幕間・助言
「最後に、これから世界に起こることを話すね。本当に辛いことばかり話すけど……どうか聞いてね」
―――
――
―
まず……そうね、ウォルター。
順番に話をしましょう。
これから少しすると『魔王領』、なんて呼ばれる勢力が世界を侵略し始めるわ。
ある国の王様が意識を保ったまま魔王になって、魔獣を操って戦争を仕掛けてくるの。
そしていくつかの国が滅ぶ。
でもこれに抗う者もいる。
『戦士』の使徒……金色の竜がなんとか災いを押し留める。
飛行能力を利用して、本当に上手く戦うみたい。
制海権になぞらえたら……制空権とでも言うのかな。
空を掌握する利点を早期に理解して、防衛に活かしていた。
最大限に侵攻を遅らせてくれる。
これで三年だけ保つわ。
竜が殺されたらもう手遅れ。
だって竜との戦いを通して、空の戦術を学習した後だからね。
竜が消えた空を使って、『魔王領』は驚くほど効率的に殺戮を始める。
徹底的に殺し尽くして、すぐに使徒も全滅させる。
それで、最終的に人類の三割くらいが死んでしまう。
「そいつらは、何がしたい?」
ウォルターも気になる?
でも、悪いけど、目的はわからないの。
彼らの目的は、わたしにはわからない。
だって、全部の未来で目的を果たす前に彼らは滅びていたから。
「…………」
……びっくりした?
なにがどうなっても、『魔王領』は必ず滅びるの。
だから未来を見ても、彼らが何をしたかったのかはわからない。
目的を果たした未来を見ることができなかったから。
目的が実現した光景を見ないと、未来を見る能力では知りようがないよね?
気になって念入りに調べたんだけど、全部の未来で彼らはきれいに滅ぼされた。
結局なにもできないまま。
じゃあ続きを話そう。
それで……『魔王領』が殺戮を続ける。
すると、より大きな力による介入が始まる。
悪いものは、もっと悪いものに殺されてしまうの。
そしてここからが本題。
その、『魔王領』を滅ぼすものが、もっと悪いものがわたしたちの敵だからね。
「…………」
どうやって『魔王領』を滅ぼすのかは見えなかった。
仕留めるのは使者かもしれないし、直接的な干渉を行うのかもしれない。
どんなやり方で介入してくるかは言えない。
……見ようとしたけど、肝心な部分が見えなかった。
滅ぼしている途中の光景は隠されて、ただ結果だけがわたしには見えた。
未来の一部が巧妙に塗り潰されて、見ようにも隠されていたから。
けど多分、敵は過去や未来に干渉することはできないと思うの。
それでも、未来を見る能力そのものに対策することはできたんじゃないかな。
たとえばそう……自分に関わる未来を見た相手を検知したり、見ようとした誰かの能力自体を妨害したりとか……。
つまり、正確には未来そのものを隠してるんじゃなくて、特定の情報を見ようとした時に能力が機能しないよう邪魔してるってこと。
あ、でも、本当に見ようとすれば妨害は無視できる気がするの。
元々あれは妨害を突破させて、突破した相手を検知して見つけるような罠だろうから。
大した強度はなかった。
そして、だからこそかかりやすいんだと思う。
酷いトラップだよね。
予想だけど、この罠で見つかった予知能力者は……今までに何人かいたんじゃないかな?
もちろん、見つかるのもわたしだけならいいんだけど。
ウォルターのことまで知られそうでけっこう怖かったね。
まぁ、だから曖昧な部分もあるけど、どの分岐でも必ず『魔王領』は滅ぼされる。
彼らの未来は途絶えている。
これだけは確かよ。
単純な悪とは思えないけど、どちらにせよ彼らは致命的に手段を違えている。
救う必要はないわ。
それで、こうして『魔王領』の粛清が終わったら、すぐにおそろしい喪失期がやってくる。
こっちが本当の滅亡だね。
ガーレンを滅ぼした何かが、そのまま喪失期を始めてしまう。
で、始まったらほとんどの人間が殺される。
前回みたいに地下に隠れても見つかってしまう。
もう誰も生きられないの。
はじまりの合図は『魔王領』……いえ、ガーレンの滅亡、あるいは戦役の終わり。
それから何十年かは絶え間なく人が死に続ける。
けど安心して。
すべてが滅びるわけじゃない。
それだけはちゃんと確認した。
箱庭の世界で、最後のわずかな人間だけは見逃してもらえる。
そうしてまた新しい三百年が始まる。
つまり、今の時代ではまだ……これまでの喪失期と同じみたい。
わたしの見た限りでは、何千年も先まで同じようなことが続いていた。
でも、だとしても……ウォルター。
今回の喪失期は本当に滅亡なの。
だって、いまの戦役が世界を救う最後のチャンスだから。
表面上はなんにも変わらず世界は続いていく。
だけどわたしにだけはわかった。
今回の喪失期の以後の世界では、ほとんど未来が分岐しなくなっていたから。
「意味が……よくわからない」
ごめんね。
説明が足りなかったかな?
つまり……ふつう、わたしたちの未来には色んな可能性があるよね?
たとえばウォルターが商人になった未来とか、戦士になった未来とか、色々ね。
世界もそれは同じ。
違う状況の未来が沢山あるはずなの。
それでも、なんというか、それぞれの未来には行き着く可能性っていうものがあるよね?
十回人生をやり直したとして、七回はそうなるっていう未来と、一回しか辿れないような未来があったりするはず。
この行き着く可能性が高い未来は、わたしの眼には大きく見える。
逆に可能性が低い未来は小さく見える。
そして世界の未来には、本当に色んな可能性が入り混じっていて……大きな未来や小さな未来が多く絡み合っているの。
でも、今回の喪失期以降は、人間の未来には大きな未来しかなくなってしまう。
最初はほんの小さな分岐もあるんだけどね。
でもだんだんそれもなくなっていく。
可能性が収束していく。
最後には、たった一つの巨大な未来しか存在しなくなるのが見えた。
だからわたしは、もう先を見るのをやめた。
つまり……今回だけなの、ウォルター。
未来を変えられる最後のチャンスが今の時代にしかない。
そういう意味で滅亡ね。
もう未来を変えることができなくなるから。
喪失期の後の人間は、その本質が何か、致命的に変わってしまうから。
誰かに作り変えられて、未来を変えられない存在になるから。
だから喪失期を阻止しないといけない。
もしくは途中で止めるのがわたしたちの勝利条件ね。
「…………」
急に色々話しすぎたかな。
でも、とりあえずいま話したのが世界のこれから。
次は、未来を変えるためにできることを伝えるね。
まず、あなたの腕の火で十万人の人間を殺してほしい。
その火の性質で、焼き殺した相手の魂を奪えるはず。
先の戦いのために力が必要だから、これは大切な手順よ。
……場所は、王都がいいかな。
近くて人が多いから手早く済むし、中枢が死ねば教会の力も少しは弱まる。
伝統や権威を盾に……聖職者はいつも邪魔ばかりするから。
この先の戦いにアレはいらない。
だから焼くのは聖堂周辺で。
あと、貧民街も焼き払っていいかな。
そうしないと、焼け出されて食い詰めた市民が貧民街の悪人と結びつく。
被災後の混乱に拍車をかける。
だからここも焼いてほしい。
貧民街を住民ごと灰にすれば、聖堂が焼けて秩序が弱まったとしても復興が五年は早くなる。
燃やし方は……そうね、五番街の南端から二番街の範囲で、聖堂を囲むようにぐるっと火をつければいい。
それから少しずつ内側に炎の輪を閉じていく……。
うん、それでいい。きっとうまくいくはず。
いつか王都で商売をしてみたかったから、意外と地理には詳しかったりする……って。
ごめんね、話が逸れちゃった。
それで次に、一年以内にガーレンという国の君主の血を絶やしてほしい。
あの国の王は……色んな理由から絶望して、複数の未来で魔獣を率いる魔王になる。
だけど殺してしまえば『魔王領』は出てこない。
それでも、どこかの国の偉い人が魔王になるんだけど……ガーレンでなければ人間が魔獣を操るようなことは起きないよ。
あとは、ロスタリアのエドガー=テンペストを説得した方がいい。
詳しくは言わないけど、彼は魔術で本来の使徒の肉体を……自分の孫の体を乗っ取ろうとしているの。
でも彼は孫と世界を天秤にかけて、最後に血縁を選んでしまう。
乗っ取るのをやめて知識だけを与えてしまう。
たとえエドガーの知識があったとしても……本来の使徒、シド=テンペストは使い物にならない。
だからこれも、急いだほうがいいのかもね。
エドガーはとても優秀な魔術師だから、できるなら仲間に引き入れたい。
それと、並行して力ずくでもいいから全ての使徒を屈服させていってね。
必要なら殺さない程度に痛めつけてもいい。
とにかく全員を味方につけて、国を結んで、全ての使徒の眷属になるの。
最初は『戦士』がいいかな。
きっと彼はあっさりと眷属にしてくれる。
トラブルになる可能性もあるけど、少し実力を見せてあげれば従うわ。
だからあなたは、戦士のもとで眷属の力を得てから動き始めたほうがいい。
魔物の力を隠して、表向きは『複数の使徒に加護を与えられた、とても強い眷属』として力を振るおう。
それで肝心の使徒の居場所だけど……とりあえず勇者は、現れる可能性もあるとだけ言える。
予言もないし、基本的には現れないと考えていい。
でも未来の条件によっては出現する分岐もある。
ただウォルターがわたしを信じて動いてくれるなら……断言できる。
確実に現れることはないわ。
今回の勇者は状況が悪化しない限りは出てこない。
だからあまり気にしなくてもいいと思う。
もし会えることがあれば利用してくれればそれでいい。
けど、他の使徒はもう決まってるよ。
まず『戦士』がガルム=バステリア。
彼のことはもう知っているよね?
帝国貴族の名門に生まれた軍人で、あらゆる意味で使徒の中では一番強い。
最優先で仲間に引き入れて。
すごく頭がいいから、きっとあなたをよく助けてくれる。
未来の話はしちゃダメだけど、困ったらそれとなくアドバイスを求めてみていいかも。
彼には帝国に行けばすぐに会える。
ちょうど、少し先にある……おバカな皇帝の武術大会にでも出てみたらいいんじゃない?
あなたならかなり興味を引けると思うわ。
接触したらついでに、帰りにでもガーレンを潰しておいて。
それで『魔術師』は……テンペストとしておくね。
まだどちらに転ぶかわからない。
でも、いずれにせよロスタリアを統べる者がその座につく。
だから、魔導塔に行けば会えるよ。
…………いや、ごめん。
一応、もう少し詳しく伝えるね。
さっき言った通り、エドガーが肉体を奪って使徒になる説得を受け入れればそれでいい。
でも万が一拒んだら……その時は、覚醒する前にシドを殺しましょう。
じつは、使徒には複数の候補がいる。
ある候補が覚醒前に命を落とせば、予言に当てはまる別の人間がその座につく。
以前の戦役でもそうだった。
過去の戦いで、理性を持つ魔王によって勇者の候補が根絶やしにされたような時も……不思議と代わりはいたから。
だから、今回の『魔術師』の第一候補はシド=テンペストだけど、彼を剪定すれば別の器が現れる。
肉親の情がエドガーを迷わせるのなら、それを断ち切ってやればいい。
ちなみに、第二候補はシドより年齢が上ね。
本人の才能は似たりよったりだけど、肉体の成熟の違いで力は上になる。
名前はキャロル=ワンド=ヴァンゼリアだったかな。
で、シドを殺したあとエドガーにもう一度決断を迫るといい。
あなたを憎んだりはするだろうけど、ねじ伏せれば結局のところ彼は従う。
魔術でキャロルの肉体を奪って、彼が使徒になってくれるはず。
でも覚醒後の『魔術師』の肉体は奪えないから、急がせてね。
とはいえ、上手くいってもこの場合ロスタリアに火種は残る。
シドと、考えようによってはキャロルを殺したことで、あなたを強く憎む者が何人か現れてしまう。
基本は無視でいいけど、邪魔になるようなら……感情を消去する魔術を使えばいいんじゃないかな。
これは聖教国で極秘に研究されている魔術なんだけどね。
いずれ訪れてもらう『贖罪修道院』で知ることになると思う。
で、面倒な相手にはこれを使えば言うことを聞かせられる。
とはいえあなたには使えないから、エドガーに教えて使わせよう。
あと、この魔術を知る聖職者は消しておいた方が安全かな。
だって、感情を消された人間は何年かしたら死ぬからね。
それも特有の死に方をする。
だったら、その事実を知っている人間にとっては、死に方を聞けば全部わかってしまうでしょ?
異国の要人の心を消して殺した……なんて、思われたら面倒なことになる。
だから、使うなら先に暗殺して、口を封じておこう。
魔術師についてはこれくらい。
あとは、最後に『治癒師』だけど……彼女が何者であるかはあなたの目で確かめてほしい。
わたしからはなにも言わない。
でも場所だけ伝えておくね。
蛮国……ううん。
失礼かな、この呼び方は。
彼女は【カースブリンク】という国の玉座にいる。
でも今行っても会えないよ。
『治癒士』は少しあとに現れて、しばらくは誰にも知られず気まぐれに放浪しているみたいだから。
今の居場所は……ごめんね、教えられない。
彼女はあなたに会わないほうが強くなる。
時が来るまでは探さないほうがいい。
じゃないと戦力にならない。
でも、四年後に行けば必ず会える。
あなたにならきっと協力してくれると思うわ。
こうして力を集めたら、世界の国を少しずつ繋いでいって。
次の災い……喪失期に備えるため、国をある程度まとめてから戦役を終わらせるのが望ましい。
『魔王領』が現れない場合、戦役の終わりが喪失期の始まりになってしまうから。
ちなみに、やり方は簡単よ。
協力した国の主門や支門を壊してあげるの。
協力しないなら壊してあげない。
使徒を全員従えれば、これくらいのことは簡単にできる。
本当に全ての国をまとめる必要はないけど、最低限として大きな国はお願い。
戦役を終わらせる時は、ぜひいい時期を見極めてね。
最悪、心を消して服従させる魔術を使ったっていい。
それと、ガーレンの後にもいくつか潰してほしい脅威があるの。
二の魔王が最優先。
次が『贖罪修道院』という場所にいる九人の実験体の二番目。
最後が心を読む力を持つ女。
だけど、その女の子だけは殺す意味はない。
この首輪をつけてるだろうから、もし見かけたらすぐに自由にしてあげて。
彼女に関しては、魔王に近づきさえしなければ……多分何も起こらない。
悪い人ではないはずよ。
逃してあげたら悪事は働かず、どこかで普通に暮らすようになる。
殺したりする必要はないわ。
いや、むしろ生かしておくのがいいのかも。
……もしかしたら、なにかの保険になるかもね。
その子、アリス=シグルムは殺さないでおいて。
だけど、他の二つに関しては必ず殺してね。
これから先、三つの要因のどれか……あるいは複数によって喪失期を待たずに世界が壊滅する可能性があるから。
それぞれがいくつかの分岐で、最悪の未来に関与しているのが見えた。
どれであろうとあなたが負けるとは思えないし、実際に全てに勝利するのも確認はした。
でも、相手によってはただじゃ済まない。
大きな犠牲を払うことになりかねない。
だから念には念を入れて、なにか起こる前に対処して。
それで次は。
次は…………。
………ごめんね。
もう何も考えつかない。
実はね。無駄なの、ウォルター。
なにをしても……無駄なの。
あなたは世界で一番強くなる。
十分な魂さえ得れば、どんな未来であっても一度たりとも戦いに敗れることはなかった。
たとえ一人でも、すべての未来であらゆる戦いに勝利し続ける。
心が曇らない限り、絶対に敗北はありえない。
……本当に、奇跡のような幸運だったわ。
あなたは誰よりも強いから。
それに、世界を救うための条件をすべて満たしている。
まず、魔物の力を完全に支配できる資質を持っていた。
そして未来を見る限り、敵による干渉も拒絶できていた。
だから、考えうる限り最も詰みに近いシナリオでも、あなたなら対処できる可能性がある。
この時代にウォルターが生まれたことは、人間にとって最大の……もしかしたら最後の幸運だったわ。
だから、ほんとはね、小細工なんて必要ないの。
十万人を殺した時点であなたは無敵の英雄になる。
魔王を殺すこともできる。
使徒を生かすのも簡単よ。
黒幕の正体がなんであれ、正面から打ち破るだけの力がある。
少なくとも……この助言を受け入れた時点で、未来で起こる決戦に負けはなくなるはず。
戦いの場にたどり着けさえすれば、世界を救える。
……でも、そんなあなたでも最後の破滅を防ぐことはできない。
なぜならすべての人間が、すでに死病を植え付けられているから。
多分……根本的にはぜんぶ手遅れなんだよ。
ずっとずっと遠い昔、わたしたちが知らない時代に種はまかれていて、もうすべてが終わっていたんだと思う。
喪失期の虐殺の本質は、魔獣による殲滅じゃない。
単なる大規模な発病にすぎない。
だから戦いに勝っても発病は止められない。
意味がない。
もし戦いに勝っても、人類の大半が死滅している。
そしてわたしが見た限りない数の未来は……全てその喪失期を迎えていた。
例外はない。
一生懸命探したけど……回避できる未来は見つからなかった。
眼が壊れるまで探したけど……どうしても……見つからなかった。
わたしたちにできることは、喪失期の中で黒幕を探して殺すことだけ。
つまり、たくさん考えたけど結論は……『未来に悪化はあっても好転はない』、だね。
現時点で観測できる最善の結末は、決戦におけるウォルターの勝利。
そして全人口に対して二割弱の生存よ。
「喪失期は、使徒が全滅しなければ起きないはずだ」
ううん、そんなことないよ。
ねぇ、ウォルター。
今まで喪失期は三度あった。
直近だと夢見の勇者が魔王に負けて、仲間の使徒もみんな死んだ。
そして前回の喪失期が始まった。
でもね、前の二回の喪失期で使徒が全滅したなんて言い伝えはないよね?
前の二回についてはほとんどの伝承が絶えているから、以前もそうだったと推測してるだけだよね?
真実を言うとね。
もし魔王に勝っても、使徒が生き残っても……喪失期は回避できない。
基準は、たぶん戦役の勝ち負けとは遠い場所にある。
わたしが見落とした未来もあるかもしれないし、喪失期に関しては隠されてる部分も多いから。
だから、どうすべきなのかも正確にはわからない。
……でも、一つだけ確実に言えることがある。
これからなにか都合のいいことが起こったとしても、絶対に気を緩めてはいけない。
なにがあっても油断しないで。
もう未来が良くなることはない。
喪失期は必ず来る。
決して気を緩めず、チャンスが来るまでは力を隠して。
必要最低限の力で戦って、息を潜めて。
あくまで使徒の眷属としての立場で動いてほしい。
そしてもし喪失期が始まったら……存在を気づかれる前に元凶を仕留めるの。
こうすれば、発病を最小規模に留めることはできるかもしれない。
少なくとも、あなたが世界を救った未来ではそういう風に動いていた。
「……なら俺は、いつまで待てばいい?」
わからない。
喪失期に関係する多くは隠されていたから。
肝心なところで役に立てなくてごめんね。
あなたが勝った未来でさえ、どんな戦いがあったのかは見えなかった。
……でも、敵は予知能力を恐れている。
あんなに周到に罠を張って警戒していたんだもの。
だったらきっと、必ず未来で姿を現す。
一度きりの機会が絶対にあるはず。
いつか来る、その時まで決して見つかってはいけない。
あなたの力が見つかれば望みは断たれる。
その腕の炎には、あらゆる存在を殺せる可能性がある。
ウォルター、予知能力もそうだけど……敵が恐れているのは多分、人間だけが使える力よ。
人間が脅威であるからこそ、本当に悪いものはわたしたちを、この世界をずっと監視しているの。
なのにもし、隠していた力がバレたら、絶対にあなたの前には出てこなくなってしまう。
だから、いくつかの未来を見た上で……隠れるために有効かもしれないアドバイスをさせてほしい。
時が来るまで、使うのは使徒の眷属の力だけにしたほうがいい。
特に魔獣を殺す時は、絶対に魔物の力を隠したほうがいい。
魔物の力を正しく制御して、厳重な封印と合わせれば、眷属の力で魔物の気配は完璧に隠せるはず。
なにかに追い込まれて使うとしても、半分以上は……ううん、四分の一しか使っちゃだめ。
じゃないときっとすぐに見つかる。
……もちろん、これで安心できるとは限らないけどね。
最低限の警戒でしかないし、うまく目を逃れられたとしても、力を制限したまま勝ち抜く必要がある。
じっと時を待ちながら、果てしない絶望に向き合い続けることになる。
力を使えば救えるはずの人間も……見殺しにしなければならない。
そもそもこの抵抗にはなんの意味もないのかも。
でも、わずかでも世界を救える可能性を持っているのは……ウォルターだけだった。
まぁ、救うとは言っても……すぐに全てが滅びるわけじゃないんだけどね。
未来はまだまだずっと続く。
少しずつ悪くなりながら、想像もできないくらい長い時間が流れていく。
だけど、わたしの見た限りあなたが最後の希望になる。
さっきも言ったよね?
今回の喪失期で、きっとなにか取り返しのつかないことが起こるって。
人間は、もう二度と未来を変えることができなくなるって。
いまを逃したら本当に手遅れになる。
少しずつ少しずつ、長い時間をかけて蝕まれていくことしかできなくなる。
だからお願い。
きっと多くの犠牲を払うことになる。
必ず世界を救えるとは限らない。
たとえ救えても、あなたは多くの人に憎まれてしまう。
間違いなく悪魔として歴史に名を刻む。
それでも……たとえ未来に絶望しか見えなくても。
終わりが決まっていたとしても。
これから先の戦いすら予定調和でも。
どれだけ苦しくても、悲しくても……。
いずれ来る暗闇の時代を照らす炎になってほしい。
あなたになら、それができると信じてる。
「君は?」
………………………………。
いや…………わたしは……もうだめ。
実は、わたしが生きてたら、千人多く殺さなきゃいけなくなるの。
二千人、取り込まないと……ウォルター以外の実験体は魔物の力を抑えられなくなる。
だからわたしは、もう本当にだめなの。
「…………」
そうだよね?
わたしのために千人も死なせられないよね?
もしかしたら、予知能力にはそれだけの価値がある……でも、一緒にいたらいつか足手まといに?
……多分利用されて、いや、耐えられない、だけど……とにかく、頭がもう、だから……一緒には行けない。
ねぇ、わたしはもう……本当にだめなの。
ごめんね。
すべて背負わせようとしてごめんね。
わたしだけ逃げて……ごめんね……。
苦しい思いをさせてごめんなさい……。
最後なのに、やなことばっかり話してごめんね。
「…………」
本当は、わかってたよ。
言わないほうがいいって。
だってひどいよ……証拠もなくこんなこと言って……。
…………信じられないよね……そうだよね……。
十万人も殺して…………違ったら……取り返しがつかないのに……。
なんの罪もない人を殺すなんて……そんなこと……ウォルターにさせようとして……。
ご、ごめんね、つらいよね……いやだよね……。
やっぱり…………わ、わたしには……信じてなんて言えない。
……世界を救うことを………無理強いはできないよ……ごめんね……。
でも、これだけは信じてね。
わたし……ウォルターと……銀貨のことが……本当に、大好きだったよ……。
これまでの言葉は全部ウソでもいいから……どうかこれだけは信じてね……。
ずっと言えなかったけど……わたしなんかと友だちになってくれてありがとう。
いつも大事にしてくれてありがとう。
いつも、いつも褒めてくれてありがとう。
ふたりで、すごいって、言ってくれるのが……本当に、嬉しかったよ。
毎日が、とっても楽しかったよ。
「…………」
……あのね。
ウォルターと銀貨がいてくれたから、わたし……きっと幸せだったんだよ。
すごく幸せだったよ……絶対にそうだよ。
えへへ。
今までほんとに、ありがとうね……。
最後までわがままばっかり言って、振り回してごめんなさい。
今までありがとう。
ありがとう、ありがとう…………。
………。
…………。
………………。
「……リリアナ?」
ごめんね、ごめんね、みんな……ごめんなさい。
殺してしまってごめんね……。
ちゃんと死ぬから……だから、どうかもう責めるのはやめてください……。
お願いだからもう許して……。
騙してしまってごめんなさい……。
助かる方法があるなんて、嘘ついて……殺してしまってごめんなさい……。
でも、だって、だって。わたしだって……死にたくなかった……。
友だちに会いたかったの……。
ごめんなさい、本当にごめんなさい……。
ごめんね……ごめんね……。
ごめんね……。
ううう……ごめんね、ごめんね…………。
すみません、すみません、こわいよ……こわいよ……。
ごめんね…………ごめんなさい……お願い……。
……うぅ……うううう……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。
「…………………………」




