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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
四章・底のない呪い
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十三話・行動開始

 


 周辺の魔獣を狩るという口実で、アッシュとサティアは街の外に出ることを許された。

 だから傾き始めた日の下を、借りた馬に二人で乗って進んでいく。

 ちなみに手綱を持っているのはサティアで、アッシュは彼女の後ろに乗っている。


 そして走るのは整備されていない土の地面だった。

 全体的に痩せた土地で、所々に岩のような質感の乾いた土壌がむき出しになっている。

 だが、痩せてはいても不毛の大地というわけではなかった。

 足元は丈の短い草でまばらに覆われている。

 今は冬だが、このあたりは温暖なので植物も絶えないのだろう。

 春や夏になら放牧などもできそうな場所だと思う。

 そんな平野を駆け抜けていきながら、まずはガーレンについて話をする。

 馬に揺られて、舌を嚙まないように気を付けて口を開いた。


「敵の戦力について聞きたい。君の知る限りで聞かせてもらえるか?」


 彼女は長い間ガーレンと戦ってきた。

 よって敵の戦力についてはかなり詳しいはずだった。

 なので意見を求めると、彼女はぽつりぽつりと語り始める。


「そうね。……あなたは、どこまで見た?」


 サティアがそんなことを聞いてきた。

 アッシュにもガーレンとの交戦経験があるのを知っていたのだろう。

 とはいえ何年も前の話なのであまり意味がない情報になる。

 しかし認識のすり合わせのために話しておこうと思う。


「一の魔王の魔獣が、軍隊に使役されていた。あとは……眷属獣の力を与えられた人間の将がいた」


 いま口にしたのが、アッシュの知る限りのガーレンの戦力だった。

 ガーレンの軍隊には一の魔王が従える三種の魔獣が編成されている。

 そして、これを操る兵士たちがいる。

 しかしそれだけではなく、さらに眷属獣と同等の力を持つ人間もいた。

 彼らは人の身でありながら一の魔王の主門を守る眷属となったと言っていた。

 だからそれだけの力を手に入れたのだ。


 そんなことを思い出しながら、アッシュはサティアに答えた。

 すると彼女は小さく頷いてみせる。


「なるほど、そこまでね。でも今は、いくらか……新兵器があるわ」


 サティアは淡々と語り始めた。

 まず口にしたのは敵側の強化兵士についての情報だった。


「まず、ガーレンは魔物の兵士を使う。捕虜を魔物にして……寄生型の魔獣を埋め込んで、操っているの。最近、初めて投入された兵器よ」

「……魔物」


 思わず耳を疑う。

 敵に魔物を量産する技術があったとは。

 しかも寄生型の魔獣……とやらで操っているのだという。


「その、寄生型の魔獣とは?」

「ガーレンが生み出した新しい、魔獣ね。奴らは『卵』をコントロールして、都合のいい性質を持った魔獣を作ることに……成功してるわ」


 また、彼女はガーレンがこれをずっと隠していたのだというような説明を続けた。

 帝国を落とす時に初めて投入したのだと。

 そして、少し聞いただけでもかなりまずいことになっていると分かる。

 まさか魔物すらも兵器運用するとは。


 しかしそこで、ふと思い当たった最悪のケースについて聞く。


「上位魔獣も好きに生み出せるのか?」

「知らない。でも……少なくとも、量産できるのは、下位相当の個体よ」


 サティアは言い切った。

 ならば作り出された魔獣の内で、数が多いものはどれも下位程度の実力しか持っていなかったのかもしれない。

 思えば魔物に寄生体を埋め込むというのも、寄生型の魔獣自体の弱さを補うための工夫に思える。

 だからきっと、作り出された魔獣は本当に弱いのだ。


「分かった、ありがとう」


 ひとまず納得して次の質問を投げかける。

 別の戦力についてだ。

 寄生型に関する疑問点はいずれ細かく聞くつもりだった。


「他になにか、脅威になるような敵はいるか?」

「そうね……」


 それからしばらく話を続ける。

 言葉を交わしながら、アッシュは敵の戦力を見積もっていた。

 さらにどうやって敵将を仕留めるかを考えていく。


 眷属並みの力を持つ相手の首をあっさりれるとは思えない。

 実際、ずいぶん前にアッシュはガーレンの眷属の将と戦って負けていた。

 これを思うと短時間での暗殺はかなり難しい。


 では逆に正面から勝てるかだが、仮に敵軍に上位魔獣が何体か加わっていたら厳しくなる。

 もしそうなら、どれだけ上手くやっても二人だけでガーレンの軍に勝つことはできない。

 キメラとカースブリンクを上手く利用しなければならないということになってくる。


「それで? どうしてこんなところまで……来たの?」


 考えに沈んでいるとサティアにそう聞かれた。

 もうずいぶん進んだらしく、屍の兵士たちがうろうろと歩き回っているのが遠くに見える。

 彼らの姿を見て、アッシュはひと呼吸おいてから答えた。


「あれの性質を調べたかった」

「どういうこと?」


 怪訝そうな顔つきで聞き返してくる。

 言葉が足りなかったと分かったので、アッシュはもう少し伝わるような言葉を探す。


「つまり……魔獣は人間しか襲わないだろう? あの兵士たちがどういう扱いになるのかを知りたかった」


 『侵す者』のルーンで動く死体は魂を動力源にしている。

 よって、活動し続けるなら動力がなくなる前に別の魂を取り込む必要がある。

 このとき取り込んだ魂が魔獣のものであれば、ツヴァイたちのように魔獣へと近づいていく。


 もしこの死体の群れの中に魔獣と化した存在がいるのなら、利用できるはずだとアッシュは考えていた。

 特に理性を失った個体であれば。


「……なるほど」


 サティアもなにやら考えているようだった。

 じっと兵士たちを見つめながら馬を駆っていた。

 キメラによるともう襲われることはないらしいので、特に身構えず近づいていく。


「そろそろ、降りましょう」


 サティアがそう言った。

 もう十分近づいたので後は徒歩でいいということだ。


「ああ」


 答えて、やがて停止した馬の背から降りる。

 手綱を取るサティアを見ながら、アッシュは小さく息を漏らす。

 やることが山積みだったからだ。

 すべきことを一つずつ頭の中で確認しながら、アッシュたちは屍の兵士たちのもとへと向かう。

 いずれ魔獣の群れでも流れ着いてきたら、彼らが戦う様子を観察するつもりだった。

 もちろんこの情報を活用できるかは分からないが、なんでも調べておくに越したことはない。



 ―――



 しばらくして街に戻ってきた。

 冬であるため日が落ちるのも速く、すっかりもう夜になっていた。

 帰りはアッシュが馬を動かして、城の厩に戻してまた外に出る。


「あなたは……馬の扱いが下手ね、アッシュ」


 街を歩いていると、サティアがそんなことを言って笑った。

 暗くなると街の人出は少なくなって、あまり街の人々に睨まれるようなこともなかった。

 代わりに家の窓から明かりが漏れていたりする。

 そんな人がはけた街道を進みながら、アッシュは彼女の言葉に上の空で答える。


「そうだな」


 あまり言うことを聞いてくれなかったな、とアッシュは改めて思い返す。

 しかし特に気にせず別の話を切り出すことにする。

 一応、話す前にサティアの肩を叩いておいた。

 左肩を二回、例の合図だ。


「…………」


 少しだけ間を置いて彼女が目配せを返してくる。

 もういいということだろう。

 アッシュはなるべく細い道を選びながら、街の中をずっと歩く。

 歩きながら話を始める。


「この国に君の……音を操る力を知っている者はいるか?」

「いないわ」


 いないと言い切った。

 ならば良かったと少し安堵する。

 だからまた話を続ける。


「良ければ誰にも教えないでほしい。そして頼みがある」

「頼み?」

「ああ。音の探知で探してほしいものがある」


 サティアが足を止めた。

 家と家の隙間、星明りも届かない暗い路地の中で立ち止まる。

 そしてじっとこちらを見てくる。

 だからアッシュを同じように止まって、じっと目を覗き込みながら口を開く。


「集会だ。この国の、旧神を祀る信徒たちの集会があるはずだ。できるだけ多く、そうした場を見つける」


 神殿を壊したところで、人々は素直に信仰を捨てたわけではない。

 ファングという兵士のように強く神を慕っている者は多いはずだ。

 今日それが分かった。

 なら、こういった者たちは必ずキメラに隠れて集会……もとい礼拝を行う。

 アッシュはこの場所を探りたかった。


「何をするつもり?」

「そうだな。今のところは君に、神のフリをしてもらおうと思っている」


 サティアはこの国の宗教や文化についてかなりの知識があった。

 だからできるはずだと思う。

 けれど当の本人は困り顔だった。


「神のフリなんて……どうすればいいの?」

「神託を与える。君が、音を操ればできるはずだ」


 音を操る力を活用すれば、奇跡のような真似はできるはずだった。

 だが懸念もある。

 アッシュはこの国の宗教を知らない。

 もしかすると神は声を出さないような存在であるかもしれない。

 実際、月の瞳の神託では石板に文字を刻むという。


 なので、そのあたりを聞きたくてもう一つ問いを重ねる。


「無理があるか?」


 するとサティアはしばらく考え込む。

 それからぽつりぽつりと語り始めた。


「いえ、そう……おかしくもない。この国の神官は……神の声を聞く役割を持っている」

「なるほど」

「神官が祈りを捧げて……神の声を聞くような……儀式が行われるの。かなりの頻度で」


 アッシュは彼女の言葉に目を細める。

 そして考え込む。

 こういった催しに乗じれば神託を偽ることは難しくないはずだ。

 だがもし、万が一本当に神の声が聞こえるのなら……アッシュたちが介入すればかえって不自然になってしまうかもしれない。

 月の瞳の他の神についてはほとんど知らないので、その点も確認する必要があった。


「その、神の声とはどういうものだ? 本当に聞こえているのか?」

「いいえ。薬物よ」


 サティアは実にシンプルに答えた。


「地位の高い神官が、特別な麻薬で幻を見て……聞いた声を神託として扱っているみたい……」


 流石に虚を突かれた。

 アッシュはわずかに目を見開く。


「…………」


 だが十分にありうる話だった。

 そもそも、月の瞳以外で実在を確認できるだけの動きをしている神は確認されていないのだ。

 だからこそ大陸の宗教は駆逐され、アトスに染め上げられた。

 ならカースブリンクの神の正体は幻覚剤だったという話にも頷ける。


 アッシュは小さく鼻を鳴らした。


「なるほど。では、介入は容易いようだ。集会場を探そう」


 サティアは何も言わず頷いた。

 また二人で歩いていく。

 彼女の音の感知能力なら、たとえ地下であっても見つけられるはずだった。


「それにしてもなぜ……集会場なんて探すのかしら?」


 しばらく探し回った頃、サティアがそんなことを問いかけてくる。

 アッシュは少し反応が遅れた。

 熱心に、通った場所の地理を暗記しようとしていたからだ。


「……ああ」


 相槌を打って、頭の中で考えをまとめる。

 それからすぐに口を開いた。


「ファングという男がいただろう。彼を利用したい」


 彼なら間違いなく集会に来る。

 あれだけの殺気を放つほどに神を信じているのだから。

 ならば集会に来た彼を、偽の神で操り手駒にするべきだ。

 首狩り競争に勝つために、こうして内側からカースブリンクをかき乱していくつもりだった。


「なるほど? 楽しそうね?」


 サティアがにやりと笑みを浮かべた。

 だが正確には本当の標的はファング一人ではなく、キメラと月の瞳に敵愾心てきがいしんを抱く全ての市民である。

 けれどやはり、ファングが鍵になるのは間違いなかった。

 彼を利用できれば、賭けでの勝ちに大きく近づける。

 なのでそのように言い表した。


 あとはついでに次の手順についても話題に出す。


「そういえばサティア、君にも配下がいるか?」


 仮にも帝国の皇女だ。

 落ち延びたとはいえ、繋がっている配下はいるはずだ。

 アッシュとしては彼らの手を借りたかった。

 だから問いかけると、無言の頷きが肯定を返す。

 だから言葉を重ねた。


「彼らにガーレンの動向を探らせてほしい」

「ずっとやってるわ。ちなみに……連絡役はもう、この国に潜伏してる」


 その答えに少しだけ驚く。

 ガーレンについて探っているのは、敵国なのだから当たり前かもしれない。

 しかしまさかこの国に侵入することができるとは。


「…………」


 街の中にいるということはないだろう。

 けれどカースブリンクの山か野か、すでにどこかへ侵入しているのだという。

 やはり優秀な人材がいるようだ。

 彼女は誇らしげな笑みを浮かべる。


「三日後に、密会する手はずになっている。私が、この国に……行くことは、もう決まっていたから」


 ならそこで大きな情報を得られる。

 内容によっては、キメラに対してかなりリードを取れるかもしれない。


「分かった。期待しておく。今は集会場を探そう」


 最後にそう言ってまた集会場を探すことにする。

 できるだけ多くこうした場所は抑えておきたかった。

 可能であればいくつかの集会で同時に同じ内容の()()が聞こえた……というような仕掛けもやってみたかった。

 きっと神秘性が高まる、いい演出になるだろう。


 そんなことを考えながら、アッシュはサティアと連れ立って街を歩き続けた。



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