やしてどうするんですか?」

「我々は八歳から家を出て、軍事訓練と集団生活を始めます。ですからそれまでは大切に、甘やかして育てるのであります。みんなが無事に、大人になれるわけではありませんから」


 かなり厳しく育てられるのだろう。

 思えば街で見かける子供たちは小さな子供ばかりだったので、それより上はどこかで軍事訓練を受けているのかもしれない。

 やはりこの国の人々は聖教国とは違う世界観の中で生きているのだと実感する。

 しかしそれはともかく、もうアリスを出していいのかをユリに確認した。


「ユリ、もう出てもいいのか?」

「ええ、構わないですよ。しっかり反省してくださいね」


 小さく鼻を鳴らして、少し怒ったような顔でユリが言った。

 アッシュとしてはよく分からないが、この国では本当にしてはいけないことだったのだと思う。

 アリスも同じことを考えていたのか、牢屋から出ながらユリに問いかける。


「デコピンでこれなら、殺しちゃったらどうなるんですかね?」

「子供を……殺す? ――――――――っ!!」


 ユリが驚愕の表情を浮かべる。

 さらに思わず、といった様子で声を高くした。

 後半は聞き取れなかったが、きっと国の言葉なのだろう。

 アリスが呆れたように笑った。


「その、ボンソレロバビンユとは?」


 適当に聞いていたのでアッシュにはよく分からなかったが、アリスにはこう聞こえたらしい。

 謎の言葉の意味を問うと、ユリは取り繕うように咳払いをする。


「あっ、失礼。……えっと、二度と生まれ変われぬように魂まで穢して殺す儀式をすると言ったのです」

「へぇ、なるほど。ですって、アッシュさん。ボンソレロバビンユされろ」

「悪い言葉ばかり覚えていくな」


 こんな世界にわざわざ生まれ変わりたいとも思わないが、牢屋から出た瞬間生き生きとし始めるアリスには閉口する。

 ため息を吐いてその場を立ち去ろうとした。

 だがユリが背中に声をかけてくる。


「あっ、失礼。お客人、お待ちを」

「なにか?」


 アッシュは振り向いた。

 するとユリが身振りを交えてなにやら話し始めた。


「お金のことなどでお困りではありませんか? 私は……えっと、為替かわせ? というものを行うように言いつけられておりますので、いつでもお声かけくださいね」


 為替。

 今の文脈なら、ある国の通貨を別の国の通貨と交換する作業のことだ。

 ロスタリアでは聖教国の金を取り扱っていなかったのでできなかったものの、こちらではそれも可能であるようだった。


「話を聞きたい」


 するとユリが交換レートなどについて語って聞かせてくれた。

 だがまだ公的な機関や仕組みがあるわけではなく、()()()使()である彼女が個人で運営しているらしかった。


「どうです? いかがでしょう。お金がないと何かと不便かと思われますが……」

「ああ。良ければ頼めるか?」


 もうアリスとは資金を分けてあるので、アッシュは自分の手持ちについて交換することにした。

 軽く頭を下げると、ユリがにっこりと笑う。


「ではついてきてください。お役所で交換を行いますので」

「分かった」


 黙ってユリについていく。

 すると何故かアリスも続いている。

 訝しんで目を向けると、彼女はどこからか革袋を取り出した。

 それはすぐに消えるが、どうやらこちらも今の話で金を交換してもらおうと考えたのか。


 ……いや、正確には少し違うかもしれない。

 もしかすると、そもそも為替を行うためにアリスはユリと行動を共にしていたのかもしれなかった。

 途中で子供にいたずらをされて、デコピンを返したら収監されたといったところか。

 だからきっと彼女が先だったのだ。

 そう納得して、もうアリスがついてくることに関しては気にしないことにした。

 黙って牢屋の外に出て街を歩き始める。



 ―――



 金を交換してもらったあと、役場の建物の前でユリとは別れた。

 そしてアリスと二人になるが、特に何も言わずその場を立ち去ろうとする。

 しかし思いがけず呼び止められた。


「ねぇ、ちょっと待ってくださいよ」

「なんだ?」


 振り向くとじっとこちらを見てきた。

 すたすたと歩き寄ってくる。

 そして目の前に立って、瞳をじっと覗き込んできた。


「あなたなにかしてますよね? 牢に来てくれたお礼に、一つ手伝いましょうか?」


 アッシュは眉をひそめた。

 理由が分からなかったからだ。

 手伝うというのは、賭けに勝つための工作についての話だろう。

 けれど神官の命を受けて来たであろう彼女がこちらを手伝うのはおかしな話だった。


「必要ない。気持ちだけ受け取っておく」


 淡々と断っておいた。

 どういうつもりかは知らないが、彼女の助けを得られれば助かることは間違いない。

 諜報においてアリスの能力は余りにも有用だった。

 しかし信用できない相手と組むつもりはなかった。

 するとアリスは面倒臭そうにため息を吐く。

 そして自分の首にかかった首輪を指さした。


「……察してくださいよ。私の敵は、いつだって()()を使ってる人間なんですから」


 要は神官たちに命令されて腹が立つから反抗をさせろということだ。

 その理由は少し信じられると思ったが、また一つ気になったので口を開く。


「命令に背くことになるだろう、それは」


 命令の内容は知らないが『神官たちに都合のいいような同盟を治癒師と結べ』というような内容なら、アッシュを助けるのは命令に反する。

 こちらが賭けに勝ってしまえば、神官たちが思い通りにキメラを動かせなくなるのは分かっているはずだ。

 なのにそれをすれば、明らかな命令違反になってしまう。


「私の心配ですか?」


 アリスがかすかに笑みを浮かべた。

 それはよく分からない反応だったが、アッシュは気にせず首を横に振る。


「違う。命令に逆らうのは無理だ。無理なことを頼むつもりはない」

「別に逆らう気はありません。あなたに、個人的に礼をするだけです。牢屋から出してもらったお礼をね。変な勘違いはしないでくださいよ」


 別に牢屋から出したのはアッシュではなかった。

 だがそれはともかく、アリスは屁理屈で命令をすり抜けようとしている様子だった。

 つまりは『神官の敵に加担する』のではなく、『小さな恩を返すために個人的な手伝いをする』といった形で誤魔化すのだ。


「…………」


 アッシュは黙り込んで少し考えた。

 それが可能なのかを判断する。

 自分の経験からすると、明らかに無理だと思う。

 だが一つだけ心当たりがあった。

 やがて思い当たってぼそりと呟く。


「……ああ、『腕輪』か?」


 隷属の首輪には、対になる扱いの『支配の腕輪』という魔道具が付属する。

 これは対象の深層心理に命令を焼き付ける機能を持つ道具であった。

 アッシュは自分の人生を壊したものがどんなものなのか知りたくて、少しだけ調べたことがある。

 なのでこの腕輪によって焼き付けた命令でなければ効力が落ちるということも耳に入っていた。


 なにせ言葉による命令など、受け手による解釈でいくらでも変わる。

 記憶が薄れていくということもある。

 だから不安定で、とてもあてになるような精度ではないのだという。

 本来はあれをするな、これをやれ、というその場しのぎにしかならない。

 特に複雑な命令を下した場合、十分な効果は期待できないとアッシュは聞いた。


 だから腕輪はそのあたりを補強するためにも存在しているのだ。

 となればこれがない相手の命令ならすり抜けができるのかもしれない。

 具体的に言うと『この人物に逆らうな』というような命令で増やされた命令者の言葉なら。


「あら、察しがいいですね。流石、()()()()


 アリスが皮肉げな目を向けてきた。

 そして今のは首輪に縛られていたセンパイ、という意味だろう。

 腕輪と口にしたのは聞こえていた様子だった。

 だから適当に相槌を打つ。


「まぁな」


 言いながらもまだ考えていた。

 本当に都合のいいすり抜けが可能なのかを。

 覚えている限り、自分にはそんなルール違反が許されたことはなかったのだ。

 だから気がかりだったが、もしかするとあれは本当に巧妙に運用されていた結果なのかもしれないと思い当たる。

 以前から感じていたが、神官たちの首輪の扱いはずさんなものだ。

 そうでなければロデーヌで背中を撃たれたりしなかった。

 アッシュは少しだけ考えて、多少は可能性があると結論を出した。


「なら、悪いが恩を返してくれ。ありがとう」

「構いませんよ。なにします?」


 過去に例がないほどアリスは乗り気な様子だった。

 アッシュはなんとか、作戦の目的やそれが何に繋がるのか……といったような情報を排除して頼み事をする言葉を考え始める。

 首輪の起動を最大限に避けるためだ。

 彼女はあくまで、恩返しに()使()()でも頼まれるだけという形にする。


 けれどやはり不安になって、最後にもう一度声をかけた。


「アリス、助かるが……無理はするな。危険を感じたら教えろ」


 あの首輪の痛みは本当に苦しい。

 アッシュは今でも忘れられていない。

 だからそんなことを伝える。

 最悪、勇者がいる今の状況なら、必要な対処をしてもいいと思っていた。

 すると彼女は少しだけ目を見開いた。


「…………」


 しかし結局、何も答えることはなかった。

 ただ少し近寄ってきて、なぜかアッシュの右足……ブーツの先を杖の石突でぐりぐりと潰してくる。

 そしてそのまま、瞳をじっと覗き込んで薄笑いを浮かべていた。

 本当に、彼女のことはよく分からないとアッシュは思う。




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