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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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過去編おまけ・登場した魔術や器官、その他

 



『燭台』


 明かりを生み出す光の魔術、『灯光』に用いられるルーン。

 光の魔術を扱えぬ者は、しばしば『炎』と『書生』を組み合わせた小さな火を代用とする。

 しかし『灯光』は光の魔術の初歩であり、これすら使えなければ多くの場合聖職者として大成することはない。

 聖なるルーンに愛されなかった者は、すなわち神に見放された者であるのだ。


 夜が来ると、ヴィクターは常にこのルーンを刻んだ魔道具で光を灯していた。

 毎夜訪れる一人の暗がりに、決して部屋の明かりを絶やすことはなかった。

 過去の仕打ちにより極度に闇を恐れ、光のない場所では眠ることすらできなかった。


 かつて父のため尋問に耐えた彼には、贖罪修道院の特別な歓待が与えられることとなる。

 再洗礼と呼ばれる暗闇の拷問は、ヴィクターの心を最期まで酷くむしばみ続けた。

 無実を叫ぶヴィクターに、カルニスという聖職者が言った。


『無実かどうか、真実はどちらでもよい』

『ただ苦痛を与えて損はない』


 まばたきで訪れる刹那の闇すら恐ろしい。

 暗闇に泣いた少年の心は、夜より深い闇で満たされてしまった。

 幸せの意味すら知らなかったのだ。



 ―――



『書生』


 基礎ルーンの性質を最も単純に、かつ小規模な形で発現させる上位ルーン。

 たとえば『炎』に重ねれば小さな火を灯すことができる。

 特別な知識がなくとも、魔力さえあれば容易に扱うことができる。

 そのため、多くの魔術師にとって最初に触れるルーンになる。

 これはかつて偉大な指導者が発見し、魔術の教育に用いたことから『書生』の名で呼ばれている。


 だが一方で、古くは聖職者の墓碑に刻まれる紋章としても知られていた。

 それは、たとえ魔術の伝承が絶えようとも、また誰かが魔術の道を歩めるようにするためである。

 聖職者たちは墓碑に刻むことで、このルーンが失われることがないようにしていた。

 今はもう忘れられた、黎明れいめいの教会の志の高さを示す風習である。


 高度な魔術には、使用する基礎ルーンへの理解が求められる。

 故に見習いの魔術師は、『書生』を用いて基礎ルーンの効果を観察し、まずはその性質の把握に努める。

 これを繰り返すことで理解を積みながら、見習いは少しずつ複雑な効果を持つ魔術へと手を伸ばす。



 ―――



『雷』 


 いかづちを操る基礎ルーン。

 ルシス=テンペストにより生み出された、ロスタリアのルーンである。


 『雷』の基礎ルーンは、攻撃魔術への高い適性で知られている。

 よって、戦闘魔術師に好んで用いられる。

 だが、反対に聖職者はこれを嫌い、教会においてはほぼないものとして扱われる。

 そのため、使用者は多いものの『火』や『光』などの、いわゆる主要な基礎ルーンには含まれないことが多い。


 魔術においては、知らない概念を操ることはできない。

 探求を知らぬ聖職者には、雷光の事象を理解できなかった。

 そして理解をしようともせず、観察と把握の手順をこなすことができなかった。

 よって使用することもできなかったため、これをロスタリアの邪法であるとし、以後かえりみることはなかった。



 ―――



『神速』


 組み込むことで、魔術の速度を神速の域にまで高めるルーン。

 教会が誇る秘術の一つ。

 特に『杭』や『矢』、あるいは『針』などの投射する系統の魔術に合わせて用いられる。


 ステラはこれを、覚えたての『針』に組み合わせて使用していた。

 そして『神速』と『針』は相性が良く、視認不可能な速度での攻撃と化した。


 多くの聖職者にとって秘術とは遠い栄誉であり、凡骨ならば生涯をかけてようやく一つを継承する。

 故に教会の秘術を修めた聖職者は教導官マスターとして畏れられ、死後の墓碑には習得した秘術のルーンが刻まれる。



 ―――



『破邪』


 教会の秘術の一つ。

 基礎ルーンに組み込むことで、巨大な魔力の塊を放つことができる。

 魔力の塊はやがて力を放出し、爆裂の御業みわざで周囲一帯を破壊する。


 この秘術はかつて神託により与えられ、殲滅せんめつの使命を帯びた神官へと授けられた。

 凄まじい範囲に滅びを振りまくが故に、使用を許されるのは悪意の地にて、孤軍の時のみである。


 ステラはこれを、孤児の捕獲任務で威嚇いかくに使用した。

 『雷』の基礎ルーンに組み込んで、強大なる『破邪』を()()()消した。

 絶望の雷を前に、哀れな獲物たちは逃げ惑うことしかできなかった。


 魔術への熱意を持つ聖職者にとっては、秘術の習得こそ最大の悲願である。

 しかし異才の魔術師であるステラには造作なき余興に過ぎなかった。

 ルーンへの適性と膨大な魔力、なにより一瞬であらゆる魔術の本質を見抜く才気は、戦役の世でなければ彼女を教皇の座にまで導いたはずだった。



 ―――



聖戦せいせん


 教会の秘術の一つ。

 基礎ルーンに組み込むことで大量の『刃』に似た魔術を発生させることができる。

 名には聖戦のために束ねられた、戦士たちの刃であるとの意味がある。

 幾百、幾千の兵士のように、頼もしく聖域を守るとされている。


 ステラはこれを、ウォルターを捕獲する際に使用した。

 『炎』の基礎ルーンに組み込むことで、無数の『炎刃』が宙に浮き、ひとりでに振り下ろされるような事象を引き起こした。

 しかし一つ一つの剣が『炎刃』とは隔絶した威力、範囲を誇っていた。

 さらに、使用者の意思でそれぞれの斬撃の軌道や、刃の長さを変えて自在に操ることもできる。

 故にこれは『刃』とは似て非なる、秘術に相応しい機能を持った大魔術である。



 ―――



『蝕む者』


 古い時代、蠱毒の魔王の侵攻から生き残った魔術師が作り上げた禁術。

 毒の炎を生んで攻撃する。

 世界で唯一の毒魔術として知られる。

 青白い炎には熱も何もないが、受ければまるで重病人のように虚弱な体質になる。

 治癒魔術による治療を行ったとしても、その影響を除くには長い時間が必要になる。


 しかし、この毒はあくまで出来損ないであった。

 魔獣のような強靭な生命には効果が薄く、さらに人を殺すことさえも難しい。

 ただひたすらに人間を弱らせ、虚弱に変え、長く苦しめるだけの忌むべき魔術であった。


 よって固く封印されることとなったが、聖教国の歴史にはこの禁術の影が垣間見えることがある。

 熱も痛みも感じさせない、重病を与えることができる炎は、時に陰謀に用いられたということだ。


 禁術の原型である『蠱毒の魔王』は、自我を持つ魔王であった。

 毒の炎に限らず、あらゆる形の劇毒を操って人間を殺し続けた。

 彼は全ての人類を憎むが故に、毒の力、虐殺の権能に目覚めたという。

 その憎しみの理由を知る者はいない。

 しかし一説では、心を読む異能を持っていたことが原因であるとされる。

 人であった頃から、かの魔王は他者の心を読み取れた。

 だからこそ人の心の醜さに狂い、憎悪を宿すことになったのだと。



 ―――



『多層魔術』


 ステラが使用する特殊技能。

 しかし、元はルシス=テンペストが見出した魔術の真髄である。

 多層魔術は魔術師の奥義であり、ルーンの書き換えを始めとする伝説の技すらその前提に過ぎなかった。


 魔術とは複数のルーンを重ねることで完成するものだ。

 だが多層魔術においては、完成した魔術の上に魔術を重ねる……つまり、別々の魔術を融合させている。

 こうして成り立つ多層魔術は、複雑にして強大な効果を誇る。

 しかし習得への道のりは厳しく、魔術を極めた一握りの術師しか到達することはできない。


 よって歴史上でも使い手は限られており、エドガーを含む歴代の『テンペスト』の中に数人が存在する程度であった。

 さらにその全員の限界が二層であり、実戦で扱えた者となるとわずかに三名しか残らない。


 しかし多層魔術の始祖たるルシスは、三層までを自在に操ることができたという。

 そしてステラはさらにこの先、五層にまで到達していた。

 五層魔術はまさに、神の領域の力である。



 ―――



『キャンセル』


 ステラが使用した技能の一つ。

 本来は彼女が作った固有ルーンによる魔術であるが、杖による無詠唱で発動し『キャンセル』と呼んで使うことが多かった。



 これは魔術耐性と呼ばれる現象を応用した魔術であり、使用することで敵の魔術を打ち消すことができる。

 そして魔術耐性とは、魔術のルーンが強い魔力の壁に触れた時、形を崩され機能不全に陥る現象である。


 これを利用し、ステラは敵が構築するルーンへと圧縮した魔力を打ち込んだ。

 すると魔術は発動の過程で破壊され、たとえ奇跡であっても中断は免れない。

 また魔術耐性とは違い、この魔術は自らより強大な魔力を持つ対象にも有効である。

 構築途中のルーンは不安定であり、ほんのささいな妨害で崩れてしまうからだ。


 この魔術はステラが魔術戦において最強たる所以ゆえんであり、他の魔術師に奪われることを恐れていた。

 故に誰にも詠唱を聞かせることはなく、魔術の名すら呼ぶことはなかったのだ。



 ―――



焼尽イグゾースト


 ウォルター=ラインハルト、『燈火とうかの魔人』の殺戮器官。

 燃え立ち狂う救世主の右腕。


 腕の業火は他者の命に燃え移り、死すまで消えぬ炎をともす。

 わずかでも肉体に引火した場合は、延焼の前に切除を迫られることになる。

 奪われ、劣化する前の炎であるため、たとえ魔術で氷漬けにしたとしても消すことはできない。

 加えて一瞬で燃え広がることもあり、小さな火の粉に触れた時点でほとんど死が確定する。


 この炎は『貪る者』に近い性質を帯びており、焼いた相手の魂を奪う。

 さらに、こうして()べた命の数だけ、炎を操る能力は永続的な強化を得る。

 そのため、二百人程度を焼いた死亡時には、全力を出せば王都周辺を一晩で灰にできる火力を持っていた。

 秘匿ひとくのために力は三割未満に抑えられていたものの、それでも十分な性能を発揮した。

 仮に十万人を焚べたとすれば、世界を焼き尽くしても余るほどの炎を抱くことになる。


 守るために強くなった。

 戦いを愛せど殺し合いを望んだわけではなかった。

 夢に見たのは、友を見守り姉をいたわる穏やかな暮らしだった。

 だが光なき時代は篝火を求め、犠牲を焚べても救世を担う決意を抱いた。



 ―――



燈火とうかの魔人』


 ウォルターが魔物に変異した姿。

 煌々と燃え盛る炎に覆われた魔人。

 この造形は、暗闇の世を照らすと定めた決意の証である。


 ついに見せることはなかったものの、強力な特性を秘めた形態だった。

 完全に魔人化した場合、自らの肉体を炎に変えて自在に操ることができる。

 また実体なき炎となることで、大半の物理的な干渉を無効化する。


 ウォルターは器官を含めて強力な力を揃えていたが、真に恐るべきは魔物に完全適合した本人の資質だった。

 何故なら彼にとって、魔物として進化することも、人に退化することも、そのどちらも自在である。

 だからこそ、進化を選び続ければ限りなく強くなることができる。


 そして進化とは適応であり、あるはずのない『魔力を焼き潰す性質』を炎に付与したのも無意識の適応の結果だった。

 これは長い期間に渡って隷属の首輪の、すなわち魔道具……あるいは魔術の脅威に晒され続けたことで発現した適応である。

 進化を抑えていたために発現が遅かったものの、全力であればあらゆる脅威に対し即座に耐性を得ることができる。


 つまり、この魔人を無敵たらしめるのは、器官でもなく、魔人としての能力でもなく、技量でもなく、本人の体質による自在の進化であった。


 しかし世界を救えるはずだった魔人は、自分自身に敗れて命を落とす。

 十万の命をもべる決意は、生温なまぬるい悪意に砕かれてしまった。



 ―――



圧壊エクスヘイル


 ニーナ=ハーリング、『勇戦ゆうせんの魔人』の殺戮器官。

 限りない圧力を引き出し、自在に操る最強の魔眼。

 圧力の用途は単なる圧殺に留まらず、いわゆる念動力のように扱うことも可能である。

 また、不可視の力を扱う関係上、力の流れを可視化する能力も持っていた。

 極めて強大な器官であったが、最期まで本来の用法で用いられることはなかった。


 本人はこれを、肉体に圧力を満たすことによる防御、そして体に圧力を重ねての加速に使用した。

 だが鋼鉄すらたやすく折りたたむ力は、生身に向けるにはあまりに過酷だった。

 一瞬の加速の代償に、体はすぐに壊れてしまう。

 限界を超えた彼女を支えたのは、鋼鉄よりも強固な決意であった。


 ニーナの母は、世間知らずな箱入りの魔女であったという。

 才ある魔女として大切に育てられていた令嬢は、ある時魔導塔から駆け落ちをした。

 口が上手く、軽薄な男に愛を囁かれ、その手を取って伴侶となった。


 やがて彼女は子を宿した後に捨てられ、異国にて貧しい暮らしを営むことになる。

 だが恨み言の一つもなく双子を産んだ。

 つたなくも愛し、大切に育てていた。



 ―――



勇戦ゆうせんの魔人』


 ニーナが変異した姿。

 骨の鎧は耐久に優れ、損傷をものともせずに攻め続ける戦いに適合している。

 己の弱さを憎んだことで、彼女の肉体は戦士にふさわしく変質した。


 ニーナは、ウォルターとステラに次ぐ第三の実験体であった。

 だが短剣術を極めていれば、ステラの水準には至っていた。

 本来最適とされる戦闘スタイルは、大剣を用いたものではなく、無数の短剣を利用したものである。

 つまりは念動力で大量の刃を操りつつ、不可視の圧殺を織り交ぜ、本人の体術も加えて攻め立てる戦術だった。

 総じて攻撃性能が突き抜けた個体だが、それに見合う心を持つことはできなかった。


 彼女は英雄の素質を持ちながら、他人のために才覚を浪費した。

 文字通り全存在を懸けて、ウォルターを打ち砕くために手を尽くした。

 寝ても覚めても彼の戦術を模倣し、先までも考察し続けた。

 そして最後は恋をした人の未来を信じ、人間らしく死んだ。



 ―――



飽和エクストラ


 ステラ=ガイスト、『怯臆きょうおくの魔人』の殺戮器官。

 生命を素材に、自らの()()()()()()を増殖する濫造らんぞうの舌。


 この舌は自らの魂をわずかに削り、新たなる己の複製とする。

 それにより、一つの器の中に複数の自己が満ち満ちる。

 複製には一度につき三十分の間隔が必要であり、死亡時には四十一までストックすることができた。

 こうして溜め込んだ()()は、体表に口として表れる。


 彼女が『魔術師』を遥かに凌ぐ技量を発揮したのは、本人の才能が理由である。

 しかしこの能力によるところも大きかった。

 何故なら複製のひとりひとりが、それぞれに魔術を使用することができるからだ。


 つまり一人では制御しきれない多層魔術も、自分が幾人もいれば簡単に扱える。

 一度に複数の魔術を並列処理できたのも、自己のストックに任せていたためであった。


 また、複製した自己は切り離し、一時的に自律行動させることもできる。

 ()と呼ばれる双子の存在は、こうして切り離した自己の姿だった。

 だが分身は時が経てば崩れ去る上に、切り離せば二度とストックには戻せない。


 さらに切り札として、ストックした自己を消費すれば時間を巻き戻すこともできる。

 これも、当初は死亡時に自動で発動する……つまりは複製に死を肩代わりさせるだけの能力だった。

 しかし自主的な訓練により、ステラは任意のタイミングでも時を巻き戻せるようになった。

 とはいえ戻す時間は三十秒までで、時間遡行の影響が及ぶのも彼女の周囲に限られる。 


 ステラはかつて、中位魔獣の討伐戦に真の孤独を見出した。

 仲間は全て倒れ、家族は誰も助けてはくれず、ただ一人で窮地に向き合った。

 撤退すら許されぬ絶望と恐怖の中、長い戦いの果てに彼女は知る。


 結局は自分の他に、頼りになるものなどなにもないと。


 誰かを憎んだわけではなく、失望したわけでもなく、ただ冷静に他者への依存の無意味を悟った。

 故にさらなる絶望の底に突き落とされた時、彼女が求めたのは無数なる自己の複製であった。


 最後に自分を守るのは自分だけ。

 ならば必要のない他者は殺し、取り込み、頼もしい自分に作り変えるべきだ。

 無数の自分を作り出してしまえば、恐怖に追いつかれることもない。


 だから彼女は、逃げるように影を、複製を作り続けた。



 ―――



怯臆きょうおくの魔人』


 ステラが変異した姿。

 全身を覆う無数の口の言葉は自信に溢れ、彼女を弁護し褒めそやし続ける。

 それらは各個に魔術の詠唱すらこなす、ステラにとっての頼もしい庇護者たちだった。

 さらに暴走時には翼を得て、飛行特性を手に入れた。


 あらゆる魔物の中でも最強に近い器官を持っていたが、ステラたちは燈火の魔人に遠く及ぶべくもなかった。

 圧倒的な才覚の前にはあらゆる優位が意味を失う。

 あっさりと斬られ、焼かれ、ほとんど一方的に、ストックが続く限り殺され続けた。


 全身に生じた四十一の口腔こうくうは、口々におそれ知らずの言葉を吐き散らす。

 しかし本人の口、臆病者の口は縫われもはや言葉を発することはない。

 魔物化への適性が低い個体は、進行につれて人格が破損してしまうためだ。


 そしてステラが迎えたのは、無数の己に埋もれながら消え去る末路だった。



 ―――



星眼エクスペクト


 リリアナの、『醜悪の魔人』の殺戮器官。

 多数の分岐を含む未来を見通すことができる金色の魔眼。

 その視界は遠近問わず全ての可能性を網羅している。

 まるで星を探し、星座をたどるように可能性の欠片を見渡すことができる。


 しかし時に人が屑星を見落とすように、必ずしも魔眼の主が全ての分岐を知るとは限らない。

 到達する可能性が低い未来、小さな未来であれば見落としてしまうこともある。

 よって、あくまで本人が見つけられるかどうかに依存する部分が大きい。

 加えて消耗も激しいため、推測を立てながら効率よく未来を見なければ、有益な情報は得られない。


 この『星眼』は魔物の器官としては特異な、攻撃性が抜け落ちた魔眼だった。

 未来を見ている間は視界が塞がるため、消耗の激しさも相まって戦闘に活用することが難しい。

 このような器官が発現したのは、他者の殺害に対する強固な拒絶が反映されたことに加え、元から持っていた特異な直感が発達したことが大きい。


 しかしあらゆる分岐を見通す眼にすら、火刑の魔人が勝利する結末を探し当てることはできなかった。

 これはいくつもの不運が重なった果て、屑星のように小さな可能性の最悪でしかなかったからだ。

 リリアナがウォルターの勝利を疑っておらず、さして念入りに探さなかったことも原因だった。

 結果として燈火の魔人は命を落とす。


 火刑の魔人はずっと、絶えぬ落涙の中で殺し合いを続けていた。

 敵が泣いていたことを知らなかったが、自分の涙も知らなかった。

 泣く敵を前にしたウォルターにとって、これは戦いですらなかった。

 軋む心を殺し続けた先で、最後に聞いた悪意の嘘に、無惨にも騙されて死んでしまった。


 かつて彼は言った。

 『俺に泣き声を聞かせないでくれ』、と。

 幼い日に語った懸念は、皮肉にも現実になってしまった。



 ―――



『醜悪の魔人』


 リリアナが変異した姿。

 強い自己嫌悪が影響し、見るもおぞましい姿に行き着いた。

 語るもはばかられる醜い姿である。


 急速に頭角を現していたある商人の、一人娘としてリリアナは生まれた。

 高潔で立派な商売人を装う父に憧れていたが、さとい彼女はやがて父親の本質に気がつく。

 父も母も親族も、口先だけは善人を気取る。

 しかしみな悪に染まり、他人から金を吸い上げることに取り憑かれている。


 これが悪いことだと気づきながらも、幼い彼女は止めることができなかった。

 ただ両親が搾取を尽くすたび、強まっていく不吉な予感を持て余していた。


 そうして人を踏みつけ続けた両親は、裏切りによって命を落とす。

 街が魔獣の襲撃を受けた時、借金で縛っていた私兵たちに見捨てられたのだ。

 さらに生き残った彼女も、親族によりその場で孤児として放逐ほうちくされた。

 遺産をむしり取る邪魔になるという理由だった。

 魔獣がはびこる街に置き去りにされた彼女は、親族と魔獣、私兵たちを恨みながら毎日泣いて怯えて暮らしていた。


 リリアナは両親とは異なりほとんど善人に近かったが、心の奥底の本質は一族や親と似通っていた。

 故に孤児院に来た当初は一族や魔獣への復讐心、生まれ持った金への執着により歪む余地があった。

 だが彼女はいくつかの出会いにより考えを改め、友人と過ごす中で心優しい少女に変わっていった。

 そんなリリアナにとって、二人の友だちは一番大切な宝物だった。



 ―――



偽証(イグジスト


 『火刑の魔人』の殺戮器官。

 誰かを助けるために戦うなどと、勇ましく誓いを立てた嘘つきの心臓。

 灰を集め、偽りの質量を生み出す力を持つ。


 世界を照らす光になるだけの力はなく、犠牲をべて炎となる覚悟もなかった。

 勇者に憧れた少年はなにも焚べず、力もなく、ただくすぶるだけの灰になった。 

 役立たずの灰には誰も救えず、守ることもできず、ただあらゆる死をすすり続ける。

 そしてその心臓には、他の命が残した灰が、消えないものだけが降り積もっていく。



 ―――



『火刑の魔人』


 ✕✕✕✕が変異した姿。

 燃え尽きた焼死体の造形は、なりそこないの心象を具現している。

 光になれない怪物でありながら、炎に至ることもできなかった。

 中途半端な燃え殻の姿である。

 この焼け尽きた肌は堅牢な外殻であり、炎という概念そのものを寄せ付けない。


 火刑の魔人の根幹は、騎士の姿にけようとも決して変わることはなかった。

 醜く黒ずみ歪んだ甲冑は、敵を殺す怪物にも、人を救う英雄にもなれなかった滑稽を映している。

 何者にもなれず、人を救うなどという妄言に縋り、やがて死に腐る無意味な魔物を象徴している。


 火刑の魔人は自罰の意識により、己の醜悪をかたどるような姿となった。

 どんな姿に変わろうとも、なりそこないであることだけは変わらない。

 黒く塗り潰された運命の先で、愚かな魔物はやがて最悪の未来にまみえるだろう。



 ―――



『付与』


 神器の勇者に与えられたギフト。

 思い描いたままの効果を物品に与えることができる。

 付与を受けた品には、それぞれ固有のルーンが浮き上がる。

 このルーンに魔力を込めることで、神器は力を発揮する。


 神器に刻まれたルーンは、他の物体に刻印しても魔道具としての効果を発揮しない。

 魔術に用いることもできない、完全な専用のルーンだった。

 しかし神器本体のルーンに書き足して、改造することは可能であった。


 戦役中には数多くの神器が作り出されたが、後世に残った物は『御剣』を筆頭とする七つばかりであった。

 遺失した物に関しては、神器を巡る争いを恐れた勇者が破棄したのだと言われている。

 一方では、力を失って消えたのだとも囁かれている。

 だが偉大なる勇者も今は隠れ、消えた宝具の真実を知る者はいない。



 ――



乱撃聖剣レーヴァテイン


 神器の勇者が遺した誉れ高き聖遺物。

 勇者の死後に残った七つの神器の筆頭と目され、聖教国にて保管されていた。

 これは実体のつるぎとして現存するただ一振りの聖剣であり、神より与えられし奇跡そのものであった。


 かの剣には勇者により聖剣の術式を付与されている。

 けれど剣であるが故に、刃としての銘をも持つ。

 『御剣みつるぎ』とも呼ばれた聖剣は、相応しい魔力により勇者の業を再現する。

 天を覆う光芒の雨は、まごうことなき神威しんいの流星であった。


 しかしある時失われ、今も影すら掴めていない。



 ―――



玉輪ぎょくりんの盾』


 御剣に並び神器の勇者の武具として知られる盾。

 月の異称たる『玉輪』の銘で知られる。

 十分な魔力さえ与えればありとあらゆる攻撃を反射するという性質を持つ。

 決して砕けぬ反射の盾は、中天の月に似て不可侵であった。


 盾による反射角は自在である他、一度までなら反射した攻撃のベクトルを操作することができる。

 そして、反射の奥義には『防性反射ぼうせいはんしゃ』と『攻性反射こうせいはんしゃ』がある。

 神器の勇者は二つを駆使して神の敵を圧倒したという。


 しかしある時失われ、今も影すら掴めていない。



 ―――



『風の靴』


 神器の勇者の聖遺物の一つ。

 『神風かみかぜ』とも呼ばれ、風を纏い移動を助け、担い手に圧倒的な速度を授ける。

 勇者に相応しい装備ではあるが、他の遺物と同じく膨大な魔力なくして使用はできない。

 やはり人の身には余るものであり、扱える物にするために破戒騎士が手を加えた。

 神聖を侵されたその遺物は、教皇にとり今も苦々しい記憶の名残なごりである。


 教会が管理する『玉輪』と『御剣』はある日忽然こつぜんと消え去った。

 さらに『神風』までもが捻じ曲げられた。

 災いの時に勇者の神託すらもなく、もはや現教会の権威は失墜の極みにある。



 ―――



最大聖剣エクスカリバー


 最大無比の威力を誇ると伝わる、夢見の勇者の聖剣術式。

 『死の月』とも称されし万象必殺の大聖剣。

 だがその威力と引き換えに、聖剣の使用には過酷な負荷が伴うという。

 故に生来虚弱であった夢見の勇者は、聖剣を使う度に死へと近づいていった。


 彼女は最後の魔王との戦いの中、消耗に起因する聖剣の不発と共に命運を絶たれる。

 そして恐ろしい喪失期が訪れたのだ。



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