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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
たとえ灰になっても
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幕間・ヴィクターの手記(2)

 



 三の魔王が現れたことを知った。

 これで、二の魔王と四の魔王に加えて三体目の魔王になる。

 だというのにまだ使徒は『戦士』のガルムだけ。

 予言のない『勇者』は別としても、『治癒師』と『魔術師』も現れない。


 これは本当に恐ろしいことだ。

 もう世界は終わるのかもしれない。

 僕の計画が本格的に動き始めて、まだ一年と少し……勇者を造るにはもっと時間が必要だ。

 間に合えばいいんだけどね。



 ―――



 『魔術師』は、ロスタリアに明確な候補がいるからまだいいとしよう。

 年齢からいって、力に覚醒していないのも頷けることだ。


 しかし、分からないのは『治癒士』の方だ。

 その予言は以下の通り。


『五大商家、メルエスブルクの血縁者。花の乙女かつるぎ御子みこか』


 この予言の一つ目の条件、これは西方にある商人が支配するという自由領(いや、もうあれは独立国か)を牛耳っている家の一つ、メルエスブルク家の血縁者ということだろう。

 そして次の条件は一般に、若い女か剣に秀でた御子、つまり身分の高い子供? のどちらかになると解釈されている。


 だから、条件に当てはまりそうな人物は厳重に保護されているのだけれど、一向に覚醒の予兆がない。

 まさか神様の予言が外れるわけもなし、いないということはないはずなんだけどな。

 全く現れる気配がない。


 どうやらメルエスブルクもこれには焦っているらしい。

 分家も含めた血族の女性には固く貞操を守らせ、男子は剣に励ませているとか。

 貞操はきっと、乙女を処女として解釈した結果なんだろうけど。

 なんだか振り回されているようで哀れになるね。



 ―――



 『貪る者』のルーンを用いた刻印実験で、初めての成功例が出た。

 もちろん成功時の実験の設定、刻印箇所、被験体の体質、魔力量などのデータは取らせてある。

 これを元に、次の試行の条件と目標を設定しよう。


 来たる計画の日に向けて、ルーン刻印技術の向上を目指していく。

 聖教国では『愚者の魔術』と呼ばれ、蔑まれてきた技術だから、まだまだ資料が少なく研究が足りない。


 それから、安全対策も気を抜かず行わなくてはならないか。

 クズの実験体とはいえ、曲がりなりにも悪名高い『貪る者』の魔術を宿したのだ。

 何かの拍子で暴れられては困る。

 反乱を防ぐために首輪をつけさせる。

 しかしこの首輪もまだ未完成であるため、この上で四肢を破壊し、予定していた実験を消化した後には廃棄するつもりだ。



 ―――



 食前の祈りとか。

 いただきますとかごちそうさまとか。

 やなこと思い出すから嫌なんだけどな。

 でもシーナに随分言われるから……仕方ないのかな。

 いい加減面倒だしちょっと言ってみるか。



 ―――



 肉袋に新たな規則を与えた。

 声を出してはならないというルールだ。

 刑罰はくじ引きで、死刑やら手の皮を剥いだり鞭打ちの刑を受けさせたり……まぁランダムにしてある。

 年長者が数人で結託して、以前から反乱を企てていたことが分かったので考えた施策だ。

 基本的には死刑のくじは出ないようにしてあるが。


 反乱の首謀者の一人は魔物の餌、もう一人は人間の魔物化実験の被験体にした。

 あと何人か選んで徹底的に痛めつけさせた。

 関与してるかは知らないが、苦痛を与えて損はない。

 連帯責任は団結を阻害する。


 ちなみに肉袋には文字も教えていないので、声を奪えば意思疎通は難しくなる。

 会話すらできないのなら結託も難しい。

 もっと早くこうしておけばよかった。

 効率がいいことは素晴らしい。



 ―――



 ウォルターくんの素質はすごい。

 本当に、彼を得られた幸運に感謝すべきだろう。

 きっとこれも神の思し召しだ。

 魔力の少なさは欠点だけど、僕の計画で補ってやれる。

 彼は、僕の手で完璧な戦士になる。



 ―――



 母親の話をいつも嬉しそうにしてくる子供がいる。

 思わず首を締めそうになった。

 疲れてるせいだ。

 仕事を減らせないかカイゼル様に相談しよう。



 ―――



 今日は僕の誕生日だったそうだ。

 かなり前に適当な嘘で言ったからすっかり忘れていた。

 みんながお祝いをしてくれた。

 ゴミみたいなプレゼントもいくつかもらった。

 リリアナちゃんとエルマちゃんなんか、よりによって花かんむりなんてものをくれた。

 エルマちゃんが孤児院の花壇で育てた花で作ったらしい。

 嫌なことを思い出したので嬉しくはないけど。



 ―――



 シーナが酒を飲みに来た。

 高い酒だと言って微笑んでいた。

 言うほどいい酒でもなさそうだったが、貴族と言っても没落ならそんなものか。

 もしかしてこれ、誕生祝いのつもりなのか?


 真意は知らないけど今日もうるさかった。

 花輪を見つけるとずるいずるいと言ってきて面倒だった。

 けらけらと笑いながら自分の部屋に帰ったかと思えば、変なブレスレットをつけて戻ってきた。

 酒が回りきっていたのでよくわからないが、なにか自慢をしていたようだ。

 うざい。



 ―――



 研究対象は魔物だけれど、人間というのも案外面白い。

 肉袋の反乱対策に色々とやらせてみた。

 大切なのは物理的に結託を防ぐこと、不和を生むこと、互いに互いを監視させること。

 日々にこれらのための布石を散りばめていく。

 最近目に見えて成果を見せた取り組みは二つだろうか。


 まず毎日の作業や食事にランダムで不平等を設けること。

 そしてもう一つ密告を評価し、推進する制度をいくつか作った。


 これらによって連中の間には大きな不信感が生まれたようだ。

 聞くところによれば、今や誰もが誰もを疑っているとか。

 とはいえもちろん、ずっとこのままって訳にはいかないけど、しばらくはこれを続けるつもりだ。



 ―――



 『貪る者』の刻印に成功した被験体の一人に、異常が起きたとの報告があった。

 どうやら人の魂を視認し、感知する能力を得たようだ。

 当初は精神に異常をきたしたのかと思われていたが、死体と人間の判別テストにおいて完全な正答率を記録してみせたと聞く。

 刻印の成功例もいまや三件ほどにのぼるが、別の個体においてもこの現象が確認されるのかを注視していきたい。


 また想定外の出来事であったので、廃棄を先送りにしてさらなる実験を計画することにした。

 ひとまずは『貪る者』の機能の再定義から、どのような影響によってこの能力が発現したのかの調査を行う。



 ―――



 歩いてたらいきなり子供たちに囲まれた。

 そして四方八方からイノシシみたいに頭突きをされた。

 注意したらみんなで笑いながら逃げていった。

 そんなことが二日で三回くらいあった。


 このいたずら、流行ってるのかな。

 やめさせねば……。

 でも、シーナがされてるところは見ておこうかな。



 ―――



 この子たちは僕のことをどう思っているのだろう。

 なんだと思っているのだろう。

 最近、ふとしたおりにそんなことを考えてしまう時がある。


 彼らはどんな気持ちで僕に笑いかけているのだろうか。

 想像してもあまり分からない。

 考えても仕方がないのでやめたのだが、それでも時々知りたいと思う。



 ―――



 首輪が完成した。

 装備者の命令に背いたという認識に反応し、苦痛を与える機能の精度が実用可能なレベルにまで達したのだ。


 しかし、人の認識をあてにするというのは難しかった。

 なにせ人間なんていい加減なもので、命令の解釈を間違うこともあれば忘れることだってある。

 だから命令は可能な限りシンプルにするよう徹底するルールを設けた。

 その上で対となる『支配の腕輪』を開発し、こちらの機能で強く命令を刷り込ませて問題をクリアした。


 また、隷属の首輪には常に装備者の魔力を供給させなければならないが、これは基礎ルーンの適正判別魔道具の機構を流用した。


 いわゆる、触れるだけで魔力が流れて温かくなったり重くなったりして、基礎ルーンに対する適正がわかる魔道具だ。

 魔術を教える前の、子供たちにも使わせた物だった。

 首輪も同じように、触れるだけで魔力を引き出すようにしてある。


 だからあとは、魔物の魔力や魔術に対する耐性を突破する方法を編み出さなければならない。

 そちらが僕にとっては本命の問題だな。


 腰を据えてじっくりと進めていくつもりだったけれど、一方で面白くない話を小耳に挟んだ。

 聖職者たちがなにやら発見をしたのだという話だ。

 内容は人間の自我を消し去り、服従させることができる魔術だそうだ。

 驚くべきことに、これはロスタリア由来の技術ではなく、本当に奴らが開発したもののようだ。


 これが本当なら色々と事情が変わるが……さて、調べてみるか。

 お父様の発明が連中に劣っているという事実は受け入れがたいものの、より良い計画の遂行のためなら屈辱には耐える。



 ―――



 花かんむりが完全にしなびてしまった。

 ちゃんと毎日茎を濡らしてやっていたのに。


 仕方ないのでリリアナちゃんとエルマちゃんに話したら、そんなに長くもちませんよって笑われた。

 確かに。

 それもそうか。


 今度一緒に、押し花を作ってくれるんだって。



 ―――



 街の近くに研究拠点を作らせている。

 街はもう完全に掌握したから、今なら隠し通せる。

 これからもっと研究に関われるようになるだろう。

 重要な、限られた実験体はここに移送して、僕がしっかりと監督する。



 ―――



 ステラという子供がとても優秀らしい。

 他の孤児院の所属だ。

 魔術を手足のように使いこなし、信じられないことにもう『天恵』の秘術まで使えるようになったと聞く。

 強く聡明で、整った顔立ちをしているから、向こうの孤児院の子供からもよく慕われているようだ。

 本人もそれが心地よいのか、まるで小さな女王のように振る舞っているとか。

 毎日たくさんの取り巻きを連れているらしい。


 聞く限りとてつもない素質を持っていそうだけど、でもきっとウォルターくんの方が強いと思う。



 ―――



 この首輪もそこまで万能というわけではないようだ。

 念入りにマニュアルを作って運用していく必要があるだろう。

 たとえば『この人物に逆らってはならない』という命令で増やした命令者の場合、『支配の腕輪』を持っていないため命令を深層意識にまで擦り込めない。

 だから、『危害を加えてはならない』などの基本的な命令は全て腕輪の主が行う。

 その後、命令の範囲を増やした命令者などに拡大していくという形が望ましいだろう。

 『この人物は僕と同じように扱え』なんて言ってね。

 最初から複数の対象を含む命令をすると、命令が複雑化してしまう恐れがあるからそれは避ける。


 また、追加の命令者の命令で有用かつ必要と判断できるものがあった場合、腕輪の所持者が改めて命令を刷り込む必要もある。

 腕輪の所持者と全ての命令者が連携することで、この魔道具の欠点を打ち消すことができる。

 丁寧に慎重に扱っていこう。



 ―――



 問題が起きた。

 シーナに処理してもらおう。

 標的は身分ある神官だが、お父様を異端として処刑したクズたちの配下らしい。

 殺せばきっと神もお喜びになるだろう。



 ―――



 八人目の被験体も魂を視認し始めた。

 こちらはやや精度が劣るとのことだが、日に日にそれも上がってきているのがデータから分かる。

 この件に関しては自分の目で確かめてみたい。

 だから、いずれ例の拠点を訪れてみるつもりだ。


 そして現在は、刻印以外の条件における調査を行わせているところだ。

 つまり体に刻むのではなく、詠唱と触媒によって『貪る者』や他の禁術を利用した場合だ。

 これでも同様の現象が起きるのかを確認させて、実験の結果が出たら行ってみることにしよう。



 ―――



 時々シーナと二人でお酒を飲む。

 彼女は院長先生も誘っているようだが、あの人は酒なんて飲まないから来ない。

 飲めないのではなく飲まない人だ。

 かわいそうに、きっと心が戦場に取り残されたままなのだろう。

 いまだに深く眠れないようで、よく居眠りをしているのを見かける。


 そして、ともかく今日も酒に付き合わされた。

 珍しく笑いもせず俯いて黙々と飲んでいた。

 これまた珍しく深酒をしたようで、体を引きずるようにして朝方あさがたに帰っていった。

 あれでも、酒に呑まれることだけはしない女だったが。



 ―――



 もうやめないと

 こんな手記を他人に、子供たちに見られたらどうする

 心の弱い僕を許してください



 ―――



 例の、人間の自我を消し去る魔術についての調査が済んだ。

 しかし結果はとんだ徒労だった。

 奴らは何もわかっていないのだ。

 心を消去する魔術の正体とは、人間の魂を傷つける魔術だった。


 これは禁術から派生したもので、いわゆる『魂を削る魔術』……『貪る者』の劣化のような代物だ。

 それを改造し、様々な壊し方を模索する内に、偶然感情を損なう壊し方を見つけたに過ぎない。


 だが僕に言わせれば凄まじく愚劣な実装だ。

 心や精神が魂に根ざしていると仮定して、その機能を破壊するまで魂を削り続けるなんて。

 こんなことをすれば、せっかくの強化兵士を長期運用できなくなる。


 僕は『貪る者(ソウルイーター)』の研究で気づいたことがある。

 それは生物は魂がなくなれば死ぬということ。

 さらに大きく魂が欠ければ徐々に衰弱していくということだ。


 だから、意思を奪った操り人形を作ったところで、この方法ではそう遠くない内に死ぬ。

 だが聖職者はこれを問題にしていないらしい。

 奴らが作ろうとしている人形は、どうせ遠からず死ぬように作られているからだ。


 また新しく作ればいいと思っているのだろうが……本当に正気を疑う。

 やつらのやり方と刻印技術では、将来的にどれだけ効率化しても強化兵士一人あたりに三十人以上の廃棄が出るだろう。

 さらに、そこから自我を消す『転生』とやらで上手く魂を削れる個体は、十五体に一体といったところか。

 しかも使い捨て。

 魂の欠損によりほんの数年で死ぬ欠陥品だ。

 そのくせ成長性のかけらもなく、単体で上位魔獣に勝てるかすら怪しい。


 でも僕なら二千人の初期コストでずっと戦える、進化し続ける兵士を作ることができる。


 だから本当に馬鹿としか言えない。

 それ以外に言葉が出てこない。

 あとお父様から押収した物だろうが、魔物化実験の器材のプロトタイプで妙なことをしているとも聞いた。

 確かそう、無限の魔力だって?

 馬鹿か。

 連中に興味はないけど、偉大な発明が猿の玩具にされるのは耐え難い。

 こんな反吐が出るような奴らが僕たちを異端扱いしたとは驚きだね。



 ―――



 少し予算を使いすぎているが、訓練の設備のための投資は惜しむわけにはいかない。

 思ったよりずっと金がかかる。

 稼げていない協力者が運営する孤児院には補助金もあげないとだし、来月は節制する必要がある。

 頭が痛い。

 ……それにひきかえ、院長先生は楽でいいよ。


 結局大貴族の長男だから、言えば出てくると思ってるんだな。

 お金がね。

 いや、まぁ実際そうなんだろうけど、この孤児院にはそっちの資金はあまり回せないわけで。

 金銭感覚を修正していただきたいものだ。

 勝手に高いコーヒーなんて買っちゃってさ。

 そもそも自分のお金で買えよな。バカ。

 今後は街にいる軍の軍需品から横流しを回すように手配しておいた。


 ……とはいえ、今のところお金は足りてる。

 でも余裕があって悪いことはない。

 最近気づいたが、僕の子供たちはみんな他よりずっと優秀だ。

 投資さえ惜しまなければ、他の孤児院の子供とは比較にならないくらい優れた戦士になれるはずだ。

 だからもっとお金を稼ごう。

 今度他の孤児院の人たちの金策を聞いて、ちょっと参考にしてみようかな。

 でも金に困ってると思われるのは腹立たしいな。

 うまく聞き出す方法はないだろうか。



 ―――



 お父様見てください僕はがんばっています。



 ―――



 慎重に研究を重ねた結果、『貪る者』と魂の視認についての関係性が分かってきた。

 どうやら触媒や魔道具などによる禁術の使用によっては、魂を見る能力が発現しないようだ。

 発現するのは刻印された被験体だけだと判明した。

 彼らはみな糸のような、煙のようなものとして魂を視認していると報告がある。


 これが魔術の機能であるのか、それとも別の何かによって引き起こされた現象なのかはまだ検討の余地があるだろう。

 しかし僕個人は、このような能力は元々人の身に備わっていたのではないかと考えている。


 何故ならもし魂を見ることが魔術の機能であるのなら、魔力が切れた時も能力を維持するのは理にかなっていない。

 実験体は、死亡寸前の魔力切れに追い込んだ場合も魂を見ていた。

 魔術とは魔力を対価に引き起こされる事象であり、魔力を使えない間に見るのは違和感がある。

 それに、もしあの状態で魔力を使って魂を見ていたのなら、容態が急変して死亡していたはずだ。


 一応、そういった体質に作り変える魔術であるとの解釈もできる。

 しかし、触媒で術を使った者たちには発現しなかった時点でかなり怪しいだろう。


 まだ根拠はないが、刻印により魔力の流れが変わり、魂が刺激を受けたことで、未発達だった機能が成長を見せた可能性があるのではないだろうか?

 刻印されたルーンは体内の魔力の流れを変え、いつしか魂にも定着し影響を及ぼす。

 その過程でなにかが起きたのだ。


 人間は神の似姿であると言われ、神には死後の魂をお導きになる力が備わっている。

 であれば人間にも類似の力、魂を見るような力が眠っていておかしくはない。



 ―――



 授業とやらが始まった。

 文字を教えた縁から国語を担当することになった。

 仕事が増えたのは嘆かわしいが完璧にこなさなければ。

 とはいえやはり馬鹿らしい。

 家畜に芸を仕込むなんてね。

 時間の、人生の浪費だ。



 ―――



 僕はずっと貯金をしている。

 他の協力者たちと一緒にお金を積み立てている。


 これは計画の最後に、人間を買うためのお金だ。

 色んな国の色んな場所から孤児を集めて、生贄を調達するためのお金だ。

 提携している孤児院や奴隷商もある。

 彼らには組織の補充人員も世話させているが、最後には確保している人間を全て輸送してもらう手はずだ。

 あとは、戦場近くの村や街を漁らせて少しずつストックを増やしてもらっている。


 でも、ここまで大がかりに生贄を集めれば流石にしっぽを掴まれるだろう。

 だから、あくまで輸送は最後だ。

 それまでは隠れていてもらう。



 ―――



 面白いことがあった。

 お祭りの日、リリアナちゃんがお化粧に失敗したようで、ヘンな顔でしょんぼりして部屋を訪ねてきた。

 シーナの化粧品(使ったのを見たことがないけど)を借りたらしい。


 流石に笑ってしまったのだが、そうすると抗議してきたのでお化粧をし直してやった。

 歳が歳なので薄く、ちょっと華を添えるくらいでね。

 するととても喜んで、お礼もそこそこにどこかへ走って行った。

 きっと僕のところに来る道中でたくさんからかわれたのだろう。

 見せびらかしに行ったのかもしれない。

 まぁ、たまには小技こわざも役に立つもんだ。



 ―――



 よく噛んで食べるとごはんが美味しい。



 ―――



 ニーナちゃんが最近とても強くなった。

 ウォルターくんを除けば、実力が頭ふたつくらい抜けている。

 血の滲むような努力を続けていたことは知っていたけれど、正直驚いている。


 きっかけは、クリフくんの例の事件だろうか。

 お兄さんを止められなかったことをすごく後悔してるみたいで、頑張って力をつけようとしている。

 でもそのついでに、クリフくんへの扱いがずいぶん辛辣になってしまっている。

 彼がちょっと何かすると、すぐに走ってお尻を蹴りに行く。

 なにか、監視しているつもりなのだろうか。

 シーナもこれには困り顔だった。


 一応、保護者として程々にするようにやんわり言ってみようかな。



 ―――



 肉袋共は順調に銭を吐き出している。

 近頃は孤児院の費用を大きく上回る利益を出せるようになったので薬を購入した。

 さばくのは危険だが、使うぶんには悪くない。

 組織の連中に配ってやった。

 これは肉袋の心を消す最後のひと押し、苦痛に溺れたところで縋らせる重り付きの藁だ。

 鞭ばかりは良くないけど、与える飴には毒を入れないとね。


 さてそうすると目論見通り。

 肉袋たちの状態はかなり安定しつつある。

 魂まで抜けたんじゃないだろうかと心配になるくらいだ。

 実験のおかげで刻印魔術や魔物化のノウハウも得られたし、今はとても順調だ。

 貯金もどんどん増えている。



 ―――



 僕の部屋が子供のたまり場の一つになった。

 万が一に備えて次に使う手記には鍵をつけておこう。



 ―――



 何人か宿題をサボる。

 ちゃんとやらせるために怒ってみたけど、どうもそれだけじゃだめみたいだ。

 授業で、子どもが好きそうな大衆小説も扱ってみようかな。

 勉強のためにいくつか取り寄せてみよう。



 ―――



 別の孤児院から一人、新しい肉袋として女の子が送られてきた。

 この前、実験場で組織とコンタクトを取った時に紹介された。

 茶髪で目付きの悪い少女だ。

 どうやら孤児院での成績が落ちたことに焦り、自分の体にルーンを刻印したらしい。

 発覚した時には定着していて、もう手遅れだった。

 それで魔術を使えなくなって、里親を見つけたとの名分で追い出されたようだ。


 まぁ確かに、ルーンを自分の体に刻めば詠唱をせずに魔術を使えるようになるよ。

 これは戦士として大きなアドバンテージだ。


 でも、ひよっこの魔術師が自分でできるような施術せじゅつじゃないよね。

 当然失敗して、魔力の流れが狂ったせいで魔術をまともに扱えなくなった。

 そのせいで候補生からは外された。


 彼女も落ちこぼれとはいえ訓練は受けているので、ひとまず実働部隊に配属してあげようか。

 あの孤児院なら、死ぬまでは楽しく過ごせるはずだったのに。

 かわいそうに。



 ―――



 魔物化の研究と並行して、首輪の研究も続けている。

 魔物の魔術耐性を突破する方法の研究だ。


 一応の結論としては、魔物の魔術耐性は攻撃に対する防衛機能であるため、治癒魔術などの特性を利用して突破するのがいいという形で落ち着いた。


 魔物は他者からの魔力による攻撃に対し、その身に内包している無尽蔵の魔力で防壁を作る。

 結果、強靭な魔力の壁に阻まれて魔術が効果を発揮しない。

 無意識の反応であるため、突破は非常に困難とされていた。

 なにしろ魔物には鋭敏な魔力感知能力もある。

 これで即座に反応し、感知と同時に無意識の防壁を展開してくるのだから。


 でも、そんな魔物にも効く魔術はある。

 治癒魔術と強化魔術だ。

 これらに対してはあまり魔力耐性が機能せず、魔物に対しても通常通りの効果を発揮する。


 この事実は問題解決の鍵になるはずだ。



 ―――



 ケニーくんがちゃんと宿題を持ってきた。

 それから、授業の途中に紹介した小説を読みたいって言ってた。

 私物として持っていたから貸してあげるつもりだったけど、なぜか部屋まで読みに来た。


 あと、ついでに色んな話をした。

 ケニーくんにはなりたいものがあるらしい。

 誰にも言ってないらしいから、あえてここには書かないけど。

 でも、なら僕の授業も真面目に受けてほしかったって、そう言ったら恥ずかしそうに笑ってた。




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[気になる点] >五大商家、メルエスブルクの血縁者。花の乙女か剣の御子か もしリリアナがメルエスブルクの血縁者の場合 リリアナを花の乙女と当たるなら 剣の御子はリュートもしくはウォルターが当たるかな…
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