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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
一章・偽りの英雄
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二十話・這い寄るは影

 


 丸一日ほど経っただろうか。


 封印によりおぼつかない意識の中、呆然と時をやり過ごしていた。

 そのアッシュの牢に……誰かの足音が近づいてくる。


「…………」


 最初は封印の維持に来た神官かと思った。

 しかしどうもそうではないらしい。

 近づいてくる足音からして、靴底には金属を使用してある。

 となれば、恐らくは軍人か冒険者だろう。


「アッシュ……」


 やがて、そう呼びかけたのはグレンデルだった。

 牢の前に憔悴した表情で立っている。


「お前、か……。なにを、しに来た?」


 その問いには答えない。

 代わりにこんなことを聞いてくる。


「アッシュがやったのか?」

「そんな、わけ、ないだろう……」


 アッシュは否定する。

 だが彼はどこか仄暗い声で、独白のように問いかけを続ける。

 まるで


「お前は、嘘をついたんじゃないのか? 本当は門衛には勝てなくて、噂(うわさ)みたいに人間の魂を奪って………力をつけようとしたんじゃないのか?」


 そこで言葉を切ったグレンデルは、一拍の間を置いて決定的な一言を続けた。


「俺は、お前を信用できない」


 朦朧とした意識の中で、彼がどんな表情をしているのかは分からない。

 だが、その声が悔いるような響きを帯びているのが読み取れた。


「俺はお前のことをいいやつだと思ってた。優しいやつだって思ってた」


 そこでかぶりを振る。

 今までの全てを否定するかのように。


「でも、勘違いだった。お前にそんな心はない。お前は……やっぱり『骸の勇者』だ」

「そんなことを、言いに来たのか?」


 喘ぐような息で言葉を吐き出した。

 グレンデルが虚を突かれたように顔を上げる。

 そしてぼやけたシルエットが、わずかに肩を落とすのが分かった。


「……そう、だよな。すまない。どうでもいい話だよな。そうだよな」


 小さく呟く。

 彼の声から、親しみの名残のようなものが消えてなくなった。

 ただただ暗い、人生に絶望した青年の声が届く。


「俺たちは恐らくもう駄目だ。終わりだ。だが、最後まで抗ってみせる。これからアリスちゃんと一緒に、森の近くの住民を救出するよ。一人でも多く救い出して、まだ余力のある街に受け入れる」

「当てつけの、つもりか?」


 わざわざそんなことを言いに来たのが、という意味だ。

 するとグレンデルは苦笑のような息を漏らす。


「……そうかもしれない」


 それから皮肉げな笑い声を上げた。

 やがて深いため息を吐くと、グレンデルはゆっくりと背を向けた。


「それじゃあな」


 グレンデルは振り返らずに歩いて行った。

 いなくなったところで、鉄格子の向こうに別の人物が姿を見せる。

 どうやら後から来て、グレンデルが去るのを待っていたらしい。


 その誰かとは、アリスである。


「よう、人殺し」

「殺すぞ」


 睨みつける。

 彼女は笑みの気配と共に、鉄格子の前にしゃがみこむ。


「どんな気分ですか?」

「…………」

「私はね、滞在中の礼代わりに救出手伝ったら、この街からはおさらばしますよ」


 続けて、この街の神官が間抜けでよかったとか………そんなことをべらべらと楽しげに話す。

 完全に無視していると、やがて彼女は腰を上げた。

 舌打ちをして去っていく。


「全く壁に話しているようです……。もう行きますね、それじゃあ永遠にさよなら」


 少し手を振って歩いていく。

 それで本当に見張り以外の誰もいなくなってしまった。



 ―――



 牢の中は静かだった。

 ただひたすらに静かで、自らの苦しい呼吸さえ耳障りなほどだった。


 そして、これが永遠に続くようにさえ思われてきた頃。

 外の騒ぎの音がかすかにアッシュの耳に届く。


「…………!」


 数えきれないほどの悲鳴だ。

 流石に牢の見張りも気がついているようだったが、持ち場を離れるわけにはいかないのだろう。

 ただそわそわと狼狽えている。

 それを横目に、遠い悲鳴にアッシュは耳を澄ます。


「まさか。魔獣か……?」


 身体をよじり拘束を外そうとする。

 だが拘束は一切揺らぎもしない。

 悪態をついた。


「クソ、が……」


 必死にもがく。

 牢に刻まれた封印のルーンのせいでロクに力も入らない。

 だがそれでも諦めるわけにはいかない。

 アッシュは手錠を何度も地面に打ち付けて外そうとする。

 それを見兼ねてか、見張りがこちらに近寄ってきた。


 その時。


「おい! アンタ! いるか?」


 牢に慌ただしい足音が響く。

 誰かが来たのだ。

 ちょうど目の前にいた見張りの憲兵が止めようとする。

 しかし、侵入者によって殴り倒された。


「おい! ……ああ、良かった! 助けてくれ、頼む!!」


 牢に踏み入ったのは、門番のダンである。

 顔を青くして、息を乱しながら現れた。

 見張りから奪ったか、手には鍵束が握られていた。


「おい、頼む、助けてくれ……。人殺しが出た。とんでもない人殺しだ……!」

「人、殺し……?」


 かすれた声で問い返す。

 思い浮かぶのは、例の連続殺人犯の話だった。

 ダンはせわしなく頷いて、牢の錠前に鍵を入れる。


「そうだ。あんたの装備も持ってきた、だから……!」


 牢が開けられた。

 ダンが中に入ろうとする。

 しかし、アッシュはそれを制止した。


「待て、入るな。……君も、動けなくなる」

「じゃあどうすれば?!」


 ダンは取り乱していた。

 なのでアッシュはゆっくりと手順を告げる。

 平静を欠いた彼へ、正しく伝わるように。


「隣の牢にでも、魔石か、何かが詰まった、装置があるはずだ。………それを、止めてくれ」

「わ、分かった」


 すぐにダンが視界から消える。

 荒っぽい音がして、封印を維持する魔力源が壊れた。

 封印の形はその効果を失う。


「…………」


 再び、慌ただしく駆けてきたダンがアッシュを連れ出した。

 手早く拘束も外してくれる。

 それから、心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫か?」

「いや……」


 思わず言葉を濁す。

 万全には程遠いからだ。

 丸一日も封印に晒され、食事は何日も摂っていない。

 とてもではないが、まともに動ける気がしなかった。


「歩けないのか?」

「なんとかする……」


 支えようと手を伸ばしてきたダンを振り払う。

 膝をついて立とうとするが力が入らない。

 やむなく、無理やり魔物の力を引き出すことにした。


「……『魔物化(オルタナティブ)』」


 黒い魔力がかすかに溢れた。

 それで少しだけ身体が動くようになる。

 ダンは喜色を浮かべた。


「立った、良かった……」

「で、殺人鬼とやらは?」


 かすれてはいるが、声もまともに出せるようになった。

 相変わらず意識は朦朧としているものの、戦えないほどではない。

 殺人鬼について聞くと、ダンは現実に引き戻されたかのように青ざめた。


「せ、西門の辺りだ。そこで暴れてる……! 俺の家の近くで、妻と息子がどこにいるか分からないんだ」


 切迫した表情で揺さぶってきた。

 しかし、揺らされると頭が痛くなるので手を引き剥がす。

 話は切り上げて、殺人鬼とやらを止めなければならない。


「分かった。俺の装備は?」

「えっと……ここにある。受け取ってくれ」


 牢の鉄格子の脇に置いてあった。

 確かにアッシュの装備である。

 剣と鎖、ポーチまでを手早く身につけて、ダンに別れを告げる。


「もう行く。助かった」


 すると彼は後ろめたそうに俯いた。

 か細い声で、懺悔のように言葉を返す。


「いや……俺は、あんたを助けなかった。ただ……家族が危険に晒されたから、あんたを利用したんだ」

「そうか」


 別にそれを悪いと思わない。

 だから特に責めずに走り出した。

 けれどすぐにふらついて壁に手をつく。


「おい! 大丈夫か?!」


 ダンが駆け寄ってきた。

 それを手で制して、アッシュは今度こそ走り出す。


「……ああ、大丈夫だ」


 嘘だ、と頭の中で考える。

 しかしそれは、街の人間が殺されることを見過ごす理由にはならない。

 ただ足に力を入れて、アッシュは牢の外へと駆け出して行った。



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