九十七話・勇者
四日ほど、俺は焼け跡で時間を過ごした。
途中で宿を教えられたものの、封印や治療のために立ち寄る程度で寝泊まりすることはなかった。
しかし今日、俺は初めて用意された部屋で一夜を過ごした。
どうやらもう勇者として認められたらしく、それに伴って王城に呼ばれることになったのが理由だ。
身を清めたり……それから、諸々の雑事を済ませるために時間を取る必要があった。
早すぎるとは思ったが、それほど今の戦況が悪いということなのか。
あるいは脅すような手でも使ったのか。
しかし、どちらにせよ俺が気にすることでもないので、特に問い詰めたりはしなかった。
それから、戦いが始まるということもあり、俺はベッドで休息をとっていた。
眠ろうとしていたが眠れない。
疲れもあって眠気も感じるが、頭の中に膜が張ったような感覚があって意識は覚醒したままだった。
暗い部屋で、毛布の中で身を縮める。
そしてずっと考え事をしていた。
「…………」
浮かぶのは過去のことだ。
後悔や罪悪感ばかりが頭の中をぐるぐると巡っていた。
今は焼け跡で、助けられなかった人たちのことをずっと考えていた。
ここ数日救助を続けたが、命を救うことができたのはほんのわずかだった。
俺はきっと遅すぎたのだろう。
ウォルターの火を止めるのが遅かった。
あいつを殺したあと遺体を埋めに行ってしまった。
その間にたくさんの人間が手遅れになったはずだ。
俺は街を燃やした罪に問われ、ウォルターの死体が晒しものにされるかもしれないと思った。
だから放っておけなかった。
でもこの選択は間違いだった。
俺はまた大きな過ちを犯した。
本当に、道を間違えてばかりだった。
世界を救う邪魔をしたのに、俺はまだ間違いを重ね続けている。
「…………」
それから、今度は俺が殺してきた人間について考えた。
黒ローブや同じ実験体の子どもたちだ。
目を閉じると彼らが俺をじっと睨みつけてくる。
その中にはディランとクラリスという二人もいた。
彼らはかつて俺がいたぶって殺した相手だ。
俺は、俺が失ったものを持っていた二人が憎かった。
だから意味もなく苦しめて殺した。
自分の、悪意に満ちた行動を思い出す。
そして頭を抱えて呻く。
許されないと思った。
俺も本当は、こうしてのうのうと生きている資格がない人間だ。
死ぬべきだった。
なのに生きている理由は一つだ。
それは、刑罰だ。
これから先の人生は全て刑罰だ。
それだけはわかる。はっきりとわかる。
なにもかもが不明の未来に、その結論だけが呪いのようにこびりついている。
俺は、いつか死ぬために戦い続けなければならない。
あらゆる拷問を受けながら、遠い断頭台へと歩いていくのだ。
無論、そんなことをしても許される日は来ないだろう。
償いを受ける相手はもういなくて、奪ったものを元にも戻せないからだ。
だが、それでも贖罪に身を捧げなければならない。
それが刑を下された者、罪人の生き方だからだ。
「…………」
色んなことを考えながら、俺はまた身を丸める。
実験場の独房でしていたように、小さく小さく、闇の中に溶け去ってしまいそうなくらい体を屈める。
そうしてずっと、自分が向き合うべき罪を数え続けていた。
―――
翌朝、俺は王城に向かうための準備をしていた。
正装をする必要はないとのことで、用意された装備を身につけるだけだった。
インナーの上に黒い革の鎧を身につける。
焼けただれた右手に手袋をはめた。
ポーチにメダルと、いくつかの道具を入れる。
剣をベルトに吊るし、まとめた分銅鎖も同じように装備する。
ブーツを履き、白い血避けの外套を身に纏う。
そして化け物の顔を、まだ焼けたままの顔を隠すために、深く深くフードをかぶった。
「……行こう」
小さくつぶやいて、俺は宿の部屋をあとにする。
俯いたまま街に出た。
すると弱い、しかし冷たい風が吹いている。
雪も降っていた。
ここ数日はずっとだ。
俺はもう人間ではないのであまり寒さは感じない。
けれど焼け出された人々はこの雪に苦しんでいた。
「…………」
何も言わずに歩き続けた。
封印と治療のおかげで、ずいぶん状態は良くなっていた。
また、目的地の城はとても目立つので迷うことはない。
なんとなく視線を向けて、リリアナたちと一緒に眺めていた時のことを思い出した。
『わぁ、大きいなぁ』
そう言って目を丸くした、彼女がまだ隣にいるような気がする。
この手で殺したのに、ウォルターがもうどこにもいないことを信じられなかった。
『あのさ、これからも……友だちでいてくれるかな?』
『……うん』
『なら、いいや。ありがとう』
俺は深く息を吐く。
歩き続けようとしたが、これ以上進めなくなって立ちすくんだ。
何度も深呼吸する。
何度も何度も息を吸って、吐く。
喉が震えた。
涙がこぼれそうになってこらえる。
「…………」
思い出が蘇る。
俺は、近くで城を見てみたかった。
みんなで一緒に、こうしてお城を見られたらきっと幸せだったと思う。
「……苦しい」
そう言って外套の胸元を掴む。
うずくまった。
息が乱れる。
みんながもういないことに耐えられなかった。
寂しくて悲しくて心が壊れそうだった。
「…………苦しいよ」
俺は一人だ。
これからどんどんみんなのことを忘れていくだろう。
それに、きっと記録も消される。
名前を変えた時点で分かっていたことだ。
忌まわしい人体実験の被験体など存在してはならない。
まるで最初からいなかったかのように消されてしまう。
それが本当に辛かった。
「…………」
うずくまって涙をこらえる。
歯を食いしばって悲しみに耐える。
そうしていると俺はまた思い出した。
リリアナが言っていたことだ。
たとえお別れしても消えないものを残していて、だから寂しくないのだという話だ。
「…………」
じっと考える。
俺に残されたものとはなんだろうと。
……だけど、俺にはもう家族だなんて言える資格がないのも分かっていた。
本当は残されたものを手に取る権利はないのかもしれない。
それでも今は、その希望に縋りたかった。
「…………」
だから思い出を振り返る。
楽しかった日々のことを考える。
これで最後にするつもりだった。
最後に一つだけ消えないものが欲しかった。
たとえ灰になっても消えない、罰を受けるだけの人生を支えてくれるものが。
俺は、記憶をたぐり寄せる。
『リュートくんは欲がないね』
『でもいいんだ。お前が無事なのが一番だからさ』
『二人ともすごく怖がりだったのに。立派な戦士になったわね』
色んな人の笑顔を思い出して、こらえきれずに泣いた。
顔を覆う。
泣き声が漏れてみっともなくしゃくりあげる。
何気ない、特別でもなんでもない日常の出来事を思い出す。
この手で何人も殺したくせに、それでもやっぱりみんなのことを愛していた。
俺はそんな、気持ちの悪い怪物だった。
『よぉ。調子どうだ』
『銀貨ってカワイイね』
『俺? いや、そういうのは……』
『かわいそうです。……魔獣のせいで、みんな』
思い出に触れるたび幸せだったと思った。
本当に本当に幸せだった。
そしていま気がついた。
俺には夢がなかったわけじゃない。
エルマの言うように、欲がなかったわけでもない。
ただ、もう全て夢を叶えてもらっていただけだ。
「…………っ」
欲がないなんて嘘だ。
俺はとても欲深い人間だった。
ただあの頃、夢なんか見る隙間もないくらい、底なしの欲を塞いでしまうくらい、心がいっぱいに満ち足りていただけだったのだ。
家族と平和に暮らす夢も。
友だちと遊ぶ夢も。
楽しくお出かけをする夢も。
一緒にごはんを食べる夢も。
全部叶えてくれたから、俺は夢を見る必要がなかったのだ。
ただそれだけのことだったのだ。
「うっ、うぅ……」
俺が人生で望んだものは、もう全て与えられていた。
俺は、十分すぎるくらい満たされた人間だった。
ならこれ以上なにも望めない。
ようやく分かった。
これまでもらったたくさんの幸せが、叶えてもらった夢が、俺にとっての消えないものなのだと。
「…………」
最後に深く呼吸をする。
それから立ち上がった。
空を見上げてフードを被りなおす。
そして、もうみんなのことは忘れようと思った。
忘れないと、胸の痛みできっと立ち止まってしまうから。
もう立ち止まることは許されないから。
どうせいつかは忘れてしまうだろうから。
だから覚えておくのは……俺がとても幸せだったということだけでいい。
それさえ覚えていれば、その支えさえあれば、きっと誰かのために戦えるはずだった。
と、そんなふうに考えて気がつく。
「そうか。俺は……」
あの時、炎の夜に。
ウォルターを止めようとした理由がふと分かった。
これまではただ罪悪感に耐えられなくて、流されただけだと思っていた。
きっとそれも大きな理由ではあるのだろう。
でも、俺は多分守りたかったのだ。
ここで生きている人々の、何気ない日常を。
だって、俺にとってはそれが一番の宝物だったから。
世界や未来よりも、街の営みが、月並みな幸せが、俺にとっては大切に思えてしまったのだ。
「…………」
きっと昔からそうだった。
幼い頃、炎の勇者になって村を救う妄想をしていた。
でも一度も世界を救ったことはなかった。
俺にとっての勇者はそういう存在だった。
今もあの頃と変わらない。
ありふれた幸せを守れるような、目の前の誰かを助けられるような。
幼稚な空想どおりの。
「勇者に、なりたかったんだな……」
心が決まった。
望みができた。
きっと世界を救えない、無意味かもしれない戦いに意味を見つけた。
俺は誰かを助ける。
終わることのない罰を受けながら、それでも人を助ける。
魔獣を殺して、できる限り多くの人を救う。
少しでも多くの人が今日を笑って過ごせるようにする。
俺がこれまでもらった幸せと、同じものを見つけて守る。
焼け落ちた日々が残した、大切な灰を抱いて生きる。
俺は罪人で、もうきれいごとを口にする資格がない。
だから胸の中でだけ誓うつもりだった。
俺の前にはついに現れなかった、幼い頃に夢見たような、そんな……勇者と呼ぶには頼りない、誰かにとっての助けになると。
「…………」
やがてゆっくりと歩き始める。
過去を捨て、名を捨てて進み始めた。
密かな望みを隠し、新しい名を背負うことにした。
世界を照らす光ではない。
犠牲を払い闇を駆逐する炎でもない。
ただ灰のように。
中途半端な残り火の熱で、殺せる限りの敵を殺す。
たとえ世界を救えなくても、手が届く限りの人々を守り続ける。
最後の日まで。
せめてそう在りたいと願いながら、俺は一歩を踏み出した。
―――
浅く雪が積もった道を、アッシュは黙って歩き続ける。
すると目的地の城の門の前にさしかかった。
だから足を止める。
そして深くフードをかぶったまま、門の前に立つ兵士たちを見る。
「…………」
カイゼルの名前を出せばどの門であれ通れると聞いていた。
だから気にせず進もうとした。
しかしその背を呼び止める者がいた。
「待って! リュートくん……待って……お願い…………」
アッシュはその声に振り向く。
シーナがいた。
彼女は杖をついて、泣き腫らした顔でそこに立っていた。
その杖は魔術に使うためのものではなく、体に不自由を抱える人間が頼るものだった。
「…………」
沈黙が流れる。
すすり泣くシーナの、嗚咽に乱れた息だけが言葉の代わりにそこにあった。
しかしやがて、彼女をじっと見つめていたアッシュが口を開く。
小さな声だった。
「……足が、動かないんですか?」
杖を見ての反応だろう。
シーナは何も答えなかった。
彼が自分を……背中を刺したせいだと、思いつめてしまうのが怖かったのだ。
しかしアッシュは答えを待たず、暗く沈んだ声で続ける。
「……すみません。取り返しのつかない……怪我をさせて。迷惑をかけて…………ごめんなさい」
そう言って、深く頭を下げた。
だからシーナには表情が見えなかった。
けれど震える声で謝罪する姿を見て、彼女は苦しげに顔を歪める。
「……やめて」
アッシュはその声に耳を貸さない。
また、さらに頭を下げて謝り始める。
「本当に、本当に……すみませんでした。足も……手の、指も……僕のせいで…………」
実験場に来た時、彼女には何故か片手の親指がなかった。
アッシュはそれも自分のせいだと考えていた。
だから深く深く頭を下げた。
「もうやめて……!!」
シーナは涙に濡れた声で、半ば叫ぶように謝罪を遮る。
それから、嗚咽に息を途切れさせながら続けた。
「お、お願い。もう聞きたくない…………。だって、あ、謝るのは……私の……ほう、だから…………」
涙をあふれさせながら、杖をついた彼女はアッシュに歩み寄ってくる。
「…………」
しかし、それでも顔を上げない。
アッシュはもう、シーナの目をまともに見る資格すらないと思っていた。
だから宿に戻った時に手紙を書いて、わざわざ別れまで告げていたのだ。
「リュートくん、ごめんなさい。本当に……ごめんなさい………」
杖を取り落とし、体勢を崩して、まるですがりつくように抱きしめる。
アッシュは抱き返すことはせず、ただ黙って立っていた。
「私は……まだ……私が、あなたの先生だなんて……言っていいとは思えないけど…………」
そこで声を途切れさせ、シーナは火がついたように泣き始める。
まるで子どものように泣きじゃくっていた。
そして、発作じみた勢いで自分を否定し始める。
「わ、私はだめだった……あなたたちを……ま、守れなかった……本当に、本当に……だめだった…………」
声を上げて泣いた。
だがシーナはなんとか息を整えた。
それから、アッシュを強く抱きしめたまま口を開く。
息を、肩を震わせて。
懇願するように語りかける。
「けど……でも……それでも…………少しでもまだ……私を信じてくれる気持ちが残っているなら……」
「…………」
「お願い……どうか、一人で、苦しまないで……お願い…………」
心からの言葉だと分かった。
でもアッシュは何も答えなかった。
代わりにシーナの腕をそっと振りほどき、体を支えながら杖を拾う。
杖を彼女に握らせ、ゆっくりと離れる。
「…………」
アッシュは俯いていた。
そのまま背を向けて、黙ったまま城へと進んで行く。
「リュートくん!」
去っていく背中を追いかけようとした。
だが彼女は雪に足を取られて倒れる。
転んだことに気がついてアッシュは足を止めた。
一瞬だけ振り向こうとした。
「…………」
しかし結局振り向くことはなかった。
拳を握って小さな息を漏らす。
まるで想いを消し去るように、震える喉でため息を吐く。
その彼の背に、シーナが最後の問いを投げかけた。
「あなた、これから……どうするの?」
泣きながら聞いた。
彼女は心配していた。
アッシュがまた、カイゼルの道具にされるのではないかと思っていた。
「…………」
それにアッシュは黙り込む。
無視したわけではない。
ただなにか、言うべき言葉を選んでいた。
「魔獣を、殺そうと思います」
やがて短く答えた。
そして、それから歩き出す。
いつの間にか風は止んでいて、二人の間に白い雪が、灰のようにひらひらと舞っていた。
「…………」
アッシュはゆっくりと歩き出した。
このまま去って行くように思われた。
でも不意に足を止めてシーナへと語りかけた。
振り向かないまま、背を向けたままの言葉だった。
「ありがとうございます、先生。僕たちは……あなたの子供でいられてよかった」
紛れもない本心だった。
セオドアとヴィクターは孤児たちのことを道具程度に見ていただろう。
しかしシーナがいたから道具ではなかった。
愛されて育ったのだと思うことができる。
それは、自分たちにとってとても幸せなことだったとアッシュは考えていた。
「……さようなら」
最後に小さく別れの言葉をつぶやいて、また歩き始める。
今度こそ立ち止まることはなかった。
涙に暮れるシーナを残したまま、フードを深くかぶり、道の先へと歩いて行った。
―――
――神官たちの記録より。
――骸の勇者について。
その日、アッシュ=バルディエルは『骸の勇者』になった。
この者は公的にはバルディエル伯爵の養子とされる人物である。
が、多くの神官たちはこれを疑問視していた。
なぜならある程度の立場にある者にとって、その勇者に一切の過去がないことは公然の秘密であったからだ。
加えて礼儀作法も下民のようであり、儀式の場では全ての神官が失笑を浮かべるほどであったという証言が多数集まっている。
貴族の養子とはとても思えず、猿の子でも拾ってきたのかと疑う者さえいた。
それほどに、かの者の無知蒙昧は留まるところを知らなかった。
農夫かなにかのようにたどたどしい言葉遣いで話す姿に、呆れ果てた司教殿は次のようにおっしゃられたという。
『正しいふるまいを身に着けろなどとは言いません。まともな教育も受けなかったあなたにはお難しいことでしょう』
『ですがその、愚鈍でへりくだった言葉遣いはおやめください。それは我らの勇者の威光を損なう行為でございます』
毅然とした司教殿の態度に、暗澹とした心持ちだった神官たちは勇気づけられた。
勇者という称号には数千年積み上げられた権威がある。
そして最も神に近い座でもあるのだ。
あんな男に汚させるわけにはいかない、全ての聖職者がそう考えていた。
だからこそ司教殿の言葉に胸を打たれた。
とはいえ、どこの馬の骨であるとも知れぬ『骸の勇者』のことだ。
その尊さを理解することができないのは当然である。
故に、ただただこのような男に勇者を名乗らせることが口惜しく心苦しかった。
敬虔な神官の中にはこの屈辱に涙する者もいたと聞く。
もちろん当初、法王以下の神官勢力はこの任命に強く反対していた。
しかし結局は貴族どもの脅迫に押し切られてしまった。
あの、忌々しい男の力は確かに人間を超えていたと聞く。
我々の多くは力を見たことはなかったが、怪物のように焼け焦げた、醜い肌を見ればおぞましい人外であることは察せられた。
だから受け入れざるを得なかった。
『骸の勇者』がどのような経緯で怪物となり、力を手に入れたのかは定かではない。
ただ一つ分かっていることは、禁術である『魂喰らい』を用いていたという事実である。
一説では大火に乗じて人間の魂を集め、邪悪な手段で力を手に入れたのだとされている。
また勇者任命の翌日の早朝、旅立つ前に、ある貴族の息がかかった教会で……身元不明の孤児たちの供養を依頼したことから、別の説が囁かれてもいた。
つまり孤児を、そうした哀れな子らを殺して力を手に入れたということだ。
供養も体のいい言い訳に過ぎず、実際は証拠を消すための処理を行ったのであろう。
土葬が主である聖教国において、火葬を行ったとされる点もその疑惑を深めていた。
おそらくは外傷を悟らせぬために遺体を焼き、骨に変えて罪を隠したのだ。
まず間違いなく、遺体を見られて困る事情があったと推測できる。
しかし、一方で大火に乗じたという疑いも根強い。
何故ならあの夜の炎が消そうとしても消えない、奇妙な火であったという証言が多く寄せられているからだ。
なんらかの魔術を用いた、悪意の犯行であった可能性も十分にありうるだろう。
よって最早いずれの説が事実であるのかは定かではなく、あるいは両方ということもあるやもしれない。
であれば我々に言えることは一つ。
真実がなんであれ、貴族どもの圧力に屈し、邪法の産物を勇者に据えたことは、未来永劫語り継がれる教会の汚点となるであろうということだ。
願わくば二度とこのようなことがないように祈る。
どうか寛大なる神のお許しがあらんことを。




