幕間・ヴィクターの手記(1)
かつてヴィクターと名乗っていた男。
彼が記した長い長い手記の抜粋。
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今日からいよいよ本格的に計画に着手する。
雑多になるだろうけど色々書き留めてみよう。
時々ね。
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計画で、予定している候補生は三百五十人。
五歳から七歳までの孤児を集める。
一つの施設の人数の目安は二十五人で、それぞれの場所で子供を優れた戦士に育て上げていく。
でもまぁ、素質がある子ならそれ以上受け入れても構わない。
実際予定を超過した施設もすでに出ている。
となると、もう少し多くなるのかな。
ちなみに僕の担当はちょうど十人集まった。
叶うならば、計画の中核になりうるだけの才能を持った戦士を見出したいものだ。
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子供は、なるべく魔力が多い子を選んでいる。
魔術戦士としての教育を施す上で都合がいいのもある。
でもこれまでの研究で、魔力が高い個体ほど魔物化したあと安定しやすいことが分かっている。
これも大きな理由だった。
正直不思議な結果なんだけれどね。
だって人間が自然環境下で魔物化しないのは、その魔力の多さが理由だとされているからだ。
魔力が多いから、多少の余剰魔力を取り込んでも魔物化が発生しないということ。
だから当然、魔力が多いほど魔物化しにくい。
でも一方で、成功したあとには経過が安定する。
こう見るとなんだか傾向に一貫性がない気がする。
なりにくく、安定しやすい、か。
でも安定、つまり急激な進行を抑えているという意味では、そこまで食い違ってもいないのか?
だが、どうあれデータは信用する。
なので僕が考案した方法で、潜在的な魔力が多い子供を探させている。
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少し前からヴィクターという偽名を名乗っている。
戦士を育てる孤児院は、徹底的に外の世界からは隠さなければならない。
だから全てを嘘で塗り固めているのだ。
たとえば僕たちのところだと、院長は篤志家の商人のセオドア氏。
そして元神官のヴィクター先生といった具合に。
しかしこれも序の口だ。
なにかを嗅ぎつけられたときのための準備もしてある。
もし何かあっても、この孤児院から計画の真相へとたどり着けないようにする。
これには例の、末端の協力者の署名を連ねた書類を利用する予定だ。
つまりあいつらが、神官打倒のための私兵部隊を育成していたことにする。
嘘の計画と共に連中を切り捨てて、被害を最小限に抑える。
そして我々は、これを隠れ蓑にして計画を続けるつもりだった。
一見、何気ない孤児院に見えるように隠し通す。
だが蓋を開ければ、革命のための私兵部隊を養成していたと発覚する。
しかし真実はそのどちらでもなく、魔物の力と生贄で作る強化兵士の素体の育成所というわけだ。
二重の嘘で、僕は計画を守ろうと思う。
また、新規の協力者の勧誘に際しても、私兵部隊を利用した革命の計画であるとだけ伝え続けてきた。
だから、各孤児院で院長の権限を持つ者の他はほとんど皆そう思い込んでいる。
一握りの権力者だけで、少しずつ少しずつ準備を進めていく。
―――
同僚ができた。
シーナというらしい。
戦死偽装の後に院に迎え入れたが、いざとなったら切り捨てるつもりなので本名で参加させている。
没落貴族の娘で、望みは家の再興だそうだ。
多くは語らないが、どうも大分不遇な目に遭ってきたらしい。
疲れたような顔をしていることが多い。
こんな彼女だが、まだ若いのに教官としての評価は悪くないと聞いている。
まぁ、僕が期待するのは汚れ仕事の処理だけれども。
でも教官としての技能もやっぱり大事ではあるね。
ぜひ素晴らしい素体を育て上げてほしい。
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孤児院の業務と並行して、少し前から発足した組織の運営に携わっている。
とはいえ今は孤児を集めるのが大切で、多く関われているわけではないけれど。
この組織は素質のない孤児や、様々な事情で行き場をなくした人間を寄せ集めて作った。
年齢問わず、とにかく数だけ揃えたクズの群れだ。
計画に賛同してくださった諸侯から密かに支援を受け、表向きは犯罪組織として勢力を広げていく。
計画の邪魔を排除する実働部隊として動いたり、資金を集めるのに使う予定だ。
そして少しずつ規模を拡大させ、最終的には構成員を二千人の魂を賄うための生贄にするつもりでもある。
もちろん、それでも足りないことはなんとなく分かっている。
なので時が来たら、不足分はしっかり用意できるよう準備している。
だがまぁ、それもずいぶん先のこと。
ひとまずは組織の立ち上げを成功させないとね。
こいつらに求められることは徹底的な服従であるため、一切手加減せずに調教していくよう指示しておいた。
首輪は高価で、なおかつ未完成なので全員には使えない。
痛みと洗脳で立場を分からせていく。
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孤児が集まってきた。
僕の孤児院ではかなり厳しく厳選しているため、まだ集まりが悪い。
だがその分面白い子供が集まっている。
彼らにはもちろん最高の教育を施すつもりなので、これからずいぶん金がかかるだろう。
となると、重要なのはやはり例の組織だろうか。
連中を使ってどうにか稼がなければならない。
諸侯の献金のみで賄えば、金の動きですぐにこの孤児院の存在がバレる。
あくまで、外部からは普通の孤児院に見えるように隠し通すのが最善だ。
聖職者に嗅ぎつけられれば、すぐに潰されてしまうだろう。
今のところ、組織の主な事業として殺しと売春、警護を育てていく予定だ。
他にも事業をいくつか考えてはいるが。
しかし、薬には手を出さない。
あれを大規模にやると目立ちすぎる。
利権が大きすぎて、組織間の縄張りも決まっている。
また特殊なノウハウも必要であるから、急に参入すればどうしても背景を勘ぐられる。
これに引き換え殺害の稼業は周囲から重宝されるし、稼げるし、計画とのシナジーも大きい。
組織にとっていい殺しの練習になる。
だから大きくしていきたいが、正直上手く行っているとは言いがたい。
まだろくな訓練も施していないため、難しい依頼を受けられないからだ。
だからひとまずは訓練を続けつつ、教官で手分けして暗殺を請け負っているらしい。
そうして裏の社会で信頼を得て、いずれは組織の構成員を送り出せるようにしていきたい。
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生徒たちが揃った。
みなあどけない顔をしている。
不安そうな子たちもいるな。
僕は仲良くできるだろうか。
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一人異常な子がいる。
光の魔術の適性が人の範疇を超えかけている。
驚異的な結果だ。
魔力が低いのに、僕の検査を突破した理由はそういうことか。
これだけの適性があれば、ほんのわずかな魔力でも、検査にあたって大きな反応を導いてしまう。
もしかしたらこの子は……いや、どうだろうか。
研究者として人間は興味の対象外なので、あまり追求はしないけれど。
でもきっといい素体になる。
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子供が寒そうにしている。
早急に服を用意してあげなければならない。
仕立てさせてもいいのだが、まだ街を完全に掌握できていない。
でも、それが済んだら信用できる商人や職人をこの街に呼び込むつもりだ。
そして彼らとしか取り引きはしない。
……なんて、言ってみても今のところ、生活物資やらは街の店で揃えざるを得ないわけだけどね。
細心の注意を払っているとはいえ、本当はそれだって避けたいことだ。
管理できる人間以外は、なるべくこの孤児院に関わらせたくない。
だから、焼け石に水ではあるがしばらくは可能な範囲で自給することにしよう。
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にこにこと、愛想よくしていると子供はまぁまぁ言うことを聞く。
しかしどこかで舐められているのか、言うことを聞かない子供も出てくる。
これは中々難しいことだ。
シーナが厳しい態度を見せているから、最低限のバランスを取れているところがあるけれど。
でも僕ひとりだったら、完全につけ上がった子も出てたかもしれない。
本当に、子供の扱いは難しい。
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組織が想定通り利益を上げている。
売春が軌道に乗った。
しかし反面、やはり殺人の依頼が少ないと報告が上がっている。
これは、新興の組織にはまだ信用がないからだろう。
殺しをやらないと調教の予定が狂ってしまう。
立派な殺人集団に育て上げなければならないというのに。
なんとか仕事を増やす必要がある。
まず顔を売るために、しばらくは下積みだな。
それから、組織の連中はこれから肉袋と表現することにする。
奴らはただの生贄だからだ。
使い潰され、いつか死んで魂を差し出すだけの、いくらでも替えの利く存在だ。
本当にいくらでも代わりはいる。
戦役の時代は、こんなにも悲惨なのだから。
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掌握するというのは完全に従わせるということではない。
従う者と従わぬ者を選別するだけでもいい。
そして従わぬ者を無理にまつろわせる必要もない。
僕は効率がいいのが好きだ。
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院長先生にリリアナちゃんのお願いについて話す。
小遣いはまぁ……肉袋で稼げているからいいだろう。
しかしあの子、自分が孤児だって分かってるのか?
身の程を考えろよ。
いい気なもんだな。
こっちだって忙しいっていうのに。
でも決まったものは仕方ない。
とりあえずは外の人間と接触せずに済むような準備をしないと。
なにかおかしなことを喋られたら困る。
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シーナがなにか悩んでいるらしい
想像と違うタイプの人間だ。
理解できない。
人殺しの暗殺者とは思えないほどお優しいじゃないか。
はたから見れば殺人者など、えてして理解しがたいものかもしれないが。
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ケニーくんは寝起きが悪い。
裕福な家で育てられたようだから、だいぶ甘やかされてたみたいだ。
注意すると目を逸らして言い訳ばかり言う。
面倒だ。
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エルマちゃんは上品な顔立ちの子だから、服は落ち着いた色がいいだろう。
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今は実験体に着せる服を使わせているが、やっぱり子供が寒そうにしている。
病気にでもなられたら困る。
小さい子供なんか簡単に死ぬから、注意深くお世話しないと。
一応、数人には服を手渡せた。
リリアナちゃんの手伝いが意外に助かっている。
分けてあげる布のきれはし、少しだけ色をつけてあげようかな。
重ね着するように言いはしたけど、街の支配を急がなければ。
セオドア先生……いや、カイゼル様の名前を出してはいけないというのが少し面倒で遅れている。
でもまだ少しかかるようなら、仕方がないので街で売られている既製品の防寒具を買うことにしようと思う。
孤児の人数を知られないように、買うのはほんの少しにするけど。
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リュートくんへの接し方に悩んでいる。
どうすれば心の傷を塞いでやれるのだろうか。
孤児院の運営は骨が折れる。
仕事が山積みだ。
僕は自分で大きくなったのに、彼らにはそれができない。
やはり僕は特別な子供だったんだ。
頭が痛い。
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魔物化の手法の確立のために研究を続ける。
僕自身は中々実験場には立ち寄れないが、結果を受けて指示を出すことで進めていく。
その過程でふと思いつき、魔獣を魔物にできないか試させてみた。
普通はやらないことから、有用なデータが得られるということもある。
が、結果は失敗だった。
魔獣は魔物にはなれない。
そもそもなんの変化も起きない。
どれだけ魔力を流し込んだところで意味はないだろう。
しかし、意味がないということを知れたことには意味がある。
まだまだ研究は未完成だ。
より多くの素材を確保したい。
なので負傷など様々な事情で使えなくなった肉袋は、研究素材として再利用するように命じておいた。
―――
殺しの事業で使う死体の隠蔽ルートは、実験体の処分にもとても役に立つ。
木を隠すには森の中とは言うが……死体にもそれは通じるようだ。
このまま事業を育てられれば、いつかは有力者たちも依頼してくるようになるかもしれない。
そうなれば弱みを握り放題か。
上手く行けばいいんだけどね。
―――
訓練が難航しているようだ。
子供たちがめそめそ泣いて座り込んでいるのを見た。
叩かれてすらいなかったし、そんなにきついことをされていた印象はない。
なんだかひどく脆弱に見えて、失望を感じる。
本当にこの子供たちで良かったのだろうか。
―――
外部に、我々の動きに勘づいた男がいるようだ。
真相には遠いが、確かに探り回っているとの報告を受けた。
とはいえまぁ、これだけ大それたことをしてるんだ。
隠し切れはしない。
気づくべき立場の者が気づくべくして気づいたにすぎない。
大掛かりな計画なら、穴そのものより、穴に気づかないことを恐れるべきだ。
さて懐柔するか、役職の首をすげ替えるか。
こいつ程度ならまだ、どうとでもできる。
―――
シーナのやつ、いつもずいぶん細かくマナーを子供に指導している。
そのあたりの育ちの良さは腐っても貴族というわけか。
いくつかは共感できないけど、もしや僕は育ちが悪いのかもしれない。
一通りのテーブルマナーやらは身につけたつもりだったものの、僕の落ち度でお父様に恥をかかせるわけにはいかない。
とりあえず明日から食べ物はよく噛んで食べよう。
僕はいつも急いで食べていたから、それが一番できていない。
怒られたくなかったし、取り上げられたくもなかったから。
昔は仕方がなかったのかもしれないけど。
―――
子供たちを街に出した。
とはいえ、行かせるのは偽装させて作った小さな市場だけだ。
一部の信用できる兵士に頼んだ。
売り物も、子供の小遣いで買えるようなものだけを並べてもらっていた。
ちゃんと見張りの人員もつけて。
でも、目を離した拍子に何人か教会の周りに行っちゃってたらしい。
子供を見張るくらいの仕事は、ちゃんとこなしてほしいものだね。
―――
問題を起こした生徒がいる。
精神面に大きな問題がありそうだ。
見放すわけではないが、カイゼル様に被験体へ回す相談をするか考慮中。
能力的には申し分なく、ロスタリアの高名な魔女の息子でもある。
もったいないのでもう少し見守ろう。
素材として興味深くもあるが。
―――
リュートくんに見られてたのが面白かった。
シーナのやつ人をまともに褒めることすらできないとは。
これは結構笑える。
傑作だな。
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例の男の懐柔に失敗。
馬鹿な奴だ。
すでに周りはこちら側の人間で固めたし、出した書簡は全て握りつぶした。
完全に詰んでいる。
少しくらい違和感とか感じないのか?
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かつて聖教国は、ロスタリアからいくつかの機密情報を手に入れた。
その中の五つは、人間の意識や心を操作する魔術についての研究資料だった。
しかし実用性があると判断されたのはわずかに二つだ。
一つは人間の心の機能を強化することで、他者の思考を読んだり操ったりする能力を獲得する研究。
二つ目が人間の痛覚を操ることで、痛みにより精神を服従させる研究だ。
当時、神官であったお父様はこの二つ目の手法に着目した。
そして、隷属の首輪を完成させようとしていた。
だが一つ目は他の聖職者たちに渡り、なにやら今も研究を行っているらしい。
とはいっても、そもそも強化して意味がある程度に強い心の機能を持った被験体がいない。
どうやらかなり苦労しているらしい。
―――
昨日の夜、シーナが酒を持って部屋に来た。
喋りもせず黙って飲んでるので面倒くさいと思っていたら、急に笑い始めた。
酒を飲むと明るくなるタイプのようだ。
話はつまらなかったけどよく喋っていた。
何が楽しいのか分からないが始終笑っていた。
まぁ愚痴とか言わないだけマシな方なんだろうけど、子供たちは寝てるんだから静かにしてほしいね。
寝不足で、背が伸びなかったらどうするんだよ。
―――
脱走したオークを発見。
全員生存。
―――
少し話しすぎた。
またお父様に会いたいな。
―――
疲れた。
軽く休息を取るのがいいだろうか。
子供ってのは本当に何をするかわかったもんじゃない。
オークを脱走させるとは……あのガキめ。
街に被害が出て、何かのきっかけでこの孤児院のことがバレたらどうするつもりだったんだ?
次はないぞ。
―――
みんな僕にお願いをする。
カイゼル様によると僕は慕われているらしい。
なら与えられた仕事は上手にこなせているのかな。
それからシーナに殺しを頼んだ。
断れば殺すつもりだったのだがすんなり受け入れた。
組織の連中には無理な仕事なので、あいつが受けてくれて安心している。
一応、組織からいくらか補助人員を回してやろう。
―――
商売って何するつもりなんだろう。
これからまた面倒が増えなければいいけど。
毎日忙しい。
―――
クリフくん、どうやら反省してるみたいだ。
僕のところに謝りに来た。
聞けばいろんな人に謝って回っているらしい。
ニーナちゃんも一緒だった。
まぁ、素直なのは好ましい。
それなら、もう少しだけ気長に見てあげてもいいかもしれない。
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考えてみれば、僕が拾ってきたのは孤児だ。
しかも、居場所を奪われてここに来た孤児たちだ。
そうそうなんの問題も起きないなんてことはない。
泣くし、喧嘩だってするし、盗みくらい起こっておかしくなかった。
簡単に言うことを聞くとも限らないし、生まれた環境、生活習慣や性質も色々だ。
少しカリカリしすぎていた。
なんでも上手く行かないと我慢ならないのは悪い所だ。
彼らは僕と違って完璧じゃない。
柔軟に、思慮深く対応していこう。
―――
僕はハインツ。
―――
街を完全に掌握した。
与えられた物を使えば難しくない仕事だった。
これでずいぶん動きやすくなるが、まだまだ計画はこれからだ。
しかし、ひとまずの目標は達したと言える。
近い内に職人を呼んで、子供たちになにか暖かい服を仕立ててあげよう。




