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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
四章・底のない呪い
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六話・カースブリンク

 


 宿場町では一晩を過ごした。

 そしてまだ旅を続けている。

 四日経って、もうそろそろ聖教国を出るような頃合いだろうか。

 この後は帝国に入って、少しだけ進んだあとカースブリンクに至る。


 つまり、かの国は帝国と国境を接しているのだ。

 古い時代には死闘を繰り広げた因縁深い国家であり、世界二位の強さを誇ると言われる理由もこのあたりにある。


 と、考えながらアリスが動かす馬車に揺られていた。

 外はまだ昼間で、晴れているからいい陽気だった。

 冬なので多少寒くはあるが、このあたりはだいぶ暖かい。

 だから気を緩めて馬車の床に寝そべっていた。

 こうしていると苛立つような気分も少しだけマシだった。

 魔獣を殺す以外だと、黙ってじっとしているのが一番気は楽だとアッシュは思う。

 人と話して、普段通りに振る舞うのは疲れる。


「…………」


 けれどそこで、唐突にノインが声を上げる。

 馬車の床に置いた木箱に座り込んでいた。


「あの、カースブリンクとは……どのような国なのでしょうか?」


 こちらに向けての言葉だった。

 だから寝そべるのを中断して身を起こす。

 彼女にはなんの説明もなかったのを思い返して、話すことにした。


「…………!」


 サティアも反応したようだった。

 彼女は上だけ鎧を脱ぎ、質素な白のインナーだけになって床にあぐらをかいている。

 今は槍の手入れをしていたのだ。

 帝国の宝槍ほうそうであるらしく、とても大切にしている。

 しかし手入れの手を止めてノインの方を見る。


 そんなサティアを横目にアッシュは答えた。

 正直な話あの国について多く知っているわけではないが、一つだけ言い切れることがある。


「戦士の国だ。……強くて、よそ者を嫌う戦士たちの国」


 使徒としての『戦士』ではない。

 戦闘者としての戦士だ。

 そしてカースブリンクでは、女子供でさえ戦士の教育を受けていると聞く。

 さらによそ者を嫌う……つまり、外部の人間に激しい敵対心を持っている閉鎖的な国だった。


 この理由は二つある。

 一つはアトスの教会が、カースブリンクの民の信仰を厳しく迫害したからだ。

 だから大陸の全域で教会が幅を利かせる現在は、多くの国を敵対視している。


 そしてもう一つは帝国の初代皇帝、サルバドール大帝によって激しい侵攻を受けたからだ。

 もちろんこの戦争自体は遠い昔に終わったが、カースブリンクは悪いことに怨敵おんてきたる帝国と国境を接していた。

 しかも地理条件も悪い。

 カースブリンクは半島地に位置しているため、帝国以外に隣り合う国がない。

 半島の先の、他の国は全て大帝の侵略に呑み込まれたからだ。

 よって逃げ場がないまま、強大な敵と向き合い続けてきたのだ。


 もちろんこんな事情であるから気が休まることなどない。

 帝国と教会という最強の敵に対抗するため、カースブリンクは長い時間をかけて軍備と排他性に磨きをかけていくこととなった。


 つまりは……簡単に言うのなら、自国の領土と信仰を守るため、牙を研ぎ続けてきたのがこの国家であるわけだ。


 と、いうようなことを噛み砕いてノインに伝えた。

 すると彼女は不安そうな顔になる。

 なにかの対立を予想して、身構えているのかもしれない。

 教会の迫害の話を聞いて萎縮したのもあるだろうか。


「なるほど、ありがとうございます」


 ノインが礼を言う。

 アッシュは頷く。

 しばらく沈黙が続いたが、やがてサティアが口を開く。


「……詳しいのね、アッシュ=バルディエル」

「いや、そうでもない」


 アッシュは否定した。

 しょせん、知っているのは表面上のことだけだ。

 あとは、昔はもっと詳しかったからそう言った。

 勉強したようなこともずいぶん忘れてしまっている。


 だが、それとは別に言いたいことがあったので一つ伝えた。


「すまないが、バルディエルとは呼ばないでもらえるか?」

「嫌いなの? 栄誉ある、家名が」


 サティアはバルディエルをそのように捉えているようだ。

 だがアッシュは養子でしかないし、なにより自分があの家の一員だと思ったことなどない。

 嫌いだったので呼ばれたくはなかったのだ。

 だからもう一言だけ念押ししておく。


「気を遣わせてしまい……申し訳ないが、やめてほしい」


 するとサティアは気安く頷いた。

 なにか察した様子だった。


「いいわよ、アッシュ。じゃあ、カースブリンクについて、話しましょう。私……好きなの、あの国のこと」


 好きという言葉の通り楽しげだった。

 少し前のめりになって、膝に肘をつけて頬杖をしている。

 声はいつも通り、作ったままの不自然な平坦さだったが。


 ともかく話が続く。


「ねぇ、カースブリンクの……【剣戟師団】は知ってる? 【ウォーロード】のタイタンの伝説は? それから……」


 矢継ぎ早に話してくる。

 不思議と、声が今までより途切れることが少なく感じた。

 自然な様子に聞こえた。

 本当に好きなのだと伝わる。

 かすかに気圧されつつもアッシュは答えた。


「言葉だけは知っている」


 剣戟師団はカースブリンクが誇る最強の精鋭部隊だったはずだ。

 そしてウォーロードとは、この師団の部隊長の中でもいくつもの試練を超えた者だけが選ばれるという戦士の王だ。

 彼らは魔獣のように『タイタン』や『コカトリス』などの怪物の名を自ら名乗り、外敵にとっての災いそのものになるという。

 また、詳しい政治体制は不明だが、ウォーロードは軍事の頂点でもあり、統治者でもあるのだとか。


 とはいえ知っているのはここまでで、サティアの熱意に応えうるだけの知識はとてもない。

 なのでその旨を添えておく。


「でも、俺は本当に詳しくない」

「構わない。そのくらいの方が……話しがいがあるわ」


 気持ちよく語って聞かせる方向にシフトしたようだ。

 ノインとアッシュに向けて、サティアは様々なことを話し続ける。

 宗教や、果ては文化、言語まで……彼女は本当に詳しかった。

 アリスに対して教養は深いと言っていたのも本当なのだろう。


「……………?」


 しかし閉じた修道院で育ったからか、ノインはあまりついていけていない様子だった。

 困った顔で問いかける。


「ど、どうしてそんなに詳しいのですか?」


 行ったこともないのに、という意味だろうか。

 そこまでみ取れたのかは不明だが、サティアは楽しそうに答えた。


「私の憧れである、大帝を退けた国だから。信じられる? あの大帝が、遺言で『手を出すな』……なんて、伝えるのよ。そんな国が、他に、あるかしら?」


 正確には、下手にカースブリンクに関われば身を滅ぼすのでこだわるな、というような遺言であったと言われている。

 だがアッシュの認識では眉唾の噂でしかなかったので、大帝の血に連なる彼女が認めたのは驚きだった。

 そして語りは続く。


「カースブリンクは、帝国の始まりから、ずっと……対等な敵であった国よ。それも……あの小ささでね。帝国と同じだけの誇りと偉大さを持つと言っても……決して過言ではない。知れば知るほど、楽しくなるわ」


 ノインはよく分からない様子だった。

 にっこりと笑うサティアとの間には温度差があった。

 だからアッシュは一言だけ補足しておく。


「強い国だから、かっこよくて好きだということだ」

「あ、なるほど」


 ノインが納得いったように表情を明るくした。

 しかしサティアは気に食わなかったようだ。

 かなりの勢いで否定してくる。


「待って、そんなに軽い言葉じゃないわ」


 カースブリンクに対して、想像より重い気持ちを抱えているようだった。

 今回の旅も、本当は治癒師もついででしかない……と言われても信用できそうなほどである。

 だが知ることは重要なので、アッシュは念入りに聞いておくことにする。


「…………」


 ノインはまだ実感が湧かないだろうが、カースブリンクは危険な国だ。

 過去には立ち入った旅人や教会の宣教師が殺害されるようなことも普通に起きていた。

 また、帝国との古い戦いでは敵兵を串刺しにして並べて国境に晒したりもしたという。

 こういった国に立ち入るのなら、やはり情報を知る必要があるだろう。



 ―――



 その夜、移動を終えた後は道中の街を訪れた。

 冬の野営は厳しいため、少し移動の日程を変えてもこうして街や宿場町に足を向けるようにしている。

 だから馬車から降りて街に入った。

 静まり返って、すっかり人通りが減った街を進む。

 そうしているとサティアがアリスに話しかけた。


「しかし、不思議ね……召喚獣って。いつか、戦ってみたいわ」


 彼女は馬車を引く召喚獣を見てかなり驚いていた。

 が、やはり戦闘能力の方も気になっていたようだった。

 対してアリスは白けた視線を返す。


「戦い? 高度二百メートルから一方的に撃つだけですが、やります?」

「そんなの勝てないわ」


 サティアはあっさりと白旗をあげた。

 ガルムと行動を共にしていたこともあり、空の恐ろしさは身にしみているようだった。

 するとアリスが偉そうに鼻を鳴らす。


「いくら身分が高くても、私の方が強いんですから。威張らないでくださいね」

「ええ」


 サティアは軽く受け流した。

 その後は特に会話もなく進んでいく。

 宿を探して街を歩く。

 そしてやがて宿らしき場所にたどり着いたが、どうも満員の様子だった。

 入り口に大勢の人が詰めかけていて、とても泊まれるような雰囲気に見えない。

 アッシュは立ち止まり、様子を伺ってみる。


「…………」


 なにやら押し問答しているのが分かる。

 会話の内容から察するに帝国からの難民のようだった。

 なにせここは聖教国と帝国の国境近くだ。

 陥落した帝国から逃げて来る人々がいてもおかしくはなかった。

 彼らは三十人ほどいて、とても入り切らないから揉めているらしい。

 それなりに身なりがよく見えるから、逃げ出した富裕層といったところだろう。


 アッシュはその彼らの会話を聞く。

 宿の主人と、難民たちの代表と思しき男性が店先で話していた。


「金ならいくらでも出す。子どもたちだけでも中で休ませてやれないか? もうずっと外なんだ」

「いえ、空き部屋がもう……」

「なら、食事だけでも」


 どうにも救いのない光景だった。

 ここまで食い下がっているということは、他の宿も間違いなく埋まっているのだろう。

 つまり多くの難民がいるということだ。

 こうした場合、屋根のある場所で寝るなら教会を頼るか、金があるのなら民家を間借りするか……など、まだいくらか手段はあるだろう。

 けれど難民の人数によってはこれにも限界があるかもしれない。

 だからアッシュは呟く。


「この街では、宿が取れないようだ」


 そして無理に取る気もなかった。

 こうも困っている人間がいるのに、余裕のある自分たちが場所を奪うべきではない。

 なんとなく事情を察したのか、悲しそうな様子でノインが答える。


「……そう、ですね」


 続いてアリスも口を開こうとした……のを見てアッシュが先に声を上げることにした。

 これに関して彼女が無神経なことを言えば、サティアと殺し合いになるからだ。

 流石のアリスでもまさかとは思うが、万が一さえあってはならない。

 サティアにはしっかりと誇りがある。


 だから、アリスより先に全員へ語りかける形で話をした。


「今日は教会で屋根を借りよう。そちらも埋まっていたら……野宿になるが」


 すると、その言葉にノインが答える。


「はい、そうしましょう」


 サティアも続いた。

 口を開くのを忘れて声を作る。

 静かな目で難民たちを見ていた。


「ええ」


 アリスは何も言わなかったが、反論はないようだった。

 なので歩き始める。

 目的地は教会で、高い尖塔せんとうが目印になるため特に迷うことはないだろう。

 基本的に教会には、どの街でも太い道を通っていればすぐにたどり着ける。


「…………」


 しばらく無言だったが、やがてアリスが口を開いた。

 無愛想だが、声には少しだけ気遣うような気配があった。

 その目はサティアを見つめている。


「元気出しなさい。らしくないですよ」


 言いながらサティアの頭を撫でた。

 すると撫でられた彼女がアリスに目を向ける。

 歩きながら言葉を交わす。


「ありがとう、アリス」


 礼を言いつつも、サティアは一瞬呆れたような顔になった。

 子供のように頭を撫でられていることについてなにか思うことがあったのだろう。

 童顔で背は低いものの、彼女は二十一歳の大人だ。

 けれどなにも言うことはなかった。


「…………」


 アッシュは少なからず驚いて、わずかに目を見開いてしまう。

 ノインへの対応を見る限り、アリスも身内には優しいような気もしていた。

 しかしまさか、サティアに対してこのように振る舞うとは。

 さっきはアッシュの方が考え過ぎだったのかもしれない。

 旅をした四日で、少しは打ち解けることができていたのだろうか。


 少し認識を改めつつ教会に向かう。

 すると、やがてすぐそばまでたどり着いた。

 見ただけでもかなり人が押し寄せているのが分かる。

 とてもではないが屋根を借りられそうな状況でなさそうだ。

 帝国との国境はきっと、どこもこういった様子なのだろう。

 疲れ果てた人々を見ながら、世の中がどんどん悪くなっていることについて考えていた。




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